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第二百四十話

 

 最近馴染みになった近場の飲食店に鍋を次々に預け、塩気たっぷりの具沢山スープを色々と注文してから迷宮へと向かう。

 何十人分になるか知れない量の汁物を鍋持参で注文していく私は一体何だと思われているのかは興味深いが、今はそれどころじゃない。

「灯りと熱源と……火炎放射器使うかもだし風石も多めに確保しておいたほうがいいな。サクサク集めていかないと」

 浅い階層の魔石は質はともかく大きさに難があるので無視。他の冒険者の邪魔をしても悪いし、浄化している場面は人に見られたくない。

 光石を集めるために多少寄り道をする必要があるが、必然的に北西のカマイタチゾーンから幽霊大鬼ゾーンを経由して、北東の六十層から浄化赤石を回収するといういつものルートを採ることになる。土石も結界石になるのでいくらあっても困らない。

 そしてそこまで出向くならついでに大根を……確保しておきたいところなのだが、今伐採してしまうと、旅の最中に腐り始めるわけだ。

「あー……大根部屋の大根どうしよう……置いていけないよねぇ……」

 腐り果てるその時を待っている大根の皮は未だに山積みになっている。これも置いてはいけない。持っていかないと……。

(空調魔導具足りるかなぁ……服は次元箱に入れたらダメだな、臭いが移る)

 魔導具である程度消せはするのだが、あの大根は腐る際にどうしても腐臭を発する。密閉空間……金庫室というか、クリーンルームというか……そんなプレハブが欲しい。

「プレハブなぁ……何か昔も欲しい欲しいと考えながらも……結局なくてもなんとかなったんだよな。何で欲しかったんだっけ、あれ」

 今ではもう思い出せない。お酒を隔離する……のはまた違った気がするんだけど。

 そんなどうでもいい思考に没頭できる程度には慣れた道程だ。ちゃちゃっと集めて急いで戻ろう。


 水は大事だ、欠かせない。予備の樽と、保険に大根の浄化蒼石と、飲料水生成の魔導具はマストだ。船内での時間込みで作れるかどうかを確認しておく必要がある。

 それに塩も要る。内陸だからかなり余裕を持って準備しておく必要があるだろう。岩塩みたいなものもあるかもしれないけれど……大陸の? 中央に? どうかなぁ……。

 とりあえず鍋も必要だな……万が一の時、生水をそのままは死亡フラグだ。

 食べ物は猪や鹿を狩って食べればいい話ではあるのだが、状況が状況だ、そいつらがゾンビやキメラ化していて食べられない可能性は十分にある。ゾンビは浄化すれば食べられるかな……流石に嫌だな。リューンでも食べないだろう。

 調理道具も要る。刃物は幸いいくらでもあるが……フライパンとか、作って……いや、これは買おう。そんな暇ない。

「あーもう忙しい! 恨むぞドラゴン……あと数年大人しくしていて欲しかったよ……そもそも何でルナに救援飛ばすんだ、西でも東でも行ってよ……」

 時間が足らない。今日明日中に発つわけではないが、明後日ともなればいよいよ怪しくなってくる。ガルデの徴募兵が集まれば、すぐにでも出発することになるはずだ。よもや我々のみというわけでもあるまい。

 備えなければ。戦は準備の段階で勝敗が決まっているようなものなんだ。そういうものだと何かで読んだ。ここで手を抜くわけにはいかない。


「嫌だよ!」

「いや、嫌じゃなくてさ……服は置いていこうよ。無理だよ、全部は」

 魔石と汁物を集めて家に戻り、鍛冶場で乾燥冷凍の作業に入ろうかと思ったところで……エルフの部屋が騒がしいことに気付く。

 訪ねてみたらこのザマだ。山積みにされたお洋服を畳んでは魔法袋に放り込んでいる駄エルフがそこにいた。

「だって、何年かかるか分からないんでしょう!? 服は必要だよ! せっかく買ったのに!」

 南大陸の服がお気に召さなかったリューンちゃんは、ルナに戻るや否や、私服の収集に夢中になっていた。

 明らかに既に持ってるような……大した違いのないようなものも、大量に買い込んでいる。私もそれなりに買ってはいるのだが、私の分はリリウムに渡してほとんど研究用に回されているわけで、着る気満々のリューンとはワケが違う。

「遊びに行くんじゃないんだから……足りなくなったら向こうで買えばいいじゃん」

「可愛いのがあるとは限らないでしょう!?」

 必死だ。備えるべき点はここじゃない。たださえリューンは食べ物で荷物が多いんだから、あまり余計な物を持ち歩かないで欲しい。

「服は余計な物じゃないかもしれないけど、これは流石に限度があるってば。ひもじい思いしたいの?」

「ぐぬぬ……」

 ぐぬぬじゃないって。


「嫌ですわ!」

「いや、嫌じゃなくてさ……置いていけるものは置いていこうよ。型や見本が大事なのは分かるけど、これ全部持っていくの?」

「サクラ、わたくしの私物なら持ち運べるでしょう? 今手を付けている分はもうすぐ仕上がるのです。そうしたら手隙になってしまいます。お願いします、少しくらい増えたって……」

 リリウムに可愛くお願いされると私は弱い。リリウムの服は防具も兼ねているので、無碍にもできないし。

「必死なのは分かるけど……あー……うーん……」

 何でエルフはこうも荷造りが下手なんだろう。こっちの半分エルフもドタバタと忙しなく、服や布切れを箱に詰めては地面に積み上げている。かなりの量になってしまっていて、これを魔法袋に詰めて持っていくのは愚策もいいところだ。

 ここに更に大根樽が加わるわけで、私の私物より余裕で多い。

 とはいえリューンほど考えなしではなかったようだ。リリウムの私物は普通に次元箱に収納できるので、それ前提でいたらしい。

 朝方出ていた買い物で集めてきたのは、普通のタオルや下着を始めとした日用品や、蓋付きの樽といったパーティで使うような物ばかり。正直かなり助かったので──。

「うーん……リューンには内緒だからね」

「流石ですサクラ! あぁ、これでこれもあれも全て持っていけます!」

 おねえちゃんだいすきー! とでも言ってくれれば私はイチコロなのだが、なんかもうこいつ妹キャラじゃないんだよな……残念でならない。

 その場で次元箱行きの物品を預かって部屋を出る。当たり前の話ではあるのだが、生活していれば物は増える。


「フロンは……流石だね」

 リビングでは既に私物と工房の道具や書物をまとめ終えていたフロンが一人で、休憩中といった体でお茶を飲んでいた。

 茶器やお茶っ葉も持っていった方がいいな、家に置いて行くとダメになりそうだ。

「……あいつらと一緒にしないでくれ」

 苦笑交じりでいるのだ、きっとあの惨状を目の当たりにしたのだろう。今も尚二人の部屋からはドタバタと賑やかな音が聞こえている。

 きっと注意はしたのだろうが、聞き入れなかったのだろう。

「アリシアはどう? そんなに荷物はないはずだけど」

「ああ、あいつは魔法袋を使うまでもない。鞄一つで十分事足りる。それよりも、解体に使えそうな刃物があったら一本預けてやってくれないだろうか、雑用を任せたい」

「いっぱいあるからそれは構わないけど……解体できるの?」

「仕込めばできるようにはなるだろう。調理ができると言っていてな、これを機に身につけてもらう予定でいる」

 できないことは少ないに越したことない。私は相も変わらずできないし、やりたくないし、やる気もないのだが。

 それよりも、調理ができるというのはいい情報だ。地産地消とはまた違うが、食べ物を確保する術は多い方がいい。乾燥冷凍食品は使わずに済むならそれに越したことない。

「そういうことならいいよ、見繕っておく。話変わるんだけど、船の中で作ってもらいたい魔導具があるんだ、飲料水のさ──」

 フロンは話が早い。二つ返事で引き受けてくれた。私が自前で作れればいいのだが、この辺りはまだ語彙が足りていない。

 いずれは何でも自分で作れるようになりたいし……本腰入れて勉強する時間も欲しいな。


 新たに仕入れてきた汁物を凍らせてはミイラにして、それを保存用の冷凍庫に詰め込んでいく。次元箱の容量も結構ギリギリだ、やはり南大陸では神力の強化にもう少し明け暮れるべきだった。

(アンデッド……不死ドラゴン……瘴気持ちとはまた違うよね……小物の方にはそれなりに瘴気持ちがいるみたいなんだけど……やっぱり一人で南大陸に行こうかな)

 新たに刻んだ探査の術式が、大変残念なことに期待外れだった。これ単体の性能はそれなりといったところで、良い魔法と言えなくもないのだが……真の技法には至れなかったのだ。

 単に術式側の不備で同調しなかったのか、結界と浄化以外はダメなのか、まだ判断できていない。この時点で転移の同調も……九割方諦めている。

 術式の探査は範囲が狭い。精度も《探査》とは比べるべくもなく、神力の節約以上の役目を負うことができない。

 神力を育てれば《探査》の索敵範囲が広がることを思えば……まぁ、こっちを育てたくなる。

(ただ、船が出てないんだよね……走れば行けなくもないけど……悩ましいなぁ……)

 一人なら走っていける。東西どちらかの大陸を経由すれば尚安全だ。北大陸からルナまで走った時と比べれば、今の私の神力はかなり育っているわけで、やってできないとは思えない。

 ──私一人なら。一人でならば。


「まぁ、今考えても仕方ないか……アリシアの杖打たないと」

 あのちび助も戦力だ。戦力にする。弓を作ってあげられればよかったのだが、残念ながら経験がない上に、弓はアダマンタイトとは相性が悪すぎる。矢も要るし。

 冷凍乾燥作業を終えて、手元に残っている最後の浄化真石を用いて杖を打てば……私の仕事は終了。

 後は細々とした用事を終えて、明日明後日にでも船上の人となるだけ。何事も無く終わってくれることを願うばかりだ。



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