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第二百五十五話


 休暇最終日。実家に顔を出していたペトラちゃん、同行していた聖女ちゃん、どこぞに遊びに出ていたリリウムが戻ってから、今後の流れを今一度共有し合う。

 一人なら必要なく、四人なら大した手間にもならないが、八人もいると、ほうれん草にも中々手間がかかってしまう。おひたしが食べたくなるが、この世界には残念ながらソイソースが存在しないのだ。


 当初は居残り組から三人に事情を告げてもらって、ミッター君と二人でさっさと出発してしまおうかと考えていたのだが、それをするとソフィアが大暴れするとリューンが言うので、休日に指定した残りの時間はリューンと大人しくしていた。

「とりあえず、龍の討伐は雪解けの頃から始まるはず。それまで私はミッター君とパイトに行ってくるから、ソフィア達は好きにしていて」

 じゃ、そういうことで……とはいかない。うちのソフィアはお姉ちゃんのことが大好きだ。

「私もっ! 私も行きます! パイトっ!」

 いくつになってもうちの聖女ちゃんはキュートだ。黙ってれば清楚系美少女で三倍可愛いのに、この娘は今日も賑やか。

「迷宮に同行されても困るんだけど。説明したことなかったっけ?」

 浄化純度百パーセントの超高品質魔石を生成するためには、余計な手出しをしてもらっては困るのだ。仕事として請け負ったからには、適当な品質の物を混ぜるわけにはいかない。私にも矜持というものはある。

 遊びに行くわけでもなければ散歩に出向くというわけでもない。それにそれなりに長期にもなる。六つある迷宮のうち、三つは私が魔石を乱獲するのに使わせてもらう必要がある。

 一つはミッター君がソロで修練を兼ねた建材集めに使う。ここは専有と言うには大げさであろうが、少なくとも鎧トカゲエリアで彼女達と行動することを彼は嫌がるだろう。

 何やらこの男の子からは、此度の一件に関して、並々ならぬ熱意が感じられるのだ。


 火の第一、土の第二、風の第四、そして光の第六。空いているのは闇の第三と水の第五、それと光迷宮の鎧トカゲが出現しない区画だが、第三は私でもメガネなしではろくすっぽ探索できない。とにかく暗すぎるためだ。

 暗視系の魔導具はボッタクリ価格でもの凄く値が張る。二時間で五百万とか、そんな感じだった気がする。あの消耗品は高すぎる。しかも迷宮からはろくな素材も取れやしないわけだ。

「一人で第五辺りで遊んでる? それなら別にいいけど、あそこ今は混んでると思うよ。暑いし」

 水迷宮は夏場、避暑地と化している。中階層くらいまでは特に。

「ギルドには南の盆地でのゴーレム回収や、砦周辺の治安維持要員の募集に前線までの物資輸送の護衛など、それなりに仕事が出ていました。暇ならそちらで身体を動かしてきてはいかが?」

 リリウムはギルドにも顔を出していたらしい。私よりよっぽど冒険者らしいな、この縦ロールは。

「嫌ですよぅ、ゴーレムなんて……」

 可愛く拗ねている。納得いきませんっ、みたいな表情で、口を尖らせてプイッっとしている。超可愛い。ちゅーしたい。もう私の嫁でよくない? 赤ちゃんは諦めるよ。

「退屈なら依頼をこなすなり、修練をするなりしていて欲しいんだけど……困ったなぁ。魔石拾い、する? 大した修練にもならないし、お給金も支払えないけど」

 パイトデートを期待しているのなら、それはスッパリ諦めてもらいたい。だがどうしても同行したいと言うのなら──。

「サクラッ! 何を甘やかしているのですか! 足場魔法があるのですから、盆地に行かせればいいではありませんか。四、五級で請けられる依頼の中でも、かなり割がいいんですのよ?」

 ──と、妥協案を提示したところ、リリウムに一蹴されてしまった。おかんみたい。


 砦特需でかなりの量を国が買い上げることにしたらしく、南のなんたら盆地は急な賑わいを見せたとのこと。ついでに建材屋さんもフル稼働しているらしい。そのうち鎧トカゲの棲家にも人が押し寄せるかもしれないね。

「でもっ、でもぉ……! リ、リューンさん! リューンさんも何か言って下さい! お姉さん行っちゃいますよ!?」

「私は私でやることがあるんだよ。他ならぬサクラに頼まれてるんだから」

 それがどうしたのと言わんばかりの声音で、真面目な顔で図面とにらめっこしたまま、手を止めずにリューンが言葉を返している。

 リューンちゃんには昨夜までの間にたっぷりとサービスをしていたので、この程度の煽りに乗ることはない。こいつは真剣な顔をしている時が、これまた超可愛いのだ。

 単に火迷宮に閉じ込められるリスクを嫌っただけの可能性もなくはないが……まぁ、それでもいい。


 火炎放射器君量産計画。元祖五兄弟は煉瓦の焼成作業に早々に取り掛かりたかったがために割と突貫作業で作ったので、効率がそれほど良くはない。これを改良した超火炎放射器君を──何も数千台欲しいなんて言っているわけではない。数十……いや、可能なら三桁ほどは欲しいか。

 これはいずれ、私の自宅の守りにも転用するのだ。資材はガルデに出させて、完成品は全てが終わった後に何食わぬ顔で持ち帰る。いつぞやの燕尾服のように。

(──あー、いい加減にこれ、魔導服化しようかな。思い出してよかった。出発する前に依頼を出しておこう)

 防汚の軍服コスプレを製作したあの店の職人さん達なら、良い感じに仕上げてくれるのではなかろうか。これもいい加減くたびれてきて、防汚の機能が死にかけている。

 四着あるし、二着くらい預けてきてもいい。いっそリリウムを派遣してしまうのもありかもしれない。一張羅に防汚は欠かせない機能だ。是非とも身につけて欲しい技術である。

「フロンさぁん! ペトラちゃぁん!」

 手当たり次第に他人を巻き込み出している聖女ちゃんを横目に思考に沈む。こういう手法はリューンの十八番なのだが、変なところばっかり影響受けてるな。

 必死過ぎて可愛いので、もうデートでも何でも、連れて行けばいいんじゃないかって気になってくる。人はこれを諦めと呼ぶのだ。


 ガルデからも龍討伐に人員を連れて行くことになった件について、当初ペトラちゃんが少し表情を強張らせていたが、貴族を排すと王様直々に宣言したことをミッター君から聞かされ、今はいつものわんこ顔に戻っている。

「ソフィア、足場魔法の練習するなら、ヘスト盆地はちょうどいいんじゃないかな? 魔法袋もあるんだし、運搬だけでもかなり稼げると思うよ。防具も新調したいし、お金貯めないと。せっかく時間ができたんだから」

 ガルデは通常の武具はルナほどではないが、人造魔導具の品揃えはそれなりに豊富だ。何せエイフィスと同じ大陸に在り、ヴァーリルも……まぁ、近いと言えなくもない。

 あそこの物が流通しているのは知っている。もしかしたら顔見知りの工房の作品も、探せばあるかもしれないね。

 だが人造品とはいえ、それなりにお値段はするのだ。私──私の女神様が過去に壊した小手は、大金貨で八百枚くらいした記憶がある。南大陸からルナまでのセレブ船旅一人前往復分と考えると、途端に高く感じるから不思議だ。

「それは分かってるけど……お姉さぁん、私もパイトに行ったら、ダメ……ですか?」

 惜しいなぁ。そこは『おねぇちゃぁん』だ。

「私についてきても一銭にもならないし、何の修練にもならないよ。第一迷宮には入るけど、長々と篭もるわけじゃないんだから」

 耐熱魔導具も多目に準備をしておかないといけない。修練に使えるかもしれないが、階層の様相を確認し終えるまでは、決して油断しない。


 このまま置いて行っても連れて行ってもいいんだけど、有意義な時間にするための妥協点を探るとすれば……やはり修練する気があるかないかが争点となる。

 私の余暇に本腰を入れて耐熱訓練をしたいと言うのであれば、前向きに同行を認めることも決してやぶさかではない。奥の方は知らないが、十五層くらいまでならリスタート直後の私でも素で耐えられた。もう少し浅い階層から始めれば、今のソフィアにもちょうどいいのではないだろうか。枷も次元箱の中に残っている。

 一人だと万が一があるので、耐熱マラソンに送り出すのはちょっと気が引ける。そんな気持ちが通じたのか、リリウムが話に加わってきた。

「……パイトの火迷宮は、暑いのですか?」

「割とね。暑いというか、熱い。熱波系。奥の方はまだ入ったことないけど、徐々に厳しくなるよ」

 第一迷宮はそれなりに死亡率が高いと耳にした記憶がある。深部もルナほどではないと思うけど、それなりになるのではなかろうか。

「──わたくしもパイトへ同行しようかしら」

「よろしくてよ」

 サウナ愛好家の心が動いたようだ。氷水愛好家でもある。

 リリウムは二級冒険者であるため、軽い依頼では貢献点が切り捨てられてしまって一切ギルド証に加算されない。

 それでも日銭を稼ぐくらいはできるが、このお嬢はお嬢様っぽい髪型をしているくせに、南大陸在住の頃から堅実にコツコツと貯め込んでいる。普通にフロンやリューンよりもお金持ちだ。

 今回は冒険者ギルドの依頼を請けることなく戻ってきたが、暇なら鬼教師役を担ってもらえると助かる。

 聖女ちゃんの面倒見てくれるなら色々と便宜を図ってもいい。エステとかどうだろう、全身フルコース。割とご無沙汰のはずだ。

 だがそうなると、ガルデに残るのがハイエルフ三人衆とペトラちゃんだけになってしまう。リリウムがいなくなるとリューンが寂しがるかもしれない。


 急に物音が響いて視線を向けると、冷や汗を流し、椅子を蹴倒して逃亡を企てたわんこ一号が二号に捕まっていた。はがいじめダブルわんこ。

 大層キューティーな現場になるはずなのだが、二人共顔が必死で全然可愛くない。

「ペトラちゃん! お願いっ! 一緒に行こう!?」

 過去、パイトの管理所で抱きついてきた時もそうだったが、この娘はこういう時ナチュラルに気力を使う。怪我をするから止めさせた方がいいのだが、常に擬態するようにと仕込んだのは他ならぬ私自身だ。

「お肌焼けちゃうから嫌だよ! 放してっ!」

 そしてそんなソフィアを気力とドワーフの身体強化魔法を併用して振り解きにかかるペトラちゃん。こうして見ると膂力の差がはっきりとしている。これはもう引き剥がせないだろう。

「お願いっ! お願いっ!」

「嫌っ! 私はヘストに行くのっ! ゴーレム運んで鎧を買うのっ!」

 救いの眼差しを送ってくるペトラちゃんをガン無視しながら、お風呂へと向かう用意を始める。ここの打たせ湯ともしばらくお別れだ。



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