第二十五話
私の行動範囲は、都市の南側にある第四迷宮と、入ったことはないが第四の東側にある第三迷宮付近だ。第三付近まで出向くのはお風呂がある為。この辺りには魔導具を扱う店は少ないので、今日は中心部を主に見て回ることになるだろう。中心部にある第一、第二迷宮付近には都市の管理部や大きな店舗、郊外寄りにお偉いさん達の住居がある。そこから更に北にある第五、第六迷宮付近は南側とあまり変わらないらしい。
基本的に迷宮近辺に宿や飲食店街、武具店などが並び、そこから離れるほど住民の住居、北と南側の郊外には職人の作業場が目立つようになる。
今日は中心部付近の武具店や魔導具店を見て回り、その後服と日用品や保存食の補給、そして宿に戻るかそのままお風呂へ行って終わり。の予定だ。魔石の代金を受け取りに行くかはまだ悩んでいる。明日、買い出しの前に寄ればいいだろうとは考えているが。
中心部は大きな建物こそ目立つものの、群を抜いて賑わっているような感じではなかった。都市の中心になっている冒険者は全域の迷宮周りに散っているからなのだろうと思う。北と南からではそれなりに距離があるし、武器や防具の修繕にも中心部を訪れる必要はない。私に用はないが、夜のお店も迷宮近辺に多いようだし。
特に第一や第二迷宮が人気というわけでもなさそうだ。なのでたまに人とすれ違いこそすれど、中心部の早朝の通りはとても静かだった。
店の位置をおおよそ把握しながら辺りをぶらぶらとふらつく。こういうのも久し振りだ。こんなにゆっくりすることはこちらに来てからなかった。
そんな事を考えているといい時間になり、武具店を順繰りに見て回ってみることにした。
中心部の武具店は武器なら武器、防具なら防具、装飾品なら装飾品というように、扱うものがきっちり分かれていることが多い。その中に魔導具を扱ってる店もあるという感じで、北や南とは違い、魔導具ならなんでもごちゃ混ぜで扱うような店は稀有だそうだ。
私は武器を必要としてはいないが、興味も時間もあるしで一通り見て回ることにしていた。今は必要ないが、旅を続けるなら短剣の一本は持っていてもいいかもしれない。値段はピンからキリまである。小金貨数枚のものから大金貨十枚超えるようなものまで。やたら装飾が豪華でごちゃごちゃしたものも並んでいるが、こんなの売れるのか……。理解できない。実際に見てみるとあまり興味を持てなかったので、武具店は装飾品店と一緒に途中から無視し始めた。
一方で防具はとても参考になった。知らない形のものがいっぱいあるし、店毎に特色があったりして面白い。鎧専門店みたいなところとか、小具足を中心に扱っているところとか、女性用の胸当てだけを扱っているところとか……。靴も防具に分類されるような品は、やはりそれなりの値段がした。魔力を込めて脚力を上げるようなものから、蹴ったら火が出るとかいうものまで。脚力はともかく火はいらない。どれだけ有用なのかも怪しいし、何より宿に泊まれなくなる。
私に特に有用そうなのは、靴、脛やふくらはぎの防具、指や前腕の防具、胸当て。
強いて言えば有用かな、というのが太腿、腰回り、兜だろうか。
頭は守りたいが、視界を犠牲にしているものが多すぎて諦めた。フルフェイスヘルメットのバイザーまで鉄でできているような、全周が覆われているものだ。あんなのかぶって急加速したら何も見えなくなるし、加速と停止の反動で首をいわしそうだった。乗せるだけの王冠やサークレットのようなものもあったが、魔導具でもないあれらが何の守りになっているのかは最後まで理解できなかった。
いくつかの店を巡り、古いが大きめの防具屋へ入ってすぐ、視界に入った一足の靴に目が留まった。
ブーツというか、靴と脛当てが一緒になったような形のがっしりとしたもの。いや、言うほど大きくはない。脛当てが膝の辺りまであってしっかりしてるから大きく見えるだけだ。木や革ではない、おそらく金属製。脛当て部分を中心として、全体は白に近い真鍮のような色をしているが、靴の部分や紐の模様のようなものは白に近い銀のような色の部品で構成されている。綺麗だ。これすごくほしい……。
やたらと惹かれたが、カウンターの裏、その隅の床に無造作に放られていて、売り物のようには見えなかった。値段も付けられていない。
(売れ残りかな? 見たところ魔導具のようだけど、あんなに雑に扱われているものは今までなかった。聞いてみようかな。でも欲しがってると思われたら吹っかけてくるよね。確認だけして、すぐに目を切ろう)
そのまましばらく店内に陳列してある魔導具などを見て回り、カウンターの裏に綺麗に並んでいる商品を興味深そうに眺める素振りを浮かべながら、さも今気づきましたよと言わんばかりの態度で店員に声をかける。
「あの、そこの床に転がっている靴も売り物なのですか?」
「ああ、ええ……はい、売り物です。ただ、祖父の代からずっと売れ残っているもので、もう不良在庫ですね。かといって倉庫にもしまいこめないので……隅の方ではありますが置いています」
「なるほど、面白い形だったので気になりまして。どのような品なのですか?」
「祖父からは、古い時代に迷宮の宝箱から出現した魔導具だと聞かされていました。ただ、その……見た目以外がまるで駄目でして」
「と、言いますと?」
「そのままではとんでもなく重いんです。本当に、物凄く。防御力や耐久性は他に類を見ない程優れているらしいのですが、かかっている重量軽減の魔法が曲者で、勝手に発動する上にとにかく魔力の消費量が多くて。戦士にはまともに扱えないし、魔法師はこんなの履いたら魔法が使えません。床に転がしてあるのも、棚に置いたら棚と下の商品を壊すからです。私は魔力が弱いので、履いて動かすこともできずにあのままになっています」
防御力が高く、魔力こそ使うが重量軽減の魔法がかかる。おまけに靴と脛当てのセット? 一体型? だ。難点はボロクソに言われるほどただただ重いっていうのと、勝手に吸われる魔力の消費が多いこと。……これは私に打ってつけなのでは。
「ちなみにおいくらなのですか?」
「父はそのまま置いておけばいいだなんて言ってましたが、正直邪魔で……。昔は大金貨千五百枚を超えていたみたいですが、正直五十……いや、三十枚でも処分したいですね」
三十か、三十枚なら手持ちで足りる。五十ならこの話はここで終わりだった。今日のところは。
「そんな値段で処分して、お父様に何か言われたりは……」
「もう隠居していますし、そもそも存在も忘れていると思いますよ。それに今の店主は私なので、何も言わせません」
「なるほど……試しに足を入れてみたいのですが、よろしいでしょうか」
「構いませんよ、他にお客もいませんし。あちらからどうぞ」
カウンターの裏に入れてもらい、靴を脱いで片足を突っ込んでみる。大きさはちょうどいい、動いてみないと何とも言えないけど、足がズレたりはしないように感じる。
(仮に動かせたとしても、凄く無理をしてなんとかやっと動かせたかのような、そんな演技が必要だ)
片足を突っ込んで確認してると、両足を突っ込むと魔法が自動で発動すると教えてくれた。意を決してもう片方も靴を脱ぎ、足を突っ込むと魔力が吸われる感覚がして──。
「うっわぁ……これ、きっついですね……想像以上です……」
苦しそうな顔をして、なんとかやっと力を込めて動かせたかのような動作で足を少し引き摺る。気を抜いたら足が上がってしまう。不味い、これはきつい。
そのまま靴が上がらないように細心の注意を払って片足を引き抜いて魔法を切る。それを確認してもう片方も普通に引き抜いた。自前の靴を履きながら店員に声をかける。
「お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。魔力にはそれなりに自信があったので、もしかしたらとは思ったのですが……私には大金貨三十枚では後悔しそうです。見た目は凄く好みなんですけどね。もう少し安ければ家に飾りたいくらいです」
「あはは、気に入って頂けて嬉しいです。何なら、今日持って帰ってくれるのなら大金貨二十枚でいいですよ」
これ以上値切るのはきついかな、いけそうな気はするが、正直十枚安くなっただけでも十分だ、これ以上は誤差。腐っても魔導具なのだから。
「えっ、本当ですか? 本当に二十枚なら……うぅん。……うん、買います。お店に迷惑をかけずに持って帰ればいいんですね?」
「ええ、二十枚でいいです。二言はありませんよ。その代わり、不要になって売りに来たらあの場所まで戻してくださいね」
「ふふっ、分かりました、覚えておきます。財布を出したいのでここで外套を脱いでもいいですか? 魔法袋の中に入っているので」
「ええどうぞ。魔法袋をお持ちだったのですね。なるほど、それなら持って帰れるかもしれませんね」
ポンチョを脱いで鞄を降ろす。財布から大金貨を取り出してカウンターの上に並べて財布を袋に戻した。ぴったり二十枚。
「はい、確かに二十枚ちょうど、頂戴しました。お買い上げありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございました。楽しみができたと思えば、家までの苦労なんて何のそのです。ふふふっ」
「魔法袋に入りますか? 私は筋力もないのでお手伝いできませんが」
「気力も少しかじっていますので、袋に入れるのは頑張ればいけると思います。やってみますね」
そして時間をかけて靴を魔法袋に入れ一息つくと、ポンチョをかぶってそれを下から抱え込むようにして持ち上げ、店主に挨拶をして店をゆっくりと後にした。
掘り出し物だ。とてもいい買い物をした。が、行動には注意が必要だ。今、私はとてつもなく重い。この魔法袋には重量軽減がかかっていない。
このまま店に入ろうものなら床板を踏み抜くかもしれない。魔法袋にダメージがいくかもしれないし、あまり長い間中に入れておきたくもなかった。どこかで履き替えないと。……それと、宿だ。私の部屋は三階。履いている間はいいが、下手したら靴を脱いだ途端に床をぶち破って一階まで落下していくかもしれない。今も割と必死で荷物を抱えている。
(その辺で靴を履き替えるかな。今履いているのは、どうしよう……そのまま魔法袋に入れるしかないか。少し汚いけどしょうがないよね。タオルは持ってきている)
道端で靴を脱ぐのもあれなので近くの公園まで移動することにした。柔らかい土の上に深い足跡が続くが……幸い人もいない、咎められることもないだろう。
靴を履き替えると魔力を吸われ始めたのを感じる。だが、言うほど消費がきついようには感じない。吸われているのは確かなんだけど……。
そのまま動いてみたが、今までの靴よりも余程軽く感じる。これひょっとして、重量を零近くまで軽減してる……?
気力を切ってその場で飛び跳ねてみたが、跳躍力が異常になることはなかった。私の体重まで軽くしているわけではないようだ。
私の魔力がどの程度保つかも分からないし、今日は試しにこのまま履き続けてみよう。店の中でいきなり魔力が尽きたら……ごめんなさいしよう。
防具はとりあえず後にして服と日用品の買い出しを済ませて、時間が余ったら改めて見て回るか、靴の検証をしよう。
それと宿か。事情を説明して今日は一階に靴だけ置かせてもらうという手もある。気に入ってる宿だけど、最悪移動しないといけないかもしれない。
これまで履いていた靴をなるべく綺麗に掃除して魔法袋に突っ込み、細々としたものを買い揃えに戻ることにした。
石畳の上に戻って確認したが、靴音はそれ程大きなものではなかった。金属製にしては小さいので、魔法的な処理がされているのかもしれない。