第二十八話
──諦めた。人が多すぎる。
ランクの高い店や役人に勧められた店を色々見て回ったが、どこも人がすし詰めになっていた。どこから湧いてきたんだこんなに……。朝方の静けさが嘘のようだ。屋台はそれに比べればマシだが、やはり人が群がっている。
(時間をずらそう、流石にこの中に飛び込みたくはない。先に中央の防具店見て回ろう)
普段あまり注意して見てなかったが、ここまで人が多いとは……。我が身の不明を恥じるしかない。この時間は大通りも人通りが多くて多少恐怖を覚えるが、何より行き交う馬車が怖い。ぼうっとしてると轢かれそうになる。
(乗り合いよりは荷馬車が多いかな、作業場と店舗間の輸送にも使っているのかもしれない)
中央にある目当ての店を目指す。今日は胸当てと籠手を試すつもりだった。十手を振り回す以上、どうしても腕は魔物に接近する。指や、特に前腕を防御する防具は欲しかった。ただ、あまり重いものは取り回しが悪くなる恐れがある。
胸は頭に次いで重要だろう。私は一人なので、いわゆる全身鎧と呼ばれるものや、部分鎧でも大型の物は一人で着られない可能性がある。とりあえず胸と、可能ならば腹まで守れるような物がいい。
頭の防御もなんとかしたいが、いい案が思い浮かばない。とりあえず出来るところから試していくつもりだ。
「あれ、そういえば朝市……もう朝じゃないけど、そういえばあるんだっけ。そっち見に行ってみようかな」
やたら荷馬車が多いのはそれだったか。そういえば昨日はこんなに走ってなかったよね。
市は第一から第四迷宮のちょうど中心にあたる場所、公園を兼ねたような広い空き地のような場所で行われている。
冒険者よりも私服の、都市の住民や商人のような人が目立つ。車輪のついた移動式のカウンターのようなものと、木箱や籠に詰められた大量の食品をはじめとした物資。もう日も高くなろうとしているのに、物凄い活気だ。
適当に回りながら見たことのない食べ物を広く食べ歩きする。果物は日本のそれとは違い甘さは控えめだが、それでも十分美味しかった。手当たり次第に買って食べ歩きをする。
野菜も試してみたかったが、流石に生でそのままというのはいかんとも。屋台のような店は出ていなかった。異国風の服や珍しい形の装備品、得体の知れない装飾品などを扱っている店も多々あるが、安すぎたり高すぎたりで怪しかったので見るに留めて手に取ってはいない。
やれ隣国の王都を救った英雄の愛剣だの、やれ異国の有名な鍛冶師の最期の作品だの、一万年前に迷宮から出てきた亡国の国宝だの、胡散臭いにもほどがある。見てるだけなら楽しいけれど。
店を冷やかしながら適当に雑談をしていれば、情報がそれなりに手に入る。王都のオークションで手に入れた逸品だとか、異国の盗賊団が流れてきているそうだとか、聖女達が修行でパイトに来ているだとか、港町までの護衛を探しているんだがアンタどうだとか、砂漠の行路が魔物で滞って困るだとか。
特に聖女についての話を多く耳にした。なんでも騎士団が同行して迷宮で修行をしているらしい。大きな宿をいくつも貸し切って長期間滞在しているんだと。騎士団は金払いがいいから装備の類にもポンポン大金を落としていくらしく、今周辺の武具店は特需に沸いているとかなんとか。
そんな話がただ食べ歩いているだけでも耳に入ってくる。第四迷宮付近でそれっぽい人を見たことはないから、きっと他の迷宮にいるのだろう。神殿で神に祈りを捧げる系かと思っていたが、杖やメイスで戦う系か。私には関係ないが、死なない程度に頑張って欲しい。
防具についてはそれなりに目を光らせていたのだが、結局気になる品は見つからなかった。怪しすぎて逆に気になるってのはいくつもあったけど。
装飾品も得体の知れない物は身に着けるなと強く言われているし、鑑定は一回で大金貨が飛ぶからね……。
初めて目にしたクッキーのような携帯食料と味の気に入った干し肉、それと食べ歩いて美味しかった果物をいくつか買い直して宿に戻ることにした。今日はもうご飯いいや。
部屋に戻って楽な服に着替えてベッドに横たわる、人混みを歩いて少し気疲れした。防具を探すのも後でいい、考え事もあるが……夜にまたリビングメイルを潰しにいくことだし、だらだらしていよう。
「防具どうしようかなぁ、備えてはおきたいけど……今の生活を続けるだけなら別にいいかなぁ」
リビングメイルを潰していれば、それこそ一度迷宮に潜るだけでかなり長い期間生活ができる。数時間で二千万を超える収入があり、一日五千もあればこの宿で暮らしていけるわけだし。この世界の暦が分からないからまぁ、とにかくいっぱいだ。
ただ恐らく、私の精神がそのうち耐えられなくなるだろう。とにかく雑な生活に今耐えていられるのは召喚当初の辛さがまだ身体に染み付いているからであって、余裕ができれば必ず我慢が効かなくなるだろうことは想像に難くない。
まだこの宿に来て三日とかその辺なのにもう荷物が増え始めている。どうしたものだろうか。棚の一つもないのはきついです。かといって、ここに定住を決めるのも違う。ここが圧倒的に稼ぎやすいというのは確かだけど、住みやすい町かといえばそれもまた違う気がしている。
そもそも私は寿命があるのかすらわからない。私の愛する女神様は、最後に永劫の時をなんたらと言っていた。下手したら老けないかもしれない。
ドワーフやエルフならまだしも、明らかにただの人種の自分が何百年も姿を変えずに生活していたら怪しまれる。下手したら討伐対象となるかもしれない。面倒だなぁ……放浪生活を続けるしかないのかな。
後を継いでしまった以上もう言っても詮無きことではあるのだが、うつらうつらしてるときに考える程度にはどうでもよくて、重要な議題だった。おやすみ。
日が落ちてしばらく経った頃に目を覚まし、支度を済ませて迷宮へと進んでいると、遠くからでも迷宮入り口にやたらと人が集まっていることに気付いた。よく見れば管理所の職員も数名いるようだ。いつもの役人はいなかったが、声をかけてみることにした。
「お疲れさまです。この集まりは一体何なのでしょうか?」
「エイクイルの騎士団の一部が戻ってきていないそうで、それの探索依頼を受けた人員です。先ほどまで出ていたのですが、何でも五層と七層両方の出入口にリビングメイルが固まっているそうで、突破も帰還もできずにどうしようもないのだそうですよ」
「視線から外れて静かにしていれば散っていきませんか?なんで固まってるなんてことに」
「中途半端に戦ってしまったのでしょう。あれは傷つけるとしつこさに磨きがかかりますから。困ったものですね」
「都市の方で救援を出したりはしないのですか?」
「新たに依頼があれば提示しますが、既に出していますからね。それに、冒険者も騎士団も迷宮に入るならば自己責任ですから。無関係な方々を徴発して送り込むなんてことはないので、そこは安心してくださって大丈夫ですよ」
「なるほど、私達にそのような義務はないと」
「はい、全く。それに、一日二日留まっても問題ない程度の物資は持ち込んでいるはずですから」
「お話ありがとうございました。勉強になりました」
「いえ、お気になさらずに」
一匹二匹程度なら出向いて倒してしまえばいいが、出入口に固まっているというのは問題だ。私だってそんなの相手にしたくない。
せめて六層側に私がいるならなんとでもできるが、あの狭い通路から霊鎧の群れを相手にするのは無謀もいいところ。戦えば音に反応して周囲から寄ってくるのだから。
それよりも、突破ができなかったというのなら、どうして七層側の入り口にも固まっていると分かったのだろうか。やはり望遠鏡みたいなものがある? 魔導具店で聞いてみようかな。
リビングメイルの数を調べたかったが、こうなっている以上しょうがない。宿に戻って寝直すことにした。