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第三百八話

 

 派手な機動でぶん殴り続けたお嬢によって討伐された龍は全身を弛緩させ、束縛魔法を解かれたことで物言わぬ肉塊へと姿を変えた。

 未だ片割れは健在だが、相手が一匹ならどうとでもなるだろう。

 その片割れに向かって飛び出したリリウムの進行方向へと物理障壁を展開し、その場に崩れ落とした後に足場を滑り台にしたところで、私の仕事は終了だ。


「ちょっとサクラ! 何をするのですか!」

 ほどなくして、土煙を上げて走り寄ってきたお嬢に詰め寄られる。出鼻を挫かれ、宙と地面を転がされたことに対しての不満を隠そうともしない。憮然とした、ぶすっとした顔もチャーミングだ。

「一人で二匹も倒したらやっかみ受けるでしょうが。もうちょっと考えてよ」

「それは、そうですけれども……」

 分かってはいるけれど食べ足りないのだと表情が語る。後ろ手でモジモジと、チラッと上目遣いを交えられたら簡単に折れてしまいそうになるが、ソフィアの手前もある。心を鬼にしなければならない。

「ソフィア、ちゃんと見てたよね? ヤツの用いる障壁は全周囲を覆う一体型ではなく、アルマジロ先生と同じ部分展開型。そして再展開されるまでに若干のラグがある。リリウムがやっていたように、そこを突くんだよ」

 距離もある、きちんと見えていたかは正直怪しい。だがこういう問い方をすれば、見ていなかったとは言えないはずだ。ズルいやり方だね。

「見てはいましたが……わ、私がやるんですか……?」

「一人でやれだなんて言わないよ。力を合わせて倒してみせなさい」

 フロンのことだ、片方は自力討伐する気でいたようだし、魔力はきっとかなり余らせている。リューンも精神的な負担が半減したことだし、今しばらくは頑張れる。

 ミッター君もこの程度の戦闘で音を上げるほど柔な鍛え方をしていない。ペトラちゃんも振り絞る力は残っているように見えるし、アリシアのことはフロンが上手くやってくれる。

 ソフィアもリーチこそ短いが、表面の薄皮を切り裂くくらいは難なくこなせる。適材は適所で頑張ってもらわなくては。

 それにうちの面々が仮に疲労困憊(こんぱい)であったところで、この場には何十もの冒険者や騎士がいるのだ。零を一にすることができるのであれば、数の暴力でいつかは倒せる。

「医療班の護衛は私が請け負ってあげる。修練の成果を見せてちょうだい」

「わ、分かりました!」


 前衛へと飛んでいったソフィアが仲間と数人の騎士を伴って魔法班の下へと向かい、ちょっとした作戦会議の後にまた戻っていく。

 龍を囲んで全周囲から集中砲火を浴びせるのかなと予想していたが、立ち位置からするに、どうやら一点突破の短期決戦を挑む腹積もりらしい。

 あまりゆっくりしてもいられないのは皆承知の上だろう。そのうち日も落ちる。

「ねぇサクラ。わたくしは?」

「お留守番」

「はぁ……どうしても一緒にいたいのだとお願いされては、仕方がありませんわね」

「どうしても行きたいなら行ってきてもいいけど」

「いーえっ! 残って差し上げますわっ!」

 念押しするまでもなく、リリウムは医療班の護衛として残ってくれている。馴染み深いのがアレなので勘違いしそうになるが、一般の治癒使いは戦闘力を持たないことが多い。

 複数の役割を持つことを好まれるのは駆け出しからしばらく辺りまでらしく、中堅になる頃には氷弾一つ飛ばせなくなった専業ヒーラーとなり、それで食べていけるのが一人前の証でもあるのだとか何とか。

 それより更に上ともなるとそうでもなくなるらしいが、それはさておき。この縁の下を支える彼らが爆散したら前衛が総崩れになる。しっかり護衛せねばならない。

 未だに見たことはないけれど、ブレス的な何かが飛んでこないとも限らないのだ。

「──始まりましたわね」


 前衛が動き始めた。うちの黒剣組が腹、首、頭の辺りを飛び回り、障壁が割れたタイミングで距離を置くと、待ってましたと言わんばかりの槍の群れや放出魔法の束が襲いかかる。

 それらが弾かれ出したら手を止め、近場で抜かれた別の障壁の隙間へと再び暴威が雪崩れ込む──。そんな感じで、その繰り返し。

 ミッター君は地面の人なので足下から下腹部担当。ペトラちゃんとソフィアが首から頭にかけての高空を飛び回っている。

 お空で戦わせるのはまだ時期尚早感がありありなのだが……あまり過保護が過ぎるのも毒だろう。この機会に技を磨き、集中してかかってもらいたいものだ。

 放出魔法班との連携は取れているように見える。遠距離組が細心の注意を払っているのか、指揮者が優秀なのか、今のところ誤射が直撃するといった悲惨な状況は避けられている。

「しっかし……派手だけど、地味だね」

 フライングダブルわんこのアクロバティックな動きも慣れていなければ凄まじく見えるのかもしれないが、私にとってはこれが日常だ。代わり映えしない。

 放出魔法も多種多様な光が軌跡となり、それらが混ざり合って幻想的ですらあるが、フロンで見慣れているので心に響くことはない。

 足下の斬り込み隊もよく観察すれば見張る技術があるのかもしれないが、ここからでは全く見えない。

 後ろに控えている治癒の人達は固唾を呑んで見守っているが、観客の立場での感想なんてこんなものだ。とてもドラゴンロードとの戦闘中とは思えない。地味だ。

「リューンさんがいますからね」

 やっていることは水色ゴーレムを袋叩きにしていることと変わらない。まがりなりにもドラゴン相手にこんな戦法が通じているのは、全て私のリューンちゃんの力によるものだ。

 手足に加え尻尾までをも完全に固定し、ペトラちゃんやソフィアの剣戟で破壊された首や頭への束縛魔法もその都度位置をずらして縛り直している。

 地面に縛り付けられ、行動の自由を奪われてしまっては空の王者も形無しである。

 ちょっと手を抜くだけで上を下への大騒ぎとなるだろうに、そうなっていないのは真面目に頑張っていることの証左だ。

「根は真面目なんだよねぇ」

「黙っていれば格好良いのですけれどもね……」

 ここからではうちのエルフの顔は見えない。きっとキリッとした顔で己の仕事をこなしていることだろう。


「つ、疲れましたぁ……」

「お疲れさま」

 ペトラちゃんが癒し系ゾーンへとやってきた。未だに龍はフルボッコにされているが、ギャアギャアシャアシャアとやかましく抗っている。

 椅子なんてお上品なものはないので、地べたに座り込んだところにタオルをかけてあげる。その姿はまさしく、マネージャーのそれだ。

 リリウムと一緒に行動していると失念しそうになるが、普通は全力で何時間も身体を動かし続けると、疲れる。

 適度に水分を補給し、一息つかねばやってられない。多くは作戦会議の最中に身体を休めていたようだが、この娘はそれにも参加していたわけで、比較的早めに一抜けしてきた。

「柑橘の蜂蜜漬けあるよ、食べる?」

 アイオナに居た頃、いつか作ってみようと画策していた蜂蜜レモン。肝心の蜂蜜が見当たらなかったので代わりに砂糖漬けでも作ろうと思っていたが、どうやらこの世界では高級品らしく、その手のお店に足を運んだところ、あっけなく見つかった。

 柑橘はゆずに近い。全体的に緑色が強いが、しっかりすっぱいし(ほの)かに甘い。それをスライスして種を取り除き、まとめて魔石瓶に詰め込んである。

 疲労回復の効果があるかは知らないが、おやつを食べればやる気は出る。

「あっ、頂きますっ! それ大好きですっ!」

「はい、口開けて」

 甘味に釣られて無邪気に寄ってくる姿はいくつになっても可愛い。おつゆを垂れる中身をお箸で摘んで数枚まとめて放り込んであげると、喜色満面でもちゅもちゅしだす。超可愛い。

「う~~っ! 甘酸っぱぁい……」

「落ち着いたらまた頑張っておいで。大怪我しないようにね」

 咀嚼しながらコクコクと頷き、嚥下した辺りでおかわりを放り込んであげ、それをもぐもぐしながら走り去る姿を眺める。

 わんこの復帰を確認したところで、後衛から迸る放出魔法の光が増えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] こうやって見てみると当たり前みたいに作製してるけど、やっぱりサクラ印の武器はヤバい性能だな?
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