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第二百八十四話

 

 バストアップ系の黒いキャミソールに丈の短めな黒スパッツ。一見ヨガウェアか下着かと見紛わんばかりの薄着で時節問わずにうろついている私の使徒ではあるが、靴だけは無骨であっても、それなりにしっかりとした作りの物を履き続けている。

 南大陸で再会した頃は普通のブーツを、アイオナでは防水系の人造魔導靴へと履き替え、セント・ルナに戻ってからは白大根の皮で一悶着ありはしたが、今では何とかそれを用いて気力マンの踏み込みに耐え得るレベルの代物を拵えるに至っている。

 素人が見様見真似で作ったにしては、仲間の贔屓目を抜きにしても大層な品だ。その為に幾十もの既成品が天に召されたのだが、まぁそれはそれとして。

 未だ量産には至ってはいないが、今日この時を以て、私も白大根のサンダルを卒業する。


「いい感じだね、履き心地は素晴らしい。本気の本気で酷使したら壊れそうだけど」

 白大根百パーセントではないのだろう。木か何かだとは思うのだが、特に踵部分を中心に硬質な感触が返ってくる。爪先も踏み込みに耐え得る強度を保有しているし、それでいてカツカツと音を立てはしないところが私好みだ。

 デザインは割と普通の、膝までを覆う編み上げ型のロングブーツ。着脱が面倒だが、不平を漏らすとすれば耐久面とこの点くらい。もっと良くできそうではあるが、合格点をあげたい。気に入りました。

 耐久面は要検証だが、身体強化の二種掛けまでなら悲鳴を上げないことは確認してある。ただサンダルよりも構造が複雑化しているために、三種はともかく四種以上はおそらくアウトだ。空中分解しかねない。

「改良を重ねてそれなりになってはいますが、何か不具合が出ましたら早めにお願いしますわ。以前のサンダルも捨てないでおいて下さいまし」

 それを捨てるだなんてとんでもない! ブーツは蒸れるのだ、夏場は引き続きサンダルのお世話になりたい。

 それにしても、リリウムとのお揃いポイントが猫柄の魔法袋以外にも一つ増えたな。このお嬢は前々から自作の靴を使ってはいたが、人様に勧められる出来ではないと、ずっとお預けされていたのだ。

「靴だから、根本的に素材が向いていないんだろうねぇ。相応しい物が見つかればいいんだけど」

 新鮮な間だけであれば、あのゴムっぽい弾力は非常に靴向きで良質なマテリアルなのだが、悲しいことに時間を置くと腐ってしまう。

「金属を覆ってしまうのが一番手っ取り早いと思うのですが……ねぇ」

 試しに作ってくださらない? と上目遣いでアピールしてくるが、防具作りは大変なのだ。

「時間のあるときにね」

 それがアダマンタイトで、部品の点数が多い物となると、特に。


 雑談を交えながら大通りを歩き、南の四層までやってくる。今日のお仕事は東側を担当してくれる冒険者との顔合わせだ。

 なのでいつもの戦闘服姿。術式隠蔽などの普段使いにしている魔導具は全て身につけ、白ワンピ姿で十手もきっちりと腰に()いている。リリウムも『黒猫さん』と『灰猫さん』を猫袋の中ではなく腰の鞘に下げ、私同様の戦闘モードだ。

 本当は『樽』を担いだ術師スタイルでいきたかったのだが、フロンに必死で止められた。可愛いのに。


 ギルドに到着後、受付でおっさんへの取次を頼んで案内された広めの応接室には、既に幾人かの冒険者が集まって話に花を咲かせていた。

 赤い髪を片寄せヘアーにしている、これまた赤い金属製の胸当てとミニスカを穿いた、外套と半水着スタイルの若い女剣士。

 光の当たり具合で金髪にも緑髪にも見える、大弓を担いだエルフの男。

 御伽話の主人公、『勇者』とは俺のことだ! と言わんばかりの、金銀の装飾で金も手間も掛かっていそうな全身鎧を着用した年若い金髪イケメン。

 私の見てきた巨人種の中でも一際体格が立派な、手甲を嵌めた武闘家然とした禿頭(とくとう)の男性。

 ミステリアスでグラマラス、水晶と占い小屋が殊の外似合いそうな、派手な格好で行き過ぎた装飾の杖を携えた妙齢の女性。

 この中でも最初の赤い水着剣士と並んで年若く見える、神官らしき服飾の清楚系の少女。

 年季の入った、それでいて手入れの行き届いた革装備と油断なく周囲を警戒する鋭い眼差しに目を引かれる、歴戦の勇士や熟練の冒険者といった体の、一見どこにでもいそうな(ひと)種の中年男性。

 エルフ一、巨人一、残りの五人は全て(ひと)種だろう。杖の人はエルフの血が混ざっていそうな雰囲気をしているが……まぁ、いいや。


 とにかく、どいつもこいつもキャラが立っている。この面子の中に放り込まれればリリウムはともかく、私は確実に地味キャラに分類されて埋もれてしまう。

 他にも数人居るには居るのだが、おそらくはパーティメンバーなのだろう。気力も魔力もそこそこだが、キャラ立ちしているこの七人程の存在感はなく、各々が距離を取ってそれぞれのリーダーと思しき連中の背後に控えている。

 ──連中はないな。彼らこそが精鋭、この作戦の中核を担ってもらうことになる頼りになる腕自慢達だ。

 それなりに長い付き合いになるはずだし、キャラ作りはほどほどに。傍若無人モードにはお暇してもらって、『連中』ではなく『方々』……いや、『人達』くらいでいこう。普通でいい。


「どう?」

「ありません。袋の中までは分かりませんが」

 そんな彼らと距離を詰める前に、小声でちゃちゃっとリリウムに確認を取る。これにも慣れたもので、最早阿吽の呼吸というやつだ。怪しい系の迷宮産魔導具の反応はなし。

 あの勇者系の男の剣はどことなくそれっぽい雰囲気なのだが、鞘に入っていてよく分からない。占い師系の人は杖もローブもフードも大層金がかかっていそうで、色味が統一されてないあたり、確実に迷宮産出の品だとは思うのだが……リリウムが違うと言っているし、触れなければ大丈夫かな。


「アンタらもギルマスに呼ばれた口かい? 見ない顔だね」

「えぇ、顔を出せと請われたもので。これで全員ですか?」

「あー、どうだろうなぁ」

「ギルドマスターなら、先程どなたかを呼びに出掛けましたよ。御自ら出向いたのですから、揃っているというワケではなさそうですね」

「そうでしたか。では挨拶はまた後程にした方がよさそうですね」

「その必要はないね。僕のことは当然皆知っているだろう?」

「知らぬなぁ! ガッハッハッ!」

 賑やかだ。この短期間で順繰りに水着剣士、私、水着剣士、弓士、私、勇者、武闘家と話が流れ、今は顔を赤くした勇者と笑顔の武闘家がじゃれ合っている。

 占い師と中年冒険者は我関せず。神官系の少女は話に加わるタイミングを外したのか、一人でオロオロしていてちょっと可愛らしい。

 リリウムは私の後ろに控えて早くもパーティメンバーモードだ。私もそっちの立ち位置がいいのだが、流石に今回ばかりはそうもいかない。自分達だけお茶を飲むわけにもいかないので、給仕で暇を潰すこともできない。手持ち無沙汰で仕方がない。もうちょっとゆっくり出てくればよかったか。


「後ろの銀髪の女、もしかして『掃除屋』ではないか?」

 殺気が立ち上るのを感じる。部屋の真ん中に突っ立っているのもどうかと思い、気持ち壁際に移動しようとしたちょうどそのタイミングで、中年冒険者から声がかかった。もちろん私にではない。

「──二度とその名でわたくしを呼ばないことですね。殺しますわよ?」

「お、お知り合いなのですか?」

 意を決したように声を上げ、会話に参加してきた神官ちゃんだが、ちょっとタイミングが悪い気がするゾ。

「知り合いではないが、南大陸では名の知れた女だ。単独(ソロ)の二級冒険者、『掃除屋』リリウム。無手と聞いていたが、棒術か、それは」

 そんなこと知ったことではないとマイペースに会話を続ける中年男と、多少顔を青ざめさせた神官ちゃんの対比が面白い。

「ペラペラと口の軽い男ですわね……」

 一方うちのお嬢のご機嫌は、私でも見たことがないレベルまで急転している。表情は押し殺した夜叉そのもので、今にも殴りかかりそうな勢いだ。

 この中年の命が散ることでリリウムの気が晴れるなら、別にやらせてしまってもいい──と普段なら放っておくところではあるのだが。

「彼女、そう呼ばれるのを嫌うんですよ。喧嘩を売りたければ、この一件が終わった後にして頂けないかしら。ここで人死が出てしまってはもったいないですから」

 ちょちょいと口を出しておこう。苦笑混じりに、仕方がないんですから……的な雰囲気を醸しだしておけば、そう角も立つまい。

「……すまない」

「ふんっ!」

 ふんっ! ですって。かわゆいぞっ! 心なしシュン……となった中年冒険者の姿も、不覚にも少しだけ可愛く思えた。


 流石は猛者揃いと言ったところか。局地的に血祭りの香りが漂っても何のその、空気は張り詰めずに弛緩したまま。占い師風の女性やエルフの弓士などは、欠片ほども気にかけずに雑談に花を咲かせ続けている。

 初印象では無口なクール系に見えた二人ではあるが、別にそういうわけではなさそうだ。何やら近隣の情勢についてなぞ、互いに持ち得ている情報を盛んに交換し合っている。

 私もそっちに加わりたいのだが、最初に話しかけてきた赤髪の女剣士と話が弾みかけているので、今はこっちに注力することにした。

「──まぁ、エイフィスの出なのですか?」

「出身ってわけじゃないけど、あっこの近隣が故郷だよ。暴動の初期にだいぶ手酷くやられちまった。参ったね、ほんとに」

 ケラケラとあっけらかんに笑ってみせるが、流石に軽すぎて違和感を覚える。故郷が滅ぶなんて割とありふれた出来事だったりするんだろうか。南大陸ではあり得ることだけど。

「それは大変でしたね。こちらへは仇討ちに?」

「まさか! 金だよ金。アンタだって……いや、『今』ここにいるんだ、皆そうだろ?」

 グルっと辺りを見渡して赤髪の少女が同意を求めれば、ちらほら肯定の声が返ってくる。神官の少女や占い師の女性なども力強く頷いている。皆の心が一つになった。


 そうだ、お金だ。お金は大事だ。ここで龍を倒したところで、実際のところ実入りは大して良くはない。

 多少貢献の具合で差は出るであろうが、そもそもこの仕事の報酬は、私を除けばおおよそ頭割りに近くなる。

 いくら龍が儲かるとはいえ、それは素材をきちんと処理できればの話だ。大人数で囲んでフルボッコにしてしまえば龍は滅茶苦茶。一生遊んで暮らせる大金なんて望むべくもないことはすぐに分かる。二匹倒そうがそれは大して変わらない。

 うちのメンバーだけで事を片付ければ報酬もそれなりになったであろうが、今ではもう軍団規模の人員が動員されているのだ。そのせいで基本給なんてものはたかが知れてしまっている。私の金銭感覚からすれば慈善事業のそれに近い。

 一方、スタンピードの鎮圧やキメラ掃除にはそれなりに歩合給が付く。命のリスクもそれなりに高いが、腕に自信があるならば、龍に固執したり西側から魔物を追いやる仕事に回るよりも、こちら側で堅実に討伐を積み重ねて稼いだ方が金銭面でも、そして貢献点の面で見ても美味しい。


 分からない人達が、分かっていて尚も龍殺しの栄誉に浴したい人達が、拠点方面への参加を希望している。

 ビキニのようなふざけた防具を身につけているから、見た目で頭パーな娘さんだと決めつけてしまいそうになったが、失礼な話だ。心の中で謝っておく。

 この娘はきちんと現実を見て、求められていることと己の力量とを弁え、提示されている報酬と募集人員とをきちんと秤にかけて、きちんとソロバンを弾くことができている。それでいて少なくとも三級以上の剣士で、パーティを率いているリーダーだ。とても頼りになる人材だね。

 ちなみにエイフィスはところどころ被害を被ってはいるものの、未だに都市としての体は成しているとのこと。伊達に人造魔導具の聖地になっていない。



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