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第二百五十一話

 

 王都ガルデから件の山々へ至る道筋というものは、そう複雑なものではない。

 何せ山や谷を超えることもなく、大河を渡河する必要も、砂漠を突っ切らなければならないわけでもないのだ。

 多少の迂回を視野に入れさえすれば、道中で道なき森や林を抜ける必要すらない。北へ北へと街道、あるいは木々を切り開いた道が通っており、そこから外れないようにさえすれば、迷うことなく龍の巣とされるお山の一つへと辿り着ける。


 休暇の間にこの辺りの下見を済ませてしまおうと、日が登ると同時にガルデを出て北上を開始。城門は当然無視した。

 途中、西進することでバイアル方面へと辿り着けることと、方面を守る堅牢な砦とを確認することができた。関所も兼ねているのか、昨今の事情を鑑みているのか、かなりの兵士が常駐しているらしく、外からでもかなりの賑わいを感じ取ることができる。

 ギルマスのおっさんから頂いた情報によれば、私が知らないだけで、割とこんな感じの砦は点在しているらしい。そして既にいくつかは陥落している。

 とりあえず、ここいらまでで行程の三割ほどだろうか。この倍程度の距離を北上することで、問題の山──の麓にある森へと至ることができる。


 比較的南に近い領域では、魔物もそう大した個体は出没しないようだ。ガルデ近郊と同じく魔獣の類が主で、強い種でも精々がカバや熊といった感じ。

 アルシュ近郊でもそうだったので、この二種は大陸中央には割と多く棲息しているのかもしれない。

「けどやっぱり……数が多いな。伊達にスタンピードだなんて呼ばれてないね」

 大量発生や集団暴走などといった意味合いのこの言葉。まさに読んで字の如く──だ。とにかく数が多い。廃墟というか最早瓦礫の山にしかなっていない砦跡地を目撃したのも、一度や二度ではない。


 イノシシワニもワイバーンも、それらがごちゃ混ぜになったゾンビも今のところ見つけられていないが、常の瘴気持ちより更にイカレた挙動の黒い熊やカバといった大型の獣が点在している。ゾンビ化の影響か、瘴気の影響なのか、どちらかは判断できない。

 群れていないのはきっと、出会い頭に殺し合いを始めるからだろう。奴らから仲間意識なんてものは感じられないし、統率されているような感じも見受けられない。例外は黒スライムくらいのものだろうか。彼らはきっと仲良しだ。

 しかも頭を吹き飛ばしたくらいでは、『それが何か?』とでも言いたげな顔をして、こいつらは平気で暴れ続けるのだ。顔ないくせに。ただの魔獣と侮ると痛い目を見る。

「ゾンビゲームってこんな感じなんだろうな……やったことないし、ゲームでもないけど」

 確かなことは、拳銃の一発や二発でくたばるほど、ここいらの生物はやわっこくないという事実が目の前に鎮座しているという現実に直面しているということ。嫌になってくるね。


 いくつかの砦や関所、村や街、その廃墟を尻目に北上するにつれて、獣臭と、不快な腐肉の香りが混ざった臭いが強く漂ってくるようになる。

 この臭いには覚えがある。血と肉と瘴気が混ざり合った香り。神域近くの森で嫌になるほど嗅いだ臭いだ。時期は夏とあって、普通に病魔の温床となっていそう。

 薄っすらと焦げ臭が混ざっているので、討伐の残り香もミックスされているのだと推測できる。ゴミは持ち帰れとまでは言わないから、死体もきちんと処理してもらいたい。

(処理、処理なぁ。灰にして、浄化して……それで一件落着となるんだろうか。これも試しておこう)

 火炎放射器、五機じゃ足りないかもなこれ……魔石もだ。フロン頼りになるのはマズイ。

 あーマズイマズイ。色々とマズイ。しかも直に、時期は冬と化す。

 白く深い森、龍が棲む冬の山。幻想的なのは結構だが、我々はそこに乗り込まなくてはならないわけだ。

 万全を期すのであれば、冬明けから行動を開始した方がいいのではないだろうか。このイカレ魔獣どもが冬眠するとも思えないけど、道中は多少楽ができるかもしれない。

 それに冬なら死骸を放置していいなんてうまい話はない。雪解けと共に自然解凍された熊肉は、一帯に腐臭を撒き散らし、ハエとハイエナを呼び、病毒をも撒き散らすようになるだろう。処理しなければならない。


「騎士団っていうより、衛生面をどうこうする……感染病対策部隊みたいなのが欲しいな」

 火系の放出魔法士と、浄化使いと、治癒使いと……後は穴掘り部隊か。剣じゃなくて、スコップを担いで、薬箱と火炎放射器を携えて同行して欲しい。

 フロンと私と聖女ちゃんとで担えなくもないけれど──ウイルス性の病気ってどっちの管轄なんだろう? 治癒なのか、浄化なのか。

(私の《浄化》はネズミとか小さな虫は見境なく殺傷できるわけだけど、この手の病毒の相手はどうなんだ。──当たり前のように下の処理をしてるけど、善玉菌とかどうなってるんだろう? 腸内環境酷いことになってたりして……でも誰も体調崩したりしてないしなぁ……)

 謎だ。この辺もそのうち調査する必要があるな。落ち着いた頃に試してみよう。

「とりあえず……王様に相談しようかな。最後に龍だけ確認して帰ろう」

 請け負ってしまったからには、きちんと仕事をこなして成果を上げるのが、良きお姉ちゃんとしての在り方と言うもの。

 そのために人手が必要であるならば、きちんと申請しなければならない。


 北へ北へと認識阻害転移で北上を繰り返し、やがて辿り着いた、元は青々としていたのであろう黒ずんだ森を眼下に眺めながら、木々の上を己の足で走っていく。

 ここまでくるともう、ゾンビパラダイスだ。余裕でキメラも跋扈している。

 大蛇……ただし太い足が生えている。だとか、ライオン……ただし尻尾が蛇になっている。だとか。

 ファンタジーチックなものから、合体に失敗したような出来損ないまで、多種多様な造形の生物達を確認することができた。

 そいつらの腹が食われたようにえぐれていたり、頭が半分なかったり、それでも普通に活動していたりと、どう見ても普通ではない光景がそこらで見られる。

 そんなグロテスクが過ぎるような個体を眺めても特に吐き気を催したりしない辺り、私は日本人であった頃から確実に変質していることを強く実感できる。

(思えば盗賊を皆殺しにしても、特に何とも思わなかったんだよなぁ……過去はそれなりに抵抗あったはずなんだけど……)

 人を殺したり、他人と武器を持って対面したり、そういうことには強い忌避感を覚えていたというか。かなり抵抗があったはずなのだ。魔物を旧浄化なしで倒した経験も、数えられるほどしかなかった。

 それが今ではこうだ。この不思議世界の不思議パワーによるもの、あるいは女神様関係のあれこれの影響に決まっている。

 フロンも言っていた。封印される際に、私はそういう人ではなかったとか、そんな感じのことを。前者が臭い。

(精力って、案外こういう精神的なストレスに対する耐性だったりしてね)

 これの調査は難航しそうだ。魔力系のあれこれだと、思ってはいたのだが──。


「まぁ、その辺は後でいい──流石に冷えるねぇ、夏とは言えど」

 標高がどれくらいあるのかは流石にちょっと分からない、白黒緑といった配色の山、その頂きへと辿り着いた。

 白は被った雪、黒は稀に顔を見せる地面や瘴気持ち、緑は僅かばかり残った木々。まだ完全なハゲ山、枯れ山となってはいないが、そうなるのもきっと遠くはなさそうだ。

 おまけに鈍い私でも実感できる程度には空気が薄くなっている。持っててよかった携帯型空調魔導具。私でこうならうちの子達は特に、これなしで戦闘行動を取るのは難しかろう。浄化緑石は大目に用意しておく必要があるな。

「地肌が見えるほど木々が減った影響もあるのかな。元に戻るまで何年かかることやら──ああ、いたいた」

 ギリギリ視認できる距離に、カルデラのような、若干凹みのある一帯で身体を休めている龍を発見する。薄紫色の、ドラゴンッ! って感じの龍だ。

 ルナの迷宮に棲息している個体と、まぁ似てなくもない。割と似たような色、同じような角、羽に穴は空いておらず、普通に空を飛べそうで、眼球もきちんと眼窩(がんか)に備わっている。

 なぜそれが分かるかと言うと、今まさに彼が首を若干持ち上げて、お仲間へと視線を向けているからだ。山の北側、その斜面を沿うようにして、ゆっくりと舞い上がってきた、その個体へと。

(二匹いるなんて……聞いてないんですけど)

 困った。両親だろうか。カルデラで丸まっているのはお母ちゃんなんだろうか。ならその彼女がお腹に抱えている三つほどの白い球体は……さてはて。

 五匹になる前にケリをつけなくてはいけない。この場でつけてしまいたくなる欲求を必死で抑えながら、ガルデへと帰ることにした。

 推定お父ちゃんが何やら周囲をキョロキョロしていたのが、一抹の不安を煽る。私に気づいたわけではなさそうだったが……。



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