第三百五話
麗らかな春のひととき、いかがお過ごしでしょうか。やって参りました不死龍戦。本日はお日柄もよく、絶好の討伐日和となりそうです。本日の実況はわたくしサクラと、解説もサクラで会場の様子をお届けします。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さて解説のサクラさん。カーリ奪還、その序章となる当作戦ですが──ズバリ、ポイントとしましては。
そうですねぇ。龍は大きいので、倒すのは大変だと思います。
……な、なるほど。大きい魔物は倒すのが大変ですか。
はい、大変です。特にこの不死龍は、足やお腹を叩いても大してダメージが通りませんので。頑張れば足は折れるのですが、ダメージになってるんでしょうかね、あれは。
なるほど、下半身への打撃は有効打とならないわけですね。
その通りです。オススメは後頭部を滅多打ちにするか、鼻先から頭蓋の内側を滅茶苦茶にしてしまうことです。それができなければ、かなりの長期戦が予想されます。
なるほど、斬撃の方はどうなのでしょうか?
知りません。
……な、なるほど。
さ、さて、気を取り直しまして、決戦場の様子に移りましょう。既に夫婦龍の意識は騎士や冒険者達に向いているようですが。
双方共に殺意満々ですね。龍もお前ら全員ぶっ殺すモードに入っているので、一筋縄ではいかないように思えます。
随分と殺気立っていますね。
煽り耐性皆無ですね。ああいったものを神聖視する方々もいるようですが、大きいだけで所詮は獣です。冷静に対応して、頭に使える脳味噌が詰まっていることを人類側に証明してもらいたいところです。
もしかして、輸送班が時間をかけてこれを行ったのは、この状況を狙ってのことだったんでしょうか。
たぶんローラーコンベアの人は何も考えていなかったと思います。
そ、そうですか……。
はい。──さて、現在は……冒険者のリューンさんが龍の身動きを止めていますね。何やら他の冒険者や騎士に動きも見られていますが。
久々に見せ場ができたので張り切っているのがよく分かります。可愛いですね。
はい、とても愛らしいです。これが彼女の十八番、束縛魔法というやつですか。
安い早い美味いと三拍子揃った便利な魔法です。ただ、強度はそれほど高くはありません。あのサイズの龍なら身体をよじるだけで簡単に抜け出せるでしょう。
あー、今もパリンパリンと割られていますね。
基本的には一対多数戦で用いる方が有用に働く状況が多い魔法です。彼女一人が斬りかかるだけならこういった相手でも、一瞬動きを止めるだけでも大変に心強いのですが、動き出すタイミングが読めないこういう戦況ですと……まぁ、こうなりますか。
愛用の剣は腰に下げっぱなしで、支援に専念しているようです。
冷や汗を流しながら必死で重ねがけをしている姿も大変愛いですが、この間にどうにかしてしまわないと後が続きません。
その補強に……どうやら縄を使うようですね。騎士と冒険者が手分けをして、束縛を強固なものにしようと奔走しています。
一本では足りそうもないですね。一筋縄ではいきません。
これで動きを……抑えられるのでしょうか?
無理でしょう。あいつら結構力ありますから。地面も柔っこいですし。
そ、そうですか……。
「う、うわああああっっ!!」
おおーっと! 果敢にも龍の腕に縄を引っ掛けた冒険者が! 振り上げられた腕と共に宙を舞ったぁ!
見事な飛びっぷりですね。バンジージャンプの逆……アトラクションとして出せばお金を取れそうです。日本では確実に許可が降りないでしょう。それにしても、身体が千切れなくてよかったです。なんで腰に括りつけてたんでしょう。
いやしかし、あれは飛ばされた冒険者はたまらないですね。器用に口元へと飛ばされてしまいました。
普段ならそのまま首を伸ばして丸飲みにされてしまうところでしょうが……今のはソフィアですか。気合十分にバインドを引き千切って伸ばされた首を、物理障壁で阻むことで事なきを得ました。
落下に対してもサポートが入っていたように見えましたが。
そっちはペトラちゃんによるものですね。足場魔法をクッションにして速度の緩和を図るのは基本の一つです。
なるほど。おっと、どうやら冒険者も即死を免れ、医療班から手当てを受ける模様です。
首から落ちていないのが幸いしましたね。頭から落ちる際には無理矢理にでも肩から入り、背中で受けるよう意識しなければなりません。障壁が自前でないので難しいでしょうけれども、咄嗟にこういった身体の使い方ができるか否かは生存率に大きく関わってきます。
医療班との連携もスムーズです。この辺はサクラさん、いかがでしょうか。
咄嗟の対応としてはまずまずといったところでしょうが、欲を言えば今の足場魔法組は、担当が逆なら尚良かったと思います。
なるほど。
治癒師が着地点を読めずにウロウロし始めたのも危険ですし、そもそもソフィアが向かえば治して引っ張ってくるまでを一人で担えますから。
今回は飛翔した冒険者の仲間が助けに走りましたが、この行程を丸々省くことができたわけですね。
その通りです。この辺りはまだまだ経験不足といった印象を受けます。修練法を見直す必要がありそうです。
具体的には、どのような?
そうですね──彼女達の財布を没収して、その中身を船の上からアトランダムに海へと放り投げ続けるとかどうでしょう。対応を間違えたら銅貨が助かって大金貨がパァです。
……ほどほどにしてあげてください。
──おっと? 状況に動きがあります。魔法士隊が攻撃の準備を始めています。どうやら縄を使用しての束縛は諦めたようです。
地面に杭を打って固定したところで、すぐスッポ抜けてしまうことに気づいたのでしょう。人力であれを抑えることも難しいですし、綱引きは下策ですね。
気力持ちをあれだけ揃えても、難しいですか。
体重が違いますからねぇ。直上に飛び立たれたらどうしようもありません。二匹いますし、そもそも龍はまだ本気で暴れていませんし。正しい判断だと思いますよ。
地面への足止めはリューンさんに任せて、さっさと倒してしまおうという算段でしょうか。
単に焦れただけのようにも見えますね。接近戦担当者が揃いも揃ってイライラソワソワしています。
中でも一際焦れに焦れている、あの銀髪縦ロールは──。
うちの使徒ですねぇ。ハンカチを食いしばって唸り出しそうな雰囲気がここまで伝わってきています。
それでもまだ、お預けのようですね。
先に魔法士部隊が一撃入れて、その後に……といった感じでしょうか。どのような作戦を練っているのか、見どころだと思います。
と、言っている間に攻撃が始まるようです!
「密集ーっ! 盾兵、防御体勢ー!」
「槍兵、構えーっ!」
『SHAAAAAA!!!』
「魔法士部隊、てぇーっ!」
『GYOAAAAA!!!』
「──今だっ! 全軍、突撃ぃぃ!!」
「オオオオオオォォォッッ!!!」
──あー……えっと、解説のサクラさん。
なんでしょう、実況のサクラさん。
これはつまり、どういうことなのでしょうか。
全軍突撃したんじゃないでしょうか。
いや、確かにそのような号令がかかっていましたが……。
あまりチンタラやっていてもリューンの魔力が切れますし、先に片方を全力で倒してしまうというのは……私はそう悪くはないと思いますけれども。
いやしかし、作戦も何もあったもんじゃないですよね、これ。
攻撃は最大の防御とも言いますし、三本の矢で殴り続ければたぶん通りますよ、ダメージも。
私の目には、大して効いていないようにも見えるのですが……。
射出点は色とりどりで大変派手ですが、放出魔法はほとんど外れていますね。うちのハイエルフ達の頭の血管が切れそうです。
大型龍の頭部を固定し続けるのは流石のハイエルフでも厳しいのでしょうか。
二匹分ですし、頭だけ抑えているわけにもいきませんし、爆風などの要因もあるので情状酌量の余地はあると思います。あ、一人吹き飛ばされましたね。
二人飛んだようにも見えましたが。そう簡単には近接戦も挑めそうにありません。
失礼しました、二人飛んでますね。あれこそが不死龍の十八番、しっぽパンチです。
尾撃ですか。
彼らはしっぽの扱いがとてもお上手なんですよ。私も昔は苦労させられたものです。
一際太く長い尻尾が、まるで鞭のように動いていますね……。
指を固定されても肘で殴れる、肘を止めても指がしなって飛んでくる。まさに鞭ですね。飴はどこでしょうか。
これを固定し続けるのは、本当に大変そうですね。
頭部、首、胸、腹、両の手足、尻尾も一箇所ではダメなので数ヶ所ずつ。飛翔を許すほどの羽ばたきはさせていませんが、風圧で近接担当者も攻撃に腰が入っていません。いっぱいっぱいといった感じですね。
リューンさんの集中力が肝となっていそうですね。
リューンちゃんがプッツンしたら、虐殺が始まりますねぇ。
救援には向かわれないのですか? 解説のサクラさん。
請われない限りは傍観していますよ。実況のサクラさん。