第二百四十九話
「問題を起こすなと……言っただろうが……」
東の三層は王都の中でも、私にとっては特に馴染み深い区域だ。
よく利用していた宿があり、複数の食堂、それに何よりもお風呂が近距離に固まっている。中央に近いだけあって衛兵の見回りも多く治安は良いし、おまけに町中も綺麗だ。
港町から王都までの道中、拠点をどこにするかという話題が上がった際に、三人までもがここを希望したとあって、特に異論なく決定した。
そんな乙女プラスミッター君の園に、十は老けたように見えるおっさんがやってきた。
「別に起こしていないでしょう。王と普通に謁見をしただけではないですか」
既にお昼も過ぎている。仲間達は昼食を済ませていたので、私はリューンに狙われながら、適当に手持ちの保存食を齧っている。ルナから準備してきた、ショートブレッド系の、ちょっと賞味期限が危うそうな物を中心に。食べ物を無駄にしてはいけない。
「お前はっ! 一度っ! 辞書で『普通』と『謁見』を引いてこいっ! 今度ばかりはクビを斬られるかと思ったぞ……!」
辞書で引いても目上の人となんちゃらーみたいなことしか書いてないんじゃなかろうか。
とにかく連絡役に指名したことは無駄じゃなかったと見た。まぁこの程度でクビを物理的に落とすような国なら、この時点で話はお流れとなっている。
「胴に乗っているではありませんか。無事でよかったですね」
「お前……もう勘弁してくれ……」
机にへたり込んで死にそうになっているおっさんなど見ていても面白くない。そもそも何をしに来たんだ、もう予定が決まったんだろうか。
「そんなことよりも──私達はもう討伐に出てしまっていいのですか? 情報やら地図やら、他にも手配して頂きたい物資などがあるのですが」
流石に明日朝いきなりとはいかない。現状を把握する時間が欲しい。他にも準備がある。
「そんなことじゃねぇよ! はぁー……あー、それなんだがな……騎士団と合同で事に当たってもらいたいんだが……」
断るよな? と、表情が物語っている。気苦労に耐えないなこの人。
「当たり前でしょう」
まぁそれはそれ、これはこれだ。何を今更。分かりきったことを聞かないで欲しい。
ガルデの騎士団の練度は同行していた騎士の人達を見る限り、そう高いものではない。
ルナの中層以降で見かけた冒険者の方がよほど頼りになると思う。それくらいガルデは……上から目線で恐縮ではあるのだが、平和ボケしている。
イノシシワニや飛竜に黒豹といった魔物こそ現れたが、あれはイレギュラー。在野の魔物は基本的に大して強くはない上に、どこぞと戦争をしているわけでもない。そんな環境の上に胡座をかいて兵力を削りまくっていたわけだ。
龍の討伐後なら多少は面倒を見ることもできるかもしれないが、今は割と切羽詰まっている情勢下にいるわけで。正直余計なことにかまけている余裕はない。
そんなこと、言うまでもないと思うんだけど。
「王は姉ちゃんの意向を第一にはからうようにと仰せなんだが……騎士団がな、どうしても噛みたいらしい。騎士団長を覚えているか?」
「いえ、全く。お会いしたことはなかったはずですが」
「昇級審査の際に審判を任せたヤツがいただろう」
「審判がいたのは記憶にありますが、言葉を交わしたわけでもありませんし。顔も覚えていませんよ」
メガネがないんだ、そんな遠くの人間の顔をいちいち確認したりしない。
「サクラさん、えっと……ソフィアに呼ばれて依頼された仕事をお請けした日に、師匠の部屋にいらっしゃったのを……」
覚えてませんか? とペトラちゃんが表情で問い掛けてくるが、さっぱり覚えていない。
「東門の外の件だよね。あの日二人もいたんだっけ? 残念だけど、ソフィアが私を暇人扱いしてたってことしか記憶にない」
「げっ……」
覚えてるから。忘れてないからな。そういえばあの後お仕置きしてなかったな。後で仕置仕ろう。お尻ぺんぺんだ。可愛いお尻を桃になるまで打って、そのあと存分に撫で擦るのだ。吸い付きたい。ちゅっちゅしたい。
「審判をされていた騎士団長はガルデでも有数の実力者です。後進の育成にも熱心で、我々もお世話になったことがあります」
騎士学生組は知己のようだ。とは言ってもなぁ。
「その人、リューンよりも強い?」
「いえ、おそらくはリューンさんの方が……」
ミッター君は冷静だ。恩師とて贔屓目では見ない。
「リリウムと試合して、勝てる?」
「無理でしょうねぇ」
ペトラちゃんは冷ややかだな。こういう彼女は結構珍しい。嫌いなんだろうか。
「有数の実力者でそれなら、他の人員は足手まといにしかならないね」
「お前、それ外で言うなよ……」
リューンとフロンが静かなのは、この間にもちび助の共通語教室を開いているからだ。勉強熱心で大変結構だが、ちょっと聞こえてくる意訳に恣意的な感情が見え隠れしている。リューンちゃん可愛い大好き最強無敵だなんて誰も言っていない。言葉は正しく教えてあげて欲しい。
「騎士には貴族の出もいるのでしょう? もし子弟を亡くして、親族に恨まれでもすれば面倒ですから。やはりお断りしようかと」
「そりゃあ、そうだよなぁ……荷物持ちなんて名目じゃ納得もしねぇだろうし……はぁ、面倒くせぇ……」
「中間管理職というのも大変ですね」
「俺ぁ本来……いや、いい……」
ご苦労なことだ。
おっさんは帰っていった。私も疲れているし、あの人も余計に疲れている。とりあえず明日明後日と明々後日くらいまでは各々の準備や休暇に当てて、四日後にまた集まることになった。
ミッター君はともかくペトラちゃんは実家も近い。顔を見せに行く暇くらいはあった方がいいだろう。私も挨拶に向かうべきなのであろうが、今は色々と立て込んでいる。それは全てが終わった後にしたいところだ。
「荷物持ちに連れて行くとかなら、いいんじゃない?」
アリシアの共通語教室を続けながらリューンちゃんが話を始めた。即座にエルフ語と共通語とを紙に書き出して、それを比較させている。
「いいけど、それじゃ向こうが納得しないでしょ。雑に突っ込んでいくアホを守る気はないし、常にそれができるほど、私は全能でもないよ」
一人なら何とでもなるし、四人なら必ず守ってみせる。八人なら何としてでも──となるが、それ以上は流石にキツイ。私は引率の先生ではない。
「龍を引っ張って戻るにも人手はあるに越したことないでしょうが、足手まといは困りますわね」
「それさぁ……どうしても必要? あのアンデッドドラゴンの上位種なら真石になるだろうし、浄化しちゃわない?」
「ダメだ!」
「ダメだよ!」
「ダメに決まってますわ!」
ノーグッド三重奏だ。ハイエルフに挟まれたアリシアが、身体を硬直させて顔を引き攣らせている。
私もほとほと困り果てる。どうしてエルフは龍の首にこうまで執着できるんだろうか。
「姉さん、龍は金になる。ドラゴンロードともなれば、浄化品にしてしまうよりも圧倒的に高値がつくだろう。それに何より栄誉だ。エルフは龍を狩って初めて一人前とされるんだ」
「フロンなら龍くらい狩ったことあるでしょ? 迷宮にもいるじゃない」
真っ赤なドラゴンとかは過去の頃でもリューンは単独で狩れていたし、リリウムやフロンにしたって余裕で討伐できると思う。もう立派に一人前じゃないか。
「そうだが……違うんだ。分からないか? この浪漫が」
フロンが熱い。うんうんと、リューンも頷いている。エルフの浪漫か、よく分からないけど……古代のエルフからずっと変わっていないのかな、こういうところは。
それに金になるというのも尤もな話。魔物を浄化するという行為は、基本的にはあまり儲からないのだ。
一番最初にギースからも教わったことだが、普通は魔物は捌いて売ってしまうのが一番儲かる。非浄化の魔石も穿り出せば普通に売れる。
浄化術式で魔物が浄化品になるかどうかは、経験上ほぼ半々。失敗すれば魔石ごと死骸も消え失せてしまう。
二回に一回はタダ働きで、弱い魔物からは相応の質の魔石しか取れない。
ガルデ近辺の蛇などから取れる物は砂粒のような大きさだ。換金したことはないけれど、パイトでは数を集めないと対応してもらえない上に、仮にしてもらえたところで、一粒では銅貨の数枚にしかならないだろう。ならそのまま蛇を売った方がいい。種類にもよるが、蛇は食べられる。
私以外──リューンからアリシアに至るまで、全員解体の心得があるのは、できなければ駆け出しは特に、食べていけないからだ。
私不在の時には依頼の報酬だけではなく、きちんと皆、解体した物を売却することでも益を得ている。
無論金にならない種という物もそれなりにいるし、そういった魔物は人気がなく、当然迷宮の階層は閑散とするわけだ。霊鎧などがいい例だろう。
魔物の死骸はきちんと処理しないと査定が落ちる。余りにも酷いとゴミ扱いされてお金にならない。特に薬草の類などは、採り方一つで天地ほどの価格差が付くらしい。
それに、強い魔物からは有用な素材が得られることが多い。断熱飛竜の皮膜然り、白黒大根然り。魔導具とて別に金属と魔石のみで構成されているわけではない。武具にだって骨や皮を使用した物は多い。
ロードとまで称される龍だ、有益な部位があっても決しておかしくはない。それは理解している。
だから死骸を持ち帰るということについて、別にそれほど反対しているわけではないんだ。凱旋とかはしたくないけど。
「ペトラちゃんとミッター君はどう思う? 騎士団と組むとなると、ある程度は足並み揃える必要が出てくると思うけど」
過去、初めて出会った時……この二人は仲間達と言い争っていた。
冒険者と騎士の違いについてとか、そんなことを、大声で。冒険者なりのやり方を見習うべきだとか、何か色々言っていた。
仔細については、もうよく覚えていないけど……東の大通りとか、たぶんすぐそこの食堂でも、激論を交わし合っていたことは覚えてる。
(ん? 言い争っていたのはこの二人だけだったっけ。まぁいいや、とにかく──)
元騎士学生組で現冒険者の二人は今、はたして何を思っているのか。
「騎士団っていくつかあるんですよ。部署が違うというか……積極的に魔物討伐に出るところは叩き上げで精鋭が揃っているので、一人でイノシシワニの相手をさせるとかしなければ……正直足手まといとまでは、言えないんじゃないかなぁと……思います。話も通じますし」
「問題は、他の騎士団が出張ってきた時です。サクラさんも仰っていましたが、貴族の多い第一騎士団などは……はっきり言って、平民や冒険者を下に見ていますので……」
種族差別のようなものは少なさそうに見えるこの世界ではあるが、やはり上流階級と呼ばれるような人達には……あるんだろうなぁ。そりゃあるよね。
王族と貴族、貴族と平民。
南大陸でも皇帝は話の分かる人だったが、あのお姫ちゃんなどは普通に王侯貴族していた。そのように教育されているんだろう。
関わり合いにならなければどうでもいいので、あまり気にしてはこなかったけれど……いざ関わり合いになってしまうと、面倒なものだ。
「サクラさんは分かりませんが、他の人の指示なんて絶対に聞こうとしないでしょうね! 独断専行で足を引っ張るとか、普通にあり得ます!」
「それに、第三辺りと共同で向かえば……無理やり混ざってこようとするかもしれません」
それくらいは普通に強権でねじ込んできますと──苦虫をもぐもぐごっくんしたような顔で吐き捨てた。ペトラちゃんも力強く頷いている。
「まともな騎士団っていうのはその、第三騎士団ってところだけ?」
「そうですねぇ……第一は酷いです。第二はまぁ……半々でしょうか? 第三はまだまともですが、第四は成り立てや問題児に、冒険者上がりの再訓練部って感じで……歩調を揃えるとなると、余計に難しいと思います」
「自分達の知る限りではありますけれど、おおよそはペトラの言う通りです」
「なるほどにゃー」
にゃーにゃー。ややっこいにゃー。
話に入ってこれずにポツンとしている聖女ちゃんをお膝の上に召喚して、後ろから抱きしめてもたれかかる。温い。というか、暑い。
ちと汗臭いな、しょっぱくはないけど。──先にご飯とお風呂を済ませよう、今日はもう店じまいだ。
「それなりに意欲があって、それなりに実力があって、人格がまともな人だけ集めて連れて行くのが理想だけど……そう簡単にはいかないよねぇ。断ってもいいんだけど……まぁ、今は何とも言えないね」
ナゼ私のような高貴な人間が平民風情とッ! なんてことにでもなれば、私は騎士団を滅ぼすかもしれない。
流石に成果をあげる前に虐殺はマズイ。お爺ちゃんに怒られる。