表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
246/375

第二百四十六話

 

 私達が乗っていた魔導船には、ガルデの関係者の他にも、船底近くの大部屋に大量の冒険者が積み込まれていた。

 本来この船は私や関係者を乗せることなく、セント・ルナでの物資補給と冒険者の徴募が終われば取って帰る予定であったため、北大陸南端の港町──ルパでは予定通り、この冒険者達の受け入れ準備が整っていた。


 通常魔導船の大部屋というものは大金貨の一枚や二枚で乗れるものであり、とにかく金をケチりたい中堅の冒険者から仕方なく乗船している駆け出し、商隊の使用人や安く雇用された人員に至るまで、多種多様な人材がすし詰めにされている。

 私は未だに経験がないが、話を聞こうとするとかつて当事者だった面々は一様に瞳から光が消え失せ、物言わぬ置物と化してしまう。


「──どうするんですか、これ」

「……俺の仕事じゃねぇ」

 そんな大部屋の人員が全て下船したことを知らされた後、いつもより余計に騒がしくなっている港町へと繰り出そうとした我々個室組は、タラップにかけた足を止め、言葉を失った。

 今まさに南の島国から北大陸へとやってきた冒険者が徒党を組み、制止する役人らしき人材を押しのけて、ルパからの脱出を図っている。

 暴徒と化し、港町から方方へと散っていく冒険者達。多くは明らかにガルデではない方面へと駆け出している。

 彼らには支度金という名目で、ルナで大金貨数枚分の前金が支払われていたとのことだ。もちろんガルデの税金から。


「盗賊団にでもなりそうですわね……早めに始末しておいた方がよろしいのでは」

「碌なことしそうじゃないのは確かだけど……」

 猫袋から猫トンファーを取り出したリリウムと、腰の剣に右手を添えたリューンをミッター君が制止している。彼も複雑そうな表情をしているが……元は騎士志望の身だ。色々と思うことがありそう。

 大金貨一枚あれば、多くの公衆浴場で個人風呂を十時間借りられる。支度金がいくら支払われたかは知らないが、五枚もあれば、一日二日は酒場で遊べる。

 タダで船に乗れて、タダ酒を楽しんで……後はパイトかナハニアか。いいご身分だな、羨ましい。

「……俺の仕事じゃねぇ。どうすんだこれ……知らねぇぞ俺は」

 おっさんには騎士の人が同行している。そんな彼らも困惑こそしているが、下手人を取り押さえに出向くことはない。

「我々の任務では──」

「そうだよな、流石に──」

 この辺りには他の小規模な港町も、エイクイルという大きめの国もあるし、隠れる場所には困らない。

 しかももう少し先まで逃げられれば物流の中継地たるコンパーラがある。そこまで辿り着いてしまえば、街道は全方位に伸びている。あの辺りは森も多いし、もう追えない。

 というか本気で逃げたければ、この町にしばらく潜伏した方が良いんじゃないかと思う。騒動が落ち着いた後に、闇夜に乗じてどこぞに旅立った方がきっと確実だ。


 全ての冒険者が脱走を企てていれば話は逆に早かったのであろうが、まともな冒険者も相当数残っている。

 そしてそんなまともな冒険者達は、活気溢れる武器を持った同業者を追おうともしない。こんなことで怪我でもしようものなら大損だし、下手したら巻き込まれて取り押さえられかねない。

 そもそも彼らにも私達にも、そんなことをする義務も義理もないわけだけど。

 可哀想なのはルパの兵士やガルデの役人達だ。一部は取り押さえられているようだが、大半は既に町の外。ある意味優秀な冒険者達だったのだろう。

 仕事を放って捕まえに出るわけにもいかない。量が多すぎる。

「そういえば、貴方は冒険者ギルドのマスターでは。責任問題にならないのですか?」

「覚えてくれていたか。だが問題ない。奴らを徴募したのは国であって、ギルドではないからな。監督責任なんてもんが、俺にあって……たまるかぁ!」

 こんなにも天気が良いのに、局地的に暗雲が立ち込めている。自分に言い聞かせるようにして吼えたおっさんが悲惨なので、いじめるのは止しておこう。


「それで──私達はこれからどうすれば。走れと言われれば走りますが」

 気を取り直して……とりあえず北大陸に着きました。長い船旅お疲れさまでした。とりあえずこれからどうしましょう。マラソンがお勧めです。お嬢も屈伸運動などを始めている。

「馬鹿を言うな、早馬車を出す。おい!」

 このおっさん、実はガルデ所属の騎士よりも立場が上だ。いつぞやの昇級試験の折にも、騎士団長とやらにタメ口をきいていた。詳しくは知らないが、結構な身分なのかもしれない。

 慌ててどこぞへと走り出した騎士には悪いが、正直走りたい。その方が早い。

「走りませんか? 馬には悪いですが、乗るより走った方が早いです」

 そうですわ! と上がる声は一人分だけ。年寄り組などは露骨に嫌そうな顔をしている。

「何でお前そんなに走りたがるんだ……十分船で身体は動かしていただろう」

「時間がもったいないです。どうしてもと言うならば……従いますが」

 私がフロンを背負って、リリウムがアリシアを抱えて──アリシアは魔力が切れるまで飛ばせてもいいな。とにかく、馬車に乗るよりも走った方が早い。というかお尻と腰が死ぬので馬車になんて乗りたくない。

「何でそんなにしぶしぶなんだよ……従ってくれ、荷物もあるんだ……。──あぁ、これだな……これが冒険者だな……懐かしいぜほんと……」

 おっさんも若かりし頃には苦労したんだろうか。メンバーのワガママ、意見の食い違い、お上からの無理強い……心労お察しします。

「ゆっくり進むのであれば、先に魔石取りにパイトに顔を出したいのですが──」

「頼むから大人しくしていてくれ! 後生だ! なぁ!?」

 そんなに必死にならなくても私は逃げないのに。でもおっさんをいじめるのは止しておこう。魔石はあった方がいいと思うけど。


 私達は今回徴募された他の冒険者と道中行動を共にするわけではない。早馬車と荷馬車は明確に違うものであるし、そもそも他の冒険者達は馬車に乗って移動をするわけではない。歩きだ。

 魔法袋があるとはいえ、あの迷宮島から仕入れてきた荷物はかなり多い。道中の村や町に全員が泊まれるわけもないので、この辺りはずらして進むであろうとのこと。

 セント・ルナから調達してきた大量の物資が荷台に乗せられ、それの護衛も兼ねてガルデまで出向くわけだ。


 三頭引きの馬車を三台借りてきた騎士の人達と協力して、独自に仕入れてきたであろう荷物を流れ作業で迅速に荷台に詰め込み、我々も詰め込まれ、足早に港町を去る。

 既に日は天頂を過ぎているが、ここでゆっくりしている暇はない。走れば解決するのに──。


 馬はいい。可愛い。この世界の馬は地球のテレビ越しに見ていたものよりも大きく、身体つきもがっしりとしていて、とても頼りがいがある。

 そのくせどいつもこいつも可愛い顔をしているし、顔をすり寄せて甘えてくる子さえいるわけだ。

 今まで馬車や馬と接する時はほぼ全てが護衛仕事だったので控えていたが、今は違う。まだ違う。お姉ちゃんメロメロです。

 是非ともその背に乗せてもらいたい。一度でいい、一度だけでいいから!

 馬の負担を減らすという名目で、数人が疾走している馬車と並走している。申し訳無さそうな顔をして荷台の住人となっている騎士の人達は気にしないで欲しい。これも修練のうちだ。

 心なし、荷台を引いている馬達も活力に満ち満ちているような気がしてならない。人と並走するなんてことは滅多にないのかもしれない。

 だがこれが私の全力というわけではないのだぞ。いつか君達がその楔から解き放たれた時、スピードの向こう側を知るだろう。ついてこられるかな?

「……器用ですわね、舌を噛みますわよ?」

 馬を鼓舞しているのを聞かれてしまった。ちょっと恥ずかしい。


 エイクイルには立ち寄らず、道中の小さな村に寄ったり寄らなかったりしながら、コンパーラを東進して馬車は大きな街道へと入った。

 ここから今しばらくの間は野宿が増える。とはいえ、荷台に寝泊まりできる上に寝袋も毛布も完備してあるので、多少床が固い点以外は宿にいるようなものだ。夜番は騎士の人達と分担できるし、負担も減ってかなり気が楽である。

 お料理エルフとお料理騎士、それにお料理おっさんがいることで、手持ちの食料はほとんど減ることがなかった。調味料は場所を取らないので、かなり余裕を持ってへそくりとして隠してある。

「騎士の学校って、料理も必修なの?」

「いえ、そういうわけではないのですが……野営の訓練はしますので、それなりにできるようにはなります」

 ミッター君も先輩騎士達と一緒になって、捌いて焼いて煮てと、それくらいの調理は普通にこなしている。でも特に好んで……というわけではなさそうだ。お裁縫ほどの熱を感じない。

 一方同じ騎士学生組のペトラちゃんは……うん。捌けるだけで立派だと思うよ。


「よーしよし、今日も皆頑張ったねー、偉かったねー」

 本日も移動は終了。ご飯の前にうまうまパラダイスだ。尻尾を揺らしながら近寄ってきた九頭もの馬達に囲まれている。順繰りに撫でて回る。超幸せ。

 野宿はいいね、最高だね。ずっとこの時間が続けばいいのに。

「サクラさん、本当に馬が好きなんですねぇ……」

「馬からも好かれているな……すごい光景だ」

「結局皆懐いちゃったもんね。最後の一頭は粘ると思ったんだけどなぁ」

「かわいいです!」

「人柄の良さがよく分かるのだろう。彼らは賢い生き物だ」

「タラシですわね」

 何か色々言われているが、今はそれどころじゃない。馬、超可愛い。

 聖女ちゃんの言う通り、八頭までは初日の休憩二回の僅かな時間の間に一瞬でタラシ込めた。こいつらは超ちょろかった。半数ほどは最初からデレッデレだったくらいだ。

 ただ、一頭だけ妙に手強いのがいた。休憩の際もテキパキと食事や塩分水分補給を済ませ、一人で足を休めてジッとしているような……まさに孤高といった感じの、我は誰とも馴れ合わぬ系の子。

 先頭馬車の中央を率いる、リーダー的なポジションをしていた。体格は他の子達とそれほど変わらないが、体内に秘めたエネルギーが一際大きいような──そんな一味違う子だった。

「それが今や……見てよあれ、王都に着いたら泣くんじゃないの、あの子達」

 私は知っている。確かこういうのをツンデレと呼ぶのだ。普段ツンツンとしているが、落ちた時はデレデレの甘々になるのだ。

 身体をブラッシングしたり、マッサージしたり、水や餌やりを手伝ったり、語りかけたり、隣で眠ったり、併走したりと仲良くしていたら、程なくしてこいつも落ちた。まさに完勝だ。ご褒美がこれだ。うまうまパラダイスだ。

 前後左右、余すところなく囲まれている。馬はコウモリと近縁だとか言うし、私はひょっとしてコウモリ……吸血鬼なのかもしれない。

 流石にこの情勢下で血を抜くのは自殺行為なので控えている。冷凍庫も冷凍乾燥ミイラに場所を取られてしまっているし。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] かわいいかよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ