第二十六話
まず服だが、いわゆるおしゃれ着の類は今回はパスだ。迷宮にも着ていく普段着はこれまで通り長ズボンと長袖のシャツ、寝間着は短パンとシャツでいい。下着と靴下も余裕を持って揃えておく。一店で揃ったので楽だった。
その後靴屋でこれまで履いていたブーツの修理ができるか聞いてみる。思っていた以上にガタがきていたので、処分してもらうことにした。今までありがとう。つっかけのサンダルだけ買って店を出る。最後に雑貨屋で石鹸と歯磨きに使うという木の枝のようなもの、それと財布に布袋とタオルを数枚ずつ購入して終わりだ。
帰りがけに第四迷宮の近くの屋台でパニーノのようなパンに肉と野菜が挟まれたものをいくつか買って宿へ戻った。歩きながら一つ食べたが、これはとても美味しかった。何の肉だろうねこれ。
このまま迷宮で靴を試してみたかったが、流石にダチョウと戦ってる最中に魔力が切れたら死にそうなので今は我慢だ。
宿の受付で職員にオーナーがいるか確認をすると、いるとのことで、呼んでもらって相談をすることにした。
「お忙しい中申し訳ありません、確認したいことがあるのですが、今お時間よろしいでしょうか」
「構わない、なんだ」
「実は装備を新調したのですが、それが……身につけていないと重量軽減の魔法がかからない類のものでして。装備を外すと物凄い重さになってしまうんです。それで、それを三階に持ち込んでも大丈夫かな、と思って。相談させていただきました」
「程度にもよるが、正直困るな。床が抜けると危険だ。そんなに重いのか」
そこで実際に見てもらうことにした。入り口を出てサンダルを取り出してから靴を脱ぐ。靴が土の地面に若干めり込んだ。
「えっと、これです。よかったら確認して頂けると」
オーナーは体格がいい、上背もあるし筋肉もついている。だが、そんな彼が全力で持ち上げようとしても靴はぴくりともしなかった。
「これは駄目だな、二階も三階も持ち込みは認められん。だが、一階の部屋が今空いている。一階は二階以上と違って床が硬石でできている。そこの床が問題ないことが確認できたら、部屋を移ってもいい。入って右奥の角部屋だ。値段が少し上がる。二千から二千二百にな」
このオーナーはぶっきらぼうで無愛想だがとてもいい人だ。この提案はとても嬉しい。値段も全く問題ない。
「本当に嬉しいです、ありがとうございます。ここのことはとても気に入っていますので。部屋の確認だけさせて下さい」
「靴を履いて付いてこい」
受付と部屋の床を確認し問題ないことが分かると、オーナーに手続きの準備をするから先に上の荷物を全て降ろせと言われサンダルで階段を駆け上がる。
部屋に置きっぱなしにしていたあれこれを回収し、借りているものだけを手に持って一階へ戻った。
「先程も言ったが値段が少し上がる、二千二百の十日払い一括だ。七日目までに更新すれば以降の料金が八掛けになるのは変わらない。今回は三階のシーツの交換費と一緒に差額を払ってくれればいい。今日で三日目の扱いになる。貸し出している椅子や明かりはそのまま部屋に持ち込んで構わない」
三階の鍵を返し、一階の鍵を貰う。差額の二千とシーツ交換費の五百、それと次の十日分を今ここで支払ってしまうことにした。
「確かに受け取った。話はこれだけか」
「はい、これだけです。お手数おかけして申し訳ありません、ありがとうございました。三階の部屋の掃除をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「不要だ、それは我々の仕事だ」
それだけ言うと返事も待たずに奥へ帰ってしまう。本当にぶっきらぼうでいい人だ。一礼して荷物を持って部屋に戻った。
部屋の大きさなどは変わらない、床の色が違うだけだ。
椅子とスタンドを置き、魔法袋の中身をベッドに全て広げる。増えたなぁ、棚が欲しくなる。
とりあえずお風呂に入りに行こう。靴も一度綺麗にしておきたかった。新品じゃないし。
洗濯物とタオルに石鹸に水袋、それと十手と財布を魔法袋に突っ込んで、ポンチョをかぶって鍵をかけて浴場へ向かった。
「今日は量そんなに多くないし二時間でいいかな、一時間じゃ乾燥までいかないよねきっと」
今まで着ていた古着は部屋着にすることにしている。服を新調する度に払い下げていくつもりだ。邪魔になったら売ればいい。
浴場で個人風呂二時間分の料金を払い、部屋に入って鍵を閉める。お行儀が悪いが、まずはそのまま浴室まで向かって靴を脱ぐ。
「しっかし、本当に綺麗な靴だな……元は大金貨千五百枚とか言ってたけど、もう少し扱いやすい品だったらそれでも売れてたよね」
銀とはまた違う、白に近い銀色の靴部分。黄銅とはまた違う、白に近い金色のすね当て部分。前は膝の辺りまで、後ろはアキレス腱をきっちり守っているがふくらはぎはカバーしていない。白銀の模様は……これが魔法に関わってくるのだろうか、よく分からない。その洗練された優美さにうっとりする。防具店で家に飾っておきたいと言ったが、あれは半分以上本心だ。十手ほどではないが、この美しさは私の心を掴んで離さない。
濡れタオルでこすっているだけなのにすぐにピカピカになる。中や裏を磨くのに少し手間取ったが、ひとしきり撫でさすって満足がいった。裸足で履いて入り口まで戻る。そして十手を磨いて洗濯物を洗って乾燥室へ放り込む。最後に自分を洗うと、時間ギリギリまで温まって新しい服に着替えて浴場を後にした。お風呂はいいね、これだけは欠かしたくない。
(しっかし、この靴……魔力使わなさすぎじゃないかな、なんでだろう。あの店主の言っていたこととはちょっと食い違ってるんだけど)
夕暮れの中を宿に向かって歩きながら考える。思い当たるというほどのことでもないが、一つある。
ギースは初めて会った時、私のことを気力も魔力も弱い、という風に言った。私の愛しい女神様は、力について器と格という表現を使った。器が広がり、格が上がり、と。
器というのが、つまり総量なのではないだろうか。そして、私はそれが初めからやたら多かったのだと思う。
格というのが、つまり強さなのではないだろうか。そして、私はそれが弱かったのだ。
私は気力を使い続けることによって、ただでさえ多かった量が増え、力も強くなった。
町にいた頃、バイアルを出た頃、そしてダチョウを倒していた辺りは気力の威力の向上を実感することはなかったが、リビングメイルを倒して回っていた最中、確かに気力が強くなっているのを感じた。全力で四回殴って倒せていたのが、同じように全力で三回殴れば倒せるようになったのだから。
ただでさえ多かった総量もきっと増えているのだろう。バイアルからパイトまで、どの程度で疲労を感じたかうろ覚えではあるが、今ならあれより長く走っても疲労を感じないと思う。
魔力にしても、今私が魔法を使えたところできっとその威力は弱い。ただ、数だけはこなせるのではないか、という予感がある。
威力が弱い──格が低いにしても、魔法鞄や靴の魔法を有効にする程度の強さはある、と。総量が多いから、靴に魔力を吸わせ続けても、自然に回復する分でかなりの部分埋められているのではないかと考えている。魔力は減ると疲れるものなのに、私は少なくともこの一日全く魔力的な疲労を感じなかった。魔法鞄を手に入れてからも同じだ。
だが、この二つの魔導具で確かに使い続けている。そして使うことで魔力の器は確かに広がり、おそらく格も上がる。
(私は、自然消費型の魔導具をより多く身に着けるべきなのかもしれない。もちろん、限界以上に身に着ければ回復よりも消費が勝ってすぐにへばるようになるだろう。そこのバランスは間違えてはいけない)
体感以上の根拠のない、推定というよりも空想に近いが、あながち外れてはいないと思う。
靴を履きっぱなしで寝る必要についても検討する必要がある。これは本来、履いていれば『魔法師が魔法を使えなくなるレベルで魔力を消費する』のだから。
まぁ、全ては予想だ。魔導具は高いしそんなにポンポン買って回れるようなものじゃない。いざという時手持ちが足らずに買えませんでしたは悲しい。
神力も使わないと育たない。ガンガン使って休んで、またガンガン使おう。
明日も買い物の予定だったが、早くも迷宮が恋しくなってきていた。