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第二百九十一話

 

 話のあとに水場を借りて茶器の類を片付け、そのまま居室扱いしている尋問室へ戻ろうとしたところで、部屋を充てがわれた。

 階段をいくつか上がった先にある一室。窓はない。ベッドはあるが、骨組みだけでシーツはおろかマットもない。机も椅子も鉄格子もない。きらびやかな調度品など絶無。普通の空き部屋だ。

「あの、私はあの牢でも構わないのですが」

「なんで好き好んであんな所に居たがるんだい……。狭い場所だが内側から鍵がかけられる、悪いがしばらくここに居ておくれ。食事は適当な兵に声掛けてくれれば運ばせるからさ」

 砦だから仕方がないのかもしれないが、お風呂はないらしい。水浴びはできるとのことだが、既に日はとっぷり暮れている。今日は諦めなければいけない。

「分かりました、ご配慮ありがとうございます。外へはあまり出ない方がいいですね?」

「そうだね。生理的なモノは仕方がないが、それ以外はできるだけ大人しくしていてくれないかい。一応アタシも国に仕えてる立場だ、部外者を通すと報告が必要な場所もある。面倒なんだよ」

 こんな何もないところで生活できませんワ! なんて駄々をこねても無駄だ。なにせ明かりに本に茶器にコンロまで持参していることはバレている。寝具を持ち歩いていないわけがないし、保存食の一つや二つも同じだ。放っておいても何とかなる。

 これでも割と丁重に扱われている。おばちゃんの仕事をこれ以上増やすのも心が痛い。

「分かりました。水浴びはしたいですが……大人しくしていましょう。鍵は掛けっぱなしにしておきますので」

「あぁ、そうしてくれると助かる。アタシも疲れたよ……」

 普段なら仕事上がりにご飯をかっ食らって、その後にパジャマ姿で晩酌の一つもしていたところだったのだろう。申し訳ないね、ほんと。


 大陸中央の山々を囲うように鎮座しているいくつかの砦や関所などの人員にお願いしたいことは、主に二つ。

 一つは結界石の護衛。護衛というほどのことでもないとは思うが……持ち去られないように見張っていてもらいたい。

 一つは作戦前に龍の巣へ突撃しようという血気盛んな冒険者などの制止。反攻作戦のことは既に噂のレベルを越えて流布されているが、それに乗じて勝手に乗り込んでもらうと困る。

 非情に徹すれば別に困りはしないんだけど──ガルデが無実の誰それを生きたまま焼き殺したなんて話にでもなれば、要らぬ突き上げを受けることは間違いない。

 ポーズだけでも取っておく必要がある。きちんと対策は講じていた、と。

 私の知る限り、ろくすっぽ戸籍も存在しないような世界だ。魔物や魔獣が跋扈する世界だ。一人二人の消息が途絶えようと、あまりうるさいことにはならないとは思うけれども。

 他にも補給物資やら何やら、助力をお願いできれば助かることがあるとは思うのだが、その辺は私の管轄外だ。商人の人もガルデに多数訪れていることだし、そっちの方でやってもらいたい。餅は餅屋とも言う。

 あまり色々と頼みすぎても仕事が終わった後の報酬の分配やら何やらできっと面倒なことになる。ただでさえ混成軍なのだ、この上国を跨ぎ過ぎてしまっては余計にややこしくなる。

 それに、際限なく増える人員全てに満足に報酬が支払われるとも限らない。あまり取り分のことでうるさく言いたくはないが、うるさいのが人という種族だ。ドワーフもエルフもそこは変わらないと思う。

 なのでまぁ、菓子折りと酒樽持参で挨拶に伺えばそれで終わりにできる程度に抑えておく──で、いいんじゃなかろうか。

 流石にいくらか報酬は支払うことになるとは思うけどね。


 二日ほどお部屋で大人しくして時間を潰し、結界石の効力を確認できたとの連絡を受け、おばちゃんの部屋へと呼び出された。

 花のない部屋だ。事務机に椅子、書類棚、壁に貼り付けられた地図。どう見てもおばちゃん用ではない甲冑がマネキンに装着されているのが唯一の美術品といったところ。

 いや、もう私が花で美術品と強弁してもいい。この土と錆臭い田舎砦に咲く一輪の花とは私のことだ。別に女性兵士がいないわけじゃないけれど、この場には居ないし私は満足に会話を交わしたこともない。集めれば花束くらいにはなると思う。

「性能の程は確認させてもらったよ。四、五年は保つんだね?」

 机を挟んでおばちゃんの正面に立ち、机上でコロコロと手遊びされている結界石に目を向けながら答える。

「削ったり割ったりしなければ、保証します。言うまでもありませんが、壊れたらそれっきりですので」

 なるべく丁寧に扱ってもらいたい。数十秒ほど精魂を込めて作った私の子供達だ。

「あぁ、分かっているさ。これは大したモンだよ……使い捨てるのが惜しい代物だね」

 お褒めの言葉を頂いた。だが、使い捨てねばならぬのよ。

「緊急時ですから、効力と生産性を重視しました。それで何とかギリギリ間に合ったといった感じです」

 土石にはまだまだ予備があるが、それは口に乗せずとも良いことだ。

「──これ一つで兵士数年分の俸給にもなるだろうさ。不埒なことを考える輩が出てくるかもしれないが……そこはしっかりと見張っておくよ。他の砦にもその点については念押ししておいた」

 机の……下に、引き出しか書類置きでもあるのだろう。そこから何通もの手紙を取り出してこちらに渡してくれる。

「いくつか私も顔の効かない場所があるが……まぁ、その辺の事情も手紙に織り込んである。上手くやっておくれよ」

「ご協力いただき感謝します。必ずや成し遂げて参りますわ」


 残りの結界石を樽で受け渡し、手紙を受け取って順繰りに砦や関所を巡って結界石を卸しながらガルデへと戻る。道中時間潰しにパイトの迷宮へと足を運んで魔石の補充を進める──こんな予定を組んでいたのだが、先に下見を行おうと思って山を、山々を、山間を、散歩している最中に、面倒なものを見つけてしまった。


 かなり面倒なルートを採らないと足では辿り着けぬであろう、『中心部』とでも呼びたくなる山と山の間の一際深い森の中。

 何やら魔物の反応がやたら濃い一帯が《探査》に引っかかり、足を運んでみると石造りの廃墟を発見した。

 お屋敷というよりもお城、より正鵠を得た表現を探すとすれば神殿が近いだろう。鑑定神殿などが割りとこのような造りをしている。

 敷地はそれほど広くはないが、状態が酷い。庭は森、建物も森、掘りも森、柵も老朽化しまくっていて過半は朽ち果てている。どれだけ放置すればこうまで荒れ果てるのだろうか。

 そんな森に飲み込まれた廃墟が、魔物の巣になっていた。


 それだけならば別にどうということもない。廃村にゴブリンが住み着く──なんてことは別に珍しいことではないし、オークは集落を作る程度の知能があったりなかったりする。

 ギガース辺りまで巨大になれば、(ひと)種の建造物などミニチュア同然で使っていられないとは思うが、オーガや狼だって在野のそれは群れたりするわけだ。

「ゴブリンにオークにオーガと……イエティか、あれは。コボルトもいるし、グレムリンにコカトリス……ゲイザーまでいるな。選り取りみどりだ、なんだこりゃ」

 望遠鏡を取り出して観察を続ければいることいること。羽は持っていないようだが、ガーゴイルや金属質のゴーレムまでお庭をうろついているし、そこに留まることなく方方に散っていく。

 異質だ。異常だ。なんだこりゃ、ほんとに何なんだ。

「しっかし、生気がないというか、お行儀が良いというか、野性味がないというか……」

 積極的に群れるわけでも殺し合うわけでもなく、割と互いに無関心でいる。同種であるかを問うてすらいない。大層珍しい。

 在野の種ではなく、迷宮内部の魔物らしい振る舞いをしている。《探査》の範囲を目一杯広げてみれば、あっちにもこっちにもいる。あるいは、いた。

 多くはここら一帯の瘴気に耐えかねていたり、単純に飢えて死んでいるようで、亡骸と魔石を残すのみとなっている。全てをかき集めれば一財産になりそうな量だ。

 無機物系も動きを止めていたり、瓦礫の仲間入りをしているものがほとんどのように見える。

「ゴブリンにオーク……ねぇ」

 嫌な予感がします。結界で封じ込めて見なかったことにして帰りたくなる気持ちを抑え、ステルスモードで神殿内部に足を踏み入れ──る前に、周囲の調査を開始した。


 魔石は使うと小さくなり、やがて消えてなくなる。

 私も専門家ではないが、魔物や魔獣、それに霊体といった不思議生物達は体内に一つ、各々の属性に対応した魔石を持っている。

 よくは知らないが、在野の個体は身体と一緒に育ったりするのかもしれないし、不思議パワーを使えば小さくなったりするのかもしれない。

 土石と、稀に風石を内包している狼がいるように、育った環境やらなんやらで、あるいはそういったものが変質するようなことがあるのかもしれない。

「こいつらもその辺りの事情は変わらないみたいだけど……小さいな、魔石」

『黒いの』で斬り殺して嫌々腑分けしたゴブリンと、《浄化》した似たような体躯のゴブリン。動いているガーゴイルと、《浄化》したガーゴイル。オークにオーガ、ゲイザーなども頑張って分解して調べてみたが、体内に内包されていた魔石の魔力の質や大きさといったものは、私のよく知るそれらと大差がない。

 しかしまぁ、死亡からそれなりの時間が経過したと思しき個体から穿り出した魔石や、その辺に散らばっている魔石の大きさは、そこから一回りも二回りも小さくなってしまっている。

「んー……吸われて……るん、だろうなぁ。山……? 龍……?」

 因果は絡まるのだ。魔物の大量発生、魔獣大陸に発生しているゴブリンやオーク、それに在野にいたと多数報告が挙げられているリッチやレイス。

「迷宮から引っ張り出してきたとか、漏れ出たとか、溢れ出たとか……まぁ、そう言われた方が納得はできる」

 初めてパイトに訪れた頃、迷宮から魔物が溢れ出てきやしないかとビクビクしていたものだ。いざという時にはその対処を迫られるのではないかと。

 それなりのマイスターとなった今、そのようなことは絵本や御伽話の題材の一つ、まさに絵空事でしかないと知ってはいるのだが──。

「もしかしてあるんじゃないの……あの廃墟の中に」

 ──迷宮が。


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