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第二百四十一話

 

 荷物の整理は終わった。準備も万端のはずだ。

 家に残されているのはベッドのような家具や魔石炉といった旅に必要のない物ばかりで、他はおおよそ次元箱と十一枚からなる魔法袋に収納されている。

 結局リューンちゃんのお洋服は全て持って行くことになってしまった。リリウムばっかりずるい! と半泣きで懇願されてしまったわけだ。

 結果家にはほとんど物が残されていない。鏡も当然全回収してある。


 水樽や塩に保存食、下着系やタオルに毛布も十分過ぎるほどに取り揃えた。テントや雨天時に活躍しそうなタープもきっちり用意してある。何かと便利な縄の類も十分過ぎるほどに確保してある。

 後は船の中で飲料水生成の魔導具や白大根製の防具をいくつか作って、それを使ってもらえば……道中の不安要素はかなり少なくなる。

「家の権利の延長はしてもらったし、忘れ物もない、よね……これで大丈夫だよね」

 最終確認を、メモを見ながら一つずつ行っていく。見落としはないはずだ。所有権の失効でお家がなくなったら困るので、誰が依頼をしたのかしら? といった態度で商業ギルドに大幅に期限を延長させた。

 アリシアがお料理エルフだと判明したことで、鍋やヤカンといった調理道具も一通り揃えて持ち運ぶことにしたし、野外炊飯も……。

「薪とかどうだろう、要るかな?」

 浄化赤石の在庫や、それらを利用するコンロの類も所有してはいるが、お肉同様にこれも現地調達できるに越したことないだろう。ただ私はキャンプの経験なんてそう豊富ではないわけだ。薪の良し悪しなんて分かるわけもない。

「薪はわざわざ準備しなくても、生木をフロンに乾かしてもらえば大丈夫だよ。余裕があったら道中拾っておいてもいいかもしれないけど」

 家屋の戸締まりも既に確認してある。とはいえ……侵入しようと思えば泥棒に入ることは容易いだろう。盗る物ないけど。

「じゃあ……これで大丈夫かな? 何か見落としないかなぁ……不安だ」

 いざとなったら火炎放射器でバーっと乾かしてしまえばいいか。やっぱり火炎放射器は良いな、最高だ。

「大丈夫だよ! これだけ備えて何とかならなかったらもう、どうしようもないって」

 何とかならなかったら困るから不安になっているんだけど……リューンはお気楽だなぁ。私が神経質なだけなんだろうか。

 服を置いて行かなくて済んだのがよほど嬉しかったのか、今日はずっと上機嫌だ。何度でも言うが、遊びに行くのではない。


 船に乗ってばかりいる気がする。この世界に来るまで船での旅行経験が全くなかった私も、これでもう……何回目だ? まぁ、そのうち二桁の大台に乗るだろうことは想像に難くない。

「また半年拘束されるわけだけどね……」

 準備や手配に奔走し、船は北大陸へ向けて出航した。してしまった。もう後戻りはできない。

 依頼を請けなければよかったとか、一人で突っ込めばなんて後悔ではなく、これからどうするかを真剣に考えなくてはならない。

「いいじゃない。船に乗ってればサクラとゆっくりできるから、私は好きだよ?」

「やれることがあるだけ、昔よりはマシだけどさ……」

 家にいるとゆっくりできないとか、どこぞのお父ちゃんみたいだな。確かにルナはゆっくりするには不向きな土地かもしれない。迷宮はともかく家に炉も備え付けたことで、やりたいことが際限なく増えていっていた。

 でもどれもこれも必要な物事だったし、そもそもゆっくりするにはまだまだ課題が山積みになっているわけで。

(──隠棲してもいいって言ったのに。いつになったらできるんだろう)

 さて、これからどうしたものか。


 借り上げてきたのか所有しているのか、とにかくガルデの人員が乗ってきた、魔導船のそれなりに豪華で広い部屋を貸しきってもらって、我々八人はまたもやセレブ旅行を楽しむことになる。今は固まって置物と化しているちび助も、そのうち慣れるだろう。

 なんと今回は個室利用者が我々以外にはガルデのギルマス組しか存在しないらしい。網にかかった冒険者は下の大部屋に大勢詰め込まれているとのことだ。

 ──それは、大した冒険者が捕まらなかったということも意味しているのだが。

 そのギルマス組とも部屋が離れているので、会う機会も少ないだろうと思う。食堂も分かれていることだし。あのおっさん達は、広い食堂を独り占めできるわけだ。よかったね。

 ただ経費節約だか何だかは知らないが、立派なのは調度品だけで、果物も並べられていないし洗濯やシーツの交換頻度なんかも落ちるらしい。

 食事も普通の物で、お酒飲み放題のサービスもないとのこと。一部から悲鳴があがっていた。

 戦時下と称しても決して過言ではない状況なわけで、当然だとは思う。きっとルナで物資の調達を行うのも目的の一つとしてあったのだろう。それを食い荒らしていたら世話がない。

「ソフィア達は遊びに行きたかったら行ってきていいからね。でもここには絶対に連れてこないで。用があるなら私が出向くから」

 当たり前の話かもしれないが、あのギルマスのおっさんもその連れも、危険な南大陸まで私を探しにいくつもりであったわけだ。

 それならば一つ二つ持っていてもおかしくない。迷宮産出の魔導具を。

 今のところリリウムセンサーには反応していないらしいが、彼らが使っている魔法袋は迷宮産出の品で間違いない。うっかりどこぞの神にでも私の存在がバレたら困るので、正直近づいてきて欲しくないわけだ。

 事が事だけに、どこぞで神器クラスの魔導具と鉢合わせる可能性も十分にある。部外者は完全に排除していきたい。


(触るな、使うな、集めるな……だったはずだから、近くで聖剣ぶん回されてもそれが即死亡に繋がるってことはないと思うけど……そもそもなんで私は死ぬんだろう。毒なんだろうか。リリウムが『ぐにゃぐにゃ』を握ったら分からないけれど、リューンが元祖『黒いの』を振っても……大丈夫なのかな)

 万全を期すために一切を排除しているが、私以外……エルフ組やわんこ組が使っても問題ない確証が得られれば、解禁してもいいのではないかという気持ちは正直なところ……ある。

 リリウムはともかく、リューンは括りの上では他人のはずだ。時間遡行に巻き込まれているわけで、わんこ達ほど明確に他人と断じられるかは怪しいが。

 それも確証が得られない以上、仮定で動くわけにはいかず、現実は何も変わらないわけだけど……本当に、何で死んでしまうんだろうね、私は。謎だ。

 すね当てもメガネもワンピースも、再現が難しい。だからといって、その場で足踏みしているわけにはいかない。一歩ずつでも改善へと向かわなくては。


「お姉さん、何を作ってるんですか?」

 船がルナの港を出てしばらく、早速物品の制作作業に入った面子に珍しく混ざった私のそばに、可愛い癒し系わんこが寄ってきた。ご存知聖女ちゃんだ。

 フロンがいつものように机上で部品や術式とにらめっこして、ミッター君もいつぞや渡したイノシシワニの革を使って防具のバージョンアップ作業に取り掛かっている。リリウムも乗船早々道具を広げ、裁縫作業に没頭している。

 リューンは朝が早かったせいか、二度寝しにベッドへ向かってしまった。ペトラちゃんはアリシアと遊びに行っている。必死に片言と手振りでコミュニケーションを取ってる姿は大層愛らしいのだ。

「これはねぇ、遠くを見る道具」

「遠くを……ですか」

 きょとんと、よく分かんない! みたいな表情を浮かべている。キュートだ。ベリーキュートだ。


 いつだったか……ちび助以外の面子で迷宮に入る前だったか。作っておいた、円柱のアダマンタイトの筒。パイプを覗いてみても、等身大の可愛いソフィアが見えるのみだ。

「これにね、こう……ちょちょいと、こういう形のレンズを嵌めてね──」

 抜群の透明度を誇る私の浄化真石。アリシアの杖を作ったことで絶望的に目減りしてしまったが、他に使う予定もないし、いざとなったら力技で霊鎧を狩りに行けばいいので、残りは工作で消費してしまうことにした。

 それをちょちょいとレンズ状に加工して、両端にくっつければ……まぁ、原始的なそれができる。

 完成したそれを眺めて、頭上に疑問符を浮かべているソフィア。見ただけじゃ分からないか。私も知識がなかったら、これを外から眺めても……何かは分からないだろうし。無理もない。

 本当は別の目的のために作った素材なのだが……まぁ、いいだろう。凹凸レンズの加工など、魔石であるならば容易いものだ。

 レンズの倍率など詳しく設定できはしないので、ちょうどいい塩梅を手探りで見つける必要がある。

 いくつか加工して、席を立つ。わんこを連れて屋上に上がろう。今ならまだ、ルナが見えるはず。


「わぁ……!」

 感嘆の声が漏れた。いつも思うが、本当に可愛い声をしている。鈴を転がすような。

 厳しい寒さが過ぎ去りつつある青空の下で、美少女が顔をキラキラさせているのは大層絵になる。額に入れて飾っておきたいくらいだ。蝋人形にして次元箱にしまっておくのもありかもしれない。

「太陽や強い光源は見たらダメだよ、目が焼けるからね。──どう? ちゃんと見える?」

「はい! これ凄いです! 港が……町が……ハッキリ見えます!」

 キャッキャとはしゃいであっちこっちに顔と視線を動かす可愛いわんこ。柵がなければ落ちてるな。可愛さが天井知らずだ、チャーミングでならない。

 ともあれ、ひとまずは成功か。ダメだった分のレンズは再調整して……索敵のお供に用いてみよう。

 自分でも覗いてみるが、離れつつあるセント・ルナの様子がくっきりと見える。魔力や神力の節約には一役買ってくれそうなものができた。接眼レンズの方をもっと細くできれば握り易くてよかったのだが……残念でならない。

 過去使ってたメガネはこういった仕組みの物ではないはずだが、とりあえずの間に合わせ、代替品の確保には成功した。

(ただ、暗視がなぁ……これも常に身につけられる物でもないし。フロン任せになってしまって申し訳ないんだけど、こればかりはどうしようもないね)


 迷宮産魔導具の産出の仕組みとか、調べてる人がどこかにいないものだろうか。

 迷宮が神の恩寵であるならば、どこぞに私の女神様の迷宮があって、そこを漁れば女神様の遺品が出てくるとか……夢があるんだけどなぁ。

「どこにあるんだろうね、ほんと」

「何がですか?」

 おっと、口に出てしまっていた。なんでもないよーっと頭をくしゃくしゃにしてごまかし、やめてくださいよー、とじゃれ合いながら部屋へと戻る。

 こんな扱いをされていても、手を振り払うどころか身体をすり寄せて甘えてくるのは……いくつになっても可愛いものだね。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「蝋人形にして次元箱にしまっておくのもありかもしれない。」はさすがに笑ってしまった。美少女コレクターかな? 拙いですが伸びてほしいのでレビューしました。 未来永劫生きる(予定)主人公に完結…
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