第三百二話
石山を崩して道を、そして橋を作り、ヘイムの砦からの流通経路は確保した。
後は少し北上して旧カーリ方面で拠点を築き、龍を倒してゾンビの処理に明け暮れる。それも数年もすれば片付くだろう。
本音を言えば街ではなく、城塞都市と呼べるような堅牢なそれを築いて挑みたいところだ。
ヘイムのように何枚も壁を作って弓兵と見張り兵をセットで配置し、魔法士が隠れられるトーチカも設ける。
水を張るわけにはいかないけれど、堀を掘るのもきっと有効だ。
砦だ。砦が欲しい。それを築く技術も欲しい。欲しいのだが……いつまでも横道に逸れて遊んでいるわけにはいかない。
つい先日、冒険者が一組先走った。ガルデの騎士達もやる気に満ち満ちており、このまま休暇を楽しんでいては第二第三の彼らが生まれかねない。
若者というものは、元気が有り余っているとろくな事を考えない。そしてパトスに突き動かされて行動に移る。もう休日など不要だ、存分に働いてもらおう。
それにせっかくなら私も、休日は誰に憚ることなく満喫したい。埃っぽいテントではなく、お家で、エルフと、ゆっくりと。春の朝を楽しむのは、ルナに帰ってからでいい。
騒然とした朝の空気の中、いつものように宙に浮かんで拡声魔導具を手にする。
このマイクモドキもすっかりお馴染みだ。王様におねだりすれば、術式をこっそり見せてもらえたりしないだろうか。
ピシっと整列した騎士達に、雑多に集った冒険者に、数十台からなる荷馬車に、可愛い馬達に、開始の合図を出すというのが私の数少ない仕事の一つ。
「──さて、ではボチボチ出陣しましょうか。忘れ物はありませんね?」
「オオオオォォォォッッ!!」
「とりあえず二日程北上します。拠点予定地にテントを張ったらメイドさんと荷物を残して更に北上し、四日目辺りで龍と殺り合いましょう。待ち望んでいましたね?」
「ウオオオォォォォッッ!!」
「何も難しいことはありません。それだけ理解していれば十分です。では、出発っ!」
一際大きな歓声……というよりも怒声に近いそれが、ビリビリと肌を叩いてくる。
義憤に燃えた瞳をしている騎士、単に血走っているだけの冒険者、お祭り感覚で笑顔を浮かべている大工さんに、不安気な顔をしているメイドさん。広がる色合いも様々だ。
ザッザッと足を動かす数百もの足音、軋みを上げて回る車輪。中々に壮観だ。今日も元気に始めよう。
先頭の馬車の更に先にて周囲を範囲浄化しながら、馬の速度で行軍を進める。
魔法というものは、構築された術式以上の何かを成せるものではない。火弾を火玉の規模にすることは魔力の供給量を増やすことでできても、それはあくまでも大きな火弾に過ぎず、頑張ったところで火嵐になることはないし、剣に火を纏わせることもできない。
私の浄化術式にしても、いくら頑張ったところでこれを浄化ビームにすることはできない。機能がオミットされているというのは術式が記述されていないということ。アリシアの攻撃手段はまた事情が少し違うが、自在に火を操っているように見せたければ、術式をいっぱい刻む必要がある。
だがまぁ、普通はそんなことはしないわけだ。なぜならば、術式は使えば使い込むほど身体に馴染み、その効力を上昇させていくから。
魔力の格が変わらずとも、刻みたての火玉と使い込んだ火玉では、威力、待機時間、射出速度、そして燃費といった面で明確な差が出る。
火玉と火嵐の二つ使いをすることはあっても、火弾と火玉の二つ使いをすることは、基本的には無駄でしかない。どちらかを使い込んだ方がいい。
状況に応じて術式を取っ替え引っ替えすることが前提になっているなど、もちろん例外はある。
(随分と範囲が広がってきたね……)
当然私にも同じことが言える。ここ最近は毎日のセルフクリーニングや灰色の分解、それにお出かけの際についでに何かを浄化してくるときなどなど、《浄化》ではなく、多少の時間を要すことになろうと浄化魔法を積極的に用いていた。
これによって魔力の格や器が大きく育った印象はないが、術式は確実に魂に馴染み、その効力を向上させている実感がある。
熟達しつつある。これによって広範囲をより短時間でお掃除できるようになり、それが如実に感じられるようになると、やる気も出てくるというもの。
《浄化》でぶっ叩いて回る以上に効率的な手段もないのだが、気を抜くと余りがちになる魔力を有効活用できているのは気分がいい。
散歩に近いゆっくりとした行軍速度で進んでいるのが、都合の良さに拍車を掛けている。通り過ぎた後には清浄化された大地が残るのみ。
こんな時でも時間は有効に使う。日々是鍛錬。いい女になるための秘訣というヤツだ。
「サクラさん、周囲に敵影はありませんっ」
お空からふよふよとアリシアが飛んできた。片手に紐をつけたお手製の望遠鏡、片手に可愛いお尻を乗せたお手製の神杖を握り締め、定時報告を入れてくれる。
首からはちょっとお洒落な緑色の砂時計型ペンダントを下げている。ただの飾りで、動くと砂の落ち方が一定ではなくなるが、こんなものでも目安にはなる。
「ありがとう。休憩するってリューン達と、後ろの馬車にも伝えてきてくれるかな?」
「はい、行ってきますっ!」
馬車も何十台と連なると、端から端まではかなりの距離になってしまう。先頭でのほほんとしている中、最後尾が強襲を受けていても気づかないほどに。
まぁ……流石に気づかないことはないと思うけど、とにかくここは既に戦地。警戒は厳とするに越したことない。
アリシアに望遠鏡を使って空から、ミッター君には後方から索敵をお願いして、わんこズには交代で今し方通ってきた街道に結界石と照明を設置してもらう。
照明は魔物除けのお陰でカラスに持ち去られる心配はない。光りっぱなしでも問題ないので作るのは楽だ。
電柱でもあればよかったのだが、無いものは仕方がないので地面に直置きしている。埋めてしまっては意味がないので、雨で流されないように多少の工夫は加えてもらっているけれど。
進路の先では騎士や冒険者の人達に交代で清掃作業を体験してもらっている。
チュートリアルというヤツだ。スコップや火魔法で腐った大木やヤバイ色合いとなった草原を掘り起こしながら焼き払ってもらう。火炎放射器君のことは事前に説明を受けていたはずだが、ここで年長ハイエルフ組から使い方も学んでもらう。
稀にキメラや魔獣の類が飛び出してくるのも、緊張感を保つ上で良いスパイスとなってくれていることだろう。
目が届く、手が届く範囲での作業だ。私がちょこちょこ移動しなくても、ただ通り過ぎるだけで残った汚染された灰は綺麗な灰になり、きっちり無害化されるので楽でいい。
ぶっつけ本番でもなんとかなるとは思うのだが、せっかく時間があるのだ。体力も有り余っていることだろうし、これも有効に使ってこそ。
「話には聞いていたけど、酷いなんてもんじゃないね……見ると聞くでは大違いだよ……」
日が落ちそうな頃合いで馬車を止め、アリシアに全軍に停止を指示して回ってもらう。今日はここで野営だ。
明日の昼頃には事前に目星を付けていた拠点予定地へと到着できる。荷馬車の足では急いでも一日では到着できない距離なので、これは仕方がない。
流石に疲れたのか、年少組のみならずリューンもぐったりとしている。この程度の瘴気に当てられるほど貧弱なエルフではないが、気疲ればかりはどうしようもない。
「裾野はこれよりも酷いと言うではないか。山を焼き払うと言い出した時には気が触れたのではないかと心配になったが……これでは致し方あるまい」
「これがガルデに広がるところだったんですよねぇ……」
「ガルデどころか、大陸全土に広がりかねなかったわけだ。厄介なことだな」
フロンとペトラちゃんもおそらく顔色が悪い。焚き火の明かりは暗いので、声音から判断するしかない。
「それを何とかするのが私達のお仕事だよ。後のことは環境再生ハイエルフに任せて……徹底的に焼き払おう」
この点についてもガルデから確認を取っている。既得権益を手放さない環境大臣はやはりガルデにもいるらしく、更に周囲の国々所属のエルフからも助力を乞う算段は整っているとのこと。
山も、森も、草原も、川も。全てを焼き払って徹底的に浄化する。有害な遺灰は一欠片とて残さず、内陸に比較的まともを、それなりの正常を取り戻すのだ。
生態系だの自然破壊だのと言っていられる段階は何年も前に過ぎ去っている。後顧の憂いはない。存分にやっていい。




