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第二十九話

 

 翌朝ゆっくりと起床し、身体を動かして洗面を済ませる。水の容器と水袋の中身を入れ替えて、部屋に戻って昨日の果物を齧りながら今日の予定を立てる。

「私は認識が甘かった。自分の所為でなくとも、迷宮に閉じ込められることはあるんだ。常日頃から保存食と水は十全に備えておくべきだ。それが分かっただけでも収穫だね」

 昨日買ったクッキーや干し肉は多少残っているが、あまり安くなかったのでそう大した量を持ってもいない。昨夜も少し食べてしまっているし。

 おやつ感覚が抜けていないのだろう。水の容器も、一つ二リットル程の物が五つでは不足になるかもしれないな……。重さに目を瞑れば多少増やしたところで持ち歩くことは可能だ。

「今日は保存食と水の容器、あと望遠鏡を探してみよう。それと魔法袋の相場も調べておこう。重量軽減付きや入口と容量の大きい物は一生ものになるかもしれない。多少高くてもここで稼げない額ではないはず、だと思う」

 まず魔法袋と望遠鏡を探して、袋の種類や相場を調べる。水の容器はその後かな、今すぐに購入するわけじゃないけど、今使っているものと同じ規格のものをいっぱい買っても……いや、別にこれでもいいのか。水袋に樽から直接詰めるわけにもいかないし。

 保存食はその後だな、あれは即座に売り切れるという類のものでもない。大きなブロック状のものがあるなら、切り分けるナイフが必要になるかも、くらいか。流石に固まりをそのままや、引き千切って口にするのは乙女的にどうかと思っている。

 今の手持ちが……二千七百万は使ってなくて、五十万貰って靴を二十万で買ったから、おおよそ残りがそのくらい。明日まで待てば追加で二千四百万入ってくる。

「それくらいなら、全額望遠鏡に使ってしまってもいいかもね。これまでに何度も欲しいと思ったし、きっとあれば役に立つ。あー、時計も欲しいな……棚も。棚はオーナーに許可取ってみようかな」


 一つ懸念があるとすれば、このまま何日も六層へ向かえなくなる可能性。流石に考えにくいかな……。数日も経てば解決しているか、物資が尽きて全滅。それで霊鎧も散るだろう。

「あー、そういえば七層も鳥か……。見たことないけど、それで食料確保されたら長引く? ……いや、そもそも五層から六層へ向かえればいいのか。誰かしら倒すだろうし」

「鳥、鳥かぁ……お肉捌けるようになる? なれないなぁ、それだけは無理だ。食肉の調理はいいとしても、食肉へ加工するのは……そうだ塩! 塩は買っておこう。水だけじゃ駄目だよね。よかった、塩は大事だ」

 港町がどの程度離れているか分からないが、走って向かえる距離なら散歩がてら走ってもいいかもしれない。魚は好きだ、特に鮭とばとか……似たようなものがあったら是非仕入れたい。それに──。

「いざとなったら状況が落ち着くまでそのまま旅をしてみてもいいしね。港町でも砂漠でも王都でも異国でも。少し出るだけなら、ここの宿代は前払いしておけば文句は言われないだろう」

 そのまましばらくだらだらして、開店する頃合いに宿を出た。オーナーは不在だった。


 一番近くにある魔導具店から順繰りに巡っていく。望遠鏡について聞いてみたが、迷宮産や古代の希少な魔導具といったものに極々稀にあるそうだが、この手の類の物は国に取られるかオークションに流れるのがほとんどで、一般の店舗に入ってくることは少ないらしい。ちなみにパイトにはオークションはなく、最も近いところは王都、規模の大きいものは二つ隣の国にあるとか。地理が頭に入っていないので全く分からない。望遠鏡についてはどこで聞いても知らないか、だいたい同じ答えが帰ってきた。


 魔法袋は大体どの店でも複数扱っている。魔法袋の値段はおおよそ『形』、『容量』、『付加効果』、『燃費』の四点から決められている。

 まず『形』だが、これはそのまま、見た目の大きさや形状だ。基本的に小さいものほど価値が高い。ただ、口が小さくて大きな物が入らない癖に容量だけは非常に大きいなど、癖の強いものもあるため一概にどうとも言えないとのこと。

 次に『容量』、これもそのままだ。中にどれだけ物が入るか。魔法袋の内部空間は袋の形状と相似の関係であるらしく、細い筒のような形で容量が群を抜いて大きい場合など、入れたものが落下して破損することもあるとか。基本的に大きい物ほど値段が高いが、こういう理由から値段が抑えられている商品もいくつか目に入った。

 そして『付加効果』、これは私には馴染みの深い重量軽減などの効果付きのもの。稀に珍しい効果もあるそうだが、広く知られているのは『重量軽減』、『時間停止』、『転送』の三つ。


『重量軽減』については重さをどの程度減らせるかというもの。話を聞く限りでは、固定値を引いたり割合で減ったりするようだった。そこの多寡で値段も動く。

『時間停止』については、蓋が完全に閉まっている間、魔力を消費して内部時間を停止するのだとか。食べ物も腐らないため非常に価値が高いと言う。ただ、これに私は少し懐疑的になった。「商売で砂漠に氷を詰めて持って行って、開けたら全て溶けていた」という話を聞いたからだ。私の常識ではかるわけにもいかないが……時間が止まってるのに氷が溶ける、熱が加わっているというのと、食べ物が腐らないというのは何かこう、もやもやした。違うんじゃないかと。

『転送』については最も興味を持った。袋と物を触れさせるだけで中に収納できたり、また手を触れるだけで取り出せたりするという。出し入れには多少魔力を使うそうだが、時間停止のものよりは格段に手に入りやすいし、店頭には陳列していなくても保有している店舗は多いだろうとのことだった。これがあれば霊鎧の魔石をしまうのが楽になるし、普段使いでも便利なことが多いと思う。すごくほしい。なお、転送付きのものでも入り口より大きいものは入れられないらしい。

 最後に『燃費』。基本的に魔法袋は魔力を使用する。完全に無消費のものは小型のものは稀に見るが、大きい物は御伽話のレベルだそう。容量が大きい程、付加効果が多くついたり効果の大きい物程消費魔力は増えるため、それがどれだけ抑えられているかでまた、値段が跳ね上がる。

 そして明確な査定基準が無いために、値段は大体店の言い値になるそうだ。知識のない私はいいカモだろう。オークションという手もあるが、実物を手に取って確認できないのは、魔法袋の場合非常にリスクが大きい。


 そんなこんなで店を巡っていたところ、非常に興味深いものを発見した。服だ。

 例えるなら、白い無地のキャミソールと、なんとか尻の隠れる白いホットパンツのようなもの、そして黒のベルトの三点セット。お値段なんと、セットで今なら二千五百万! いえ、今だけお客様限りで千五百万! だという。

 普段なら「アホか」の一言で終わるのだが、今回はそうもいかない。この服、なんと魔導具だ。

 なんでもセットで身に付けている限り、汚れを一切受け付けなくなる魔法がかかっているとのこと。おまけに魔力を流せば防御力も非常に高くなるのだとか。「ならその内売れるんじゃないの」的なことを口にしたが、防具としては肩も胸元も太腿も丸出しだし、魔力も使う。セットでなければ価値がないのでバラ売りもできず、値段をこれ以上下げるわけにもいかず買い手がつかないということを回りくどく説明された。「千三百ならこの場で即金で買ってもいい、これ以上の交渉はしない」と口にすると、散々悩んだ末に顔を青くして千三百で売ってくれた。高価な物は値切り前提で設定されているだろうから、心も痛まない。


 これで手持ちの残りが千四百四十万くらいか。しかし、いくらなんでもこの年──いや、まだ若いけど──でキャミとホットパンツのみでうろつくわけにはいかない。

 普段はポンチョを身に着けているからいいが、流石に暑くなってくると不便に感じることもあるだろう。何か上に着られる……とにかく上着だ。それを買いに行こう。

 防具屋ではない普通の服屋に赴き……自分の格好のアレさに少しテンションが落ちかけたが、フード付きの薄手のパーカー的なものを何着か買って、店をそそくさと後にした。フードはまぁ、顔を隠すのに必要だしね。

 宿に戻って一人ファッションショーを開始するが──

「うん、サイズもちょうどいいし中々悪くない。服は可愛いし、私もそう……まだ、まだいける。大丈夫。パーカー脱いだら白一色でちょっとあれだけど、まぁ見せるために着ていない。ただ、これで冒険者とか名乗るのは少し、無理があるな……あんまりだ」

 上は白、下も白、ベルトだけが黒で靴は金色混じっているけれど白銀だ。髪は黒いので限りなくモノクロに近い。上着はなんとかなるにしても、オシャレとはちょっと違う。

 しかし魔力を流した時の防御力には目を見張る物があったので、これを脱ぐ選択肢は消えた。コーデは他のもので考える必要がある。


「まぁ、生存最優先なことには変わりないけどね。本来なら籠手や兜や太腿を守れるものを身に着けるべきなんだろうけど……手袋とタイツとかないかな、魔導具で。可愛いやつ」

 私服が防具を兼ねていると考えれば、楽でもあるし、日常の安全も代金に含まれていると思えばそう高い買い物でもない。

 何より動きが阻害されずに軽いので楽だ。常に魔力が多少吸われてはいるものの、靴とは比較にならないし正直誤差の範囲。

「うん、気に入った。洗濯の手間が省けるのもいいし、移動の際も服はかなり減らせるね」

 下着と靴下と、これも可愛いの買おうかな。見せる相手はいないけど。

「それとあれだ、爪切りでなくてもいいけどヤスリは欲しい。鏡は金属製で質が悪かったしどうしよう、でもなぁ」

 そのままうんうん唸っているとだいぶいい時間になってきたので、お風呂へ向かって洗濯と入浴を済ませた。

 風呂から戻って受付にいたオーナーに棚を設置してもいいかと尋ねると、退去時に処分してくれるなら構わないと許可をもらえた。やったね!


 ついでに掃除をしたいので道具を貸して欲しいと伝えると、部屋の前に置いておくことと、長く使うならしばらく返さなくてもいいとのお返事が。大変ありがたい。

「明日は魔石の代金受け取って、ついでに六層がどうなってるかを管理所で確認して……六層向かうなら朝一がいいけど、朝で代金受け取れるかなぁ、直接六層見に行ってもいいけどちょっと面倒だ。昼過ぎまで買い物して、管理所で確認して、代金受け取って、解決してたらそれから迷宮。翌朝もう一度確認して数を調べる、って感じでいいかな」

 いくら防汚機能付きとはいえ、宿にいる間くらいは寝間着に着替えると決めたので、着替えて寝る準備を終える。

「買い物は保存食をたっぷりと塩と、食品用のナイフと爪のヤスリ、後は靴下と下着かな。それと夜間出歩くことも増えるかもしれないし、持ち運びできるような明かりの魔導具の値段を調べておこう。ランタンとか懐中電灯的なやつ。後は棚と、いい加減化粧水買わなきゃ、役人さんにお勧め聞いてみよう」

 どこまで覚えていられるか分からないが、必要に迫られたらその時思い出すだろう。おやすみ女神様。



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