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第二百四十七話

 

「この子達は、ゾンビになってはいないですよね」

 今日も今日とてお待ちかねの休憩タイム。好物だというリンゴのような果物を皆に手ずから食べさせて、身体を撫で回していて思うのだが……この子達は、普通だ。

 全力疾走すればもうとっくに王都に着いている。そんな距離の街道を一刻程度の周期で走って休んでを繰り返している間中、ずっと馬達や在野の魔物──猪やら猪やらを観察していたが、至って普通に見える。《探査》でも特に異常を検知できない。

 私とて別に馬に心を奪われて脳天気にじゃれ合っていたわけではない。映画などではゾンビに噛まれたらゾンビになるなんて流れは定番だ。きちんと調査していたのだ。──ホントだよ!

「この馬達は馬房でしっかりと世話をされていますから問題は出ていませんが、この辺りにも稀に出没しますよ。北で放牧されている牛や豚などは、かなり酷いことになってしまったらしいです」

 若めの騎士の人が教えてくれる。依頼を請ける前に一度遭遇しておきたい。ガルデの北でならすぐに出会えるだろうか。

「なるほど。それも瘴気が悪さをしているのでしょうか?」

「いや、アンデッドドラゴンの仕業だろう。アレの影響で瘴気が蔓延していて、それで悪化はしているが……瘴気の影響で動物や魔物の類がゾンビ化したという事例は過去にない」

 おっさんも教えてくれる。この街道ではいつもおっさん連中に何かを教わっている気がするな……商会の人は元気だろうか。

 騎士の人は皆、おっさん扱いしたら可哀想なくらいには若い。


「その蔓延した瘴気とやらも、私が何とかしなければならないんでしょうね」

 実は私は瘴気を祓える。なんてったって法術師だ。私に刻まれている浄化の魔法術式には、一つ目の浄化パンチや三つ目の自浄以外にも、二つ目の機能として、対瘴気用の範囲浄化が実装されている。これはオミットされなかった。

 ──しかし一つ懸念がある。まだ一度も使ったことがないのだ。

(大丈夫。誰にだって初めてはある。よもやこのおっさんも、私がただの一度も経験がないだなんて……想像していないだろうけど)

 この術式が私のものになったのは南大陸を離れてからだ。あそこで試すことはできなかったし、ルナはそもそも在野に魔物や瘴気溜まりが存在していない。術式に魔力を通すことすらなかったわけだ。

「そうだな……対価を考えると頭が痛いんだが……放っておいても酷くなるだけだからな……」

「単位は束と山です。大金貨以外は一切受け取りませんので、そのつもりでお願いしますね」

 これで、出来ませんでした! なんて言い訳は効かない。やっぱりちょっと調査に出てくるかな……元凶の様子も確認しておきたい。

 頭を抱えたおっさんが一人でブツブツ言っているが、私の耳には入らない。ぼちぼち出発の時間だ。


「結局二人共……一度も乗らなかったね」

 王都に着いたのはそれから更に数日経ってから。その王都ガルデも傍目には、とてもではないけれどスタンピードでてんやわんやになっている情勢下には思えない。

 西門には普通に長蛇の列が並んでいるし、門の先に覗いている国内も、大層賑わっているように見える。人々の表情もそれほど暗くはない。

 港町同様、大陸の端はどこもこんなもんなんだろうか。情報が欲しい。切に欲しい。現状や地理の詳細なども含めてだ。

「日々の修練を欠かすわけにはいきませんもの。リューンさんは一度も走りませんでしたわね?」

「何よ! なんか文句あるの!? この脳筋! 気力お化け!」

「……私とリリウムは元気が有り余ってるだけだから」

 呆れ顔からプンスカしだしたリューンとドヤ顔のリリウムの対比は面白いが、あまり煽らないであげてほしい。


 うちの子達も走って休んでを繰り返していたが、これからすぐにでも戦場に赴くという覚悟があるのか、休憩多めで無理は極力避けていた。これが普通だと思う。

(まぁ、軽いマラソンくらいの速度だったし……これくらいなら参加して、少しでも生力育てて欲しい気持ちがなくもない、んだけど……リューンだしなぁ)

 剣を振ったりストレッチをしたり、そういった軽めの運動には割と積極的に参加するリューンちゃんだが、長距離マラソンや火炙りに氷漬けといった、身体をいじめ抜く修練は避けたがる傾向にある。

 着実に力になる上に、スタミナは大事だから、できれば一緒にやって欲しいんだけど……やる気がないのに無理強いしても仕方がない。

 最近は剣士というよりも、剣で自衛のできる束縛魔法師扱いでいいのではないかと考えている。それならリューンの持久力は十分過ぎるほどだ。

 誰しも得手不得手というものがある。魔法師に求められるものは魔力の格と器なわけで、マラソンできるに越したことはないが、無理に生力を叩き上げても仕方がない。

 総合力を求められる二つ持ちとはまた事情が違うわけだ。フロンがマラソンできなくても、それが彼女の評価を落とすことにもならない。アリシアにだってマラソンさせるよりも、毎日気絶寸前まで集中的に魔法を使わせ続けた方が得られるものが多い。

 リリウムは割と何でもできるようになっているから、仲間にも同じことを求めつつあるような、そんな傾向が見られる。

(私も気をつけないといけないな……それではいずれ破綻する。どちらが正しいとか、そういう話でもないけどね)

 まぁ、その辺は仕事が終わってから落ち着いて考えればいい。まずはその仕事を済ませなくては。

 国の方針なのか、私達もこの列に並んで順番を待たなくてはならない。馬達と戯れることができるので、退屈はしないのが幸いだ。


 ──当然ながら、この()達は私の子ではない。

 没収された。王都に入り、途中で仲間達と別れてお城へと直行し、荷台から荷物を回収し、このまま馬房に馬を預けると言う。ふざけないで欲しい。

 連れて行かれてしまう。可愛い可愛い私の子達が──。

 悪逆非道の限りを尽くす、ガルデを私は決して許さない。

「……私がいなくてもちゃんとご飯食べるんだよ? 生意気な貴族に酷いことされたら蹴っ飛ばして逃げてくるんだよ? その時は懲らしめてあげるからね? その時はちゃんと私が守ってあげるからね。南では公爵家を一つ潰したことがあるし、こんな国一晩あれば滅ぼせるから! 心配はいらないよ!」

 悲しい。出会いと別れは一体のものだ。分かってはいるが、せっかく仲良くなれたのに……これからだったのに……。せめて名前をつけてあげればよかった。だがそれをすると、この悲しみもひとしおになったであろうことは想像に難くない。

 この子達は強いし賢いので、ここで駄々をこねて飼育員さん達を困らせるようなことはしない。一つ顔をすり寄せ、悲しい眼差しをそっと隠すように閉じ、未練を断ち切るようにして……在るべき場所へと帰っていく。達者で暮らすんだよ──。

「姉ちゃんが言うと冗談に聞こえねぇんだよ! 面倒事になるから洒落でもそんなこと口に乗せるんじゃねぇ!」

 野暮な男だ、邪魔しないで欲しい

「──なぁ、今の……上に報告するのか……?」

「……聞かなかったことにしとけ」

 それに比べて騎士の人達は出来ている。雰囲気を壊さないで欲しいものだ。

「あぁ……さよなら……元気でね……」

 君達のことは忘れない。


「行っちゃった……。はぁ……」

 半身を失ったかのような喪失感に包まれる。溜息が止まらない。今から謁見だのなんだのあるらしいのだが……面倒くさいなぁ。

「それで、私も謁見とやらに参加しなくてはいけないのですか?」

「アンタがしないで誰が参加するんだよ……俺だけ行っても仕方ねぇだろうが」

 私も彼らを見習おう。ここでおっさんを困らせても仕方がない。未練を断ち切り、お城へ入ろう。

 とはいえ、今は普通の私服だ。リリウム謹製の大根白ワンピと白サンダル。

 サンダルは多少手直しが必要だが、今のところ機能に異常は出ていない。大根だけあってとても丈夫だ。

「先にお風呂で汗も流したいですし、着替えも済ませたいのですが」

 最寄りの町では入浴できたし、《浄化》があるので普段からそれなりに身綺麗にしてはいるが、仮にも相手は王侯貴族だ。それなりの格好というものがあると思う。そんな格好の服なんて持っていないのだけれども。

「分からんでもないが、既に先触れが出ている。汚れてもいないし、あれだけ馬塗れになっていて臭いもない、大丈夫だろう。今日は顔合わせだけだ、すぐに済む」

 このまま付いてきてくれ、と先導を始めてしまう。せっかちな男だ。大人しく後に続く。

「作法なんて知りませんよ」

 そういえば、騎士の人が一人いないな。気付かなかった。私がお別れしている間にとっとと行ってしまったんだろう。

「多少のことは大目に見てもらえるだろうよ、現王はその辺り寛容な方だ」

 いいこと聞いた。傍若無人モード全開でいこう。

 さっさと終わらせて宿に向かいたい。うちの連中は誰一人として付いてきてくれなかったんだ。迷宮産魔導具があると怖いのでリリウムには同行してもらいたかったんだけど──。

 きっと疲れたから明日にしてくれとワガママを言っても、もう聞き入れてもらえないだろう。延々と走ってきたのは誰だ。


 おっさんと騎士の人達に率いられ、豪華なお城へと足を踏み入れる。

 王都の中心に位置するガルデ王さんのお家、ここはそのままガルデ城、あるいは単にお城と呼ばれている。北大陸の南部にはここ以外に、お城扱いされる規模の建物は二つほどしかないらしい。

 なるべく早くこの辺りの地理も把握したいもんだ。地図は経費で出させよう。


 アイオナと違って空気が清涼に感じるのは、風が通っているからだろうか。城内だというのに、あまり重苦しい感じはしない。

 遠くから見ると大きくて立派なお城だなー、なんて思っていたが、ここは少し高めの土台の上に、お城がそびえ建っている。苦肉の策なのか、あるいはこういうのは当たり前なのか……見栄を張るのも大変だね。

 しかも階段を行ったり来たりと、大変中の仕組みがややこしい。子供は確実に迷子になるね、これは。

(そういえばアイオナって、空気の入れ替えどうしてたんだろう……あのドーム、開いたりするんだろうか)

 お城の中は割と代わり映えしない。無駄に贅を尽くされた見てくれだけの脆そうな甲冑とか、よく分からない絵画とか、まぁそんなもんが適当に並べられている。

 お城には鎧や甲冑を並べないといけないという規則でもあるのだろうか。こんなもん飾っていても仕方がないと思うんだけど。有事の際には着るのかな。


 日中から割と煌々と明かりが灯っていたアイオナと違って、それなりに自然光が入ってきているのが新鮮ではある。割と興味深いのできょろきょろしたいが、流石にその辺は弁えているのだ。視線は前に、背筋を正して堂々と歩く。

「何かジロジロと見られていますね」

「……頼むから問題を起こさないでくれよ……」

 きっとガルデの貴族とかお城の役人とか、そういった人達だろう。メイドは弁えたもので壁際で頭を下げて見送ってくれるが、どこそこからひっきりなしに視線が飛んでくるのが鬱陶しい。

「なるべく頑張りますが、保証はできませんね」

「……胃が痛くなってきた」

「ご愁傷様です」

 しばらく歩くと謁見の間であろう、大きな扉が見えてきた。こりゃ(おもて)を上げぃコースだな、お茶とお菓子は望めそうにもない。


 両開きの大きな扉を兵士が開き、一際広く、本当に無駄に綺羅びやかな一室に足を踏み入れる。

 テンプレだ。部屋の真ん中に通路があり、壁際に何か偉そうな貴族風の人間が並び、通路の奥の微妙に高台になった位置に、王冠を被ったお爺さんが高そうな椅子に腰掛けて待っていた。

(こういうのって跪かせて後から出てくるもんじゃないんだな……なんでもいいけど)

 貴族の人も、もしかしてずっと待ってたんだろうか。ご苦労なことだ。

(まぁ、そんなことはどうでもいいや……っと)

 アイオナの皇帝よりも更に年を食っている──六、七十はありそうなご老人。白髪に近い金髪は綺麗だな。

 ふかふかの絨毯の上を進む。私の前にはギルマスのおっさんが、途中までは両隣におっさんに同行していた騎士の人達が並んでいたが、おっさんが立ち止まると彼らも静止して、頭を垂れて跪いた。

 おっさんも跪いている。私は頭を垂れない。両脇の騎士達の身体が硬直したのが肌で分かる。

 そして堂々と、こちらを見下ろしているお爺さんに向かって歩を進め、ギルマスのおっさんの脇を通り過ぎ、腕を組んで、自分から声をかけるのだ。

「私を呼んだのは、貴方?」

 声がよく通るな。部屋の構造が特殊なのか、何かの魔導具の補助があったのか、あるいは物音一つ聞こえないと称していいレベルで、部屋が静まり返ったからか──。

 部屋の空気がピリつき、おっさんの胃に穴が空いた音が聞こえた気がした。幻聴であることを願っておこう。



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[一言] ギルドマスターの受難の日々は続く
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