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第二百七十八話

 

 昨夜は昼も夜も抜いていたこともあって珍しく朝食をしっかりと頂き、すぐに記述した魔物除けの術式のチェックをハイエルフ達にお願いした。

 フロンにお願いすればそれで事足りるのだが、フロンにばっかり! とうちのエルフが拗ねることは確定なので、学習して二人一緒にお願いすることにする。

 多少リューンにぶつくさ言われながらも一発で合格を頂けたのは、やはり《結界》由来の術式であるためか、あるいはずっと脳内での改良を繰り返していたからか。一部不可解な記述が見られたとのことで難色を示されかけたが、一度魔力を通してみれば普通に稼働し続けたので、特に問題はなかろうとフロン先生にお墨付きを頂いている。

 性能の向上を図るのであれば一般的な記述式を素体に刻んで浄化橙石は動力に使う、一般的な形式で作るべきなのだが、残念なことにそんな時間はない。

 なので古代エルフ語を使い、変形で直接魔石に術式を彫り込んだ動力一体型の魔導具を製作することにした。

 これならば一つ作るのに数十秒から一分程度の時間しか要さず、魔石さえあればいくらでも簡単に量産することができる。作り過ぎても変形術式で潰してしまえば再利用もできて、足りなくなれば現地で数を増やせる。

 楽でいいのもあるが、下手に現物が残って事後誰かに盗まれるのも困る。スイッチを入れたらオフにできずに延々と稼働し続け、魔石と一緒に術式が消えてくれるのはかえって都合がいい。

 術式は魔石の外側ではなく内部に、とても緻密、可能な限りコンパクトに記述している上に、両先生指導の元暗号化も施してあるので、乱反射する外部から記述式を正確に読み取るのも、術式部分のみを物理的に取り出すのも不可能に近い。

 万が一稼働品を叩き割って無事に記述式を取り出せたとしても、それを解読する前に記述部の魔力を使って消えてなくなるだけだ。

「まぁ……この器用さだけは認めてあげてもいいよ。でもなんで古代エルフ語なのよ……全くもぅ……」

 魔石の内部を直接弄くれるのは変形術式使いの特権だ。できそうだな、なんて思いながら試してみたら、できた。ぶいっ!

 いつものことだが、うちのエルフは私がこの言語を使うと途端に当たりが厳しくなる。どんなにご機嫌でも、一瞬でツンツンリューンちゃんに変化するのだ。私が彼女の分野を侵していることが不満なのか、あるいは過去に何かあったであろうことは明白なのだが、特に尋ねたりはしていない。

 とにかく今は手隙にしていたミッター君とソフィア、それにリリウムの三人が、その試作品の性能試験のために王都の外まで出掛けてくれている。


「なぁ姉さん、鍛冶は人に見せられない類の作業なのか?」

 その後ウォーターサーバーの魔石型を作っている最中に、フロンにこのようなことを尋ねられた。

「見せ……?」

 何を言っているんだと疑問が浮かんだのも一瞬のこと。リューンはヴァーリルで何度も、リリウムはルナで『黒猫さん』と『灰猫さん』の制作現場を見学したことがあったが、思えばフロンは一度も見たことがなかったかもしれない。

「他人には見せられないけど、フロンが見たいって言うなら見ていてもいいよ」

 鍛冶に関してはこれでも、名門ヴァーリルのドワーフに伝わる秘伝の技術や知識を文字通り叩き込まれている。だが私の神器製作はかなり自己流のもので秘伝の技術の出番はないし、万が一この製法が漏れたところで神力なしで神器化はしない。

 大々的に公表しようとは欠片ほども思っていないが、アダマンタイトへの魔力貫通や霊体干渉の付与は知識と素材さえあればどこでも誰でも再現はできるし、これらに浄化黒石や浄化真石を使うことは既に年寄り組には周知の事実となっている。今更何の問題もない。

「そうか、実は前々から興味があってな。同席させてもらってもいいだろうか」

「暑いし退屈だと思うから、耐熱魔導具と暇潰しの手段は持ち込んだ方がいいよ。途中退室されると質に関わってきちゃうから」

 熱の変化に敏感なアダマンタイトの鍛錬作業において、特に冬場に部屋の扉を空けて、冷たい空気が鍛冶場に流れ込んでくるのは死活問題だ。

 開扉することで結界石の防音効果が切れるのも、特に王都のような人の密集している地域では大層迷惑になる。

 気力マンが全力で何時間にも渡り金属を叩き続けることで発生させる騒音は、近所迷惑で片付けられるようなレベルではない。爆音だ。本とお弁当持参で半日ないし、一日篭もる用意を整えてもらいたい。ちょっとした工場見学みたいなものだ。


「あ、私も! 私も見に行きたい!」

「それは別にいいけど、進捗は大丈夫なの? まだだいぶ部品が残ってるみたいだけど」

 火炎放射器君の完品の数は数十を越えて三桁の大台に軽く乗っているようだが、エルフ工房の壁際には依然としてこれらのパーツが山積みになっている。

 うちの聖女ちゃんが外に出掛けたのも、試験待ちの子がいなくなったからだ。

「ちゃ、ちゃんとやってるよぉ……大丈夫だって……」

 ほんとかなぁ……とフロンに視線を向けてみたところ、溜息と共に実情を暴露してくれた。

「姉さんが帰ってきた日は昼過ぎまで寝ていて全くの手付かず、昨日は姉さんが登城した後はアリシア達と冷凍野菜や果物を作って遊んでいた。戻ってきてからは知っての通りだ。姉さんが落ちた後も、せっかく気持ちよく寝ているんだから……と私の作業も止めさせて、ここ数日はろくに進んでいない」

「ちょっと! 言わなくていいよそんなこと!」

 そんなことじゃなんだけど……困ったエルフちゃんだ。でもそれまでにいっぱい作ってくれたことは確かなんだろうし、息抜きをしてもらいたい気持ちもある。

(あー……息抜きと言えばお風呂だな。ちょうど皆居ないし──)

 リリウムはパイトで磨いたばかりだし、魔導具試験組は夕方まで戻らない。アリシアはペトラちゃんと共に今も台所に篭っている。私から逃げ回っているというならご機嫌伺いでもしておきたいところだが、冷凍乾燥魔導具をオモチャにすることを許可したことで、すっかりそれは成された感がある。

 家を全員空けてしまうのは危険だが、ペトラちゃんが居てくれれば問題はない。彼女達にも何かお礼をしたいところだが、どうしたもんかね。


 久し振りに足を運んだ打たせ湯付き個人風呂で三人揃ってすっぽんぽんとなり、少し長めに時間を確保して、順にハイエルフ達を念入りに磨いていく。

 お風呂の嫌いな女の子なんていませんっ! というのが私の持論だ。特にフロンは私に次いで風呂好きな感じがする。

 一見真面目一徹で融通の効かなさそうな目尻キツめの外見をしている美人さんだが、こうして白昼堂々銭湯に出掛けようと提案しても、余程切羽詰まっていない限りは反対なんてしない。今もゴシゴシやられた後に湯船で溶けている。

 そして彼女は、リューンに並ぶほどのお洒落さんでもある。女としてどうかとは思うのだが、現状まともにお化粧をしているのはフロンくらいなもの。

 冒険者に色が必要なのかと言われれば多少答えに窮するところだが、私達は冒険者の前に女である。

「うーん……やっぱり違うねぇ」

「違うかー……」

「うん、違う。再現は流石にキツイかなぁ……成分なんて記憶しちゃいないし」

 私の地元こと地球の日本と、この世界とではお化粧の基本から何から全然違う。基本のキたる洗顔にしても、その主力は水と、よくて石鹸があるくらい。

 メイク落としみたいな専用の物も、聞く限りはないらしい。化粧水みたいなものはあるのだが、スキンケアやベースメイク用かと言われればかなり怪しい。そもそも成分がまるで不明な怪しい液体でしかないわけだ。一部では鉛も現役であるようだし、聞けば聞くほど怖くて使っていられない。


 自然由来の成分──と聞けば耳障りが良さそうにも思えるが、この世界で言う自然由来というものは薬草のみを指すわけではなく、そこに魔物が当たり前のように含まれてくる。

 お化けキノコ、お化けツリー、お化け雑草から搾り取る汁なんてものが混ざっていても何らおかしくないわけで。お化け蚕がお化け糸を吐いて、それを紡いだお化け絹だとか、謎の生物から採取した素材を加工したゴムだとか……そういったものには特に抵抗がないのだが。

(でも着色料って元を辿れば虫だったりするし……害がなければ良しと割り切る度量も必要かなぁ)

 それでもそれを肌にとなると……ううむ。


 とにかく評判や値段、それに謳い文句でそういった物を手に取っていた一介の小娘でしかなかった私に、一からこんなもんを作れるわけがないのだ。仮に成分を記憶していたところでそれは変わらない。

「いいじゃない、サクラはお化粧なんてしなくても可愛いし」

「そういうお話をしているんじゃないんだよ、リューンちゃん」

 全身をゴリゴリとやられて気持ち良さそうに溶けているこっちのエルフは素のスペックが狂っている上に、何千年単位で老けないハイエルフ種とあってか、私はお化粧しているところを一度も見たことがない。

 いや、ハイエルフであるかどうかはあまり関係ないのか。アリシアは……まだ子供だしなぁ。

「リューンはお化粧しないよね?」

「臭いんだもん。石鹸で洗って清潔にしておけばいいよ……」

 まるで興味がないと面倒臭そうに吐き捨て、再び脱力して溶けてしまう。こういうところは男らしいな、惚れ直しそうだ。でも乳液くらいは欲しいところだよね。



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