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第三十話

 

 朝も早い時間に目が覚めた。一通り身体を動かしていつものように洗面と水の入れ替えを済ます。

 帰りがけに掃除道具を回収するが、今から始めるには流石にまだ暗すぎる。買い物から帰ってきたらまず掃除しようかな。それから管理所へ行こう。

 今日は朝から市が立っているはずなので、朝食がてら果物巡りだ。見知らぬ果物を食べ歩くことは趣味になりそうだ。

 準備を終えるとポンチョを羽織って中央までの道を歩き出した。しかし、この薄暗い中よく馬車は事故を起こさないものだな。魔導具でも使ってるんだろうか。

 市で珍しい保存食や果物を片っ端から買い歩き、忘れないように塩や変わった石鹸なども多めに買うと、第四迷宮についての噂が流れてきた。曰く、まだ事態は解決していないとのこと。なんでも、追加で入った騎士団が六層への入り口で全滅して撤退したらしい。これは今日も入れそうにないな……。

 戦ったのなら、まだ霊鎧は入り口に張り付いているのだろう。流石にそれが分かった上で向かいたくはない。


 そのまま昼まで時間を潰し、中央の魔導具店で明かりの魔導具を購入した。それ程高価ではなかったので予備を含め二つ。片方はある程度魔力の貯蔵が効くタイプで若干値が張ったが、まぁ誤差だろう。懐中電灯タイプとランタンタイプ。後者が魔力を溜められるもので、宿の明かりも大体これと同じものだ。

 後は食品店で硬パンと干し肉、あとドライフルーツとナッツのような物が売っていたので、それも沢山買ってしまった。ナッツは湿気さえ避ければかなり長期間保存が効くはずだが、この世界では少し厳しい。おやつ代わりだね。

 宿付近まで戻ってきて、木工屋と刃物屋で棚と鞘付きの食品ナイフ、ヤスリを購入しておしまいだ。棚は宿へ届けてくれるとのことでありがたく頼むことにした。自分で抱えてもいいけど、この時間はもう人が多い。たまに利用するパニーノの屋台でいくつか買い込んで、そのまま宿へ戻った。

 窓と扉を開けて掃除を開始するも、そもそも物がないわけで、多少砂埃を払ってしまえばそれで終わってしまう。窓の棧を拭けば……うん、本当にもうない。部屋の外を掃除するのは違うし、シーツはこの間交換したばかりだし、替えてもいいけど自分で洗うわけにはいかない。

「あ、パンツ買ってないや……いいか、明日で」

 ベッドに横になってしばらくだらだらする。昼寝したら夜眠れなくなるし、そもそも最近は睡眠時間をたっぷり取っているので、別に眠くはない。

「うーん、管理所行くかなぁ。今からなら銀行間に合うかな……無理だな、銀行はいいや」

 準備を整えて十手を引き寄せ、受付に棚の配達を頼んだので配達されたら部屋の前に置いておくように言伝を頼んでから、管理所へ向けてゆっくりと歩き出した。


 管理所の中はこの時間帯にしては酷く閑散としていた、受付にも人が少ない。幸いいつもの役人はいたので足を向けようとすると、手振りで個室へ向かうよう指示をされた。受付を迂回してそちらへ足を向ける。

 個室へ役人に案内されて着席を促されると、少々お待ちくださいと席を外された。ポンチョと魔法袋を下ろして待っていると、いつもの魔石担当ではなく、もう少し年をとった職員を連れて戻ってきた。責任者だろうか。

「お疲れさまです。今日は先日の魔石の代金の受け取りに参りました。今大丈夫でしょうか」

 二人が向かいに着席したのを確認して話を始める。

「はい、それは問題ありません。ですが、その前に一つこちらの話を聞いて頂けないかと」

「聞くだけでしたら」

 それを聞いた男が口を開いた。


「第四迷宮が今抱えている問題をご存知か」

「六層についてのことでしたら、噂程度には」

「説明をしよう。今この都市には、エイクイルの騎士団が修行する聖女達の護衛という名目で多数滞在している。今回も、聖女と騎士の一部が第四迷宮への探索を希望した。ご存知ないかもしれないが、パイトは特別な理由がない限り迷宮の利用を拒めない。我々はあくまでも迷宮の管理をしているだけで、それを制限するには明確な理由付けが必要なのだ。エイクイルが第四を利用するのは初めてではないし、過去に大きな問題を起こしたこともない。今回も許可を出した。本来ならこの許可を出すという行為すら必要のないものだが、慣例となっている。礼儀以上の意味を持たない」

「続けて下さい」


「これまではエイクイルの面々も六層……死の階層を避けるのが常だった。だが、今回は六層こそが目当てであったらしい。どのようなやり取りがあったのかは知らないが、彼らは六層で戦い、一部が七層へ、一部が五層へ。そして五層へ生還した騎士が言うには、一部がまだ六層に取り残されているのだと言う。ここでエイクイルから依頼が出た。聖女や騎士達の救出、そして遺体と遺品の回収だ」


「そしてそれは失敗した。幾人かの冒険者や騎士が六層への入り口を突破しようと試みたが、結果階層の入り口にリビングメイルが密集し、手のつけようがなくなった。その後業を煮やした騎士の一部が独断で突っ込み、全滅した。七層以降にいた面々も六層への突破を企てたそうだが、それも失敗したのだろう」


「六層のリビングメイルの排除。これは物を知っている冒険者はまずやりたがらない。受けるのは物知らずか命知らずだけだ。六層への侵入をするために、エイクイルへ独断専行を控えるよう伝えたが、これに強制力はない。今なお彼らは自力での突破の算段を立てている」


「なまじ六層へ侵入できたところで、七層の入り口に固まっているそれも排除しなくてはいけない。これは現状集められる戦力では不可能だ。その上エイクイルは六層に留まっている人員についても救出するよう要請を出している。無理の上塗りだ。だが、我々には一つ手があった。それが貴方だ」


「──条件を、全て聞き入れて頂けるのであれば」

「伺おう」

「一つ。五層から六層への入り口に溜まっているリビングメイル、それが散るまでエイクイルや他の冒険者を強権を以て抑えること。これは、私には集団で固まっているあれに対応して、六層へ安全に侵入する術がないからです」


「一つ。七層から五層へ、そして迷宮外への救出は、私以外の者の手によって行うこと。これは、私には人員の救出を行いながら、周囲に気を配って再出現したそれの相手をすることのリスクが大きいからです」

「七層への入り口に固まっているリビングメイルの排除は」

「請け負います」

「続けてくれ」


「一つ。リビングメイルとの戦闘において、私の邪魔をしないことを救出メンバーに徹底させること。これは、本当に邪魔だからです。共闘も一切望みません。協力は敵対行為と見做します」


「一つ。六層での救援、これを私が職務として責任を持って請け負わないことを認めること。これは、私にとってエイクイルの人材はどうでもいいものだからです。もう生きているとは考えてはいませんし、仮に生きていたところで私の命を賭けて救う義理はありません。どれだけ譲歩したとしても、肉と鉄の回収に対して首を縦に振る気は欠片ほどもありません」


「最後に。私について、知り得たどんな些細な情報であろうとも外に漏らさないこと、これを貴方方が誓言すること。違えられた場合、私は心の底から迷宮都市パイトの全てを軽蔑します。以上です」


「質問がある」

「どうぞ」

「戦闘においての『邪魔』とは、どこまでを指す」

「迅速に静かに、救出のみを行う。それだけが望みです。意図して音を立てて気を引いたり、意図して入り口に集めたり、意図してリビングメイルの気を引いて逃げまわったり、そういう余計なことを一切しないで欲しい。接敵した際は、迅速に潰せないのであれば逃げ、逃げられないのであれば死んで下さい」

「救出完了後、六層で生存者を発見したらどうする」

「一人で歩けるのであれば、五層への大岩までの案内程度は請け負ってもいいですが、人命の保証はしかねます」

「この依頼の後、探索を請け負って貰えるか」

「確約しかねます。前提として、探索というだけならばともかく、そこに救出作業と遺体の回収が絡むのであればお断りすると、今ここではっきり申し上げておきます」

「分かった。条件は全て呑む。必要なものはあるか」


「六層への侵入後、七層への大岩に群がっているリビングメイルを殲滅したら合図を出します。笛のような、大きな音の鳴る、それと分かるものを用意して下さい。また、その音が救出開始の合図であることを周知させ、それまで六層へ侵入しないことを救出メンバーに徹底させて欲しい」

「用意しよう。他は」

「同じようなものを救出メンバーのリーダーにでも渡して、救出が全て終わったら私に合図をして下さい。それに対して私が返答することで、了解の合図とします。それ以外では一切鳴らさないで欲しい」

「心得た。他は」

「可能であれば、布製で良いのでフード付きの外套かローブを用意して欲しい。私が着ているもののような、色の違う物を。これは、素性を隠したいからです」

「揃えよう。他は」

「ありません」

「分かった。いつから出れる」

「いつでも。時間があくのであれば、どこかで仮眠を取らせて下さい」

「六層の殲滅にはどの程度の時間を要す」

「全域に渡る殲滅ということであれば、二刻弱程度を想定して下さい。ただし、討ち漏らしや再出現することもあります。絶対安全な状況を確保できるとは思わないで欲しい」

「作戦の立案はこちらで請け負っていいか」

「前半の条件を違えないものであれば」

「二刻半もあれば散るはずだ。仮眠室を用意する」



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