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第三百四話

 

 勇者や騎士とお姫様、そしてドラゴンの物語というものはこの世界でも割とテンプレートな存在で、童話集のようなものを紐解けば、そのような話はいくらでも目にすることができる。

 何せこの世界では万年ドレス姿の高飛車お姫様はバリバリ現役の存在であるし、ドラゴンだってその辺にいる。モチーフには事欠かない。

 そんな物語の片割れとして扱われているガルデの騎士の人達が、この討伐に並々ならぬ熱意を目やオーラに表わしているのは、この世界の常識では当たり前のことなのかもしれない。

 未だにその辺りの価値観の違いについては頭を悩ますことがあるのだが、今回に限ってはそんなに難しく考えることもない。これから行うのはただの害獣駆除だ。


「大人しくしていたみたいだね。探す手間が省けたよ」

 人目が増えない間に決戦場から走り去り、頃合いを見て《転移》に切り替えつつ、ほどなくして龍の定宿へと辿り着いた。

 眼下に広がる標高云千メートル級の山々、その山頂の一つ。カルデラっぽい窪みに身を潜めている二匹の龍はつい先日と同じように、変わらぬ姿でそこに在る。

 たまに推定お父ちゃんが外出していたり、推定お母ちゃんが山の裾野で餌をモグモグしていたりと不在にしていることはあったが、この龍は暗い間はほとんど活動をしないものらしく、日が落ちてしまえばほぼほぼ愛の巣に篭っていることは、一帯を囲う作業の合間に観察を続けたことで判明している。

 今日に限って……なんてことがなかったのはとてもありがたい話だ。


 最近は急な来客もめっきり減っているからか、他にも数ヶ所存在している山頂の巣の間を行き来している形跡は見られない。いるならここだろうと思っていた。この二匹からすれば、ここは大層住み良いのだろう。

 人だって、水が汲めて作物が育てられる土地に居を構える。龍だって同じだ。

 ゴブリンはともかく、オークもオーガもイエティも、彼らからすれば食いでがあるただの肉に過ぎない。多少赤いが水分だって豊富だ。それが後から後から途切れることなく湧き出てきていたこの山は、落ち着いて愛を育むに実に都合がいい拠点だったことだろう。理解はできる。

「食べ残しが悪さをしなければ放っておいてあげてもよかったんだけど……もうとっくにそんな段階は過ぎてるんだよね」

 供給は止めた。そのことに気づけば、こいつらは必ず人里を襲う。キメラゾンビは彼らのご飯にはなり得ないので仕方がない。第二第三のカーリが生まれる前に、サクッと片付けなければならない。

「まぁ、人にも生活があるんだよ。悪く思わないでね」

 彼らの不死性は肉の身体から書物の一節へと姿を変える。ただそれだけのことだ。


『GYUAAAAAA!!!』

『SHARAAAAAA!!!』

 賑やかなことこの上ない。ジタバタを身をよじらせ、ここから出せと盛大に暴れ狂う二匹のドラゴン。ギャアギャアシャアシャアと威嚇しまくっているが、防音は十八番なので騒いでも無駄だ。

「このサイズともなるとちと制御が難しいな……けどまぁ、お茶の子さいさいなわけですよ」

 十掛ける三掛ける五十の石材を難なく運べるのだ。体高三、四十メートル程の龍を運べない道理がない。

 足場を敷き、数本のコロを乗せ、その上を檻が滑っていく。山の天辺から決戦場を目がけ、それなりの速度で着実に。

 檻から外れた神力製の丸太は即座に消し、進行方向の足場の上に再召喚する。途切れることなく、ベルトコンベアを流れるように進む光景は中々に壮観だ。

 これぞ結界師の本領というもの。寝込みを襲い、宙にぶん投げて閉じ込めるまでの所要時間は一桁秒。そこから牢の自然降下が運搬が始まるまでに更に一桁秒。足場を設けるのに時間など必要ない。

 後は数時間ほどかけて日の出の後に、こいつらを待ち焦がれている誰それの下へと届ければいい。

 足場魔法は便利な魔法だ。机にも椅子にも、壁にも天上にもなる。それらで覆えばコンテナになるし、重力の助けがあれば龍の数匹余裕で運べる。楽して運べる。

 ローラー部分をも魔力で構成できれば楽だったのだが……そこまで自由自在な術式でもないので、これには《結界》を用いる。

(金属を延ばすローラーの術式……もしかしたらもう、いらないかもね)

 圧延できるかどうかはやってみないと分からないが、アダマンタイトは魔力を弾くので──神力製の方が御しやすそうだ。


 魔力壁の部分がたまにバリバリと音を立てて壊れるが、補修工事もお手の物。多少隙間ができたところで逃げ出すことなぞ出来やしないので、適当でいい。

 広々と快適なお部屋にしてしまえば羽ばたかれてアウトだが、飛べない龍なぞただのトカゲ。私は制御に集中しているだけで済む。楽ちん楽ちん。

「お茶もかつ丼も出せないけど、もうちょっと我慢していてね」

 ──すぐに出してあげるから。


「おまたせっと」

「サクラーっ! おかえ──」

 三台連結されたコンテナが地面に到達した。少し距離を取って私も久方振りに地に足をつける。

 時は早朝、場は決戦場、周囲には臨戦態勢の騎士や冒険者がいっぱいだ。

 ジタバタと暴れるでっかい龍が山から一直線に向かってくれば、望遠鏡がなくたって流石に気づく。パジャマ姿で歯を磨いているお寝坊さんの姿はなく、懸念事項だったうちの二名もしっかり戦闘モード。フル装備で得物を握っている。

「南方面への流れ弾だけは私が処理します。後はお好きにどうぞ」

「……え? ちょ、ちょっと待っ──!」

 拡声魔導具、超便利。ふにゃけた笑顔でエルフが走り寄って来る前に警告を済ませ、メルヘン生物を解き放つことができた。

 分かりやすいように、魔力の粒子を漂わせて檻が消滅したことをアピールする。ちょっとしたサービスというやつだ。


 寝込みを襲われ、閉じ込められ、長々と運ばれ、身体の自由が戻ったらまず何をするだろうか。

 私だったら一も二もなく元凶をぶっ叩く。龍も同じだ、溢れんばかりの殺意と敵意を咆哮と突進という形で表明し、地面を蹴り込み、大声を上げて突っ込んでくる。

 アピールは無駄でしかなかった、有無を言わさぬ早業は流石竜種といったところ。野生の勘は死んではいなかったようだ。

 だがここで反撃したら数時間の苦労がパァだ。空を飛んでついてこられても困るので、とりあえずこのヘイトを擦り付けなければならない。

 敵意を向けられたが、ここは涙を飲んで耐え忍ばねば。


 最初から姿を隠しておければ苦労もなかったのだが──認識阻害は秘中のものだ。姿を隠して龍だけを運んでくるわけにはいかない。神力の無駄でもある。

「ほら、こっちじゃなくて……あっち。食べ物たくさんあるよ? あっちいこう、あっち」

 うちのわんこズがじゃれてくるなら可愛いものだ。ぶん殴るけど、甘噛だって受け入れてもいい。だが紫色した巨大生物の噛みつきなぞノーセンキューだ。

 手が出る顔が出る。何度も出る。推定夫婦だけあって、捕獲班と捕食班に分かれての、中々に息のあったコンビネーションを見せてくれる。班じゃないけど。

 うっかり相方の首に噛み付いてしまい、騎士そっちのけで夫婦喧嘩に発展するといったコミカルは望めそうにもない。

 口より大きな壁で阻んでしまえば齧ることも丸飲みすることもできやしないし、ドラゴンパンチも私には効かない。さっさと諦めて欲しい。


「リューン! さっさと捕らえろ! 何をしている!」

 こっちの捕獲班も動いた。動揺の雰囲気が漂いつつある中、いち早く指示を出したのがフロンだ。片手に一本ずつ杖を握り、それぞれで魔力を練り上げている。

「だ、だって! サクラに当たるよっ!」

「姉さんにお前の術が通るものか! いいからやれ! 飛ばれたら厄介だ!」

 それなりに距離が開いているのだが、それでも声が聞こえてくる。そんな大声に呼応するように、他の冒険者や騎士の人達も行動を開始し、リューンが放出した光の輪を発端にして、状況は動く。

「さぁ、お手並み拝見といこうか」

 私の仕事は終わった。自浄を通しながら、観戦モードへと移行する。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通に何の問題も無くドラゴンを寝床から引き摺り出していること。なんかごり押し感が凄いけどサクラさんらしくて良いと思う。
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