第三百六話
間もなく戦闘開始から二時間が経過しようとしています。未だに二匹とも健在です。──いやー、しかし……膠着していますねぇ。解説のサクラさん。
そうですねぇ、実況のサクラさん。中々終わりが見えてきません。
現在の状況としましては……どうやら接近担当者と遠距離砲撃手が分かれて各個撃破を図ろうとしているようですね。
さっさと一匹に攻撃を集中させて倒してしまった方が良さそうに思えますが、こういうのは戦術的にどうなんでしょうね。
放出魔法の余波が近接担当者には鬱陶しく感じられているのかもしれません。
熱や水はともかくとしても、風はちょっと困るかもしれませんね。龍の羽ばたきと放出魔法の暴風との合わせ技で接近戦組はろくに有効打を与えられずにいます。多少血が流れてはいるようですが……癒えてますね、あれ。
癒えていますか。治癒魔法を使うと?
魔法ではなさそうですが、おそらく皮や肉の自然治癒力がとても高いのではないでしょうか。……そうだとしたらとても厄介ですね。
長期戦を強いられそうです。
それももちろんあるのですが、下手に斬り込むと──。
「しまった! 槍を食われた!」
「何やってんだ、さっさと抜いてこい!」
「無理だ、固まっちまってる──おい、予備だ! 予備を出してくれ!」
……こういうことになるわけですね。
こういうことになるのです。魔食獣を彷彿とさせる悪食っぷりですね。これだから槍は嫌いなんです。
嫌いなのですか。
優位な条件で人や小型の魔物を突き殺すには良い得物だと思うのですが、そういった獲物への殺傷力に長けてはいても、大型獣への破壊力は剣に劣ります。大型の魔物が相手だと、表面の薄皮一枚切り裂いてそれでおしまいということになりかねません。
長柄なのですから、ズブブッと押し込んでしまえばいいのでは。
予備を何本も用意してあればありだとは思いますが……それも剣でやった方が強そうです。鍔を蹴り込めばいいわけですから。針が刺さるより刃が刺さる方が痛いのは龍もきっと同じですよ。彼らからしてみれば、槍の柄なんて竹のささくれが刺さったようなものでしょう。
距離を取って戦えることは、必ずしも利するばかりではないということですね。
剣と槍のリーチの差なんて、あの体躯を前にしてはあってないようなものですからね。大盾に隠れながらチクチクやれるのはそれなりに強力だとは思うのですが、それにしたって通用するサイズには限度というものがあります。
なるほど。
柄が筒状になっていて、刺さりっぱなしでも筒から血を垂れ流せるとか……そういった工夫のある槍というものは面白いかもしれませんね。……剣にも血流しとか、樋とか呼ばれる溝を拵えることがありますが、それを発展させて。
あれって実際に効くんでしょうか?
効きません。ただのデザイン、強いて理由をこじつければ軽量化のためですね。刺しっぱなしにすることを普通は想定しませんから。
な、なるほど。
──さて、ではそれぞれの個体に焦点を合わせて引き続き解説していきましょう。まずは近接担当者が相手をしている個体の方ですが……。
戦果が上がっていませんねぇ。伊達に不死などと呼ばれていないと言いますか、生命力に満ち満ちています。弱った様子がありません。
突いても斬ってもすぐに治ってしまっているようですね。
幾人かが用いている魔法剣も、この停滞の遠因であるように感じます。
魔法剣が、ですか。
特に剣身が燃えたり凍ったりするタイプの、派手なヤツですね。傷口は焼けば止血できますから。
な、なるほど。
凍らせてしまうのも、何か余計に防御力を上げて二の太刀が通らなくなっているというか……そういった印象を強く受けます。打撃とは相性が良さそうですけれど、氷も。
凍結粉砕というやつですね。
生物である以上は細胞の活性化で治っているのでしょうし、それを止められる分には……もしかしたら有効なのかもしれませんね。
しかし、あの龍は標高数千メートルの山の頂を寝床にしていたわけです。
氷に対して抵抗力が高いかもしれませんねぇ。そもそも一般的な生物の生体のそれとは違うかもしれませんし、ここからじゃ何とも言えません。
凍らせて砕くとなると、ペトラさんとリリウムさんが共同で事に当たることが突破口と成り得るでしょうか。
ペトラちゃんの氷弾では凍らせるほどの温度にはならないでしょうし、リリウムは頭に血が登っているのでそれどころじゃないですね。
リリウムさんの打撃はダメージとなっているように見受けられますが。
彼女のトンファーは両方共不死龍に対して有効打を産みますし、なまじダメージが通ってしまっている分、周囲には目が向かないでしょう。
必死に腹部を殴打し続けています。
気持ちは分かるんですけどね……。
「ふろぉぉん……もう無理だよぉ……」
「もう少し耐えろ! まだ半分も済んでいないんだぞ!」
「簡単に言ってくれるねぇ! これすっごく疲れるんだよ! もう無理だよ! 無理無理無理無理! もうやだぁ!」
「おい、ちゃんと抑えていろ!狙いが外れるだろうが!」
ここにきて急展開です! なんとリューン選手、魔力の枯渇が近いようです!
いくら魔力への負担が軽い術式とはいえ、ああも長時間重ねがけし続ければ……いつかは枯れますよね。魔力云々ではなく、単にしんどくなっただけのような気もしますが。
半ベソをかきながら必死に行動を抑えこんでいますが、この膠着状態にもついに終わりが訪れそうです。
何人死にますかねぇ。踏まれただけでアウトだと思うので、全員死にそうですけど。
魔法班もひっきりなしに放出魔法を飛ばし続けてはいますが……龍は未だ健在です。
やはり足やお腹をポコポコ叩いているだけではどうしようもありませんね。魔法や弓がダメージになれば、また違った結果にもなったのでしょうが。
おっと? ちょっと待って下さいよ。何やら賑やかになった魔法班からエルフが一人、実況席の方へと猛烈な速度で飛んできています!
ご存知空飛ぶ魔法少女、アリシアですね。随分と飛行も板についてきました。
(──ごっこ遊びは終わりだ)
腕を回し、首を回し、軽く屈伸なんぞを済ませ、全身の筋を伸ばしていく。
これを怠ると反動制御の効きが悪くなるので、念入りに念入りに行う。いくら治癒魔法のある世界とはいえ、怪我なんてしないに越したことない。
それになんだ、一級冒険者たる美人で優しく格好良いお姉ちゃんが、あんな龍如きに手傷を負わされた……なんて無様な真似を見せられるわけがない。
そうでなくとも私は神輿だ。下手に手を抜いて怪我をして、不安を煽るなんて真似が許される立場ではない。泰然自若、しっかりきっちりをモットーに。
「サ、サクラさん……あ、あの……フロンさんが」
「伝言かな? なんて?」
万が一南方にドラゴンブレス的な何かが飛んできた時のため、距離を取って控えていた私の上へとちびっ娘がやってきた。
一所懸命に風玉をぶち当てていた頑張り屋さんだが、その余波で接近組が酷いことになっていたのは……少々残念だったね。
その場でふわふわ浮いている分には、術式のお陰か周囲に風圧を撒き散らすことはないのだが。
まぁ、何事も経験だ。玉を針、あるいは槍のようにできれば、殺傷力も高まるとは思うのだが、できるのだろうか。まぁ、修練してみて欲しい。
「はい、あの、片方を倒して欲しいそうです。もう片方はまだ粘ってみたい、と」
「了解了解」
予想通りの救援要請。慌てることもない。修復されたブーツの耐久面に不安が残るが、三種までなら──いや、やっぱり履き替えよう。
短時間なら身体強化の五種掛けも可能だ。サンダルなら全力を出すに懸念はない。
(もういっそあれだな、和装に合わせてアダマンタイトで下駄でも作ってみるかな。でもそれだと浄化黒石使えなくなるか……キックで魔法を散らせれば強そうなのに)
足上がるかな、でもあれうるさいんだよな……なんて頭が職人モードに入りそうになったところで、追加の注文が入る。
「そ、それと! 死骸を……その、残して欲しいそうです」
「はいはい」
凱旋凱旋。まだ諦めていなかったようだ。こんなデカブツ本気で引っ張っていく気でいるなんて正気とは思えない。橋が潰れたらどうしてくれるんだ。
あの強靭な不死龍からなら私の脚力に耐え得る靴が作れるかもしれないが、あんな汚染されまくった個体の素材はノーセンキューだ。
「魔法班に放射を止めるように伝えてくれるかな?」
「はい! 行ってきます!」
いやしかしあれだ。頑張ってる女の子っていうのは、いいね。
石の切り出しの時も、ヘイムからここまでの道中も、連絡要員として奔走してくれていたし、その間も言葉のお勉強は欠かしていない。
しっかりと意思疎通を行うにはまだエルフ語を用いなければならないようだが、本当に頑張っている。とても好ましい。
うちの聖女ちゃんも頑張り屋さんだが、あれはもう女の子って年じゃ──。