第二百四十八話
「いかにも」
渋い。未だかつて聞いたことのないくらいに渋み全開の美声の持ち主こそが、このお爺さん──ガルデ王。
威厳とか、積み重ねてきたであろう王歴からくる王の風味、風格といったものが滲み出ていて、正直超好みだ。めちゃくちゃ格好良い。
この声のまま、あと四十ばかし若ければ、私は求婚に応えていたかもしれない。残念でならない。
現役なのかは知らないが、影武者ではない。《探査》できちんと調べはついている。この人はガルデさんだ。少なくとも王家の人間であることは間違いない。
生後間もない赤子を《探査》で覗いたらどうなるんだろうか。どのタイミングで名前がつくのか……少し興味深い。ペトラちゃん辺りが産むことにでもなったなら、調べさせてもらえないだろうか。
「それで、何の用かしら?」
後方がざわざわと騒がしい。いきなり魔法が飛んでくるようなことはないとは思うが、念のために保険は控えさせておこう。
「聞いてはおらぬか」
「おらぬのよ、これが。王様から聞けの一点張りでして、困っていたのです。知らぬ仲ではないのでついてきましたが、仕事内容の仔細も対価も知らされず、請けられるわけがありません」
私は高いのですから──と、溜息をつき、チラッと背後のギルマスのおっさんに視線を送ってみて、胃に二つ目の穴を空ける。
「──第一級冒険者に相違ないな」
もちろんそうだ。頷いてもいい。それで済む。だが何かこう……インパクトが足りない。
ここいらで度肝を抜いておいた方がいいんじゃなかろうか。私は結構サービス精神は旺盛だと思う。わざわざ出向いてあげたんだし。
おっさんの胃はもう穴だらけだ、一つ二つ増えたところで大差ない。
だからといってお城を破壊するわけにもいかないし、その辺の騎士と手合わせしてみせるのも面倒だ。
(んー……普通に見せるか)
ふかふか絨毯と大根サンダルの間に固めの足場を作り、身体強化を全力施した上で王様の眼前までダッシュしてみせた。五メートルも二十メートルも、私にとっては大差ない。
弾丸もかくやとはまさにこのこと。多少の高低差もものともせず、日々の修練で磨いた脚力と、その制動力とを遺憾なく発揮し、風圧がおヒゲと髪を揺らす。椅子もちょっと動いた気がした。これ固定されてなさそう。
そして偽装魔法袋からじゃーん! と、冒険者証を提示して、見せてあげる。
「ほらほら見て見て、これ、アダマンタイト。デコボコしてるけど、本物なんだよ?」
後ろから聞こえていた雑音が聞こえなくなった。またもや耳が痛いくらいに静まり返り、私の声はさぞ室内に響いてることだろう。コンサートホールではないけれど、どうにもこの部屋は音が響く。魔導具ではなさそうなんだけど──。
まぁ検証は後でいい。今は夏休みに会ったお爺ちゃんに宝物を見せびらかす孫のような笑顔で、どやー! としてみる。
(さて、いい加減お偉方が食って掛かってくるかもしれないけど……一番偉いのこのお爺ちゃんだしなぁ。この距離で私怒らせたら……下手したら王様死ぬもんね。誰も声をあげないかな)
「確と、認めた」
触りたそうにしていたお爺ちゃんに触らせてあげて、表面をナデナデされた後に一言、確認しましたの声があがる。相変わらず声がよく通るこの部屋の仕組みに意識が向くが、この興味は抑えておかねばならない。機会があったら調べてみよう。
ここに疑いを持たれたら、お爺ちゃんをかっさらって龍を退治しに行かねばならないところだった。とにかくこれで一安心だ。
(それにしてもどっしりとしてるね。いきなり冒険者が眼前に飛んできたら慌てふためきそうなものだけど……伊達に長く王様やってないな)
兵士がゾロゾロと流れ込んできたり、魔法の嵐が飛んできたり、貴族に『無礼者め!』なんて糾弾されることもない。割と好き勝手に暴れている自覚がある。なのに一切飛んでこない。
──アイオナでも思ったが、一級冒険者の肩書はちと強すぎる。そのうち今以上の面倒事に巻き込まれてもおかしくはない。盾であるうちはいいのだが──。
うちの年寄り組が揃いも揃って一級を目指しているという点にも深く関わってくるのだが、これをよく切れる剣扱いされては困るわけだ。特に人々に向けられるような状況に巻き込まれることだけは、絶対に避けなくてはならない。
そのまま王様のすぐそばの宙空に足場魔法で踏み台を作り、そこに腰を落として話を進める。目線は揃えた。
当然足を組み、肘を置き、自宅のソファースタイルだ。クッションも出せば完璧なのだが、そのくらいは自重できる。
「それで──私に何を望み、何を差し出すのかしら。私はお金にしか興味がないわ。単位は束、それの山よ。貴方は声が素敵だし、可能なことだけ請け負ってあげる」
不遜極める娘っ子に目くじらの一つも立てず、お爺ちゃんは少し考えるようにして視線をズラし、私の目を見つめて話しを始めた。
「龍は屠れるか」
「大きさにもよるわ。話に聞く限り問題はないと判断しているけれど、私に倒せなかったら、他の一級冒険者を全員集めるか……諦めて滅んで頂戴」
「然り。──不死龍の討伐、瘴気溜まりの排除、眷属の掃討……土石の提供は望めるか」
「用途によるわね。何に使うの?」
(……眷属? ゾンビのことかな)
「砦が多数墜ちておる。我が王都の外壁同様の、堅固な物が必要だ」
ただの岩では持ち堪えられぬ……らしい。
ここの外壁はゴーレムの素体と浄化橙石を使った、特殊な作りになっていると昔聞いた覚えがある。公共事業の一環で拡張を繰り返したとか何とか。
それなら別に売ってあげても構わないかな。お金稼ぎに使われても困るし、大量供出で相場がガタガタになったら他の浄化使いも困るだろうが、砦は必要だ。きっと。
……ただ、手持ち分で足りるのだろうか。在野の狼やゴーレムで土石を集めるのは効率が悪すぎる。
こういう時は権力だ。権力を使う。
「そうねぇ……その辺の魔物で集めるのは大変なのよ。お爺ちゃんのコネでパイトの土迷宮──第二迷宮を貸しきれないかしら?」
「可能だ」
「なら、立派なおヒゲに免じて、それも請け負ってあげてもいいわ。特別よ?」
浄化橙石ならそれなりに在庫を抱えているし、結界石も予備に余裕がある。ゾンビを燃やすのにも使わないわけで、放出しても問題はない。
(……いくらかここに置いていこうかな、空きができれば水樽の一つも詰め込めるし)
騒動が落ち着いてから建築するよりも、早めに準備に取り掛かれた方がいいだろう。このくらいはサービスしてもいい。
偽装魔法袋を介して《次元箱》から浄化橙石の詰まった金属箱を取り出し、適当にその辺に積んでいく。パイトにはデカイ土石を残すサイのようなやつがいるし、どの程度を要するのかは知らないけれど、一日二日専有するだけでもかなりの量が集まる。
ここでしばらく鳴りを潜めていた、王宮の近衛っぽい人達が慌て出す気配があったため、視線もやらずに一つインゴットを放って黙らせた。火石ならともかくこれは土石、別に爆弾じゃない。
「これは置いていってあげる。無限に沸いてくるわけじゃないから、大事に使ってね」
「かたじけない」
「いいのよ。連絡はそこのおじさんにお願いして頂戴。お腹が空いたから帰るわ」
やりたい放題だ。私だって本当は心苦しい。でもなりきってやらないと……私はヅカを目指すのだ。
それと──注目が集まっているうちにお貴族様達にも釘を刺しておこう。椅子から腰を上げて王様から距離を取り、声量を上げて宣言した。
「もし私や仲間にちょっかいをかける者が出てきたら──ガルデにそれはそれは酷いことをします。脅しではないので、覚えておいてくださいね」
魔法袋から適当な浄化蒼石を一つ取り出し、それを宙に放り投げ、近当てと《浄化》の技法で粉々にしてみせる。
ッパーンッ! と甲高い良い音を立てて、青色の粉塵が辺りに舞い散る。結構幻想的な光景だね。光が反射してきらめいて……綺麗だ。これで気温が下がれば大サービスなのだが、残念ながら天然物の魔石だ。そうはならない。
とにかく、これで脅しにはなっただろうか。脅しではないけれど。
こっそり変形術式を併用したのは内緒だ。粉々にならなかったら恥ずかしい。
お爺ちゃんに一つ手を振ってから、そんな粉末が舞っている通路を堂々と闊歩して、謁見の間と、ついでに王城を出た。
お爺ちゃんの部屋は奥まったところにあるから、外に出るだけで迷子になりかねないな……なんて思っていたけれど、迷うことなく無事脱出することに成功した。ぶいっ!
(おっさん達置いてきちゃったけど……まぁ、いいや。お風呂入りに行こうっと)
しかしなんだな、だんだん傍若無人モードが素になってきてるな……どうしたものか。
「狂人の真似とて大路を走らば──ってね。いつまで続けるべきか、どこかで是正するか……」
私なりの処世術ではあるのだが、皆の前でこれをやることになるかもしれないと思うと……正直気が重い。私は格好良く優しい、落ち着いた頼りがいのあるお姉ちゃん路線を目指している。イカレたワガママレディー路線を貫くと、そのうち皆の前でもこれが出てしまうかもしれない。
(他の同級冒険者達はどんなスタンスでいるんだろうね……)
フロンによれば、七人くらいは存命が確認されているとのことで、リューンは一級冒険者は世俗に関わろうとしない、枯れた老人のようだ……などと称していた。
北と西と、南とルナと、それなりに世界を回ってきたが、南大陸以外はろくすっぽ探索していないし、この辺の情報も全く持ち合わせていない。
「ハイエルフにいるみたいなんだけど……一度会ってみたいな」
会えなくても別にいいけど、ギルドや市井との姿勢……スタンス的な話だけは是非とも聞いてみたい。暇ができたら探し回ってみるのもありかもしれないな。
この立場を捨てるのが、一番手っ取り早いかもしれないのだけれども。