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第二百六十三話

 

 一度パイトへと戻り、リリウムの気が済むまで安静にして、第四迷宮での風石集めで身体の調子を確認した後に、再度泉の底へと赴いた。

 正直これも、今しなくてはならないことではない。仮に水白金を掘り出せたとしてもで加工の術を身につけているわけではないし、加工できたところで用途も決めていない。

 どの程度になるかは不明だが、ただでさえカツカツな《次元箱》のスペースを無駄に食うことは明白なわけで。全てが終わった後にでもまた訪ねてくればいい。いくら私でもこれくらいのこと分かってはいる。

 だが、パイトにいても暇なのだ。ミッター君は元気にやっているようだし、他の迷宮に用があるわけでもない。

 強いて言えば第一迷宮には引き続き篭もりたいのだが、今は火石需要で昼も夜もなく大層混雑している。第二も同様で、第三と第五迷宮には元より用がなく、第六迷宮に顔を出すのは彼の邪魔になってはいけないので控えるつもりでいる。お風呂に入るくらいしかすることがない。

 だからと言って、暇だからと勝手にガルデへと戻るわけにもいかない。野良迷宮を探して、そこで魔石を集めるという手もなくはないが──。


 だからこれは、ただの暇潰しだ。試しに掘ってみて、掘れたら少量でいいのでサンプルを保管して、余暇にでも加工法を模索して、一連の騒動が落ち着いた後にでも時間を取ってゆっくりと考えるなり、採掘に来ればいい。

 ──まぁ、そんな計画は最初の数分で崩れ去ってしまったわけだが。


「見て見てリリウム! これ! これ凄い!」

 テンションがうなぎのぼりだ。今までにないくらい心が踊っている。

「え、えぇ……凄いのは分かりますが……どうなっていますの、これは……」

 うねうねと動いているペットボトルの蓋の三分の一程の厚さをした水白金を見て、リリウムはドン引きしている。

 ヴァーリルで一度だけ見せてもらったことのある水白金は、プラチナカラーの明るい水銀のような鉱物……ということしか、見ているだけでは分からなかった。

 やたら硬度が高いとか、魔力の伝導率が良いとか。その存在を明らかにされ、そんな特性を聞かされて終わり。丁寧にしまわれてそれっきりだ。


 試しに『黒いの』で神域の外壁の一部を削ってみたところ、抵抗感なく外壁ごと水白金の明かりを採取することができた。

 零れ落ちないようにと、荷物の中から取り出した鉄鍋──そのうち捨てようと思っていた物──に破片ごと水白金を突っ込み、試製短剣君で腑分けをしようと指を鍋に近づけた途端、これが固体から液状と化し、プルプルと震え出した。驚いて指を遠ざけると、大人しくなる。また指をそろそろと近づけると、まるで磁石に吸い付こうと頑張っている砂鉄のような動きを以てピクピクと、やがてプルプルと震え出す。

 指を右に振れば右に、左に振れば左に動く。動きを止めて程よい距離を保つと、頑張って指にタッチしようと小さい身体で精一杯背伸びしているように見えるのだ。可愛い。超可愛い。


 これが他所の神々の神域で採取されたものであったり、その辺に落ちていたり、宝箱に入っていたり、ヴァーリルのお爺さんが見せてくれたものに……手を出して、勝手にプルプル震え出したら悲鳴を上げていたかもしれないが──。

 ここは私の愛しい女神様のお家で、私の実家で、そこを照らし続けていた代物だ。害であるわけがない。傷口に入ったり飲み込んだりしたら分からないけれども。

 試しに指に触れさせてみたところ、安心できるひんやり感がするとでも言おうか。とにかく異物感がない。触れて満足したのか、勝手に蠢くことも、指にまとわりついてくることもない。

 少量であるため、程なくして私の体温と馴染んで境界が分からなくなる。これは凄い。面白い。


「これ、持って帰りたいな……全部掘り返していこう」

 外壁に点在しているこの水白金は、表面の極々一部に塗られるようにして固着している。その奥を更に掘り返してみたが、数メートル抉り出したところで石と砂しか出てこない。何か眠っているという可能性がないわけでもないが、おそらく無駄だろう。

 表面積はそれなりだが、採取できる量はきっと……この鍋一つ分にも満たない。労力の割に見合った対価かどうかは分からないが、そんなことはどうでもいい。私はこれが欲しい。

「危険はなさそうですので、余暇に励むということであれば構わないでしょうが……本当におかしな物ですね──ッ!?」

 水白金に触れようと指を近づけていたリリウムが、ビクッっと硬直しながら反射的に手を引いた。コンセントに針金を突っ込んだ子供のような仕草だ。あれは凄く痛い。

「どしたの」

「い、いえ……何かこう、ビリっとしまして……ひゃあぁっ!」

 また指を近づけて同じ仕草で腕を引く。ビリっとするらしい。私はしない。とても安心するというか、いつまでも触っていたくなるというか。

「毒ってわけでもなさそうだけど……特に嫌な感じはしないでしょ?」

 リリウムは敵対神系の、ヤバめな迷宮産魔導具の見分けがつく。私はつかない。こうして触れようとしているわけだから、そんなことないとは思うんだけど。

「えぇ、そういう感じは全く。ただ……嫌われてしまっているのでしょうか。触れたらタダでは済まないような気がしますの」

 どことなくしょんぼりとした顔で、そのような感想を漏らすお嬢。しばらくの間頑張っていたが、タダでは済まなさ具合を想像したのか、すぐに手を出すのを止めてしまった。

(私以外には触れられないんだろうか。それはそれで問題だな。武器も防具も装飾品もアウトになっちゃう……フロンの杖にもできないな)

 そもそも固体化しなければどうしようもないが──指を近づけるまでは固まっていたんだし、方法はあるはずだ。


 採掘作業に特に危険はない。『黒いの』でサクサクと穿って集めていくだけ。足場があるので高所作業は問題にもならないし、明かりを掘り返しているのだ、手元が狂うなんてこともない。

 ──のだが、一人にすると何をしでかすか分かりませんからっ! と、お目付け役のお嬢が常に近くで控えている。

 リューンといい、リリウムといい、私を少し子供扱いし過ぎではないだろうか。フロンに妹扱いされるのは、特に悪い気はしないんだけど。

 だがこれも一日で終わる量ではない。うっかり取り零してしまったら拾うのが大変なので、慎重に事を運ぶ必要がある。

 第一迷宮に入っていた時間をそのままこの作業に回すことは流石に自重して、一日一回数時間ほどの時間を水白金集めに当て続けた。

 足場魔法で洞窟の天井から順繰りに、『黒いの』で穿り返して古い鍋で受け止め、破片を捨てて、水白金だけを取り出す。

 捨てる予定だった鍋に入れておくのは心情的にナシになってしまったので、パイトでちょっと上等の良い鍋を買って、土くれを取り除いた純粋な水白金は全てそちらで身体を休めてもらっている。

 最初は近くに設置した足場で見張っていたお嬢は、やがて暇になったのか、本当に危険はないと安心したのか……最初は祠の洞窟の上で、天井付近の光源が消えると横穴出口の周辺で、裁縫の続きをしたり、身体を動かしたりと、自分のことに時間を使っている。

 十日ほどで全ての光源の採取を終える。最後に魔物の骨を処分して、ランタンの明かりを消して真っ暗闇具合を一通り満喫した後に、二人して神域を後にした。

 ここを塞ぐのはまた次の機会にしようと思う。今はちょっと……それどころではない。


 作業の最中にいくつか判明したことがある。この水白金は、固体の時も液状化した後も、リリウムは近づくだけでビリっとくる。

 ただ、鍋越し──水白金の詰まった鍋の取っ手を握るくらいの距離間があれば、ビリっときたりはしないらしい。

 そして重要なのはこちらなのだが、これは私が触れてさえいれば、自在に形を変えることができる。

 常に金属らしくガッチガチでいなければならないわけでも、液体のようにドロドロでいなければならないわけでもない。粘土やスライムのような柔軟性を維持することすら可能だ。

 硬度はあるが、不壊はおろかアダマンタイトほど硬くはない。矛や盾向きではないが、ちょっとした防具や装身具系の素体として、とても有望なマテリアル。


「こうも変幻自在だと、却って何に使ったらいいか悩ましくなるね」

 宿屋で水白金の塊を手に思索に耽る。別に何かに使わなくてはならないというわけでもないのだが、せっかく面白い素材が手に入ったとあれば、有効な使い道を考えたくなるというのが鍛冶師の性というものだ。

 鍛冶というには……火も金鎚も必要ないのだけれども。そして別に私は鍛冶師というわけでもない。忘れてはいけない。

 もっと量があれば、縄とか鞭とか、そういったぐにゃぐにゃした得物として使ってみても面白いとは思う。ただ、残念ながらお椀二つか三つか、手元にあるのはそう大した量ではないわけだ。

 昔リリウムが使っていた『ぐにゃぐにゃ』もどきであれば、形だけならミニチュアで再現できなくもないかもしれないが、この面白特性をただの刃物としてしまうのは、何か違う気がする。

(引張力……どんなもんだろ。龍を縛って……おけないかなぁ)

 極細の鉄糸のようにもできる。縛る前にぶつ切りになりそうだな……あまりこれに血を吸わせたくもないし、武器として使うのは一旦置いておこう。

「そうなると防具だけど……防具なぁ」


 今の私の防具は白大根製のワンピースとサンダル以外にめぼしい物がない。装飾品の類は術式を隠蔽するプレートだとか、常に身につけているわけでもないが、耐熱耐寒に空調魔導具など、それなりに色々と持ってはいる。

(防具……防具……どこを守る。守りたい? 頭、胸、太もも……なんともまぁ、隙だらけだな)

 兜に手を出そうと考えていた頃もある。今でも別に良い物があれば冠ってもいいとは思っているが、特にないわけだ。それに一部から激しい顰蹙(ひんしゅく)を買うことになるのは容易に想像できる。

 胸当てとして使うのもはありだな。これならワンピの下に着けて……お、け……?



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