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第二百五十二話

 

 夏の早い日の出と共に王都を出発して、一通り下見を終えてガルデに戻った頃には、時刻はちょうどお昼時、といった頃合いになっていた。

 行きと同じように城門をスルーして、適当な路地裏で認識阻害を解く。そのまま大勢の人で賑わう大通りに合流して、宿まで散歩がてら歩くことにした。

 相変わらず《転移》の移動力は狂っている。大陸の南から中央まで物見遊山を兼ねながらでも、ほんの数十分もあれば余裕を持って行き着く。

 神力を育て続ければ今以上になることが確定しているだけに、今し方見てきた森や山の瘴気溜まりや、そこに溢れる瘴気持ちの群れを滅ぼさなくてはならないことに、多少の悔しさを感じてしまう。

 大陸全土を瘴気溜まりにして、そこで延々と魔物と瘴気持ちを養殖する。素晴らしい世界だ。私の私による、私だけの牧場。

 こういう思考に行き着く時は、十中八九私自身が汚染されているわけで──浄化魔法の自浄術式に魔力を通せば、景気良くこれを洗い流してくれるわけだ。

(はぁ……数匹でこれか。長居するのもマズイかなぁ)

 お試しにちょっとだけつまみ食いをしたが、件の龍とは接敵しておらず、瘴気持ちやキメラにゾンビも、片手で数えられる程度の数しか倒していない。

 龍の山に滞在した時間は半刻にも満たないだろう。それなのに、自浄術式はそれなりの時間せっせと稼働し続けた。身体が全く防衛反応を示さないというのも困りものだ。どの程度マズイのかがはっきりしない。

 しばらくの間は日課に含めた方がいいかもしれない。素振りと、ストレッチと、自浄魔法。

 瘴気が毒でもヤクでも、真に糧であったとしても、誰かと共に生きるのであれば、妥協と協調を欠かしてはいけないのだ。


 外では鬱陶しいだけであったが、こうして落ち着いてみると、今日も好天で強い日差しであるにも関わらず、これが心地良くすら感じられるのだから不思議なものだ。

 日焼けとは無縁のこの身体ではあるが、エルフや聖女ちゃん達の白いお肌が焼けてしまうのは寂しい。真似をされる前に、私自身が是正していくべきなんじゃないだろうか。

 長袖が欲しい。ブラウスだな、ブラウスがいい。それとロングスカートで完璧だ。リリウムにお願いして作ってもらおう。

 戦闘服は肌を守ってナンボだ。コスプレ軍服以外はことごとくお肌を晒しまくっていたので、ここいらで作業着も、落ち着きのある路線にシフトしていきたいと考える次第であります。


「ただいまー」

 馴染み深いいつもの宿、その大部屋にはミッター君のみが残されていた。床に布を広げ、大盾を分解して丁寧に手入れをしている。この子はマメだな、防具まできちんと手を入れている。

 立ち上がろうとしたのを手で静止して、自分でお茶を淹れて一息いれることにした。落ち着く。

 ハイエルフ達もわんこズも不在にしている。机上に残されている書き置きによれば、リリウムは別行動を取っているとのこと。

 リリウムはソロで遊ぶのも好きらしく、ルナでもよく一人でふらふらと消えていた。協調性がないとか、そういうことではない。

(そういえば、北大陸は前回初めてとか言ってたっけ。ガルデも初かな)

 それなりに長い付き合いではあるが、私はリリウムのことをよく知らないでいる。元貴族で実家から廃嫡された過去があり、実年齢が私とさほど変わらないだとか、その程度のことしか聞いていない。

 それに対しては彼女が自分から口を開くまで待とうと決めているため、出自に関する話はノータッチのままだ。

 私の出自に関しても、皆は特に触れてこない。事情を把握しているのはおそらくフロンくらいなものだろう。エルフ組の間で疎通が行われていなければ、リューンですら知らないはずだ。

 親しき中にも何とやら。少し意味は違うかもしれないが、この距離感を、私はとても気に入っている。


「ペトラちゃん達はまだ実家に?」

「はい、明日まで泊まってくるとのことです。明後日には戻ると思います」

「そっかそっか。問題が片付いたら私も挨拶に行かないとね。昔からお世話になってるみたいだし」

「きっと喜ぶと思いますよ。おばさんも一度会ってみたいと仰っていましたし」

 彼氏君は既に二人と一緒に、ペトラちゃんの実家に顔を見せている。流石に泊まりはしなかったようだが。

 そしてそんなミッター君には姉が二人いて、私の知る限りここの魔法学校で学生をしていたはずなんだが……まだいるんだろうか。私はそのことを耳にしたことはないので、話題とするには注意が必要だ。


「いつになるかわからないけど、パイトで少し仕事をすることになってるんだよ。第二迷宮で潰れた砦関係のお手伝いをね。その時、一緒に来る?」

「……よろしいのですか?」

 よろしくてよ。冒険者なんて危険な生業をしていれば、いつ死ぬとも分からない。無理強いはしないけど、きっと会えるうちに会っておいた方がいい。私にはもう叶わぬことだ。

「一日二日で集まるような量じゃないだろうからね。報告書のお礼もしたいし、私も所長のところには顔を出すつもりだったから」

 ついでだよ、ついで。と軽く告げる。姉二人はともかく、妹さんはパイトにいるかもしれない。あそこの規則について、色々聞いた覚えはあるんだけど……ややっこくて、その細部は既に忘却の彼方だ。普通に忘れた。

「ありがとうございます。その際は是非」

「討伐をいつ始めるか分からないけど……冬明け開始とかになったら、その前にパイトへ向かうかもしれない。覚えておいて」

「分かりました。カーリまでは、確かに……今出発すると冬の最中になりますか」

「私達だけなら走れば雪が降るまでに事を済ませられるかもしれないけど、そうもいかないかもしれないからね。近日中に王様に確認してくるよ」

 カーリ。件の山々の存在する地方の名だ。その名を冠していた町は、もう存在しない。

 諦めの混ざった苦笑顔でマラソンを受け入れたミッター君から意識を外して、カップにお茶のおかわりを注ぐ。カーリ──大陸中部、山々の南部にあった大きな町。そこにはもう廃墟しか残されていない。腰を据えて事に挑むことが難しいとなると、それなりの準備が必要になる。

(ちゃちゃっと済ませるか、腰を据えられる場所を築くか──)

 近日中なんて悠長なこと言ってる場合じゃないな。明日だ。明日会おう。

 となれば謁見の予約を入れてこなければなるまい。今だ。今行こう。ついでにご飯も食べてこよう。

「ミッター君、ご飯もう食べた?」

「いえ、まだです。保存食で済ませようかと──」

 ちょうどいい。保存食は保存してなんぼだ。お城行ってデートだな。


「面を上げよ」

「はっ!」

 中々堂に入っている。こういう作法も学校で仕込まれるのかもしれない。なんてたって騎士学校卒、お国に仕える騎士を養成する機関の出なのだもの。

 でも身体が固まって、微妙に震えが入っているのは隠せていない。おもてをあげた顔は、キリッとしているが緊張していることが外からでもありありと感じられる。

(内心呪詛を吐き散らしているかな。でもこの子そういう子じゃないしな……難儀なものだね)

 謁見の予約をしに王城まで出向いた。それで終わらないのが私クオリティ。その場で暇していたお爺ちゃんとの面談が叶い、今こうして男の子が平伏している。私は頭を垂れも伏せもしない。

「いきなりごめんなさいね。明日でも良かったのだけれど」

「構わぬ。──して、何用か」

「依頼の件でいくつか確認しておきたい事柄が出てきてね。この場で話してもいいかしら?」

「良かろう」

 しかしまぁ、急な謁見にも関わらず、貴族の人がその辺に突っ立っているのは何なんだろう。暇なんだろうか。騎士の人は職務のうちなんだろうけど。

「冒険者ギルドのマスターに聞いたのだけれども、この国の騎士団が一枚噛みたいとか言ってきているらしいのよ。でも私には、お飾りのお守りなんてしている余裕はないわ」


「然り」

 間髪入れずに発された肯定の声に、お貴族様がざわめいた。

「でも、日々魔物討伐や修練に明け暮れている叩き上げの騎士達が、自らの命を顧みず、平和の一助となりたいと声をあげるのは……とても尊いことだと思っているの。本当よ?」

「第二──否、第三騎士団であれば率いても構わぬと申すか」

「私は騎士団のお守りをしない。率いることもしないわよ。でも、互いに見上げず見下さず、冒険者風情とでも対等の立場で足並みを揃えられる、そんな一個人であれば、同行を認めることも吝かではないわ。騎士に限らずね」

 肩書だけのピカピカナイトなんて邪魔なだけだが、それなりに地力のある、やる気に満ちた戦士が同行したいと言うのであれば、あえて断る必要はないと考えている。

 私達八人で戦果を専有してしまっては、やっかみも出ることだろう。エルフ達は龍の首を落として凱旋する気満々なのだ。目立つ。超目立つ。

 それに山に登って戦うのは最後の手段だ。平地で戦うなら人が増えても大して問題は出ない。足手まといでない戦力であれば、同行はむしろ歓迎したいところだ。


「そんな志高い実力者が眠っているのであれば、一まとめにしておいてくれないかしら。第零騎士団とか、混成軍とか、名前は何でもいいわ。騎士や兵士、魔法師、治癒師……料理人もいるときっと士気が上がるわね。でも貴族はダメよ? 私は王族だろうと特別扱いなんてしない。後から文句を言われても面倒だもの」

 ゾンビやキメラ討伐にも手は欲しいし、治癒師も聖女ちゃん一人では大変だ。浄化は私が一人で担ってもいいが、死体焼却や夜の見張り、穴掘り要因に食事の支度にも手はあった方がいい。

 ──魔法師。欲しいのは魔法師だ。火に特化した死体焼却部隊、それと治癒師。ミッター君が火玉の術式を消し去っている都合上、当パーティにはフロンと火炎放射器君達しかこれを担える者が居ない。

 迷宮とは違うのだ。死体はきちんと処理をしなければ二次災害を招く。口を酸っぱくして何度でも言う。ゾンビもキメラも燃やし尽くして灰にせねばならない。


「よかろう。余自らの責において請け負うことを、ここに宣言する。貴族にも勝手はさせぬ」

「あら、ありがとう。コネで役立たずを捩じ込まれても困るから、とても助かるわ。でも無理強いをしちゃダメよ?」

「うむ」

 中々話の分かるお爺ちゃんだ。伊達にイケボしていない。

 しかも王様直々に選定するとのこと、これを公の場で喧伝してくれたことは大変ありがたい。

 うちの年長組は嫌な顔するかもしれないけれど、ガルデの顔も立てておけば……波風も、少しは穏やかになるのではないだろうか。そうあってくれることを期待する。


「それでね、今出発しても、大人数だとカーリに着く頃には冬の盛りになっていると思うのよ。些か時期が悪いわよね」

「──パイトか」

「そうした方がいいかなって思うんだけど、どう? 私もこの子も馬より早く走れるから、今から向かえば──冬の間中にそれなりの量が集まると思うのだけれども」

 急に巻き込まれたミッター君の身体がビクリと硬直した。ちょっとしたサプライズというやつだ。

「ふむ──」

 その後ちょちょいと実務関係の話を進め──火と治癒魔法に長けた魔法使いは多目に欲しいと伝えておいた──王様直々にパイトへのお手紙を書いてもらうことを約束してもらって、お腹がすいたから、と謁見の場を後にした。手紙はギルマスのおっさんに預けてくれるようにお願いしている。そのうち届けに来てくれるだろう。

 先日も同じ理由で出て行った記憶があるので、腹ペコキャラになっていないかどうかが少し心配だ。



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