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第二百八十一話

 

 速やかに片付けなければならないいくつかの作業を終え、ようやく……ようやっと落ち着いた時間が戻ってきた。

 水杖二本、ショベル六本、余った時間で作ったいくつかの魔導具部品。計画に予定していた物品は全て滞りなく。

 殺すための剣はある。埋めるためのショベルも作った。燃やすための火炎放射器君も、半泣きでリューンが着々と製作を続けている。

 パーティ用の分解できるテントはガルデから予備も含めて支給されているし、簡易ベッドも仕入れてきてもらった。毛布も十分に量を確保してある。

 保存食もはっちゃけたアリシアとペトラちゃんを筆頭にその量を日々増やし続け、飲料水の心配は最早過去のもの。調理器具や食器は屋敷で使っている物を持っていけばいい。不足もない。

「さて、魔物除けの試験結果を聞かせてもらってもいいかな?」

「はいっ!」

 ならば会議だ。情報はなるべく共有して、周知しておかねばならない。特にこの結界石はこの計画の肝に当たる物なので、その性能と仕様は正しく把握しておいてもらいたいものだ。


 いつものエルフ工房で、数枚のメモ用紙を片手に聖女ちゃんと使徒とがソファーから立ち上がった。

「効果範囲はおおよそ半径千四百から千五百メートルほどの球体型、これは浄化橙石や魔導具の大きさを問わず、試した物はほぼ一定でしたわ」

(……メートル?)

 そのように意思疎通が訳してくれた。この世界の物理単位は全く異なっているはずなのだが──まぁ楽だし、いいか。

「術式は全て同じものを用いている。その結果は内包する魔力量の多寡に影響されずに正しく機能していることの証左だな」

「言われていた通り、起動には結界魔法の適性が関係していそうです。わたしやペトラちゃんには動かすことができたのですが、リリウムさんやみっちゃん、アリシアちゃんにはできませんでした。停止は全員不可能で、自然に消滅するまで稼働し続けます。最後は破裂して粉々になったので、ビックリしちゃいました……」

 うんうん、それも仕様通りだ。盗まれては困るので、途中で停止することはできないように作った。かといって私にしか起動できないのも困り物なので、うちのわんこズでも立ち上げられるよう、起動の呼び水には結界系の魔力を参照するように設定してある。最後は機密保持のためにドカンだ。


「それも問題ないよ。効果の程はどうだったかな?」

「凄かったです! 全く近づいてこないだけじゃなくて、これを持って追い立てると魔物が必死に逃げていくんですよっ!」

 キラッキラの可愛い笑顔で酷いことを言い出したな。

「これが広く流通すれば、冒険者ギルドに依頼される護衛依頼が激減するのではないかと、危惧するような強さですわ。少し遠出をしてきましたが、大抵の魔獣は効果範囲の端に触っただけで飛び起きて走り去っていく──そんな代物です」

 リリウムがジト目で見つめてくる。それ本当に可愛くて好き。もっと見て。るっくあっとみー。

「盗賊にも効けばその通りだろうけどねぇ。高さはどうだった?」

「上も問題ございません。鳥の群れを相手に確認いたしました」

「下は?」

「ソフィアが中空で掲げた際にも地面の魔獣が散っていきましたので、問題ないかと。これは偶然にですが、地中もモグラが必死に逃げたような形跡を確認できましたわ」

(ふむふむ、地面も貫通するか。モグラは土竜って言うくらいだし……龍にも効いたりしないかな)

 いくらなんでもモグラと一緒にされたら可哀想か。

「キメラ相手には試した?」

「はぐれが数匹迷いこんできたという情報がギルドに出ていましたので、試してきましたわ」

「霊体は?」

「抜かりなく」

「きちんと逃げ惑ってました! お姉さまの魔導具は素晴らしいですっ!」

 そうかそうか、逃げ惑っていたか。表現がいちいち気になるところだけど、機能するなら問題ない。


「ところで姉さん、いい機会だから聞かせてもらいたい。どのような策を練っているんだ?」

 正にいい機会だ。結界石の強度や効果範囲も想定通り、十全に効力を発揮できていることが確認できたことで、決行するにも不安はない。

「策というほどのものでもないけれど──」

 ソファーから立ち上がり、ハイエルフの作業机に積まれている書類の中から地図を一枚取ってきて机に広げる。考えていた作戦はとても簡単で、単純で、分かりやすいものだ。


 私達に課せられたお仕事は、ガルデを守り、龍を倒し、残った物を綺麗にするの三点。

「北東の国境沿いの砦、ヘイム。皆にはまずここを目指してもらう。あそこは山あり谷ありで守るにはともかく攻めるには不適だし、そもそも何百人と人が増えても迷惑だろうから、ここは中継地に留めて拠点にはしない。少し北上して、平原で戦いやすいカーリ方面に橋頭堡を築くよ。その拠点とヘイムまでの連絡路もしっかりと確保する。これが最初の仕事」

 ヘイムから若干北上した辺りに適当に小さな円を描く。この拠点が事実上の最終防衛ラインだ。

 それにしても、橋頭堡なんて言葉初めて使ったな……。人生分からないもんだね。


「ただ、その拠点を中心に闇雲に暴れて陣地を広げても、キメラは散るばかりで、ガルデばかりではなく他方にまで要らぬ迷惑をかける。だから、魔物の動きは限定させる必要があるし、一度に云十、云百万のキメラやリッチを相手にしろと言われても困るだろうから、流れもある程度制御しなければいけない」

 正直他所に迷惑が掛かるなんてこと知ったことではない。依頼主であるガルデの安全確保が第一だ。しかしガルデを文字通り蚊帳の外にしたところで、殲滅しなければ問題は完全には解決しない。

 上手くやってもどうせ文句をつけたがる人間は出てくる。適当に散らかすと、国外からも余計に突っつかれることになるであろうことは想像に難くない。ならその突っつきはなるべく国内からのもののみに留め、煩わしさは極力減らす方向で進めていきたい。

「そのために、私は最初に作戦範囲全体──カーリを囲んでくる。そのための結界石だよ」

 山々から平原まで、カーリと称されている地域をペンで大まかにグルっと囲む。誰かが息を呑む音が聞こえた。


 まず、龍によって魔物やキメラが集められているカーリの全周囲を結界石で二重に囲む。飛行できる個体は多少逃れるかもしれないが、高さも一・五キロメートル近くまでカバーできるとあれば、その心配も薄い。そもそも下見した範囲ではキメラの飛行種は希少と言っていいレベルで少なかったので、漏れたとしても誤差みたいなものだ。アリの一匹入れる隙間も──とはいかないが、おおよそ抑え込むことはできる。

 後は龍と戦える広さの戦場を作って、そこに龍を連れてきて倒す。終わり次第残留物の全てを斬り捨てて焼き払って浄化すればおしまい。とても簡単な話だね。

「龍を倒した後は全周を囲っている結界石の一つを徐々に狭めて、内に内にと魔物を追い込む。腕自慢の班には拠点のそばでそれを片っ端から斬って潰して焼き払ってもらう。安全が確保された二つの結界石の間の地域も都度焼き払って浄化して……こっちは主に焼却衛生班が担当」


 焼却衛生班は三つに分ける。拠点の人員の健康を維持する班と、西から狭める班と、東から狭める班。

 南側はガルデの安全のため、北側は更に北からの流入を防ぐために、そして何よりも労力を削減するために結界石は極力いじらず、左右から横長の長方形の縦線のみをギューッと押しやるイメージで狭めていく。

 結界石は数年経てば勝手に消滅するし、焼却作業に巻き込まれることにはなるが、多少火にくべるくらいで私の浄化橙石は機能を喪失したりはしない。伊達にレンガの材料になってはいない、火にはすこぶる強いのだ。

 北の山側は道も険しい。衛生班が行軍するのは難しいと思うので、山間は全て私が清掃を担当する。まだ見ぬ黒幕の索敵も兼ねているということもあるが、《転移》も認識阻害も《浄化》もフル活用する予定でいる上に、万が一の時は《次元箱》に逃げ込む必要があるので、単独でなければ困る。

 リリウム達で処理できそうな親玉だったら、それも拠点方面に流してしまえばいい。エスコートには自信がある。任せてもらいたい。


「可能か不可能かで言えば、可能だろう。龍によって集められている魔物が支配から外れれば、懸念している事態にもなりかねん。企図は理解できる」

 例えば西側からは押しやらず、東側から戦いながら西進するというのも手だ。

 こっちの方が安全のように見えなくもないが、下手に追い詰めてキャパをオーバーしようものなら、西側から結界石をぶち破ってバイアル方面に魔物が流出するおそれがある。それはちょっと洒落になっていない。

 なので、燃え盛る火の手と結界石よりは与し易いと思われそうな、障害の少ない拠点方面へと魔物を誘導する必要があると考えた。

 そもそも非戦闘要員も大量に抱えていくわけで、常に移動しながら戦うというのはハードだろう。身体を休めることのできる拠点はいつも同じ場所にあった方がいいし、人員の交代や増員のこと、補給物資のこともある。退路もなしに延々と戦えだなんて鬼のようなことを言いはしない。ヘイムを背負って戦うのが一番だ。


 どの道殲滅はマスト。包囲されながら殲滅するのだから、包囲殲滅作戦とでも名付けようか。南以外の三方位をキメラに囲まれて戦い続けるのは少しハードかもしれないが、これもお金と名誉と貢献点、ついでに平和を掴むためだと割りきって頑張ってもらいたい。

 向こうから近づいてきてくれるのだ、追うよりは楽だと思う。それに未稼働の結界石を保険としてわんこ組にいくつか渡しておけば、私が居らずとも滅多なことはない。

「サクラはずっと北側にいるの?」

「まさか。拠点にも顔を出すよ」

 パァッと表情が明るくなったリューンちゃんには悪いのだが、ずっと居るわけではない。

「状況の確認も必要だから、あっちこっち顔を出すついでに、だけどね」

 途端にしょんぼりするのがコミカルで大変可愛い。だが遊びに行くわけではないのだ、私にベッタリでも困る。

 それに何かあったらリューンは私と連絡が取れる。三代目『黒いの』の《引き寄せ》を使って神力に訴えかければ、私は気づく。普段使いとは違う、何か特別なパターンを作っておけば、複雑な連絡も可能かもしれないが……モールス信号じゃあるまいし、そこまで察せられる自信はない。

(これも練習が必要かにゃー)

 ケータイとまでは言わないが、ポケベルみたいなものでもあれば便利なのだが。最悪狼煙(のろし)でもいいが、燃えまくっているカーリでこれを見分けるのは難しいだろう。色付き煙とか作れないだろうか。


「大量発生した魔物は、ヘイムより程近い北側に設けた拠点の近くで全て殲滅する……ということですよね」

 しっかりと話を理解していたアリシア。ここ最近の共通語の習熟ぶりには舌を巻くばかりだ、まだ万全とはいかないが、かなり学習が進んでいる。少女達とのお料理コミュニケーションも一助となっていそうだ。

「そうだね、その認識でいて欲しい。道中焼け死ぬ個体なんかも出るだろうから、全部が全部ってわけじゃないけど、ほぼ全てを斬り捨ててもらう」

 一人一日百匹を始末したとして、百人居れば一万匹だ。百日で百万匹。一年あれば四百万以上、単純にそれくらいは減る計算になる。

 実際はもっと多くの戦闘要員を動員できるし、リリウムやフロンが百や二百で済ませるわけがない。スタンピードの鎮圧も現実的だ。


「私は……北側の処理が終わったら、サクラさんには拠点に常駐してもらった方がいいんじゃないかなぁ……って思います。内側の結界石と外側の結界石の間に連絡路を設けて、定期的に人を行き来させればどうでしょう?」

 適当に二重で囲った地図の合間を指でなぞらせるペトラちゃん。きちんと爪はお手入れをしている、偉いぞ。

「それも手だね。私が拠点に居る時間が長くなれば、拠点の浄化使いを労れる。討伐速度も上がるね」

 その分情報の伝達速度は下がるが……まぁ、リアルタイムにやり取りしていたら絶対に転移系を疑われる。後々突っ込まれたら面倒なので、かなり手を抜く必要が出てくる。いくら足が速いと言っても限度があるので仕方がないが、それもストレスが溜まりそう。

 百キロメートル単位の距離があるが、気力マンなら走って走れないものでもない。きちんと浄化した後なら馬に頑張ってもらうというのもありだ。

 必要ないとは思うのだが、討伐のキャパがオーバーしそうな時には包囲を狭める速度を緩めて欲しいと伝えて回る必要がある。早馬は準備しておいた方がよさそうだ。


「輪を一度に小さくして南以外の三方を相手取るのではなく、先に西や東のどちらかを優先的に狭めて、二正面作戦とした方が安全ではないでしょうか。兵の配置や連絡にも時間がかかりますし、連携も万全とはいきません。処理能力以上の数が一度に押し寄せることになれば、ヘイムからガルデの内部に魔物が流入するおそれが出てくるのでは」

 ペトラちゃんとは違った方面で、更に一歩進んだ提言をしてくれるのがミッター君だ。確かに安全ではあるかな。

「先に……ということなら、比較的狭い東かな。東を片付けた後に、その人員を南か西に割り当てる……最悪拠点に居てもらってもいいけど」

 拠点の東側に手のひらを乗せて隠す。ふむ。ふーむふむ。


「ヘイムから王国の西……バイアル近郊まで大軍を派遣するのは現実的ではありません。距離があるので時間が掛かり過ぎます。それでしたら、最初から拠点の衛生要員はサクラさん以外に配置せず、拠点に予定していた人員は全て西に回してしまってはどうでしょう」

 ──ふむ。

「東側が片付いたら、そこを押し上げてきた人達には拠点で活動してもらう、と」

「はい。これでしたら西側の処理速度も上がりますし、東側の人員が拠点へ合流した後に、サクラさんが北方面の討伐に出向くという案も採れるのではないかと。戦闘力の高い者を東、低い者を西にと配置しておけば、その後の流れもよくなるのでは」

 中々良さ気に聞こえるではないか、分かりやすいのは何よりも大事だ。北方面の処理が後手後手になってしまうが、どの道あの辺りは山だし、私かリリウムでもないと踏み込めないし、清掃作業は討伐が終わった後も続けなくてはならない。

 龍を引きずって凱旋するのは最初から御免だったし、そこを私抜きでやってもらう言い訳にもできる。気ままな残業というやつだ。


「あの、お姉さま……一つ質問があります」

 意見を交わし合うというのは大事だ。無駄を削ぎ落として洗練されたものは、何であっても美しい。

 そんな活発な意見交換により地図が真っ黒になりかけ、二枚目を取ってこようかと立ち上がろうとしたところで、しばらく沈黙を保っていた若者組、その最後の一人が声を上げた。

「なぁに?」

「あの、龍を──」

 何か決意したかのような、覚悟を決めた戦士のような、心なしキリッとした表情が大人びていて新鮮だ。これならお姉さま呼びも許容してあげてもいい。

「──龍を、どうやって連れてくるんですか?」

 この娘は私の前だと、いつもわふわふわんこであるが故に。



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