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第二百六十七話

 

 何も私達は揃いも揃って、ソフィアの仕事振りを影からこっそり眺めていたかったというわけではない。単に門が閉まっていて、入れなかっただけなのだ。

 国に喧嘩を売っていたふざけたお屋敷とはいえ、貴族やギルドが固執していた立派な建物だ。周囲は高い壁に囲まれ、門は金属製で細工も含めて立派な造りをしている。突破するのは容易いが、盗人のような真似をするのは(はばか)られる状況にある。何せ門には、門番が数人立ち塞がっているわけで。

 そこからなら格子越しに、稀に中の様子を伺うことができる。よく見通せないのは──人人人。私達の視界を遮るようにして、とにかく大勢の人が群がっているからだ。

 お貴族の子弟のように見える、身なりの良い少年達。

『荒くれ』という言葉を擬人化したかのような、冒険者らしきイカツイ男達。女も多いか。

 そんな推定冒険者達に目を光らせている使用人風の老爺に、ピカピカの騎士まで混ざっている。ちょっとしたお祭り騒ぎのようになっているが、屋台が出張ってきたりはしていない。

 そこを通せんぼしている門番の人達は、身なりの良い少年も、使用人風の老爺も、酒場で飲んだくれていそうな冒険者も、本来遥かに格上であろう騎士も一緒くたに相手取り、「さっさと散れ!」「いい加減に帰れ!」などと怒鳴り散らしている。それでも人は減るどころか、むしろ増えていっているのだから不憫でしかない。

「何これ」

「さぁ……聞いてきましょうか」

 このままでは家に入れない。ソフィアを呼べば解決するけれど、何やら集中しているし。大声張り上げるのも恥ずかしい。

「そうねぇ」

「なんだよおばさん、知らねぇのかよ!」

 私の呟きに反応したミッター君が動く前に、人垣の隙間から先を見通そうと何やら頑張っていた近くにいた少年の一人が、興奮したような声音で話しかけてきた。

 誰かに聞かせたくて仕方がない、そんな響きを含んでいる。


「知らないわ。これは何の騒ぎなの? お姉さんにも教えて欲しいな?」

 少しだけ身を屈めて、目線を近づけてみる。膝を完全に曲げたら立ち上がれなくなりそうな、それくらいの人混みだ。みるみるうちに私達の後ろにも人が集まり、囲まれてしまった。

「ここは一級冒険者のお屋敷なんだぜ! 龍を退治するために王様が呼んだんだ! 滅茶苦茶強いんだってよ! 騎士様だって勝てないって父ちゃん言ってた!」

 別に私の屋敷というわけではない。というか、くれたっていらないよこんな家。

「そうなんだ。それで、どうしてこんなに人が集まっているの?」

「見たいからに決まってんだろ! 滅多に姿を見せないらしいんだけど、こうして毎日見に来ればいつか会えるかもしれねぇし、龍退治に連れて行ってもらえるかもしれねぇだろ!? 一級だぞ一級! 二級じゃねぇんだ! おばさん達そんなことも分からねぇのかよ!」

 私の容貌は伝わっていないんだろうか。結構な数の貴族の前に姿を現したし、伝わっていなくては逆におかしいと思うのだが。

 ただ、突然騒ぎした男の子に一瞬だけ視線が集まったが、それもすぐに散り、私達に注目するような視線は残っていない。皆一様に格子の先、ソフィアや、その先の屋敷、玄関扉に視線を向けている。

(ふむ。黙っていてくれているのかな。それはそれで好都合だけど……)

 少年の興奮は冷めやらない。一級は二級なんかと違って、とにかくすげぇんだ! 的なことを熱弁してくれている。一緒に聞いていたリリウムが静かに怒りを押し殺し、ミッター君は顔面が蒼白になっている。

「それだけではないぞ。その冒険者は今や王家の剣となり、故郷を見舞う艱難辛苦(かんなんしんく)を打ち払うべく、見よ! 私財を投げ打って来たるべき決戦に備えているというわけだ。なんて義に厚い方なのだ……! 是非一度お会いしたいものだよ」

 似非騎士っぽい人も教えてくれる。おそらく冒険者なんだろうけど……既に会ってるよ、君。ここ。ここここ。私。

 ただ、認識はだいぶおかしい。王家の剣でもないし、故郷でもないし、私財を投げ打ってもいない。私はただ仕事をしにきただけで、経費はきちんと請求する。報酬だって当然頂いて帰る。変な風説を流布されては困る。

 ここにいるのは私とは違う、別の一級冒険者なんじゃないかと邪推してしまいそうになる。ただ困ったことに、そこにうちのわんこがいるわけだ。聖女ちゃんを一級冒険者だと思ってる人も、割といそうだな。

 まぁ、正しい噂なんて食べないリューン、飲まないリリウムくらいありえない代物だ。面倒事にならなければ放置でいい。


 門番の人の苦労の甲斐あって、人垣の前の方から徐々に人が弾き出され、私達の番が回ってきた。何かこういうの凄く懐かしく感じる。アトラクション待ちというか。

 残念なことに、私はお屋敷を見に来た野次馬でもなければ、門番を打ち倒せゲームの順番待ちをしていたわけでもない。

 私に媚び売ったところで、龍狩りには連れて行かない。似非騎士っぽい人も、さっきの少年も、既に弾き出されてしまった後だ。何やら共に満足そうな顔をしていたが、少年はもう一度並ぶらしい。

「お勤めご苦労様です。そこを通してもらえませんか?」

「通せるわけないだろうが! 散れ散れ! 檻にぶち込むぞ!」

 鞘を付けてはいるが、手にしているのはれっきとした刃付きの槍だ。金属製の石突は使い込んでいるのか傷だらけで、鞘も手をかけるまでもなく、少し振れば外れる仕様になっている。

 この人達は決して飾りで立っているというわけではないというのがよく分かる。これは躊躇いなく刺してくる系の門番だ。

 実力行使も辞さないといった、青筋を立てた顔で怒鳴り散らされてしまう。どうしようかと悩み始めたが、それは杞憂で済む。

 ソフィアがこちらに気づいたのは、そんな怒鳴り声を聞いてのことだ。門番の人ありがとう。


「お姉さまーっ!」

 火炎放射器の部品を放り投げそうになって思い留まり、それを足下に置いたところで即座に走り寄ってきた。

 数ヶ月振りに聞く、鈴の音を思わせるような、軽く、透き通った、可愛らしい声。今は鈴が転がってきているというか、厚手の作業服でモフっていて……毛玉が風で飛んできたというか。

(何か前にもお姉様呼ばわりされたな、いつだったっけ──ヴァーリルで再会した直後か)

 あの時止めさせたはずなのだが、再発している。この娘は会えない時間が長くなるとこうなってしまうんだろうか。

 脳内で二人がどんなキャラになっているのか、一度叩き割って覗いてみたいところだ。


「お姉さまっ! お帰りなさいませーっ!」

 止めさせたい。ソフィアはなんというか……違うのだ。深窓の令嬢属性は出会って数日で死んでしまったんだ。その儚い運命からは、二度目も逃れられなかった。

 金刺繍の入った白いローブに長めの杖。それでスカートの裾を翻さないように、気力を持たない身体で精一杯に全力で走り寄って来るなら、お姉様呼びも甘受しよう。優しく抱きとめて愛を囁いてもいい。

 だが今のこいつはただのモフだ。ぬくぬくわんこが猛ダッシュで寄ってくる。大型犬のそれでしかない。

 可愛い可愛い私のソフィア。君はどうしてボタンを掛け違ってしまったんだい。

「人慣れした狼みたいですわね」

「私の可愛い癒し系わんこだよ」

 こんなんでも、私の妹分。可愛い可愛い私のソフィアだ。ただーいまっ。


「いっ、いつ戻られたのですかっ!?」

 うちの番犬が門番の人を噛み殺しそうな勢いで開門を要求し、慌てて開いた門から無事に三人滑り込む。ギルド証を見せるまでもなかった。

「今だよ。宿に行ったらいなくて、ギルドで居場所を聞いてすぐに来たんだ」

 そのまま右腕を抱え込むようにして抱き締められ、わふわふとお家の敷地を案内をされている。背後の喧騒を気にする様子が一切なかったところを見るに、この騒ぎは昨日今日始まったというわけでもなさそうだ。

 随分と長く空けてしまった。家の中にはエルフ達がいるんだろうし、今しばらくは独占されてあげよう。


 そんな心情を察してくれているのか、リリウムとミッター君も黙って後ろについてきてくれている。

「そうだったのですね! あぁ、言伝を残しておけばよかったのですが……万が一のことを考えて、それは止めておこうという話になったんです……」

「それが正しいよ。ここのことがバレてるのは……ちょっとどうかと思うけど、隠し通せるものでもないしね」

 拠点を宿にしたのは失敗だったな。どこかに家を用意させればよかった。この娘が申し訳なさそうにする必要はない。

「う、うる、うるさければ! 静かにさせてきます!」

「そんなことよりも、今はソフィアにそばに居て欲しいな」

 魔法袋から何を取り出す気でいたんだ、こいつは。躊躇いなく手を突っ込んだぞ。狂犬め。

「お姉さま……っ! はいっ!」

 頬を染めてうっとりしているのも……まぁ、これはこれでいいな。くねくねしているのも可愛い。飽きたら元に戻そう。

 今しばらくは茶番に付き合ってあげる。この娘絶対に女子校で上級生に夢中になるタイプだよね。



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― 新着の感想 ―
[一言] 訂正したのにおばさん呼ばわりした少年がミンチにならないか気が気でなりませんでしたが、生きて帰れそうで良かったですねw
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