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第二百五十三話

 

「随分と疲れてるね」

「いえ……あの……はい……。まさか、王と謁見することになろうとは思ってもいませんでしたので……」

 私も思っていなかった。これは偶然というやつだ。二人共思いっきり私服で、ちょっとそこまでお昼ごはんスタイルだったのだから。

 いらぬ気苦労を負う羽目になったのは私のせいじゃない。

「お爺ちゃんの予定がたまたま空いていただけで、本当は明日にでも一人で来ようと思ってたんだから。別に他意はないよ」

「はい、それは理解しています。自分も、もう騎士の道に未練はありませんので」

「……そうなの?」

 彼の凄さをちょっとだけアピールしたことを指しての言葉だろう。足が速いとしか言っていないけど。

 男子小学生じゃあるまいに、もうちょっと言い方があったかもしれない。お裁縫が上手だとか。

「はい。もしかしたら今後のことを考えていてくださったのかもしれませんが──」

 覚えを良くしておこうと少しお節介を焼いたのだが、どうやら余計なお世話だったみたいだ。しかもバレていた。恥ずかしい。

「そっかそっか、覚えておくよ」

 ソフィアの嫁ぎ先が一つ潰れ──てもないか。別に夫婦で冒険者、というのも何らおかしくはない。

 そのうち貯めた資金を元手にお洋服屋さんをやることになるかもしれない。そういうのでもいい。

 どっちのわんこでも……この際両方とでもいいが、とにかく私は彼女達の赤ちゃんを抱いてみたいのだ。ついでに命名されるに至る過程を観察したい。

 本人達の気持ちが第一ではあるが、そこまでは是非とも見届けてみたい。叶うかどうかは分からない、私の秘めた楽しみの一つだ。


 そんなこんなで、ようやく本来の目的を果たすことができる。ミッター君のお勧めらしい、騎士魔法両学校からほど近い南地区の食事処へと案内してもらった。

 学校の在る二層から程近い三層のお店だけあって、拠点と同じく治安が良い。少年少女達の姿がどこかしこに見られるのが、特色と言えば特色だろうか。

 騎士学生のみではなく、魔法学校の制服やローブ姿の若者達の姿も散見される。お陰でお昼時をすっかり過ぎているのにも関わらず、広い店内はとても賑やかだ。

「何がお勧め?」

「自分達はよく芋パンを食べていました。ペトラは猪肉のサラダを好んでいましたね」

「じゃあ、私はそれにしようかなー」

 ミッター君が慣れた仕草で注文を済ませてくれた。エスコートというやつだな、きっと。

 出てきたのはジャガイモを練り込んだどこぞの国の固パンではなく、いわゆるチップ・バティというやつだ。揚げたのか、揚げ焼きしているのか、ホクホクとしたジャガイモっぽい主食系の芋を、ソースと共に柔らかいパンに挟んで食べる。フライドポテトパン。

 一般的なハンバーガーサイズから二回りほど大きい。一人で三つは明らかに多い、そんなサイズをしている。

 よく出ているのか提供速度もすこぶる早く、文字通りファストフードに片足踏み入れている。健康への良し悪しはともかく、エネルギーはありそうだな。身体を動かす若者なら、カロリーを気にする必要もあるまい。

 一方の猪サラダとは、まぁ豚の冷しゃぶのようなものだ。薄くスライスしたお肉を茹でて、葉物野菜と一緒に提供する。これもある程度作り置きができるのか、されているのか、パンとそう大差ない時間でやってきた。手を合わせて美味しく頂く。


 思えばミッター君と二人でこうして食事をするのは初めてだな。ペトラちゃんと三人で、というのは何度かあったけど。

 彼は礼儀正しい性格に違わず、普段は食事をとる際の仕草や作法にも粗野なところがない。

 だからと言って早食いができないわけではなく、仕事中などは慣れた手つきで食事をかき込んでいる姿を見ることができる。

 家と学校と、双方での教育の賜物だろう。

 フライドポテトパンも猪の冷しゃぶも、ソースのピリ辛具合が大層舌に合った。ここはいい店だ。安くて早くて美味いと三拍子揃っている。

「そういえば、所長さんってお酒飲むの?」

 ふと気になって尋ねてみた。手ぶらというのもどうかと思う。

「父ですか? いえ、あまり……母は強いらしいですが、子供達の前で飲んでいることは……そういえば記憶にありませんね」

 ミッター君が強いのはお母様の血か。あの所長も結構イケそうなタイプに見えたけど。

「そっか。ならお酒はダメか……日持ちするお菓子でいいかな」

 二度程護衛を請けた、なんたら商会にでもお酒を買いに行こうかと思っていたが、これは止めておいた方がよさそうだ。

 幸いお菓子の類なら私もそれなりにお店を知っている。何ならペトラちゃんに手伝ってもらってもいい。

「あの、そんなに気を使って頂かずとも……」

「お礼も兼ねているし、手土産もなしに挨拶っていうのは外聞が悪いの。これでも大人なんだから」

 良きお姉ちゃんは、挨拶一つするにも手抜かりはない。

「あー、ルナでお茶っ葉買っておけばよかったな……良いのは片っ端から開けちゃってるし……」

 早速抜かってしまった。途中でコンパーラにでも寄っていこうかしら……でもあそこで手に入る物なんて、パイトにも流通してるだろうし──。

「何か、その……すいません。ありがとうございます」

 いいのよ。こういう時、大した特産品を持たないガルデが恨めしくなる。誰もが喜ぶ定番安牌のおみやげ品があればいいのに。ひよことか、バナナみたいな。


 昼食を終えて宿へと戻る。芋パンが思いの外お腹に溜まってしまったので、今日の夕食はノーセンキューだ。二つは多かった。

 部屋にはハイエルフ三人衆が戻っていて、いつものように語学教室を開いている。

「ん、戻ったか」

「戻ったよ、ただいまー」

「ただいま戻りました」

「おかえりー」

 手を動かしながらリューンと、アリシアもニコニコしながらペコリと頭を下げて挨拶を返してくれる。ご機嫌そうに見える理由は、部屋に漂っている甘い香りにあるに違いない。

 今日も今日とてハイエルフサンドになっているちび助。勤勉で結構なことだが、きちんと休みはあげて欲しい。


「──なるほど、先にパイトに行くか」

 休憩のタイミングを見計らってお茶を淹れ、お城関係の話を二人にも伝えておく。

「そうそう。その辺の狼から土石回収したって仕方がないし、南のゴーレムは建材に使うだろうから。一部専有させてもらってガッツリ集めてくるよ」

 リューンちゃんは生クリームっぽい、ふわふわした物がたっぷり乗ったワッフルのようなお菓子をちびっ子と笑顔で頬張っているので、話に参加してこない。満腹でなければ一切れ味見をさせてもらっていたところだ。

「その間は好きにしていて──と言いたいところなんだけど、火炎放射器君をいくつか作っていてもらえないかな」

 年寄り組だけではないので、山まで下見に出ていたことは伝えていない。だが砦が潰れたとか、ガルデからも人員を連れていくだとかは、事前に情報を共有できている。

 外部からの魔物を塞き止めなければ、いくら近隣を綺麗にしても仕方がない。塞き止めるには砦が必要で、砦には浄化橙石が要る。なのでパイトに行く。

 私のことを知っていれば、ここに反対の声が挙がろうはずがない。


「作るのは構わんが──そんなに酷いのか?」

「酷いねぇ。ゾンビやキメラの数もだけど、森はもう大半が死んでるよ。根から掘り返して焼き払わないとダメだ、あれは」

「それは辛いね……」

「致し方ないことではあるが……」

「軽く見てきただけだから、無事なところもあるかもしれないけど……あまり期待はできないと思うよ」

 かっこ笑いな森の民ズではあるが、下見で見てきたことを伝えたところ、何とも言えない、強いて言えば辛そうな表情でそう言葉を返してきた。

 酸性雨にやられた……なんて甘っちょろい腐り具合ではないのだ。濃い瘴気にやられた自然は、最早異界か魔界かといった表情を見せるようになる。南大陸の餌場などは、草木の一本すら残っておらず、地面すら融け落ちてしまいそうになっていた。

 おまけに傍迷惑な龍王のゾンビパワーまで加わっている。一度まっさらにしてしまって、零からやり直さないとダメだろう。

 そうでなくとも、どの道死骸を焼くのに火は必要になる。火系魔法師の魔力が切れれば、現状は火炎放射器五兄弟とフロンに頼らなければならない。魔法師の魔力はできるだけ動くゾンビ系に回したいとなれば、兄弟を増やす必要がある。五台では明らかにカバーできない。


「苗があれば……森の再生はそれほど難しくないですよね?」

 普段こういった話には入ってこないちびっ子魔法少女ことアリシアが、珍しく意見を口にした。そういえばこの娘も森の民だ。

「あぁ……まぁ、確かにそうなんだが──リューン、残ってるか?」

「あんなのとっくの昔に消したよ。フロンもないでしょ?」

「無論だ。後生大事に抱えていたところで何にもならん」

 話が読めない。エルフにしか分からない話をしているというわけでもなさそうなんだけど。

 首を傾げていると、リューン先生が教えてくれる。

「エルフやハイエルフは何も、森に住んでるから森の民だなんて呼ばれているわけじゃないんだよ。ハイエルフの魔力持ちは、植物の生育を補助する魔法術式を、一度は必ず習得させられるんだ」

「茶の為にな。そして忌々しいことに、私達には大抵、高い適性がある。ついでに幼少期には、森の管理などをして小遣いを稼ぐわけだ」

「言わないでよ……思い出したくないよ……」


 そういえば──そういえば、そういえばだ。聞いた覚えがある。確かにある。リューンやフロンからではなく……ギースから。

 魔法には、鉱石を精錬するための補助術や、植物の生育を早めるようなものがあると。

 ギースの方がこの二人よりよっぽど森の民らしいんじゃないだろうか。山師みたいなものだし。

「種から育てたりはできないの?」

「可能だ。だが十日そこらで元通りにとはいかない。魔力を使い過ぎると木の生育にも良くなくてな」

「芽吹いたばかりの頃は、樹木に限らずどの植物も弱いので……そこは自然に任せて、苗から行うのが良い、とされています」

 なるほど。合点がいきました。

「アリシアはエルフらしいね。お姉ちゃん感動したよ」

 かっこ笑いの二名は、どうやらとっくの昔に薄めて消してしまっているようだ。しかしこの名誉ハイエルフは、今も残しているのだろう。

「ちょっとー!」

 はいはい。リューンちゃんもエルフエルフ。


 大層お金になりそうな魔法に見える。土地さえあれば飢えとは程遠いし、ログハウスも建て放題だ。

 だがうちのエルフが揃って消しているというのには、これまた切ない理由があった。

 これが必要になるような国や町には、大抵既に古株のハイエルフが配備されているのだという。当然ガルデや国内の大きな領都にもお抱えが居るだろうと。

 この古株はハイエルフらしく長寿な上に、既得権益を侵す若輩に容赦がないようで、椅子が空くことはそうそうあることではないらしい。

 若いハイエルフは森の再生ができたところで、左団扇で生活はできないとのこと。そしてこういった若いエルフは、あまり森や農業といった自然がお好きではない。

 それは私もこの二人を見てよく知っている。ルナでも森の中のお家を揃って嫌がっていた。それでいて、森が死んだことを辛く感じる程度の愛は残っているのだろう。乙女心は複雑ってやつだ。

 乙女はともかく、この二人が若いエルフであるかどうかには……触れないでおこうと思う。



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