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第二百七十五話

 

 人数が増えたら困りそうな、どのようにして室内に運び入れたのかという点に興味が向く、ドーナツ状の大きな円卓。

 ペンも書類もなしに、ただ豪華な椅子に座っているだけの中年から老年のお偉いさん。

 窓は閉め切られ、代わりに水晶製と思しき大きなシャンデリア型の照明魔導具が煌々と室内を照らしている。

 案内された一室は、会議室かと言われれば会議室だ。おそらく会議をしていたのであろうが、正直井戸を囲んで世間話に興じていたようにしか見えない。朗らかな空気に包まれていて、真剣さも必死さも悲壮さもまるで感じられないわけだ。

「戻られたか」

 一つ幸運な点があるとすれば、若干安堵の響きを持った声音で私を迎えてくれたこの国の最高権力者のお爺ちゃんは、事の重大さを確かに理解してくれている……という点であろうか。

 してくれているはずだ。してくれていなければ困る。こののほほん空気に飲まれてはいないはずだ。本当にそう願っている。

「ええ、つつがなく終えて参りましたわ。同席しても?」

 同席させて頂いても? よろしいかしら? いや、同席してあげてもよろしくってよ、の方が『らしい』だろうか。まだまだ尊大さが足りていない自覚もある。もっと傍若無人モードもバージョンアップを図りたいところだ。正真正銘のワガママお嬢と仲良くなれる機会が欲しい。どこかに転がっていないだろうか。

 どうでもいいことを考えながら案内された席はなんと、両隣二つほどが空席となっていた王様の真横。無駄に勢を尽くしたふかふかな椅子になるべく優雅に腰を下ろし、円卓に着座している面々を改めて見渡す。

 当たり前の話ではあるのだが、知った顔の一つもない。見知らぬおじさんおばさんに、お爺さん達。冒険者ギルドのおっさんは居ないし、例の騎士団長とやらもおそらくは不在だ。前線で戦えるような気力や魔力持ちは一人として存在していない。


「報告を聞かせてもらえるかな」

 すぐ近くに着座していた見知らぬお爺さん一号から話をせがまれる。どこからどこまで喋ったものか、少し頭を悩ませる。掃除なんかしてないでカンペを作っておけばよかったな。

 王様に向けて話すべきか、一同に話すべきかでこれまた頭を悩ませて、とりあえず後者を選んで口を開くことにした。

「砦の建材に用いる浄化橙石、並びにメタルリザードに関しましては分量等も含めて正式な書類が届けられていますので、大方御存知の通りかと思います。前者は私が、後者は仲間が集めていましたが、ガルデから鎧トカゲ狩りの人員が派遣されてきましたので交替し、時期も良かったので一度戻って参りました」

「うむ。委細承知しておる。誠に大儀であった」

 じゃあ聞くなよ! と思いもするが、この場の面々への説明は必要だ。それくらいは分かる。

 でもなんか、こういうのは釈然としない。ムカツク。

 労いの言葉は上の立場の人間がかけるものだ、私は下に見られているんだろうか。「お疲れさま」と「ご苦労さま」の使い方でイチャモンつけてきた、かつての誰かの姿が朧気に(よみがえ)る。ごめんねかつての誰か。結構気になるもんだね、これ。

(けどこういう仕事も依頼の一部なんだろうなぁ。何やってんだろう私)

 結論は出ている、お金のためだ。お金。大金貨の束、それの山。私は換金能力が低いのだ、この機会に稼げるだけ稼いで、なるべく長く自分磨きに明け暮れたい。引き篭もるにも先立つモノは必要だ。

 溜息は厳禁。出来るお姉ちゃんは、澄まし顔を崩すようなことをしないのだ。

「併行して集めていた焼却魔導具用の浄化赤石並びに緑石につきましては、まぁ……恐らく足りるのではないかと。万全を期すのであればあと百日程は欲しいのですが、山々と、その南側の森を焼き払う程度であれば、効率的に処理することで必要十分は確保できていると判断します」

 努めてポーカーフェイスを維持してはいるが、本当は割と在庫に不安を覚えている。だがカーリからパイトまでは往復で数百秒とかからない。寝静まった頃を狙えば、こっそり火迷宮に入って一日一回魔石を集める程度は可能だろう。縁の下で何とか工面しなければならない。


「──ちょっと待ってくれ、森を焼き払う? 何のことだ、それは」

 今後の展望を口に乗せようとしたところで、見知らぬおじさん一号が遮るようにして口を開いた。この中では比較的……あくまでもこの中で比較的ではあるが、気力に長けた軍人っぽい中年男性だ。勲章のような物は見られないが、主張の強い軍服姿をしているので、将軍系のお偉いさんなのかもしれない。

「カーリ一帯は広範囲にわたって森の腐敗化が進んでいます。一帯は同じくキメラ化した大量の魔物や魔獣、その死骸で文字通り埋め尽くされています。それらは適切に対処しなければ疫病等の二次災害を招きかねません。そのために焼却用の魔導具、並びに魔力源の魔石の準備を進めています」

「だからと言って、森を焼くなどと……野蛮が過ぎるのではありませんか!? もっと良い手があるはずです!」

 見知らぬおばさん一号までもが口を挟んできた。服飾から判断するに、神官系の人だろうか。些か化粧が濃すぎて、神に仕える人材として相応しいとは思えないけれども。

「どのような手でしょうか。私はその手段を持ち合わせていません。ガルデで工面して頂けるのであれば一考しますが」

 王様をチラリ。このおばさんを何とかして欲しい。相手したくない系の臭いがプンプンしている。絶対ヒステリックに騒ぎ出すんだ、賭けてもいい。


「報告は受けている。腐敗化……と称したな。浄化魔法では何とかならないか」

「なりません。少なくとも私にあれを元に戻せと言われても困ります」

 蹴り倒した腐りかけの大樹から、得体の知れない白いナメクジモドキが吹き出してきた時の私の心情を察してみて欲しい。なんとかもかんとかもない。あれが元に戻ると言うのであれば、それは私が知ってる中でもぶっちぎりで最高の魔法だ。神技と称してもいい。是非とも拝見したい。

「人手を集めればどうだろうか」

「私にできないのです。法術士や法術師を千人集めようが万人集めようが不可能ですよ。瘴気溜まりとは別種の災害であるとお考え下さい。それにどの道、キメラや眷属は焼かねばならないのです。その都度山や森から引きずり出して処理するなど、時間と労力の無駄以外の何物でもありません。そうしている間にも状況は悪化するのですから」

 何年もこの問題と向き合ってきた人達のはずだ。こうまで認識に齟齬が出るものなのだろうか。実は私が深刻に考えているだけで、他の魔法で綺麗さっぱりなんとかできたりするのかもしれない。

 できるなら、それは私の責任の外でやってもらいたい。あるいは前以て、その有用性を示してもらわなければ。それなら全身全霊を賭して守ってあげてもいい。

「私に出来ることは以前ガルデ王にもお伝えした通り、焼却と浄化の合わせ技での清浄化のみです。山や森を焼くなと言うのであれば、代替手段を提示し、作戦開始までに準備して頂きたい」

「火系魔法師が欲しいと打診をされた折に腹は括ってある。余はカーリを焼くことに異論はない」

 このイケボお爺ちゃんだけが癒やしだ。肩叩きしてあげてもいいよ。


 流石に王様の決定だ。鶴の一声とはまさにこのことで、多少のざわめきは残しながらも、将軍も神官モドキのおばさんも口を噤んでくれた。

 やっと話が進む。さっさと終わらせて帰りたいが、このまま延々と難癖をつけられれば、今日も湯船に浸かれないかもしれない。

「今後の展望に関しましては特筆する点もありません。王都より北東方向、ヘイムから旧カーリ方面へ進んだ後に拠点を築き、陣地を構築した後に不死龍を討ちます。その後にスタンピードの鎮圧と併行して件の焼却作業に入る予定です」


 パイトから決戦場までの道のりは、大別して二通りの道のりを辿ることができる。

 一つはパイトからバイアルの東側を舐めるようにして迂回し、平地をひたすら進軍してカーリの西側を目指すルート。時計で言えば、王都の位置する五時の辺りから時計回りに十時か十一時の辺りまでグルっと回って、そのまま東に一直線。

 もう一つはパイトの領土内を東進北進し、砦の町ヘイムを第二拠点としながら軽い山あり谷あり川ありの行程を越えて、元カーリの町のおおよそ南に出るルート。私が採ろうとしているルートがこっちだ。


「馬鹿を言うな! クバロスやアムルス、カーマ=ガルデの町はどうなる!? スタンピードの真っ最中だぞ! お前達が戦えば、群れた魔物が街を襲うかもしれないではないか!」

 推定将軍が吠える。大声を出せば萎縮すると思ったら大間違いだゾ。

 別に覚える必要もないのだが、クバだのアムだのは前者のルートを採った際に、道中お世話になることを期待したくなる村や街のことだ。地図によれば、一部はガルデの領土内にある。

「どうなるもこうなるも、そのような村や街はもう、存在していませんよ」

「──なんだと?」

「初めて王様と顔合わせをした次の日に、私は現場の下見に出掛けました。その時には既にクバロスもアムルスもただの廃墟と化していましたし、カーマの町には人の気配もありませんでした。認識を改めて頂きたい。落ちた砦の内側には、もう人間は残ってなんていません」

「な、なんですって!?」

 どうでもいいけど、さっきから将軍と神官モドキのおばさんしか話に加わってこないな。他の人達は何なんだろうか。

「言うまでもありませんが、カーリの町や周辺の村落も同じことです。少なくとも山々の南側は地獄であり、おそらくは北や東も同じことになっていると推定できます。それにさっさと片付けなければ、不死龍が少なくとも三匹増えます。ここいらで頭を切り替えて頂けませんか。今は本当に首の皮一枚繋がっているだけなのですよ」

「増える──とは?」

「母龍と、おそらくは父龍でしょう、その二匹はこの目で確認してきました。そしてその母龍と思しき個体が、卵と思しき白球を三つほど抱えていたのも、父龍が周囲の空を探る仕草をしていたのも」

 温めて……いたんだろうなぁ。爬虫類って温めるんだっけ。トカゲと一緒にするのもどうかと思うけど。

「なんと──」

 あれが卵ではない可能性も無きにしも……ではあるが、後生大事に抱えている白い球体が卵じゃなかったら一体何なの、って話になる。その時は持ち帰って笑い話にできるだろうか。

「あれから討伐されていなければ、現状で二匹存在していることは確定しています。運が悪ければ孵化した個体の処理に追加で三匹、下手したら更に上位種が数匹潜んでいても決しておかしくはありません。数年前からあの一帯は近づくのも難儀するほど瘴気とキメラにまみれていたはずです。それにしては目撃情報が多すぎる。あの危険地帯で勤勉に観察を続けていた変わり者でもいたんでしょうか」


 大陸の中部を占める山々だ。そりゃあもう広いし、高いんだ。そしてその一帯は麓まで等しく荒れ果てている。

 ルナの二十五層に出没する個体は体高二十メートルを越えていて、体長はそれよりも長い。推定お母ちゃんとお父ちゃんはそれよりも大きかったように思うのだが、それでも倍はない。精々高さが三十メートルとか、そんなもんだと思う。

 それが何千メートルもある山の頂、しかもカルデラに身を潜めているのだ。

 私には《探査》があるし、瘴気溜まりの近くまで寄ることもできる。高空から望遠鏡を用いることで視認することは誰にでも可能だが、山の麓からあれを発見するのは決して容易なことではない。

 あの推定お父ちゃんは山々の間を、北側の斜面を舐めるようにして推定お母ちゃんの下へと飛んできた。身を隠す程度の……隠そうと努められる程度の知性がある。

 龍があの二匹だけで、一匹が身重で動いていないのであれば、いくら巨大なお父ちゃんとはいえ、そんなにバカスカ目撃されるとも思えない。私が確認した資料に載っていた目撃情報の頒布は、割と広範囲に広がっていたわけで。

 そもそも私には、ルナの個体に砂糖を振った程度の強さしか持たないこいつらに、こんな異変を巻き起こせるほどの力があるとは思えないのだ。


 こういうのは突然に遭遇するから盛り上がるとは思うのだが、そんな冒険望んじゃいないのであえて言う。絶対に他の黒幕が潜んでいる。

 推定お爺ちゃんやお婆ちゃんだ。お父ちゃんとお母ちゃんが不死龍の(Lord)なら、ハイロードとか、そんなのがいるはずだ。いなければこんなに楽な話はない。二匹を相手に大げさに死闘を演じてみせて、謝礼をふんだくった上でウキウキでルナに帰れる。

 あるいは前者二匹がただの不死龍で、お爺ちゃんが王だとか──区分の話はどうでもいいな。



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