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第二百九十話

 

 確実に日が落ち、照明なくしては活動できない闇の時間が訪れた。

 (ページ)をめくる手を止め、荷物から適当な数の魔導具を取り出して稼働させ、光度を調整しながらその辺に適当に配置していく。眼球にかかる負担が大いに軽減されたことを確認すると、そのまま書物を読み進める作業へと戻る。

 住めば都だ。薄暗く男臭い鉄格子と灰色の空間ではあるが、読書に集中してしまえばそんなことも気にならない。推定尋問用の机は狭く、年季も入っていてあまり綺麗な物ではないが、適当な薄布を敷いてごまかし、そこら中に設置した足場に明かりを乗せ、コンロと鍋で湯を沸かし、ポットに葉を入れて茶を沸かす。

 お気に入りのカップにそれを注げば、あぁ、なんと優雅で穏やかな一時だろう。私が求めて止まなかった時間がこれだ。冒険者は早々に廃業して、深窓の令嬢にジョブチェンジをしたくなる。

 朝の木漏れ日や鳥の歌声と共に目を覚まし、身支度を整え、瀟洒な衣装に身を通し、これまたお洒落な軽食を頂きながらお茶を飲む。たまに談笑を挟んでもいい、エルフが同席していれば、そこはさながら妖精のお茶会。

 一人の時間には何かこう、高尚な文学作品などに目を通し、その後は──。

(うーん……お嬢様って普段何してるんだろうね)

 謎だ。こんなことならもっと少女漫画にも目を通しておくべきだった。頻繁にパーティに繰り出してあらあらうふふしているであろうことは南大陸のお城での経験から察しもつくが、あの時の私は手の届かぬご飯と装飾品の造形、それにお姫ちゃんの護衛で頭が一杯で、そんなところにまで意識を向ける余裕がなかった。

 ダンスの練習とか、気に食わない令嬢を虐めたりして時間を潰しているのかもしれない。ひたすらお稽古事に耽っていたりもするのだろうが、私は歌や楽器、それに踊りといった文化的なあれこれにはまるで興味がなく、専門書を読んだり鉄を打ったり魔石をいじっている方が楽しい。身体を動かすのも好きだ。

 令嬢ルートはないな。ないないだ、ないない。


「急いで戻ってきてみれば……何だいこれは、アタシは部屋を間違えたのかい?」

 頭がこんがらがりそうになったところで魔術式関係の書籍から頭を上げ、気分転換に新しいお茶を──と湯を沸かし直そうとしたところで、一人のおばちゃんが現れた。

 恰幅のいい、肝っ玉母ちゃんとでも称したくなるおばちゃんだ。お玉と鍋、そして三人はいそうな娘さんが選んだ可愛いエプロンが似合いそう……どこにでもいそうな普通のおばちゃん。

 だがこのおばちゃん、ただのおばちゃんではない。

 お玉も鍋の蓋も手にしてはおらず、幅広の斧槍を肩にかけている。エプロンではなく重そうな金属鎧を身に着け、足音はドタバタではなくガシャガシャだ。

 気力が漲っていて、少なからず魔力も持っているように見受けられる、間違いなく戦闘職。これだけの要素が重なれば、専業主婦とは強弁できまい。

 そんなおばちゃんが呆れ顔を向けてきている。ここは私の城なので、ノックの一つもするのが礼儀だと思う。そんな感情のまま口をついた。

「どちら様ですか?」

「そりゃあこっちの台詞だよ……誰だい、アンタ」

「普通の冒険者ですよ。悲しいことに、兵士の方々には信じて頂けなかったのですが」

 白ワンピの胸ポケットからギルド証を取り出して机の上に置く。お茶も読書もここまでだ、お仕事の話をしなくてはならない。


「……なるほど、アダマンタイトだ。照会しなければ断じることはできないが……まぁ、いいだろうさ」

 ギルド証はただの金属板ではない。これは魔導具の一種だ。

 内部には蓄積された貢献点や依頼の受注履歴といった情報が秘匿されており、失敗したり問題を起こしたりすればそれもきっちりと記録される。

 リューンが護衛依頼を完遂した際にはギルド証その物に何やら刻まれていたが、その情報も階級が上がった際にきっと情報として刻まれ直すのだろう。

 冒険者ギルドでは専用の機械に通すことでその真贋を見極めることができる。きっと内部に情報を記録しておくチップのような物でも入っているんじゃなかろうか。偽造対策は万全だね。

 そこを調べるまでもなく納得してくれたのは、単に硬度と色味からの判断か。石ころのような黒に近い灰色というこの色合は、アダマンタイト特有のもの。

 名刺大のプレートを手に取ってしばらく指力で曲げようとあれこれ四苦八苦していたが、とりあえずはご納得頂けた様子。そのまま手渡しで返してくれた。

 いくらドワーフでも、これを指で曲げられはしないと思う。中々可愛いおばちゃんだ。

 背はギースよりも低いか、あるいは同じくらい。横幅は……彼と比べれば普通だが、それでもドワーフだ。やっぱり恰幅がいい。焦げ茶色の髪やヒゲはドワーフに多く、このおばちゃんもその例から漏れてはいない。

 リリウムも信じ難いことに半分はコレらしいのだが、あのまま年を取っていたらこうなっていたんだろうか。

 私はエルフも樽も平等に愛する乙女なので別にそれでも構わないのだが、服装は改めてもらう必要が出てくるところだった。女神様、ナイスタイミング!


「それで、貴女がここの責任者で間違いありませんか?」

「あぁ、そうだよ。指揮官のユーハだ。ガルデからの手紙を運んできたそうだね」

 茶器や書籍を偽装魔法袋を介して《次元箱》に放り込み、その足で豪華な便箋を取り出す。

「王からの書状と、作戦に関しての補足事項が少々。それとついでに助力頂きたいことがいくつかありまして、ご相談できればと」

 そのまま渡していいものかと少し悩みかけたが、よくよく考えるまでもなく悩んでも仕方がないわけで、素直に渡すことにした。

(この人が本当にここのトップかどうかは定かではないんだけど……私の立場も似たようなものだし、いいよね)

 尋問室らしく机を挟んで椅子は二脚備えられているが、指揮官のユーハおばちゃんはそこに腰掛けることなく、また手紙を受け取ることもなく、部屋の外を示して魅力的な提案をしてくれた。

「その前に飯にしよう。アタシもクタクタなんだ、アンタも食うだろう?」

 私も朝昼抜いている、断る選択肢はない。


 砦の食堂は大層賑わっている。ここはそれほど大きな拠点ではないようだが、一応国境を守るための盾だ。

 それなりの人数が常在しているようで、腹ペコ兵士のお腹を満たすために大鍋でガシガシ作れる系のシチューのような汁物に、焼いた塊のお肉と固くも柔らかくもない日持ちする系のパンが出された。サラダがあれば完璧だったが、野菜はことごとくが煮込まれてしまっている。デザートの類は皆無だ。

 量は多目で味付けは見るからに大味だが、きちんと食べられるだけ恵まれてはいるのかもしれない。食べないと力が出ないのは種族も世界も越えた真理だ。

 一応食器も含めた全てに《浄化》を施してから、手を合わせて口をつける。塩気が少し足りない気がするが、内陸の食事なんてこんなもんかもしれない。


 砦の食堂は大層賑わっている。いつもより余計に賑わっているかもしれない。唐突に現れたお客様であるところの私についての隠れていないヒソヒソ話が頻繁に耳に届く。

 牢にぶちこまれはしたが、別に武力にかまけて無理やりというわけでもなかった。別に怒ってはいない。

 兵士の人がそうしなければならなかった理由も分かる。別に怒ってはいない。

 明かりを灯してお茶を飲みながら本を読んでいたことも制止されなかった。別に怒ってはいないし、国際問題にするつもりもない。

「モテモテじゃないか」

 目の前のおばちゃんの耳にも届いているようで、茶化されてしまうが、今はそれどころではない。

「慣れています。アプローチはお断りしたいですけれども」

 邪魔をしないで欲しい、今は普段より集中して食事に取り掛かっているのだ。昼間お貴族様について少し想いを馳せたので、今日の私はちょっとしたお嬢様スタイル。

 お肉の塊に齧り付いたりはしないし、パンをシチューに浸したりもしない。澄まし顔でパンを千切っては口に入れて、静かに咀嚼していく。

 身体強化を使って固パンを引き千切るお嬢様というのは……まぁ、ありだろう。リリウムもそうしていることだし。

「ハッ! でもまぁ、高位冒険者なんてそんなもんかもしれんね。四級くらいからうるさくなるんだろう?」

「そうですね。一級になれば静かに暮らせると思っていたのですが……ギルドには騙されましたよ」

 正直何とも言えない。私は初級から一級まで飛び飛びの飛び級しているため、その辺りの事情には疎い。

 うちはアリシアとリリウムを除けば全員四級だけど、彼らには指名依頼が回ってきたりしているんだろうか。正直全く興味がないので尋ねたこともない。

 ギルマスのおっさんは四級辺りから賑やかになってきたとか言っていたが、確か一人前扱いされるのが三級とも言っていた。ボチボチ忙しくなるのかもしれないね。


 お行儀よく楚々と食事をとっていた私と、下品でない程度に豪快に食事を平らげていた肝っ玉母ちゃんの食事が済んだのはほぼ同じタイミング。単に並べられていた量が違う。ドワーフはやはり大食らいだ。

 食べられる時にきっちり食べておくのはとても大事なことなので、それについて何か言いたいわけではないけれど。

「はぁぁ、今日も美味かった。これで明日もまた頑張れる……と言いたいところなんだが、アタシ達は明日からどうすりゃいいのかね?」

「ここでお話しても私は構いませんが、場所を変えると仰るのであればそれでも結構です」

 手の甲で口を拭ったりはしない。はんけちーふは常に携帯していましてよ。

「うちの連中は家族みたいなもんだ、他人事でもないんでね。構わないかい?」

「えぇ。食事を待たされた方に恨まれるようなことがなければ、私は構いません」

「じゃあ、ちと失礼するよ──」

 お肉カットナイフとはまた違った、どう見ても命を奪う系のギザギザナイフを取り出し、金刺繍入りの便箋の封を切っていくおばちゃん。切りにくそうだけど、切り口がグチャついてはいない。器用なものだ。

 この食堂、なんとお茶が出ない。お酒は出るようだが、私はノーセンキューなのでまたもや自前のお茶を淹れる。

 癖のないジャスミンティーっぽいお茶を二つ入れ、一つを差し出し一つに口をつけ、私はお先にまったりモードだ。


 そのまましばらくお腹を休めること数分、真剣な眼差しで何度も文面を追っていたおばちゃんが顔を上げ、一言礼を告げてカップに口をつけた。ドワーフもお茶は飲むらしい。

「──概要については承った。しっかし……眉唾だね」

「何がですか?」

「色々あるんだが……山々を囲うと書いてあるよ。できるのかい、そんなことが」

「可能です」

 自信満々に答えたが、訝しげな眼差しを向けられる。まぁ、チラリしてしまうのは分からないでもない。独力では難しいし、数年前の私なら不可能だった。

 だが今の私は、割と不可能を可能にできる。全知でも全能でもないが、主役は私ではなく私の魔導具(こどもたち)。これくらいはお茶の子さいさいだね。

「ユーハさんは、北や東側の砦の責任者とは面識がおありですか?」

「北と言うと、山の北側のかい? 全員ではないが、顔見知りも知り合いもいる。東はほぼ同僚だ」

「きっと何度もこのような疑念を投げかけられ、私はそれに相対しなくてはなりません。それは大層面倒なのですよ」

 猫袋を介して《次元箱》から樽を引っ張りだす。そしてその中から結界石をいくつか取り出してみせた。

「これが件の魔導具、結界石です。効果範囲は半径千と四百から五百メートルほどの球形。大きさはまちまちですが効果時間も、今稼働させれば、四、五回冬が明ける辺りまでは保つように調整してあります」

 しっかし、こんなのが四年も五年も稼働し続けるのは我ながら凄まじい。今以上に効率を上げられることは確定している、夢が広がるね。

「時間は試しようがありませんので置いておきますが、性能に納得がいきましたら……同行して頂きたいとは言いませんので、その方々に紹介状を書いて頂けませんか。そのためなら喜んで数日足止めを食らいます」

「ふぅむ……」

 楽をするためなら、あの牢屋にもうしばらく滞在しても構わない。というか本がいいところなので続きを読みたい。


「それで、私達にはこれのお守りをして欲しいと言うわけだね」

 しばらく考え込んでいた指揮官は、グイッと一息にお茶を飲み干してカップを空にすることで覚悟を決めたようだ。

「そういうことです。内側から外側に漏れないように、外側から内側に入ってこないように。最外周の物はそのような意図で配置します。持ち去られては何にもなりませんから」

「……明日一日、効果の程を試させてもらう。言葉に嘘がないことが確認できたら……いいだろうさ。書類仕事は苦手だが、請け負ってあげるよ」

 おばちゃんだいしゅき。


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