第二十七話
翌朝、いつものように手探りで明かりをつけて身体を動かしながら今日の予定を再確認する。
今日は一日買い物の予定だったが、その前に六層を見に行ってみることにしていた。
「丸一日六層の探索からは間を開けた。まずはどれくらいリビングメイルの数が戻っているか確認しておきたい」
それによって、毎日狩り続けることでどの程度資金を増やすことができるか、目安ができるだろう。
「もしかしたら半日かそれ以上早い時間で戻るのかもしれない。昼と夜の二回狩って合間に休むとか、そういうこともありえるね」
一通り身体を動かし日課を済ませると、洗面を済ませて最低限の荷物だけを詰め込んで迷宮へ向かった。
(今日は一日中靴を履きっぱなしにして魔力が問題になるかの確認もしないと。朝の霊鎧狩りならリスクは少ないはず。昨日は靴を脱いで寝たし、魔力は戻っているはず。戻ってきたら管理所へ顔を出して代金受け取って、その後はそれから考えよう)
すれ違う人影には気を払いながら……六層まで駆け下りる。いなかったけど。
魔法鞄を背中から降ろしてふわふわを辺りに投げる。相変わらず索敵としては弱いが、おおまかに場所が分かるだけでも十分だ。神力も適度に使わねばならない。早速近場にいた一匹を三回殴って沈め……、うん、身体は問題ない。続けよう。階層の端から端まで、見つけ次第全力で潰して回った。
ここで面白いことが分かった。この靴はどうやら、靴底に魔力の壁? のようなものを作っている。
思いっきり駆け出した際に判明した。柔らかい物を踏んで圧縮したような感触がするというか……とにかく、地面に負荷をかけにくい仕様になっていることが判明したのだ。
やたら多い魔力消費量というのは、常にこのような魔法が待機していることによる結果なのかもしれない。これが足音の軽減に繋がってもいるのだろう。私にとっては嬉しい仕様だ。
ここでリビングメイルについて一度おさらいしておく。
私の資金源となっているリビングメイルはパイトの第四迷宮、その第六層に棲息している霊体系の魔物だ。この層にはリビングメイル以外の魔物は出現しない。
これは首のない全身鎧が僅かに宙に浮いていて、普段は武器を構えたような格好のまま、あてどなく低速で移動をし続けている。個体差はあるが、普通に歩く~早歩きくらいの速度だろう。
顔も耳も無いようにしか見えないが物音に反応する性質があり、またそれに敏感だ。少し大きいかなと感じる程度の音でも、かなりの距離から集まってくる。そしてこれがしつこい。中々諦めない。
頭のない大型の全身甲冑という姿は共通で、これに大きめの剣や槍、盾などの武器や追加の防具を身に着けている。これらは正面へ向かって振りかぶったり掲げたりしてくるが、その動きは移動速度と比較すれば俊敏だ。速さはそれほどではないが、とにかく一撃が重い。
旋回速度は大したことがないので、慣れてくれば正面からでも裏に回ってしまえる。この魔物の最大の脅威は、その耐久力だろう。
あのギースをして『嫌になるほど頑丈』と称したそれは圧巻だ。まずその装甲が硬く攻撃が通りにくい。更に霊体ということで物理攻撃が有効打となりにくい。おまけに魔法の類も弾くらしい。一匹に苦労している間に周囲からワラワラと寄ってきて、階層を逃げ回れば更に集まってきて悪循環に陥る、というのが徹底的に避けられている要因になっているのは確かだと思う。
数打ちの武器ではまず使い捨てになるだろうし、それだけの労力と武器を犠牲にして得られるものがぶち撒けられた組成と霊石一個では割に合わないだろう。前者はゴミどころではなく、身体に悪影響を及ぼす最後っ屁だ。
そのため、私はこの階層で私以外の人影を未だ確認していない。下の階層へ向かうには必ず通らなくてはいけない場所なので多くの人が通りすぎてはいるはずだが、皆大岩の間を走り抜けているのだろう。一息に走り抜けられない距離ではない。
私が把握しているリビングメイル、霊鎧の情報としてはこのような感じだ。
そして、この『しつこく、中々諦めない』という性質。これが私にとって実に都合がよかった。
二つの大岩を中心として、その周囲をガンガンと音を響かせながらグルグル周回していれば、ほぼ全域の個体を集めることが可能なのだ。階層の隅にいる個体も次か、次の次の周回で私のテリトリーに入る。
当初は大岩からある程度距離をおいて、階層の外縁部を周回するようにしていた。大岩周囲に霊鎧が集まると迷惑どころか、魔物のなすりつけに該当して罰を受けるかもしれないと考えていたからだ。姿を隠したかったのももちろんあった。
ただ、周回半径を狭めることで、大岩と大岩の間やその周辺にいた個体も私が処理できるようになった。突然現れる物は仕方がないが、五層行きと七層行きの大岩の間は私が走り回ってる間、かなり安全になっているだろうと思う。
そしてこの作業、今では三時間もあれば大体終わる。今日は数を数えていたが、およそ六十匹。三分に一匹ペースで時給七百五十万、日当二千二百六十万だ。金銭感覚は泡を吹いて死んだ。
朝一から始めれば余裕を持って昼前には終わる。根を詰めようとは思っていないが、今日はまた夜、人が減った頃に訪れるつもりだ。数がどの程度戻っているかの確認のために。
やることが済めば長居は無用。七層への大岩まで戻って人がいないことを確認してから袋をポンチョの下に背負い、足取り軽く迷宮を抜け出した。
管理所内も賑わっていた。いつもの役人がいたので、受付の列に並ぶ。別に専門や担当というわけでもないが、私を覚えてくれているし話が早い。
「お疲れさまです。昨日は来れずに申し訳ありません、魔石の代金を受け取りに参りました。あと、買い取りもお願いします。先日と似たような感じです」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
受付を別人に引き継いだ役人と共に個室へ移動する。後ろから悲鳴が上がっている。またですか。
「担当の者を呼んで参りますので、掛けてお待ちになって下さい」
それだけ言い残して役人が出て行く。案内された個室は雰囲気こそ変わらないが、先日の部屋よりソファーもテーブルも大きい。ポンチョを脱いで魔法鞄を降ろす。程なくして箱を抱えた魔石担当の男と一緒にお茶を持った役人が戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。魔石の買い取りとのことですが、浄化真石でしょうか」
「はい。質は分かりませんが先日と同じものです。取り出してしまって大丈夫でしょうか」
「かしこまりました。先に査定を始めさせて頂きますので、よろしくお願いします」
「そのことなのですが、個別に査定して時間がかかりすぎるというのは、私にとってもあまり歓迎できることではありません。可能であれば、今後はある程度大雑把にして頂けませんか? 概算で構わないです」
「可能です。そのように対応致します。お心遣いありがとうございます」
「いえ、こちらもその方が楽ですから」
魔法袋から魔石を取り出してテーブルに並べ続ける。お茶の準備をしてくれていた役人は一度部屋を出て、しばらくして布袋をいくつか抱えて戻ってきた。男は魔石を虫眼鏡で大雑把に確認しながら箱に分けてしまっている。大雑把ではあるが、雑な仕事ではなかった。
男が作業してる間に先に預けていた代金の受け取りを終えた。大金貨百枚の束が二十七束、物凄い量だ。布袋ごと持っていっていいと言う。ありがたい話だが、これを毎回現金で受け取るのは流石に厳しい。役人に時間を貰って質問をすることに。
「この都市に、銀行のようなものはありますか? 金銭や宝石などを預けて責任を持って管理してくれる業者などです」
「いくつかございます。都市管理部でも行っておりますが、私共のものは金額の多寡を問わずに一切金利が付きません。またお預かりできるものは金銭、大金貨のみになります。民間のものは銀貨単位から扱えたり金利も様々ですが、損益に対する補填や責任をパイトは一切負わないことを条件に認可しています。これには民間銀行側に説明義務があります。モグリのものについては……私共としては何とも言えません、ご容赦下さい」
「都市運営の銀行に預けた金銭を引き出すにあたって制限はありますか?」
「基本的には制限はありません。管理部ではお預かりしている資金を運用しておりませんので、全額即金で引き下ろし可能です。ただし、入出金共に利用できる時間がおおまかに決まっています。具体的にはお昼前から夕方前まで、といった感じです。これは季節によって若干前後しますのでお気をつけ下さい。また、管理部では大金貨百枚からしかお預かりしません。それ下回る場合は解約となり、全額出金して頂くことになります」
「百枚以上なら、百一枚でも預かって頂けるのですか? また、利用料などは」
「一枚単位で問題ありません。利用料もありません。ただし、五年以上の入出金がない場合、本人死亡と見做して都市の取り上げとなりますのでご注意下さい。また、代理人による入出金は役所発行の正式な書類が必要ですので、これも併せてご承知おき願います。代理人の騙りを避けるため、本人の希望があればこれは一切拒否することが可能です」
「今査定して頂いている魔石の代金を、金貨を介さずに管理所から直接銀行に預けて頂けたりは」
「申し訳ありませんがそれはできません。嘆願は冒険者の方のみならず上がっているのですが、業務の煩雑化を避けられないとの判断から見送られております。ご理解頂けると幸いです」
「最後に、金貨を都市から他国へ大量に持ち出すことに対しての制限などは」
「ありません。金は回るものですから。ただ、いい顔をしない国や都市があるのは事実ですね。パイトは違うということだけ、覚えておいていただければ」
「なるほど、ありがとうございました。お忙しい中時間を取らせてしまって申し訳ないです。勉強になりました」
便利ではないが、不満はない。手元に大量の金貨を抱え続けるよりは遥かにマシだ。ああでも、カード払いが恋しいな。
「お待たせして申し訳ありません。査定の方が終了しました。質についてもすべて全く問題がありませんでした。今回は単価三十七万七千を六十四個で、二千四百十二万八千となりましたが、いかがでしょうか」
「お疲れさまでした。問題ありません、それでお願いします。代金の引取は二日後位を目安と考えておけばいいでしょうか」
「そうですね、翌日ですと手配が間に合わないおそれがあります。余裕を持って翌々日まで待っていただければ確実です。急ぎの場合は職員にお申し付け下さい、優先的に手配致しますので」
「覚えておきます。その際はお手数おかけしますが、よろしくお願いします」
二人にお礼を言って管理所を後にする。まだお昼にもなっていない。
(そうだ、いい加減外食デビューしよう。硬パンと干し肉とパニーノ以外のものを口にしてない気がする。いや、そういえばギースが果物くれたっけ、あれおいしかったな。名前きいておけばよかった)