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第二百四十二話

 

 今回の船旅は他のお客さんがいないので、船の航行に影響のない範囲でなら、これまでと比べてかなり自由に身体を動かすことができる。

 身体強化全開で戦闘行動を取れば甲板をぶち破って船が沈みかねないので、ある程度の自重、制限を掛ける必要はあるが。

 きちんと許可を取り、時間と場所を選び、うちの子達が身体強化の習熟訓練に明け暮れる程度であれば、何ら問題がない。ちび助が魔法を水平線に向かって乱射するのも、これまた問題がない。


「……相乗作用があるって言ったでしょ? 気力と同じ膂力を出したつもりでも、併用すれば単純に加算する以上の力が出る。剣を振った時、力強く踏み込んだ時、上から受けられた時は特にだけど、身体の各部位にかかってくる負荷は相当なものになる。ぬかるみ踏むんじゃないんだから、物理障壁が割れない限り、その辺の反動は全部、ダイレクトに身体に返ってくるからね」

「はい……よく理解しました……身体で……」

「色気出さずに、まずは負荷を徹底的に抑える設定を見つけて、それに慣れな。一振り毎に骨折して治癒かけるのは──大剣使いなら面白いかもしれないけど」

 陸地に居た頃に一通り扱いはリューン先生から説明を受けていたはずなのだが、対人戦闘の訓練中にまずペトラちゃんがやらかした。

 彼女は器用だ。戦巧者だ。細剣と盾、足場魔法に気力の身体強化に加え、ドワーフの身体強化術式を用いての擬態や戦闘行動も、三人の中では一番早く実用レベルに仕上がった。元々気力とドワーフの身体強化は同じ感覚で使うことができる。気力使用時にもできていたので、併用しての擬態も、技術的にはそう難しいことでもない。

 やっていることはハイエルフの身体強化を除けば私とそう変わらない。持って生まれた戦闘のセンスは間違いなく私の上をいくと思う。

 ただ、彼女には弱点がある。三人の中でも最も魔力の器が小さいのだ。ヴァーリルで出会った頃はソフィアの方が下にいたが、今は逆転されているという。

 使用できる魔力量に天地程の差がある上に、切れ味強化や剣身保護、足場魔法にも魔力は使うのだ。私のように最高強度をかけっぱなしにすると、一瞬で魔力が枯渇してしまう。

 なので、戦闘中に身体強化のレベルを上げたり下げたりしながら、魔力を節約しつつ戦うという発想を持ち前の器用さでこなそうとして──やらかした。

 一瞬だけならいけるかも! 反動を抑えれば魔力消費が減るのではないか! と試して、腕の骨が折れた。


 青い空、白い雲、剣を鞘にしまうこともできずに……折れた腕をかばうようにしてうずくまっている少女。

 彼女も冒険者だ、それなりに怪我や痛みとはお友達であろうが、己の膂力で身体を壊した経験は、もしかしたらなかったのかもしれない。

 泣き言も悲鳴も上げず、半笑いで冷や汗を流している。声を出すのも辛そうなところをみるに、どう見ても折れている右腕以外にも、かなりのダメージが残っていそうだ。

 ソフィアを探しに行ったミッター君が戻るまで、今しばらく我慢していてもらおう。私には見ていることしかできない。

 私も昔は霊鎧をギリギリ一撃で倒せるレベルで……といった具合に調整していたりもしたが、常に全力を出さないと格が育たないので、最近は専ら使用する術式の数で調整するのみとなっている。

 ──反動を抑える力を筋力の強化に回したことは、流石になかったけど。


「ペトラちゃん、またやったの……? もうっ、あんまり折りすぎると太くなるよ?」

「ごめんよぉ……」

 船内を走っちゃいけません! とお小言を漏らす先生は居ない。床を踏み抜かない程度の勢いで駆けてきたソフィアにお小言をもらいながら、治癒で即座に完治する骨折。本当に便利なものだ。

「ソフィア、腕だけじゃないかも。肩を重点的に、全身診てあげて」

「はい! ──どう、まだ痛いところある?」

 怪我の程度にもよるが、治癒はそれなりに魔力消費量の多い魔法だ。全身をくまなく治療となるとかなり魔力を使うはずだが、なんてことないかのように、ケロッとしているのが頼もしい。

 どのような内容の修練をしているかは知らないが、フロン先生の魔力増強訓練によって、聖女ちゃんの魔力は格も器もかなり増大しているようだ。この娘は晩成型なのかもしれない。

「お前、リューンさんにあれだけ言われていたのにまたやったのか……何回目だ、これで」

「今日は行けるような気がしたんだよぉ……」

 日によって骨や関節の強度が上下するなんてことはないと思う。検証しようとも思わない。

 魔力面はミッター君が格も器も一番優れている。ペトラちゃんとソフィアの格は大体同じくらいで、器はソフィアの方がちょっと大きい。使い方はペトラちゃんが一番上手かもしれないが、こうして見るとバランスが取れているようで個性があるというか……面白いものだね。

「硬い敵に接触すると反動はもっと増えるわけだから、捨て身はお勧めできないよ。設定の一つとして持っておくに留めておくべきだと思うね」

 得物の違いもあるだろう。私の十手はゴーレムをぶん殴っても手のひらや手首にダメージを残さない。大根のゴムを使うことができていれば……残念でならない。

 彼らの黒い魔導剣も細めの柄に断熱飛竜の革を巻き、その上を白大根でグルグルと覆っている。以前よりは握りやすくなっているはずだが。

 それよりも、そんなに言うほど何度も折ってたのか。骨折は癖にならないと思うけど、脱臼は癖になるから……止めさせた方がいいな、こりゃ。


 私達に魔改造される前のミッター君は、良くも悪くも特徴のない、ザ・オールマイティといった感じの戦闘スタイルをしていた。

 普通のサイズのロングソード、普通の盾、普通の革や金属の部分鎧に気力の身体強化といくつもの放出魔法を揃え、剣で斬り魔法を撃ち、足で避け盾で受け、堅実に冷静に立ち回る。これはこれでこの世界のスタンダードだ。

 それが今や攻撃系の放出魔法を完全にカットして、魔力面は身体強化に索敵、それに『瞑想』なる術式を組み込むのみとなっている。

 瞑想と言えば座禅を組んで目を瞑って精神統一……みたいなものを思い浮かべるが、これは何やら、自身の体内で魔力を練り上げることで、その自然回復を強く促す術式だそうな。座る必要も目を瞑る必要も足を止めて精神を統一する必要もないという。これは意思伝達に不備があると思う。


 術式に魔力を通している間は自然回復をしないものだが、昔フロンとお揃いで使っていた銀色のネックレスを身につけている間だけ、そのルールを無視することができていた。

 これは自然回復する以上の速度で無理やり魔力を回復させるといった性質のものなわけで、この術式を魔導具化すればお手軽にあれを再現できるという……ことにはならない。

 施術したフロン先生によれば、私は瞑想術式を使うよりも、自然回復に任せた方が回復量が多いだろうとのことだ。器の大きさに対する割合回復ではないのだろう。

 しかもこれ、やたら魂を専有するスペースが広いらしい。ミッター君はこれのために、所有していた術式の大部分を消すことになってしまった。

 わんこレディー達は格が足りていないので、これをお揃いで刻むといったことはできていない。

 この瞑想魔法を四六時中使い続けていれば、魔力の格と器がグングン育つ──なんてことも、残念ながらないらしい。世の中そう甘くはないね。


 とにかく、ミッター君は堅実、堅牢さに振り切った。瞑想術式を使い続けることで大幅に増える魔力を下地にして、常に身体強化と索敵を使って前衛の盾を務め上げるスタイルに移行したわけだ。

 この船旅が終わる頃には、長めの黒いロングソードに大型の黒いスクトゥム状の盾。黒いイノシシワニと断熱飛竜の皮膜を使ったお手製の鎧を始めとした堅牢な全身防具が揃い、これにリリウムがお茶目で黒大根の外套まで拵えたものだから、何かもう……悪役そのものの見た目になってしまった。

 見えない部分には女物のデザインの空調アクセサリーが身に着けられていたり、兜を取れば厳ついながらも結構可愛い顔をしているのだが──図体は(ひと)種にしてはでかいけど──外からは魔王か、その幹部のようにしか見えない。

 ハイエルフの身体強化に対する適性があればより一層磨かれたのであろうが、ないものはない。仕方がない。


 そんなミッター君達と、甲板で仲良く遊んでいる。骨折を治したペトラちゃんの足場魔法を利用したミッター君を私がボッコボコにし、彼がそれに耐える訓練だ。無論反撃もありでやっている。

 ペトラちゃんの足場魔法でミッター君は空に浮いていて、私は当然常に宙にいるわけで、甲板に対するダメージはない。

「ペトラ! もう少し強度を上げてくれ! 足場が破れる!」

 怖いんだろうか。無理もないかもしれない、下は海だ。万が一にも船を壊すわけにはいかないものね。

 洋上で訓練をすると言い出した私に信じられないものを見るような表情を向け、それが冗談でなかったことに、彼は何を思っただろうか。

「これ以上はきついよ! 何とか受け流して!」

 怖いんだろうか。お船の上のペトラちゃんも必死だ。操作をミスったら幼馴染は沈んで死だ。いや、ただちに死にはしないだろうが、装備の重量からして浮かぶのは至難の業だろう。流石にその時は助けるけど。

「無理を言うな! もうやっているし、これ以上は無理だ! サクラさんの、馬鹿力を──」

 ──おっ? 本音が出たな。そうかそうか。こんな可憐な乙女に対して馬鹿力などと……教育が必要だね。

「女性に対する態度がなってないなぁ。紳士じゃぁ、ないなぁ」

 こっち来んなと言わんばかりに繰り出される長めのロングソード。もうやめてくれと言わんばかりに押し出される大きな盾。それを打ち払い、上から下から、左右にと、規則性を持たせずに延々と十手を当てて、容赦なくしばいていく。

「す、すいま……せんっ!」

 しかし、上手くなったもんだ。技術的には喋りながら相対できるようだし、それなりに余裕があるんだろう。

 やっぱりオーダメイドに近いと、扱い易さはダンチなのかもしれない。近当てやら三つ目の身体強化やら色々と封じてはいるものの、しっかりと受け、流し、捌いている。

 大盾と長めの長剣の相性はいいな。これが槍なら、崩すのも容易なのだが。

「お姉さーん! 頑張ってー!」

 これで二対二だ。聖女ちゃんの応援、まさに百人力だね。二対百二なら負ける要素はないのだが、調子に乗って全力を出すわけにはいかないのがむず痒い。

 北大陸に着くまでに何度か海に落ちたが、彼はどうやら泳げるらしい。



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