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第二百六十一話

 

「とおおぉりゃぁあぁぁぁぁ!」

 今日も元気にお嬢が荒ぶっておられる。時は冬の盛り、場所は第四迷宮、その二十八層。いつもののドンと、それによく似た……若干鋭くなったような翼竜とを相手に、青空の階層を飛び回っては両手のトンファーを景気良くぶん回している。

 ブレスの吐き出される口元を器用に飛び回って回避して、気合十分に零距離から叩きつけ……るかと思いきや、ピタリと静止させ、頭部を押し出すようにして私の方へと流してくれる。バランスを崩したドンもどきに近づき、腹部をちょいと突けばいっちょあがりだ。生成された直後の魔石を《探査》で捕らえて、即座に《次元箱》の樽へと放り込む。楽ちん。

 その間にもリリウムはまた別の個体の下へと飛んで行く。たまに足を踏み外しているが、そのリカバリーも随分と板についてきた。数日ゆっくり休めたことで、縦ロールも絶好調だ。

 こんなことをここ数日、二十六から二十九層までずっと続けている。


 数を数えられる頭ではなくなっていたが、おそらく数ヶ月に及ぶ、地獄のブラック業務に終止符を打った後に死んだように眠って身体を安め、数日間まったりすることで心の安定を取り戻した後、封鎖の解除された第一第二両迷宮と引き換えに第四迷宮を専有させてもらい、最後の仕上げに取り掛かっている。

 現在溜め込んでいる浄化橙石を輸送の最終便にして、火炎放射器の風石収集に本腰を入れる。土石の樽もミッター君のトカゲもまだまだ残っているので、今しばらくは続くであろうが。

 頑張って集めてはいるものの、今のままでは些か風石の割合が少なすぎる。だがもうこれは、仕方がない。いざとなれば、アリシアに風石役を担ってもらうことで……何とかならないだろうか。ならないだろうなぁ……。

 ただ、ここは第一や第二と違ってカモネギからも大きな魔石が取れることだし、その後に出てくる小さい恐竜系のお肉からもそれなりの魔石が手に入る。

 階層が広く、こいつらはカモやドンほど積極的に寄って来ないために、収集するのは多少手間だが……その手間を惜しみさえしなければ、必要最低限度の量は……揃うんじゃないかなぁ、なんて。

 ダチョウやヒクイドリといった、過疎過疎していたり積極的に逃げ回る連中がそれなりにいることで、実質八から二十九層までしか利用できないのだが、数はともかく量はそれなりになる。それがせめてもの慰めだ。

 もうこんな仕事請け負わないが、もし仮に次があるのであれば、準備に年単位の時間を確保しておいてもらおう。でなければ絶対に請けたくない。


「三十層へと赴けないのが……少々歯痒いですわね」

 二十九層の飛んでるお肉の全てを魔石に変換した後に、そよ風の中、お空でお嬢とティータイムと洒落込む。外も宿も寒いのだ。昼食にもまだ早い。

 足場にコンロとヤカンを置き、足場に腰掛け、足場にカップを並べる。机にも椅子にもなる便利魔法だが、リリウムは『黒猫さん』の位置に気を配っておかねばならない。ベニヤ板程度の強度しか持たせていないので、むき出しになっている魔力破壊の得物が触れれば、それだけで霧散して消えてしまう。大惨事だ。

「四十五十と階層の先が存在すると分かっていれば行ってもいいけど、三十層が終層で主がいて、大立ち回りをする可能性の方が高いからね」

 きっと五十層はない。四十層あるかどうかもかなり微妙だと思っている。特に根拠はないけれど。予感だ予感。


 足場魔法は基本的に無色透明なのだが、やろうと思えば視認できるように若干色を持たせることができる。普段ここに魔力を使うことはないが、ビギナーにはありがたい機能だ。私やソフィアは薄い白、ペトラちゃんなどは薄い青色になる。《結界》の補助があれば、私は割と好き勝手に着色が可能だ。

「サクラは本当に冒険をしませんね」

 そんな白いテーブルに、浄化白石で作った白いティーポットとカップとが並ぶ。白磁器っぽくてお気に入りの逸品だ。

 優雅にお茶を飲みながら、半ば呆れたような口調でリリウムがそう言うが……私は冒険者であって冒険者ではない。

 この状況は大概に冒険しているような気がしないでもないが……まぁ、うん。

「懲りたよ。だからこうして準備に力を入れてるんだ」


 駆け出し冒険者がギルドでゴブリン退治の依頼を請ける。何やら誰かが困っている。狼を駆除するよりも割がいい。奴らは数も少なく、浅い洞窟に住んでいるらしい。ゴブリンは種にもよるが、大抵は弱い。

 初めての冒険だが、きっと倒せる。自分達ならやれる。根拠の無い自信に突き動かされ、その場で出会ったピカピカの仲間と共に巣穴へと向かう。

 一匹二匹と打ち倒し、奥へ奥へと突き進み、十匹十一匹と斬り殺し、疲労と興奮で気づかない。洞窟が思いの外深くなっていることにも、聞いていたよりもゴブリンの数が多いことにも、そこがオーガの巣穴でもあったことにも。

 気づいた時には手遅れだ。囲まれて、蹂躙されて、終わり。彼らのことは、良くて酒場で話題の一つに挙がるだけ。「駆け出しが帰ってこなかったらしいぜ」「そうか。そんなことより──」

 南大陸のどこかで、そんな話を耳にした気がする。私は洞窟になんて絶対に入りたくない。山ごとぶち壊して洞窟を潰した方が絶対に良い。早い。

 彼らが生きて帰るにはどうすればよかったのだろうか。依頼を請けないというのはこの際なしにして……奥へ奥へと突き進む際に、おかしいと気づかなければならないわけだ。そして引き返す勇気を持つこと。その意思を共有できること。実際に動けること。


 在野の洞窟なんてものは、迷宮以上にイレギュラーの固まりだ。洞窟がただの洞穴ではなく、かつて鉱山として使われていて、現在廃坑となっている通称『洞窟』であったなら、毒ガスが漏れているであろう可能性にも思い至らなければならない。

 そんな危険地帯に情報なし、しかも少人数で乗り込むなんて、私に言わせれば論外だ。馬鹿げている。洞窟なんてゴブリンやオーガよりよっぽど危険だ。飛竜の数匹を相手にした方が百倍はマシだと思う。

 きちんと事前準備を整え、冷静に一歩ずつ、着実に攻略を目指すべきだ。それができないのであれば、街の近くで引き続き狼でも狩っている方がずっと賢いし、貢献もできる。

 空調魔導具を工面し、常に明かりを絶やさず退路を確保し、黒を白で挟むようにして、着実にテリトリーを削っていく。そしてオーガに出逢ったらその瞬間、命以外の全てを投げ出してでも一目散に逃げるのだ。逃げ切れば勝ち。逃げ切れなければ負け。

 遠くを見通すことができればオーガと出逢う必要すらない。いち早く逃げ出せれば、勝率も大きく上がることだろう。町へと帰りつければ大金星だ。いずれゴブリンもオーガも討伐され、束の間の平和が洞窟に訪れるかもしれない。


 命あっての物種だ。もう死にたくない。もう死ねない。命の予備は存在しない。勇気と無謀が別物であることは、この身を以て学習した。高い授業料でした。

「そうですわね……たった一つの命ですもの」

 今の練度で、リリウムと二人で主の討伐を目論むというのは、些か冒険が過ぎるのだ。また今度にしてもらいたい。


「さて、私ちょっと外に出てくるけど……リリウムどうする?」

 茶器を片付けて階層を引き返しながら問うてみる。私はアルシュに行きたい。

「どちらへ?」

「森。ちょっと瘴気持ち狩ってくる」

 アルシュの町に用があるわけではない。近くの森の瘴気溜まりの様子を確認して、ついでにちょっと神域に顔を出してみようかと思う次第。

 あの森は以前、凄惨な殺戮を繰り返していた現場だ。おそらく問題はないと思うけれども、現在は割と異常事態であるわけで。クマとカバのキメラゾンビなぞが蠢いていたらマズイ。ギースの仕事が増えてしまう。

 という名目で、少しずつでも着実に《次元箱》を拡張しておくことを決めた。他の迷宮に用はないし、ガルデにもまだ戻れない。時間を潰すのにちょうどいい。

「なるほど。一人で残っていても退屈ですし……ご一緒しても?」

 よろしくてよ。まぁ、数年前になるし、夏の頃の話だし、骨はともかく……肉が残っているとも思えない。幽霊くらいはうろついていてもおかしくはないか。カバのお化けとか。


 きちんと足で迷宮を出て、大岩の入り口前に陣取っていた守衛の人に挨拶を返す。その後お昼ご飯を調達してから人混みに紛れて、裏路地へ。

 人の目がないことを確認した後に、最近使うことのなかった認識阻害転移で街道沿いにアルシュへと向かう。

 町の中をスルーして、神域の西の森へと跳んだところで、その怪しさに少々ビビる。

 何ともまぁ、おどろおどろしい雰囲気になっているではありませんか。

「あー……お化けいるっぽいね」

 洋館とカラスな空気だ。夕暮れ以降には絶対に近づきたくない感じの、不穏な気配が広範囲に漂っている。

「お化け?」

「お化け。この辺に大きめの瘴気溜まりがあるんだけど、昔ちょっとね。動くものがなくなるまで狩り尽くしたことがあって」

 もちろん瘴気溜まりはそのままにしてある。自分本位が過ぎたな、本当に。

「……なるほど。お化けですか」

「うん、お化け。リリウムお化け苦手?」

「決して好きというわけではありませんが、別段……いえ、怖いですわね」

 真剣に考え、熟慮の上でそう結論を出すお嬢。リューンは強がってはいたが、お化け屋敷に入った後に超怖がってた。懐かしい。その点こいつは素直で可愛い。可愛いはいいな、最強だ。


 この世界において、霊体とは大別して二種類が存在している。霊石を持つ魔物系と、持たないお化け系。

 前者は実体を持つ霊鎧とか、持たない鬼火とか。カーリを賑やかにしているリッチなどは半々。

 後者は死人の魂がにょにょろーっとしてるのとか、夢枕に立つだとか、そういう割と無害なやつだ。呪ってきたりはするかもしれないけれど、ヴァーリルで買ったお家に出てきた奴らも分類上はこっち。

 共通しているのは、浄化術式や《浄化》、そして霊石配合の得物で散らしたり祓ったりできるということ。

「リリウムが泣き出す前に掃除しておこうか」

 本番前に術式の具合を試しておこうと思っていたので、これまたちょうどいい。


 結論から言えばこの辺りに漂っていたのは後者で、浄化術式の第二の機能で問題なく散らすことができる程度の、弱い霊体しか漂っていなかった。

 ただ、数が多い。数というか、量が多いのかな。一つ二つと数えるのは何か違う気がする。

(群体というか……まぁ、楽でいいんだけど……)

 これもキメラと言えなくもないな。リスと狼とクマのお化けが合体して、一つのわけ分かんない塊になっているというか、そんな感覚がする。

 普通に十手に浄化魔法を蓄え、纏わせて振るっても、自分を中心に浄化魔法を展開しても、《浄化》でも祓うことができる。そんな成り立てのお化け達。

 残念なことに、この『展開』は《浄化》と同調して技法となることがなかったが──仮に同調したら周囲を、下手すれば自分ごと吹き飛ばすことになりかねないわけで。事前に試しておけてよかった。

 ここで範囲や遠距離攻撃を習得できれば心強かったのだけれど、そう簡単にはいかない。やはり術式そのものを専用に設計する必要がありそうだ。


 稀に小さな悲鳴を漏らすリリウムの『灰猫さん』と、私のありとあらゆる浄化で周囲を適当に掃除しながら、ついでに想定していたよりかなり数の少ない瘴気持ちを魔石に変えつつ、瘴気が濃い方を目指して練り歩いていると、黒スライムの幼生がいくつか発生している瘴気溜まりを発見した。

「ちびっこいね。どうしようかな……可哀想だから放っておいてもいいんだけど……」

「この辺りに来ることがもうなければ、まとめて始末してしまった方がよろしいのでは。これは大きくなりそうな気がします」

 南大陸で見かけた個体の半分もないような、スカートの中を覗けるくらいの大きさの、小さな黒スライム。瘴気の質も濃縮前といった感じで、まだまだこれからといった印象を受ける。

 リリウムの想像通りになれば、数年数十年で立派な餌場へと育ちそうではあるが──。

「んー……そうだね、掃除しようか。突然に変異して後ろから襲われても嫌だしね」

 後顧の憂いは断つに限る。これがアルシュを襲っても……ギースならなんとかしてしまいそうだが、あまり迷惑をかけるのもどうかと思うし。

 さらばスライム。安らかに眠ってくれ。


「終わっちった」

「……呆れてものも言えませんわ」

 リリウム曰く、世間の浄化使い達による瘴気溜まりの祓い方というものは、特に形式張った儀式を必要とするわけではなく、自浄魔法と同じように、単に一定の範囲に浄化魔法を当て続け、徐々に薄めて消していく。ただそれだけのものらしい。

 瘴気の塊であるところの黒スライム達もこれで祓うことができるだろうかと、試しにこいつらもまとめて同じようにやってみたが、魔力の格がまだ弱いのか、ここの瘴気がそれなりに濃いのか、あるいはやっぱり浄化魔法用の杖がないのがダメなのか、お掃除の所要時間は数十分から一時間程度は必要に感じられ……五分程でやってられないと即座に中止した。

 ピュッピュと吐き出される酸弾を避けながらというのは面倒でならない。修練になるような頻度で飛んでくるわけでもない。


 やっぱり《浄化》だ。十手に纏った《浄化》で瘴気がより強く滞留している辺りを狙い、思いっきりぶん殴ってみたところ、ふざけて湯船に思いっきり腕を叩きつけた時のような波が広がり、一瞬で周囲一帯に漂っていた瘴気が霧散して、綺麗さっぱり消え去ってしまった。

 ついでにちらほら残っていた周囲のお化けの気配もまるで感じられなくなる。

 冬の森の心地良い空気が戻ってきた気さえする。たぶん成功だ。成功でいいだろう、これは。浄化黒石も残っているし、清浄になったことだし。

「時間をかけて優しく天に昇ってもらうより、一瞬で天に昇ってもらって早く向こうで安らかに眠ってもらった方が、彼らのためだよ」

「いえ、そういうことが言いたいのではなくて……」

 この手に限る。やっぱり殴ってなんぼだ。



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