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第二百八十話

 

「────」

「…………」

「できた。うーん……良い出来だね」

 我ながら惚れ惚れする。中々に……いや、上々の杖ができたと称しても決して過言ではない。


 水遊びをした後に朝食をたっぷりと食べ、今一度荷物の確認と道具の最終点検とを行い、フロンと、結局付いてきたリューンとの三人で魔石炉を有する工房へと向かった。

 普段は鍋から建材用のあれこれまで幅広く製作していると紹介された工房の主とその家族にお礼も兼ねて金一封を包み、工房の環境を整えて早速作業に入る。

 六層という比較的中層域に位置する工房とあってか作業場は広く、儲かっているのか設備も中々にしっかりとしたものだ。魔石炉といくつかの普通の炉とが隣接していて、前者が割と埃を被っていたのは──世知辛い話ではあるが。

 作業服に着替え、防音の結界石をしっかりと配置し、隅にハイエルフ達の住居環境を整え、更に結界石を配置し、道具の配置や作業の流れを今一度明確にイメージし直して、早速久方振りの作業へと没頭する。


 特に何事もなく、お昼過ぎには一本目が仕上がった。

「ね、ねぇサクラ……もしかして、私達の得物って、全部こうやって作ってたの……?」

 飾り気のない円柱形をした灰白色の杖。幾何学的と称してもよさそうな、術式の怪しげな雰囲気が気分を盛り上げてくれる。

「そうだよ」

 そんな上機嫌の私とは対照的に、リューンは顔面蒼白になっている。ただで白い肌が、この暑い部屋で血の気を失っているように青白く見えるのは決して気のせいではない。お気に入りの剣の鞘を縋るようにギュッと握って、プルプルと震えている。

「凄まじいな、話に聞いていた以上だ──これは絶対に失くせないと改めて実感したよ。原価だけで何十、何百億……いや、下手したら更にそこから桁が一つ上がりかねんぞ」

 呆れ、喜色、ドン引きと、色々な感情がごちゃ混ぜになった表情を浮かべているフロンもリューン以上に顔色が悪い。パイトで集めてきた分がスペースを取っていて邪魔だったので、この杖にはちょっと豪勢に大樽四つ分の浄化真石を注ぎ込んだ。

 そのことについてか、あるいは延々と何時間も一心不乱に叩き続けたことについて思うことでもあるのか。

 売らないけれども、一般的な死層から手に入る浄化真石は、パイトのやり口から察するに、五百万程度の値付けで即座に()けていく。

 樽一つにいくら分詰まっているか、きちんと数えたことはないけれど……まぁそれくらいはするかもしれないが、正直あまり興味はない。

 ひたすらに叩く工程は絶対に必要なもので、どうしようもないのだし。

「時間はあるし、続けて二本目を作るけど、まだ中にいる? 今なら外に出てもいいよ」

 まぁ、なんでもいい。今更気にしても仕方がないので、炉と身体が冷める前に続きに取り掛かってしまおう。《次元箱》の砂時計君の砂の残り方から察するに、今はちょうど十四時とか十五時とか、そのくらいのはずだ。二本目が仕上がるのは日が落ちてからになる。

 先に戻っていてもいいと気を使ったつもりなのだが、二人共残留を希望した。見ていても正直退屈なだけだとは思うのだが、好きにすればいいと思う。


 二本目も仕上がった。

「────」

「…………」

「できた! 見て見て! 可愛くない? いやー、やっぱり杖はこうじゃないとね!」

 過浄化冷却水に熱源を放り込む際に発生する爆発による振動で気づいたのだろう。エルフスペースを区切るための防音領域からちょうど良いタイミングで出てきた二人に、完成品をジャーン! と見せる。

 我ながら惚れ惚れする。上々の……いや、極上の杖が完成したと称しても決して過言ではない。

 円柱形、身長ほどの長さをした灰白色の杖。ここまでは同じだが、その杖の先端に、お行儀よくお座りした猫の模型をくっつけてみた。

 身体の一部が幾何学的模様をした、体高三十センチほどの白寄りの灰色猫だ。この世界に不壊化した猫の像は二つとあるまい。

 お澄まし猫ちゃんのチャーミングな雰囲気が、否応なく気分を盛り上げてくれる。

 模型分体積が増したので、浄化真石は樽一つを追加して五樽分を注ぎ込んだ。型に嵌める寸前まで猫の姿は顕現していなかったので正直不安は残っていたが……なぁに、女は度胸だ。細部までつぶさに観察しても不備は見当たらない。

 ハイパーリラックスモードに入ったアダマンタイトの型に嵌まりっぷりは見事の一言に尽きる。本当に便利な性質をしていて助かるね。


 後は実際に術式と併用して、どの程度効果が増すかをテストすれば終わりだ。今すぐ試しに出かけたい気持ちもあるが、この気持をジッと秘めて明日に持ち越すくらいの理性は残っている。この場で魔力を通して工房をビシャビシャにするような真似もしない。

「いやしかし、本当に可愛くできたね……あれみたいだ、何て言ったっけ──」

 ──思い出した、ロシアンブルーだ。魔力を通してほのかにでも青く光れば一層それっぽくなりそうに思える。

 言い知れぬ高揚感に包まれ、私はこの上なくご機嫌麗しい。この疲労も良いスパイスとなってくれている。無意味にくるくる回してみたり、視線を合わせてみたりして。

「そうだ、名前つけてあげないとねぇ。どうしようかな──『樽』にしよう。水樽の杖だし」

 ミケとかクロとか、猫の名前は二文字だと相場が決っている。タマの一字違いだし、口に乗せても違和感はない。ちゃちゃっと契約を済ませて正式に私の子としてしまう。

「────」

「…………」

「もう少し太っちょにすればよかったかな……樽にしてはスリム過ぎるけど、可愛いからいいか。ふふっ!」

 石突と称していいのか。杖の先端を地面に付ければ、ちょうど頭の上に『樽』がくる。背負えば正面から見た時、頭に乗っているように見えるかもしれない。


「可愛いですわ!」

「でしょう? でしょう?」

「えぇ、本当に可愛らしいですわっ! この艶のある肌、高貴な佇まい、なんという美しさ……まさに猫の中の猫ですわ!」

「ほらほら!」

 自宅であれば、炉から火の気が消えればそれで終わりだ。道具を《次元箱》に放り込んで、木くずを一纏めにして隅に寄せておけばそれで済む。

 だが今の私は善意で作業場をお借りしている立場。お暇する際にもきちんと、また明日もよろしくお願いしますとご家族に挨拶をするのが筋というもの。

 もちろん清掃も怠らない。来た時よりも美しく、がモットーだ。

 いつからか言葉少なになったハイエルフ達にはあえて構わずに片付けを済ませ、屋敷に戻った後に早速同好の士へと傑作をお披露目した。

「リリウムなら分かってくれると思っていたよ、我ながら良い出来だと思っていたんだ。自画自賛しちゃうよね」

「えぇ、えぇ……比率、姿勢、表情、色……非の打ち所がありません……!」

「ほらほら!」

 杖を斜めにして、胸元に『樽』を抱き寄せてナデナデしているリリウム。こいつはこう見えて猫マイスターだ。そんなお嬢から文句なしの合格点を頂けた。

 日々の修練や、アイオナで散々猫を描いた経験が活きた。今や私は猫の像を作らせても世界一かもしれない。


「あの、フロンさん」

「……なんだ」

「あの猫には……どういった意味があるのですか?」

「……ない」

「な、ないんですか」

「ああ、ない。ただの趣味、飾りの一つに過ぎん」

「そうなんですか……」

「本人が気に入っているのだから、私もあまり水を差すようなことは言いたくない。お前も気にしないでおけ」

「は、はいっ!」

 この二人はいつも私に丸聞こえの位置で、こうしてヒソヒソ話をする。単に二人共、声がそれほど大きくないだけかもしれないが。

 だが今はそんなことも気にならない。うちの『樽』は宇宙一可愛い。やっぱりこの魔女っ子達の杖もこうしておけばよかったね。

 フロンには何が似合うだろうか。狼……コヨーテとかそれっぽいかもしれない。猫ならエキゾチックな感じの……なんて言ったっけな、エジプトかどっかのスラっとしたやつ。アリシアには動物というよりも、日曜朝のアニメに出てくるような……可愛らしいステッキが似合いそう。

(あるいはあれか、マスコットか。あの……なんだ、変な奴ら)

 色々と見たことはあるはずなのだが、どんなのがいたかと記憶を辿ってみても、まるでイメージが浮かんでこない。

 とにかくあれだ、ファンシーなやつ。自称妖精のエルフだし、魔食獣以外にそういったお友達がいないだろうか。

 その時こそは──ふふっ!


 その後三日程はフロンを固定枠として、一人二人のおまけ付きでレンタル工房へと篭もることになる。

 引き続き同行する気満々でいたリューンにはフロンから雷が落ち、以前は鍛冶場の気温に耐えられずに即ギブアップしたミッター君が頻繁に顔を出す。耐熱訓練も兼ねて比較的長居をしている、ちょっとした常連というやつだ。


「不思議なものですね……アダマンタイトがこのようになるとは」

 不思議な魔法金属、ハイパーリラックスモードに入ったアダマンタイトちゃんをジッと眺めていたミッター君がポツリと呟く。男の子だし、こういうのが好きなのかもしれない。

「長生きはしてみるものだ。我々は神秘の一端を垣間見ている」

 フロンは耐熱魔導具完備。それでも適度に距離を取っているのは、本能が危険を訴えているからだろう。

 空間まで揺らいでしまうのではないかと危惧してしまいそうになる熱と、眩い光の奔流。この状況はこの剣と魔法の世界においても割と現実離れした光景だ。

 そんなことどうでもいいとでも言いたげに蕩けきっている最硬金属は、原石や鍛錬前の姿と同一の物だとは到底信じられない。しかもこれを遠慮無く全力でぶっ叩いても、飛沫が飛び散るようなこともなく、柔軟さを増す一方で、むしろその結び付きを強くしていく。

 借り物だが、ここは私の神域である。そんな場所で見られる不可思議な光景──神秘などと口にしたくなる気持ちも分からなくはない。

「私にとっては、ただの日常に過ぎないわけだけどね──っと!」

 冷却のために樽に放り込んだ際、腰を抜かした彼のことは黙っていてあげよう。


(それにしても……熱と光、空間が揺らぐ……全く気にしたことなかったけれども……何て言ったっけ、これ)

 確か──陽炎?

 なんか違うような気もするが、熱関係で起こる光の屈折現象。原理は分からないけれど、たぶん空気の温度差が悪さをして、軽度の認識阻害のような現象が起こる。

 なんちゃら現象みたいな横文字の名前もついていそうだが、今はもうどうでもいい。

「屈折、ねぇ……」

「ん?」

「なんでもない。そろそろ固めるから、ちょっと場所開けて──」

 熱と光と認識阻害。これを魔導具で再現できれば、面白そうなんだけど。



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