表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
250/375

第二百五十話

 

 この王都ガルデはそれほど特色のある国ではない。

 海に近いとは言っても、港までは馬車を使って急いでも普通に十日以上はかかる程の距離があるし、迷宮が近くにあるわけでも、何か特産があるというわけでもない。

 だが治めている国土はそれなりで、王都も私の感覚からすればかなり広い。お城があり、魔法学院や騎士学校といった教育施設、魔法学院の上には更に研究機関などもあるようで──そういえば気力学校もあったな。

 どこかのエルフは田舎田舎だと言っていたが、教育水準は高いように見える。物は普通に手に入るし、お店も生活に困らないくらいには色々と充実している。

 特に女性物の可愛い下着や、防汚付きの綺麗可愛い人造魔導服などは、他でもあまり見かける機会がなく、大変お世話になった。実は甘味のレベルも高い。そういったニッチな店舗があるにはあるが、それは別にここに限った話でもないだろう。きちんと探せばきっとあるはずだ。

 水回りの便が多少悪いので、あまり長居したくは──とりあえず永住を決め込むような土地ではない、というのは確かだが、そう悪い国ではない。


「あら、この店まだあったんだ……懐かしいね」

「最初に来たところだね! ちょっと寄っていこうよ!」

 懐かしい。本当に懐かしい。若者組とフロンリリウム組がそれぞれ街に繰り出し、私も物資の調達という目的を兼ねてリューンと休暇デートしている最中、過去にミニスカを騙されて買わされた西区の服屋に行き着いた。

 騙したのは店員ではなく、このエルフだ。今ではもうすっかり短い丈に抵抗なくなってしまった辺り、順調に染められてしまっている。膝上上等だ。

(学生時代よりも短いのは……いや、もう言うまい)

 年齢の話題はノーグッドだ。誰も幸せにならない。


「分かってるとは思うけど、おしゃれ着は買わないからね。ただでさえ荷物多いんだから」

「分かってるよぉ。見るだけ、見るだけっ」

 往々にして見るだけにはならないことを、私はよく知っている。

「……こっそり買って後で見せてくるのもダメだよ。今回は本当に余裕ないんだからね」

 私も服を見るのも買うのも好きだし、じゃーん! と広げて見せてくる姿は大変可愛くていいのだが、今は本当に次元箱に余裕がない。砦の建材を置いてきたので服の一着や二着入らないものでもないが、甘い顔をすると一着や二着では済まなくなるし、こういった物が積もり積もって、この逼迫した状況を招いているわけだ。

 ──だが下着は別だ。いっぱい買う。

 ヴァーリル時代は辛かった。あそこに華を求めるのは間違っているし、そもそも女性物の衣類なんてものが満足に手に入る環境ではなかった。

 かと言って港町まで出向けば舶来品が揃っているというわけでもない。他の大都市は《転移》を使わねば辿り着けない距離にあったし、そもそもそんな暇は欠片ほども存在しなかった。

 一日二日着けっぱなしにしたところで死ぬようなものでもないが、可愛い物を毎日取り替えて、きちんと洗濯をして……そういった日常は大事にしていきたい。例えスタンピード真っ只中の戦時下であっても。冒険者であっても。


(やっぱりこれ……ゴムだよねぇ)

 チューブトップのブラジャー。過去使っていたものと同じものが、同じお店に陳列されている。

 そう、チューブトップ。腹巻き型。伸縮性のある素材が一部に使われていて、多少動いた程度ではびくともしないと店員に力説されたのも過去と同じ。これを上下お揃いで大量に買い込むのもまた同じなのだが──ゴムなんだ、これは。そう称していいだけの機能を持っている。

 あまり詳しくはないのだが、地球においてのゴムは木の樹液、それの加工品だったはず。

(似たようなものが……あるのかな。これはちょっと、欲しい。製法が知りたい)

 馬車の車輪というものは木製がほとんどで、南大陸では金属製の物も普通に目にしたが、これ(ゴム)を使用した物は未だに見かけたことがない。


 紐が全滅してノーパンを晒していた聖女ちゃんや、眼前に並んでいる品々を見れば明らかなのだが、この世界のパンツは全てが紐パンだ。日本で赤ちゃんの頃から身に着けていたゴム製のそれは存在しない。ズボンやスカートだって、ベルトや紐で縛って固定する。

(ガルデを去る前に……何とかこれの正体を明らかにしたい)

 魔物素材であるとかないとか、そういったことはどうでもいい。有用なんだ、毒がなければ使う。例え気持ち悪い魔物の皮であろうと、内臓であろうと、お化けみたいな大樹の樹液であろうと。

 ミッター君とペトラちゃんの盾は、大根のゴムを使う前提で図面を引いていた。今でもゴムを充填できるスペースがある。

 ここの手直しもしたいところだけど──。

「まぁ、今はいいか。すいませーん! このサイズもの、在庫はどれくらいありますか?」

 リューンが呆れるような量の上下を買い込んで、追加の注文も済ませて──後の布石として──その日はそのままデートを続けた。

 当然、見るだけでは済まなかった。


 普段なら他所に宿を取ってリューンと──となるところではあるが、残念ながら今回はお預けだ。

 その後も色々とぶらついた後は暗くなる前に拠点としている宿へと戻り、おっさんを待ち受けてブツを受け取る。

「ほら、これらが頼まれていた地図だ。それに書き入れても、写しを作っても構わんが、ボロボロになっても原本は返してくれ。全てが終わった後でいい」

 苦節二桁年目にして、とうとう北大陸のマップを手に入れた。

 南大陸では当たり前のように配られていた地図は、北大陸では超貴重品だ。少なくとも南部、ガルデ近郊の物は。

 戦略的な価値とか、そういうのはよく分からないけど分かる。おいそれと詳細な物を外に出せはしないだろう。本来であればきちんと手続きを踏まなければ手に入らない代物だ。踏んでも手に入るかは知れたものではない代物だ。

「ありがとうございます。お預かりします。龍やスタンピードの情報もありますか?」

「ああ、それも持ってきた。これは写しを作らないでくれ。それとこの場で読んで返して欲しい。一応部外秘なんでな」

 普通の鞄から書類の束を取り出し、机に置かれる。フロンにも目を通しておいて欲しかったが、まだ外に出ているので、リューンに頼んで伝えてもらおう。

 おっさんがギルドの偉い人で助かった。ギルドの物ではない……お国の資料もあるようだが。

「分かりました。では失礼して──」

 おっさんはリューンの淹れたお茶を飲んで一服している。私達は気が利くのでお茶請けの一つや二つは当然のように用意してある。お酒は出ないけど。


 北大陸は平野部の多い土地だと思っていたが、普通に考えれば大陸が平野のみで構成されているわけがない。地盤が動いているのであれば、盛り上がって山の一つや二つあるのが普通だ。当たり前の話だと思う。

 北大陸にも当然のように山や山脈、山嶺といったものがあり、その多くは大陸中部に固まっているらしい。

 ──中部。中部だ。よりにもよって大陸中部。中央部。龍の住処とされる場所。

 件の龍はこの辺りを住処としていて、平野部や大陸の端っこなどには出てこないらしいのだが、ある時期を境に、この辺りにあるいくつかの山、その山頂を転々とするようになったらしい。

 一箇所に留まれば、そりゃあ討伐されるリスクが上がる。転々とすれば下がるだろう。翼と足の差は大きい。

 一箇所に留まれば、王様が言うところの眷属の生成効率も下がるだろう。素材はその辺の魔物だ。転々とすれば、その辺も……これはどうだろうね。そう上手く行くものかな。

 しかもこの荘厳な山々の麓は深い森で覆われているとのことだ。しかも瘴気塗れでゾンビの巣と化している。当然森の外にもゾンビは出ている。


「聡明なことで……頭を抱えたくなりますね」

 ただでさえ山だ。その上深い森ときた。天然の要塞を二重に乗り越えて、運良くエンカウントして、山の天辺で羽根付きを相手に、逃げられる前に倒さなければならない。

「知能は高いんだろうな。しかも特に規則的に移動を繰り返しているというわけでもないらしいぞ」

 おっさんは既に中身を精査し終えているのだろう、ありがたいことだ。

「山を登って待ち惚けを食らうのは面倒ですね。そこまで慎重な個体だと、冒険者を見かければそれだけで逃げる可能性もありますし、そうなれば追わなくてはなりません。山を下って登って……」

 修練にはなりそうだな。延々と山を駆け上がって駆け下りて、その後龍退治。リリウムはすごく喜びそう。

「知恵を付けさせるまで放っておいた……討伐できなかった国々の責任もあるが、問えはしない。──やれるか?」

 やれないとも言えない。可不可を冷静に判断しても、やれるだろう。だが正直やりたくない。めんどくさすぎる。翼と足の差は大きい。

 っていうかこれは、私一人で行かないとダメな予感がプンプンしてる。

 ──巣の近辺は瘴気がとにかく滅茶苦茶ヤバイレベルで濃く、大きな黒いスライムが多数蠢いているとのことだ。


 南大陸で養殖を試みた、あの黒いスライムが生えているかもしれないとなると、これまでの計画は全て見直さないとならない。

 あの餌場は瘴気が尋常では無いほど濃く、まだ仮説の域ではあるが、あのスライムは周囲の瘴気を集める性質を持っていると睨んでいる。

 養殖計画を立てる際だったと思う。あの時は餌場の近辺は魔物が少なくて安全かも! みたいな話で終わったが、ここではちょっと話が変わる。

 山々や麓の森まで含めて瘴気溜まりと化していて、龍の巣の近くに黒スライムが溜まっていることで、山頂の巣に近づくに連れて、それが濃くなっていく。

 普通ならこんな瘴気溜まりにまともな魔物は近寄らないが、今回は龍が謎の力で近辺の魔物を呼び寄せて、キメラゾンビ化させて放っているわけだ。森ならまだしも、山頂付近まで引き寄せていれば、このゾンビの多くは瘴気持ちと化している可能性がある。

 イノシシワニワイバーンゾンビの瘴気持ち。属性多すぎだろう……これはちとマズイ。穏やかな気性の瘴気持ちなんて見たことがない。そりゃ砦の一つや二つ諸手を挙げて落ちるだろう。兵隊さんは逃げていい。建物如きに耐えられるわけがない。


「──これ、下手したらドラゴンロードも瘴気持ちになっていませんか?」

「可能性は否定できん。発見時から当該個体は気性が荒かったらしいがな」

 ルナの中央二十五層に出没するヤツは戦闘意欲こそあったものの、結構大人しい。賢くはあったが、飛べはしなかったし……本当にこいつの上位種なんだろうか。

 あの層もそれなりに瘴気は濃かったし、ずっとそこにいて変質してはいなかったわけで……そもそも生き物が瘴気持ちになる仕組みは未だに解明されていないのだが──考えても仕方ないな、これは。

 そんなことよりだ。

「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか……困りましたね」


 普段から在野の魔物をきっちり掃除していれば、おそらくスタンピードなんてことにはなっていない。龍を倒せたかどうかまでは分からないが、接敵する機会は大幅に増えたことだろう。

 かといって殲滅してしまっても生態系が崩れるわけだ。難しい問題ではある。

 魔物の全てがゾンビ化してしまえば、それを殲滅し尽くしてしまえば、北大陸の生態系が崩れる。それはちとマズイ。いくら私でも理解できる。

 虫を鳥が、鳥を人が、人を狼が、狼を……だ。頂点に位置するのは何だろう。龍か、はたまたあの食いしん坊か。

 頭痛くなりそう。書類に目を通しながらも、空いたカップにすぐさまおかわりを注いでくれるリューンちゃんがいなければ放り出していたかもしれない。私よりよほど従者属性があるな、あやかりたい。

「あまり困っているようには聞こえねぇな……」

 ついでにお茶のおかわりなどを頂いているおっさんは、一人優雅にお気楽モードだ。こう見えて好きなんだろうか、お茶。

 外見から勝手にお酒派だと思っていたのだが、美味しそうに飲んでいる。

 単に美人(リューン)に手ずから淹れてもらったから、という線もあるな。スケベ。

「切羽詰まってはいませんが、困ってはいるのですよ。作戦を練り直す必要があります」

 困った。参った。リューンに捕まえてもらって、皆で囲ってフルボッコで終わりとしたかったのだが、どうやらそれは無理そうだ。

 リューンは黒スライムの瘴気溜まりに耐えられない。南大陸で私が封印されていた折、私から漏れ出ていた瘴気でも厳しかったとのことだ。餌場のそれは、あれの比ではないと思う。

 フロンも無理、うちの子達も無理、アリシアもきっと無理だろう。となると、巣に乗り込んで討伐というプランは廃棄だ。別の手を考える必要がある。

 私が一人で乗り込んで全てを片付ける──というのも、満場一致で否決されるに違いない。これは最後の手段だ、別の手を考える必要がある。

「別の手……別の手……うーん……」

 ないわけではないのだが、大きさ次第なんだよなぁ……やっぱり一度見に行くか。ここであれこれ考えていても始まらない。

(百聞は一見に、ってね)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「イノシシニワイバーンゾンビ」は誤字でしょうか [一言] ドラゴン退治、トントン拍子とはいかなさそうで楽しみになってきました。 リューンのお茶係の才能!メイド服みたいな衣装も好きそう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ