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第二百八十三話

 

「よーしよし、頑張ったねー。偉かったねー」

「がんばったよぉ……」

 口から煙を、あるいは頭から立ち上らせながら机に突っ伏しているエルフを労る。

 会議や水樽の杖の運用試験を終えてから早数日、文字通り工房に缶詰状態だったのだ。濁点の付いた「あー」だの「うー」だのと呻き続け、二日も経った頃にはひたすらに同胞への呪言を吐き散らすようになったが、それくらいは大目に見てあげなければ可哀想だ。

 こんな時くらいは私も優しい。髪に手櫛を通し、声音には慈愛の響きを多分に含ませる。表情も今までにないくらいになっているのだが、燃え尽きエルフは見ちゃいない。もったいないことだ。

「私のために頑張ってくれたんだよね、ありがとう。本当に嬉しいよ」

「そうだよぉ……」

 魂が半分抜けている。いや、この世界の魂とこの魂は、また別のものだと思うけど。

 とにかく、このエルフはやり遂げたのだ。フロンに遅れること……何日かかったかは、彼女の名誉のために秘しておく。


 量産されたハイエルフ謹製の火炎放射器君達、その数なんと四百と二。

 かつてアイオナでフロンが作ってくれたレンガ焼成用の個体も含めれば、四百と七つにもなる。

 先だってレンガの焼成に使われていた五つは四百の量産品よりも火力と燃費が劣ることに加え、本体が真銀製であるために盗まれて鋳潰される可能性を踏まえて今回はお留守番。端数の二つは私が用いることを考えて、若干出力方面に特化したカスタマイズが成されている。

 折衝に出てくれているうちの年少組からは、ガルデ魔法学院の関係者や冒険者の火系魔法師もそれなりの数が集まっていると聞いている。

 焼却と浄化はセットで、後者の割合が些か心許ないのも確かだが、魔石も含めておおよそ作戦の遂行には余裕があるであろうと、フロンからは太鼓判を押されている。これで肩の荷が一つ降りた。


「それで、お城の方はどうだった?」

 皆が精力的に活動している。お城班とギルド班とが行ったり来たりして、報告と連絡と相談とをやり取りする時間が続いた。

「はい。人員の配置については王御自ら采配を振るって頂けるとのことで、決定事項につきましては──」

 お腹をチラリ。そして慌てて目を逸らす男の子。偉いぞ。

「目録を預かってきました! それと、クバロス……いえ、旧クバロス方面へ砦の建築班が出立したとのことです。拠点方面へもすぐに出発できるとのことですが──」

 お腹をチラリ。苦笑を交え、ポニーテールを揺らしながら元気に書類を差し出してくる女の子。申し訳ない。


「ただ今戻り……ました……」

「おかえり、ギルドの方はどう?」

「えっと、やはり龍を討伐するために拠点への配置を希望する人が多いとのことで、何らかの選別作業が必要になるとのことです。お姉さまにご参加頂きたいと、師匠が仰っていましたが──」

「話は分からないでもないけど、それはマスターにお願いできないかな。今結構忙しいんだよ」

「えぇ、まぁ……忙しいのは……分かるんですけどぉ……」

 お腹をチラリ。ぐぬぬ顔で睨まれても困る。私宛の文句は受け付けていない。

「サクラぁ……んんぅ、サークーラぁ……」

 横長の大きいソファーの端に浅く腰掛けている私自慢のスレンダーな腰回りをガッチリと両手でホールドして、服の隙間に顔を突っ込んでお腹に吸い付いている駄エルフ。

 見なかったことにできる子がいれば、大して気にしていない子もいる。その一方で、敵対心剥き出しで今にも食って掛かりそうな狂犬もいるわけだ。

 ソフィアの時だけチュッチュと音を立てているのは挑発のつもりなんだろうか。それはこの娘にとてもよく効くので、可能であれば止めてあげて欲しい。言っても無駄だと諦めて放置している私も同罪だろうか。


 ただ遊んでいるわけではない。私は私で仕事をしている。樽から魔石を引っ掴み、小さな物は大きさや内包魔力が一定以上になるようにまとめ、浄化橙石を魔物除けの結界石へと加工して別の樽へと突っ込む。両手で加工ができるようになったので、製作速度が倍加した。

 樽の底へと手を伸ばそうと身体を起こせば必然的にエルフヘッドは腿とおへそに挟まれるのだが、頭が挟み込まれることなどまるで意に介さず、むしろそれを嬉々として受け入れながら、もう何時間も飽きもせずにこうしているわけだ。

 今この瞬間も着々と数を増やし続けている結界石のことがあるので、樽を管理してくれているリリウムは不平を口からは漏らさないし、フロンからの雷も落ちない。後でリューンには落ちるかもしれないが……まぁ、それはそれとして。

「あっ! あとそうでした、東側を担当してくれる三級以上の冒険者が集まる日を設けているとのことで、少しだけでもいいからお姉さまとリリウムさんにも顔を出して欲しいと、師匠が」

「東側の? もう志願者がいるんだ」

「はい、階級が高めの冒険者パーティの方々が多いとのことです」

 吐息が漏れる。ほぉ、だ。感嘆とはこういうことだね。

「それは是が非でも顔を出さないといけないね」

 ギルドにも東側には精鋭、腕自慢、頼りになる命知らず共を配置して欲しいと前もって連絡をしてある。ソフィアの物言いから察するに、東の彼らは龍と相対できる可能性は低いと承知のはず。

 承知の上でそれでもあえて志願してくれたとあっては、私も礼を尽くさなければならないだろう。うちの年寄り組がそうであるように、こういう機会を袖にするなんて中々できることではない。冒険者とはそういうものだ。

「あまりゆっくりだと囲いに出掛けなくちゃいけないから困るけど、近日中ならいつでも構わないよ」

 時間に都合を付けよう。最悪移動しながらでも結界石は作れるし、どうしても数が不安なら夜なべしてしまえばいい。結界石の配置について御上の方から急遽打診があったことで、ここに余裕を持つためにも今しばらくは増産作業に明け暮れる必要がある。

 長方形の縦線を押すという基本は変わらないが、どう称したものか。黒電話の受話器部分を残して、本体の縦線部分を狭めるとか、パッと浮かんだのはそんな表現なのだが、ここでは通じないし──。

 まぁそのせいで、横線部分が余計に数本必要になってしまったわけだ。


「ほ、ほんとですか!? 分かりました、師匠にはそう伝えてきます!」

 凄く嬉しそうな可愛い笑顔を見せる聖女ちゃんを見て、ふと不安が頭をもたげる。

(あのおっさん、ソフィアを(たら)し込んでいるんじゃなかろうな)

 この娘は割とお師匠様大好き人間だが、今まで泣いていた鳥がもう笑っているのを見ると……なんだこれは、ジェラシーってやつか。お師匠様の期待に応えられて嬉しいんだろうか。私に褒められるよりも?

 適当なように見えて、ああ見えて割と紳士な……紳士ではないな。でも人格はまともな……な、はずだ。よもやうちのソフィアに──もやもやする。次会ったらぶん殴ってやろう。

「リリウムの予定を聞いてからにしてね」

 そんな内心はおくびにも出さない。腰から上は普段のまま、優しいお姉ちゃん笑顔をソフィアに返す。

「はいっ!」

 鈴を転がしたような可愛らしい返事を残してピューッと走り去ってしまう私の癒し系わんこの後ろ姿を見送り、笑顔を消して魔導具の増産作業に意識を集中させる。

(それにしてもまぁ、立派になったものだね……)

 ミッター君ばかりではない。ペトラちゃんもソフィアも、少し見ない間にだいぶ成長している。

 男子三日会わざれば──とはよく言ったものだが、それはあくまでも慣用句的な表現であって、女子にも同じことが言えるのだ。そのことを強く意識させられる出来事でした。

 お腹と一体化しているエルフにも見習って欲しいが、今しばらくは許してあげよう。




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