第二百五十六話
今更な話ではあるのだが、迷宮都市パイトはガルデ王国に属する一都市ではない。
近場にはエイクイルという、あまりいい記憶のない聖女ちゃんの故郷もあるが、ここもガルデの隣国であり、領都というわけではない。
ガルデの王都は領土の南西に位置しており、横に長い長方形のような形をした領土のほぼ左下に存在している。北の一辺の国境を超えた先をしばらく行くと深い森に囲まれた連なった山々があり、その一帯がカーリと呼ばれているのだが、その名を冠していた町はもう存在しない。
ガルデからカーリへの道程は低めの山あり浅めの谷あり大きな川あり魔物ありと、割と平坦な道のりではないことに加え、カーリもガルデも特に特産のようなものがないため、それほど頻繁に人が行き交っていたというわけではないようだ。
私の自称心の故郷であるところのアルシュ、その東に位置するバイアル。バイアルから更に北北東へと進めば、カーリの西端に辿り着ける……といった感じだろうか。
地図によれば位置関係はこんな感じで、自分の目で確認した限りではそう大きく違いはなさそうではあるのだが、我々はガルデから北へ一直線に突き進むのみなので、割とどうでもいい。
「ご無沙汰しております。その節は大変お世話になりました」
「それはこちらの台詞だ。楽にしてくれ」
未明のうちにガルデを発ち、コンパーラを経由しての全力マラソンを敢行して、何事も無くパイトへと到着。そのまま足を向けた管理所で出勤直後といった感じの所長──第四迷宮管理所所長を捕まえ、待たされることなく面会へと漕ぎ着けることができた。
懐かしの所長室。机を挟んだソファーに対面しているこちらの人員は三人。私、ミッター君、そしてリリウム。
あれだけ大騒ぎした可愛い可愛い私のソフィアは、ペトラちゃんの必死の説得によって共にガルデ残留を決めた。たぶん殴り合ったのだと思う。拳の語らいってヤツだ、ちょっと憧れる。
リリウムは魔導服屋さんに預けてこようかとも思ったが、弟子入りを断られたことに加え、防汚の実装は割と何とかなりそうな雰囲気をフロンとリリウムが醸し出していたので、燕尾服の改造計画は後の楽しみに回すことにして、今回は私の助手という名目で同行している。
薄っすらと記憶にあるような、ないような、昔お世話になった女役人ではない別の女職員がお茶を運んできてくれて、職員が退出するのを待ってから話が始まった。
「ご多忙の中お時間を割いて頂き申し訳ありません。また唐突にこのようなお願いをすることを重ね重ね申し訳なく思うのですが、なるべく急ぎでパイトの最高責任者の方に繋いで頂けないでしょうか」
責任者を出しなさぁい? と出ることはしない。傍若無人モードには休暇を与えている。
「それは可能だが、差し支えなければ用件を伺いたい」
「この度私は、ガルデ王国より冒険者ギルドを通さずに指名依頼を請けました。ドラゴンロードの討伐、スタンピードの鎮圧、瘴気溜まりの浄化──そして砦の建材集めですね」
今のところ、私の雇い主は国でもギルドでもなくガルデ王本人ということになっている。ついでに本件は私だけが王様から請けていて、うちのパーティメンバーはただの協力者扱いであり、今のところ特に義務がない。
もちろん後々報酬は支払って頂くし、納品した物品に対する対価も取るし、貢献点も成果相応につけてもらった後に全員に割り振ってもらう。後者は私抜きで割ってもらえれば嬉しいのだが。
「ふむ」
「前三つは冬明けを待ち、私のパーティやガルデの人員と共同で事に当たることとなったのですが、砦の再建に第二迷宮の浄化橙石と、第六迷宮のメタルリザードが必要とのことでして」
「なるほど。それだけなら上に話を通さずとも、自由にやって頂いて構わない程度の話だ。ご存知ないかもしれないが、パイトは余程の事情がない限り、迷宮の利用を拒めない」
昔聞いたな。エイクイルが迷宮利用の許可を求めるのは、ただの慣例だとか、礼儀のお話だとか。
だが、今回は自由にやるためにきちんと話を通しておく必要がある。好き勝手やって後で文句を言われたらたまったもんじゃない。
「国王陛下より書状を預かっております。中身を確認してはいませんが、第二迷宮を専有させていただけるよう口添えをお願いしましたので、おそらくそのような内容となっているかと。これに加えまして、第一と第四……第一だけでも同様に取り計らって頂けましたら、と」
「第一も時期柄問題なかろうが、公式に迷宮を二つも封鎖するとなると、いい顔はされないだろう」
尤もな話だ。第一と第二は共にパイトの中央に位置しており、特に第二迷宮は時季を問わずにそれなりに利用者がいる。火迷宮も過疎過疎しているのは今のうちだけだ。越冬需要で秋の頃からは大層賑わう。入場制限がかかるくらいに。
そこを拠点に日々の糧を得ていた冒険者だって、これまたそれなりに居るはずなんだ。過去の私がいきなり霊鎧狩りを禁止されたら……まぁ、いい顔はしない。当然の話だ。
六つ在る迷宮のうち二つまでをも一介の冒険者に独り占めさせる──というのは大層外聞が良くない。理解してはいる。
──それでも。それでも、だ。
「第二迷宮はともかく、第一迷宮は普通に探索すれば良いのではなくって? この時期はろくに人もいないと仰っていたではありませんか」
「それはダメなんだよ。奥の魔物からの方が、当然質の良い大型の魔石が取れるんだ。私は深部の魔物を全力で狩るよ。中域だって根絶やしにする。そんなスカスカの迷宮に駆け出しが大挙して押し寄せてごらんよ。死体の山が築き上がるでしょ。四十層に限らず、道中でもね」
中規模迷宮の道中がスカスカ! 楽して奥まで行ける! 終層の主にすぐ挑戦できる! 宝箱が放置してあったぞ! なんて噂が広がった日には目も当てられない。
散歩気分で分不相応な実力をした誰かが奥まで入って、うっかり再出現したそれなりの魔物に帰り道を阻まれたら、簡単に死ねる。
再出現のタイミングが狂うことで、そういったイレギュラーは簡単に起こり得るわけだ。これが認められなければ……かなり自重した、つまみ食い程度で済ませなければならない。それは困る。本当に困る。
そうでなくとも、火迷宮は環境が厳し目なんだ。野次馬が群がってくるのは何重の意味でも避けたい。私に責任があってもなくても、後味が悪すぎる。
いくら自己責任といっても、限度がある。
「それは確かに……そうですわね」
「カーリの一帯は人も町も森も既に死んでいます。瘴気も酷いものですが、ただ死んでいるだけではなく──残留している死骸や理外に在る魔物を苗床にして疫病が発生、蔓延し、それが広がるのもそう遠くはないと感じています。解決策はたった一つ。完膚なく焼き払い、その上で隈無く浄化して回る──それだけでしょう。そのためには火と風の魔石、高品質の浄化赤石と浄化緑石を大量にかき集める必要があります」
火炎放射器には火石と風石両方を使うが、火石の方が消耗が激しい。二倍から三倍程は火石側を酷使する。風石はまぁ、山の上での空調魔導具に使う分を含めても、適当にカモネギ辺りをしばけば十分事足りるだろうと思う。
この赤石は、フロンの予備魔力のような物だと称しても決して過言ではない。彼女がいくら優れた魔法師とはいえ、魔力量が有限なことには変わりない。代替品の量は多ければ多い程良い。
「ふむ、話は理解した。第六迷宮──メタルリザードの階層については専有は不要なのか」
「はい。それなりの量を集める必要はありますが、時間もそれなりに残されていますので」
ミッター君をチラリ。彼が一人で集めるんです! とお父様に告げたらどんな顔されるだろうか。
だがそのアイコンタクトを、自分で言え! といった風に解釈したのか、気合を入れた表情で話を始めてしまった。
「父さん、第六迷宮には自分が行きます。北区の貸し倉庫を手配して頂きたい」
「──お前がか? そちらのしょ、女性とか」
残念ながらそちらの巨乳はただ遊びに来ただけだ。第六迷宮にはノータッチ。少女という年齢でもない。
「いえ、修業も兼ねて単独で篭もります。それは、サクラさん……こちらの女性からも許可を得ています」
残念ながらこちらの並乳は魔石集めに没頭するので、これまた第六迷宮にはノータッチ。緊急時は例外となる。
それを聞いたお父ちゃん、超意外そうな顔をしてる。しかしまぁ、似てないんだよなぁ……顔とか。
お姉ちゃん達もそうだった記憶がある。やっぱり母親似なんだろう。
所長とのお話は久しぶりで結構楽しい時間だったのだが、今は先に済ませておかなければならない事柄が残っている。
お父様にエスコートされ、四人で向かったパイトの管理部。そこの一番のお偉いさんに王様の手紙を差し出したところ、二つ返事で第一第二両迷宮の専有許可が降りた。
面倒事を押し付けられたり、最悪浄化真石辺りを対価として納品することまで覚悟していただけに、ちょっと拍子抜けしてしまった。
おまけに二つの迷宮のちょうど中間にあるという、金ランクの内湯付き宿を手配してくれた。お代は王様持ちらしい。
至れり尽くせりで、何が書かれていたのか、ちょっと怖い。楽でいいけど。
その後は一度第四迷宮管理所へと戻ることになる。流石に即日封鎖とはならない。告知と周知、衛兵の配置などに数日待つ必要がある。
封鎖前でも普通に入る分には問題ないと言われてはいるが、どうしたもんか。万全を期すなら──。
「そうでした、これ……つまらないものですが、よろしければ食後にでもご家族で召し上がって下さい」
忘れるところだった。挨拶には手土産だ。これを何にするか最後まで悩んだのだが、結局お菓子が無難だという判断から、これとおまけの詰め合わせを渡すことにした。
普通の手段で陸路で運んできたのでは絶対にダメになるような、お貴族様御用達! みたいな感じの、贈答用にすれば喜ばれそうなカラフルな半生菓子チックなものと、アイオナでリリウムと量産したまま《次元箱》に突っ込んでいた、魔石グラスの詰め合わせ。
猫さん系ではなく、透明の素体に色を付けた、切子系のオシャレなヤツだ。こちらは洗浄を済ませた後にミッター君が全て個別に綺麗な布で包んでくれて、格式高い桐のような箱までもを調達してきてくれた。それを解いた時の驚きを想像すると……ニマニマするね!
「わざわざすまないな。ありがたく頂戴する」
こういう時に断られてしまうと、渡す方は立つ瀬がない。すんなり受け取ってくれると助かるし、嬉しい。
「あまり日持ちするようなものでもありませんので、お早めにどうぞ」
「心得た」
冷凍庫君のお陰でこういった物も難なく運べる。世界広しといえども、多種多様な冷凍設備を持ち運んでいる冒険者なんて私くらいなものだろう。
ギリギリ水が凍るくらいの温度を保てる燃費特化みたいな物や、冷蔵庫を兼ね揃えたような物も欲しいな。私の冷凍庫君達は些か情熱的過ぎる。
(いや、次元箱持ちなら別に居てもおかしくはないか。次元箱なぁ……これももうちょっと中を拡張したいんだけど……)
荷物がパンパンになっている私の《次元箱》。どの道冬明けから瘴気持ちを狩りまくることは決定しているのだが、悩ましい。出陣前に拡がっていれば、楽になることはあっても辛くなることなんて何一つとして存在しない。
カーリの調査という名目で、ちょっと摘んでこようかしら。




