第二百七十四話
冷凍庫君に乾燥機君、それと彼らの合作である冷凍乾燥ミイラのスープをお披露目したことで、微妙な空気をしていた若者組の雰囲気が若干明るくなった。
特にアリシアだ。ビビりまくって目も合わせてくれなくなっていたのが嘘のように、大層はしゃいでお褒めの言葉をたくさん頂いた。
革命だそうだ。フロンも昨夜そんなことを言っていた。エルフは革命が好きなのかもしれない。
「お、お姉さま……こんな魔導具まで普段から持ち歩いていたのですか……?」
朝寝をしたのか、寝間着にボサボサ頭のまま居間へと駆け込んできた聖女ちゃん。その髪を梳かしてあげながら言葉を返す。
この娘には一度、淑女とはなんぞやということを教育した方がいいかもしれない。今日は仕方がないので可愛がってあげるが、そのうちどこかから先生を連れてこなくては。
「ルナの作業場に残していくには危険過ぎるからね。でもすごいでしょ?」
持ち歩いていたかどうかははぐらかしておく。手作り感満載のこれらをパイトで買ったと強弁するのは難しい。
「すごい……です。冷やせば長持ちしますし、干物や塩漬け、砂糖漬けといったものも日持ちするようになることは知ってますが……これは……すごいです!」
発明者は私ではないがな! ガハハ! 汁物のお椀片手に、ソフィアがキャッキャとはしゃいでいる姿はとても良い。尊い。なんでこうこの娘は、距離を置こうとしたタイミングで離れがたい魅力をぶつけてくるんだろうね。このっこのっ。
「手軽さもですが、携帯性が群を抜いています。これまでの糧食の常識を覆していますね……」
「需要は物凄くありますよ! 費用を抑えられればかなり儲けられそうです! ……フロンさん、この魔導具は普通の浄化品でも動くんでしょうか?」
「冷凍の方はともかく、乾燥の方は一般に流通している魔石で稼働させるのは難しいな。これは魔石の質の暴力だ。言葉の通り、姉さんの力技で成り立っている」
気圧の変化で金属ケースがベコベコと音を立てる私の乾燥機君。術式を洗練させれば多少敷居は下がるであろうが、現状はフロンの言葉の通り、力任せに水分を引き抜いているだけ。
便利だが、ランニングコストがとにかく高い。私にとってはタダ同然の魔石でも、市場に流通させればカモネギの緑石一つで六桁の値がつく。
それを湯水のように──とまではいかないが、とにかく多用して作り上げる保存食だ。安価で流通させるのは難しいし、魔石をそのまま売却する以上の利益を得るのは更に厳しいことだろう。
だからこれは、ただの保険だ。現状常食できる規模で生産はできないし、インスタント漬けみたいな生活を送るのも健全とは言い難い。
固いパンをふやかすための味付きスープ。ビタミンなどの栄養素を保管するための術。いざというときの非常食。その立ち位置でいい。
というわけで──と冷凍庫君達と乾燥庫君の使い方を伝授して、魔石をいくつか残した後に、私は一人でガルデのお城へと足を向ける。
まだかろうじて早朝と称してもいい時間帯なこともあって、門前に野次馬は群がっていない。帰宅時のことを思うと少し気が沈むが、今は気にしないように努め、背筋を伸ばして歩くのだ。
「おはようございます。王城まで顔を出してきます、開門して下さい」
「はっ! かしこまりましたっ!」
四人いる門番の内、二人掛かりで仰々しく正門を開き、一人が周辺の警戒に当たり、もう一人が槍を抱えたままどこぞへと走り去る。おそらくお城への先触れに出てくれたのだろう。
決まりでもあるのか、そういうものなのか、ガガギギと音を立てる正門をわざわざ全開きにして、槍を立てて敬礼するような直立の姿勢で見送ってくれる。うちはゆるいので、一人分通れる程度開けてくれて、その後すぐさま閉じてくれても構わないのだが。
「お勤めご苦労様です」
「はっ! いってらっしゃいませっ!」
何かこういうのはむず痒いな。お見送りされるような立場でもないが、どうせ見送られるなら槍鎧のあんちゃんではなく、うちの美人さんに見送ってもらいたい。
その美人さんは引っ張りだした服を片付ける間もなく、早々にエルフ工房に監禁されてしまった。頑張れリューンちゃん。
夏の頃と同じように半袖の大根ワンピで向かおうとしたが、それは流石にどうかと思い直し……今は白いブラウスに薄茶色のロングスカートといった、リューンちゃんコーデの秋冬服に身を包んでいる。ストールのようなオシャレ布を巻かれて、靴もシティースタイルだ。ミニスカは断固阻止した。
この家は王城まで程近い。この点だけはとても楽だが、履き慣れないオシャレブーツが伝える石畳の感触が若干気持ち悪い。リリウムのサンダルに慣れきっているので、ちょっと踏み込めば簡単に壊れる硬質な感触がまるで、ガラスの靴のように感じられる。
(カボチャの馬車で舞踏会……なんて柄でもないけど、お城に行くならもうちょっとお洒落してくればよかったかな)
召喚されて日も浅い頃、パイトでお金を稼げる算段が立ってまず意識が向いたのは、化粧品や美容関係について。
私とて現代日本で活動していた乙女である。礼儀として日々顔を作っていたし、それなりにお金も時間も費やしていた。こっちに来てからも、近いうち、いつか、そのうちに、手を出そう──などと考えていたが、今ではすっかり気にしなくなってしまった。
毎日のように身体を動かしていることもあるだろうが、《浄化》によるセルフエステで私のお肌は本来備わっている以上のポテンシャルを発揮してくれている。とにかく血色、肌艶が良い。
髪も同じだ。普段使いしているものは石鹸で、時に水洗いで済ませたりもしているのに、念入りに手入れしていた過去の苦労をあざ笑うかのようなサラッサラ具合。
自分で言うのもどうかと思うが、かなり綺麗になっている。リューンの言うことは話半分に聞いてもいいが、ペトラちゃんやソフィアが稀に向けてくる羨望の眼差しは、決しておべっかによるものではないだろう。
(ネイルはともかく、紅くらいは引いておくべきかな……アクセサリーもほとんど実用品だしなぁ)
一時期ハマっていたお洒落アクセの複製作業も、最近ではすっかりご無沙汰になっている。普段から身に着ける習慣もないので、今や《次元箱》の肥やしだ。よくよく考えればもったいない限りである。
(抱えている案件が片付いたら、一度フロンとデートしてこようかな)
彼女はその辺の知識が豊富だ。どれだけ歳を重ねても、女を忘れてはいけない。
どうでもいいことを考えながら少しばかりの道のりをゆっくりと歩き、お待ちしておりました! と待機していたうちの門番の人から騎士の人へとバトンタッチされ、久しぶりのガルデ城の内部へと足を踏み入れる。
どうぞこちらへ、と案内されれば、穏やかに微笑んでありがとうと返すのが正しい作法というもの。騎士の人は悩殺され、きっと私の魅力にメロメロだろう。これはうちの連中には大層よく効く。
だがこの騎士の人は中々骨がある。何事もなかったかのように、まるでリアクションが見られなかった。
強いて言えば、全身の筋肉が強張ってガチガチになっているように見えなくもない。檻から解き放たれた猛獣とでも遭遇したかのような悲壮感すら感じられる。失礼しちゃうワ。
朝も早いためか、以前ほどどこそこから視線が飛んでくるということもない。メイドさんとか、男の使用人だとか、そういった人達の姿はよく見られる。
しばらくの間は見知った景色なこともあって大人しく先導されていたが、道が謁見の間から外れたところで騎士の人に声をかける。
「行き先は謁見の間ではないようですが、どちらへ向かっているのですか?」
「はっ! 会合の間へとご案内するよう仰せつかっております!」
会議室だろうか。今日のところは帰還の連絡だけ済ませればいいと思っていたのだが、昼食前から話し合いを進めていたとなると、中々に勤勉で結構なことだと思う。お偉いさんが揃って真面目にお話しているとなると、お腹空いたから帰るとダダをコネるのはなしだ。傍若無人モードの加減に気を使う必要がある。
こういうことはペトラちゃんやミッター君に任せてしまいたかったのだが……連れてくればよかったな。