第二百五十四話
話は逸れたが、一通り情報の共有はできた。
不在にしているわんこズや、遊びに出ているリリウムには──戻ってこなかったら、フロン達から伝えてもらおう。
「それで、何か手伝えることある?」
「ないねぇ。火迷宮でマラソンでもする?」
申し出は嬉しいが、特にない。魔石の質に関わってくるので、一切手出しをしないでいてくれるのがベストだ。
風迷宮のカモネギやら、動きを封じてくれればありがたい魔物がいなくもないんだけど……まぁ、特に必要はない。こればかりは仕方がない。
強いて言えば、リューンがサイのようなやつの身動きを封じてくれれば、多少楽ができなくもないといった感じか。
「いってらっしゃい!」
「まぁ、付いて来たかったら来てもいいけど……走って行くし、四刻毎に迷宮に篭もるし、土と……火と風も回るし、遊ぶ暇はないと思うよ。それよりも火炎放射器作っておいてくれた方が嬉しいな」
砦の建材用の土迷宮と、火炎放射器用の火と風迷宮はマストだ。夏時でもあるし、火迷宮は空いているだろうと思う。ちょうどいい。
火と風迷宮はあまり奥まった部分まで探索したこともないので、気が向けば顔を出してみようと考えてはいるが、きちんと休息を取りながらとなると、階層中隈無く殲滅しながら、終層まで──というのは難しいと思う。
忘れがちではあるが、そもそも終層には顔を出さない方がいい。万が一は避けるに越したことない。
「そうだった。ミッター君はさ、第一と第四の終層がどこだか知ってる?」
土の第二は終層まで出向いた経験があるが、火の第一、風の第四──この二つはあまり奥まった部分まで入ったことがない。二十層で終わり! とか言われたら、過半は存じ上げているとか、そういうことになるのだろうが。
他に攻略経験があるのは闇の第三迷宮だけだ。その事実も今では、記憶の中にしか存在していない。
「第一は四十で、死層は二十六か七だったと思います。第四は攻略されていないと聞いたことがありますが、二十五……くらいまでは確か、管理所にも情報が出ていたかと」
第二は三十、第三は二十層で終わる。小中規模の迷宮群と言うだけあって、どうしてもパイトは個々の迷宮が小さく、浅い。
「第一は結構深いんだね……四十層は避けて、第四は二十九で止まった方がいいか。終層は面倒くさいからねぇ」
十層置きに終層が設定されているなんて決まっているわけでもないのだが……仮に迷い込んでしまったとしても、正直なんとでもなる。できるだけ避けたい、というだけだ。
「サクラさん、あの……よろしいでしょうか」
「なぁに?」
「砦の建材のことですが……ヘスト盆地のゴーレム以外にも、金属を使います。光迷宮のメタルリザードをご存知ではありませんか?」
メタル……? いたかなそんなの。光迷宮もあまり深いところまで入っていない。ここは六迷宮で一番面白味がないのだ。
「ごめんね。不勉強で申し訳ないんだけど、知らないや。終層の主?」
魔物図鑑に載っていただろうか。こうも穴空きだらけだと、ろくすっぽ頭に入っていないんじゃないかと心配になる。一度読み直した方がいいかもしれない。
「いえ、確か……二十五層前後から、いくつかの階層に渡ってに棲息している鎧蜥蜴です。単体の硬度はそれなりなのですが、浄化橙石と合わせることで、ただでさえ高めの抗魔力がすこぶる上昇する性質があります。故に、王都の外壁にはこれを使用することになっていまして。辺境の砦も、ガルデの管轄の物はおそらく全てそうなっているかと」
なんでも、無駄になる部分が少なく、生物というよりもゴーレムに近い性質をしているとかなんとか。熔かして使うらしい。コーティング剤のような印象を受けた。
そしてこういったことも騎士学校で教わるんだそうだ。騎士とは……。
「なるほど。どの道トカゲも必要になるんだね」
「はい、その通りです。その収集を、自分に任せては頂けないでしょうか」
「それは構わないけど……勝算はあるの? その辺りの階層に棲息している種と言っても、個体によってはそれなりに強いでしょ」
三十層前後なら正直なんとでもなるだろうが、一応聞いておく。私がその個体と相対した経験がないだけに、どうしても不安が募ってしまう。
(色々な魔物と戦ってきたけど、やっぱり世界には私の知らない種の方がまだまだ多いんだろうな)
早めに迷宮という迷宮を探索し尽くす──というのも視野に入れておいた方がいいかもしれない。自分で魔物図鑑を編纂するのも面白そうだな。絵心はないので、模型を付けてみるのもありかもしれない。
「もちろんです。あれは放出魔法師にとっては厄介な種ですが、今の自分やペトラ、それにソフィアであれば、気を抜かねば安定して討伐可能なランクの魔物です。魔石回収ではお力になれませんが──」
きちんと考えているようだし、その心意気も大変よろしい。ガルデでぼうっとしているのも退屈だろうし、やりたいと言うならやらせてみればいい。
「じゃあ、ペトラちゃんとソフィアが戻ってきたら出発しようか」
余暇を利用して、火迷宮で生力作りのマラソン大会を取り行うのもいいな、だなんて考えていたのだが──。
「あの、それなのですが……自分一人に任せて頂けないでしょうか」
流石にそれは、二つ返事で了承し難い。単独となると、まるで話が変わる。
「それは、ちと危険過ぎやしないかな。ペトラちゃん達がいたらダメ?」
三十層も近くなれば、一人で群れを処理するのは大変だ。名前からして防御力が高そうだし、囲まれたら普通に命の危険がある。
「ご心配も尤もだと思います。ですが、これを機に……自分も集中的に訓練をしたいのです。お願いします!」
別にお金が欲しいとか、宝箱に期待しているとか、そういうわけではなさそう。かと言ってガルデに恩を売りたいとか、お国のためにとか、そういうことでもないように感じる。
単に修練したいだけなんだろうか。船で毎日のように放出魔法の的にされて、フラストレーションが溜まっているとか。
すぐにでも龍討伐に向かう心積りでいて、それがお流れになったから、若い熱情の行き場を探しているのかもしれない。
若いんだし、たまには思いっきり身体動かしたくもなるだろう。それは分かる。
ガルデ近隣は幸か不幸かこの情勢下でも平和で落ち着いている。ある程度遠出をしなければ強めの魔物とは遭遇できないし、最近身につけたドワーフの身体強化魔法も、索敵も、瞑想術式を併用しながらの長期戦も、このままだと彼はほぼぶっつけ本番で戦場に出ることになるわけだ。
新調した装備だって、まだほとんど血を吸っていない。その鎧トカゲから吸えるかは分からないけど──。
「行かせてやったらどうだ」
思考を遮ったのは、フロン先生の言葉。やらせてみればいいと言う。
「姉さんだって、単独行動の重要性を理解していないわけではないだろう。あまり過保護にしてやるな。メタルリザードくらい、ミッターなら問題なくやれるさ」
私なら焼き払える! らしい。フロンの火玉は火力が割とアレなことになっているので、あまり参考にはならない。
まぁ、腕力だけ鍛えたって仕方がないのだ。いくら装備が優れていたって、死ぬ時は死ぬ。あっけなく死ぬ。
知識や経験を積み、技量を磨き、判断力を養うことだって大事だ。一人でなければ気づかないことも多い。私もやってきたことだ。
パイトはルナと違って、階層間通路は安全だ。大岩を背にすれば滅多なこともない。そこで寝泊まりできなくもないのだし。
そうは分かっているけれど、本当は止めたい。可愛い弟分だ。だけど──だからこそ、旅をさせなければならないのかもしれない。
(いつまでも庇護下に置いていても仕方ないか。もう子供じゃないんだし)
だが自己責任で片付けて本番前に死んでもらっては困る。彼はもう信頼できる貴重な戦力なのだ。無茶だけはさせないようにしないと。
「死んだら天国に行く前にとっ捕まえて説教するからね。大怪我しないように。無茶しても褒めないよ」
「っ! あ、ありがとうございますっ!」
嬉しそうにしちゃって。しょうがないなぁ、もうっ。
「お前なぁ……俺をパシリに使うなよ……」
「あら、誰のお陰で首が繋がっていると思っているのかしら?」
「お前の所為であってもお陰じゃねぇよ! 勘弁してくれ……ったく……」
おっさんがやってきた。王様の手紙を届けにやってきた。日も暮れてそろそろお風呂に──といった頃合いに、汗だくでやってきた。むさ苦しい。
中央の王宮から南の四層の冒険者ギルドを経由して、それが東三層の私達の宿へと届けられるのだから、行程に無駄がありすぎるな。
そしてこの程度走った程度で息切れしている元冒険者のおっさんは、戦力に換算できそうもない。港町からも、道中はずっと馬車の人だった。この人はもうお役人なのだろう。
渡された手紙の中身を確認したいが、蝋で封がされているのでそれは叶わない。
「まぁ、ありがとうございます。助かりました」
「んで、その手紙は何だ? 外行き用だろ、それ」
王様のお手紙は、便箋一つ取っても綺羅びやかで、無駄にお金がかかっている。金の刺繍なんて不要だと思わないでもないが、これも偽造を困難にするためだとか、権威をアピールするためだと思えば仕方がないのかな、と想像はできる。必要経費なんだろう。
「ガルデからも龍討伐に人を連れて行くことにしましたので、人員の選定が済むまでの間、砦の建材に使う浄化橙石集めとメタルリザード狩りをしてきます。その際に少し便宜を図って頂こうかと思いまして」
「あぁ、パイトか……ご苦労なこったな」
ほんとだよ。なんでスタンピードを抑えにきて、迷宮で魔石集めをせにゃならんのだ。
それもこれも騎士団のせいだ。このおっさんは私に文句ばかり言うが、私だって愚痴の一つや二つぶつけてやりたい。若者組がいなければそうしていたと思う。
「流入を抑えないことにはいくら浄化して回っても徒労に終わってしまいますし、仕方ありません。必要経費というやつです」
でもまぁ、早々にカーリの山々まで出向いて龍を倒したところで、その後に清掃作業が待ち構えているという事実は動かないわけだ。
お掃除のための下準備をしっかりと済ませて、道具を揃えて、それから倒しに行けばいい。一刻を争うというわけでもない。
あれもこれも必要経費だ。もちろん別途、全額請求する。私は高いんだぞ。