第二十四話
「お疲れさまです。拝見します」
詳細はいい、まずは合計だ。
二千七百五十一万三千七百。
にせんななひゃくごじゅういちまん、さんぜんななひゃく。
凍りついた。おそらく初めての経験だ。本当に凍りつくんだ。
「桁を……一つお間違いではありませんか。二百七十万ではなく、二千七百万という風に読めるのですが」
「二千七百万で間違いありません。私はこの都市の職員です。都市に不利益が出るような仕事はしません。これでもパイトからすれば利益が出せるのです」
一つあたり……三十五万ちょいか。嘘だろ。
「確認させて頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「どうぞ、私共に答えられることでしたら」
「もし私が今後も、この質の、浄化真石を持ち込んだ場合、同じような値段設定をされるのですか? 今回のように、何十個と持ち込んだ場合でも」
「勿論です。在庫や需要によって多少上下することはあるかもしれませんが、このような価格を提示すると思って頂いて間違いありません。他の管理所へ持ち込まれても同じです。ただ──」
「これは職員として口にすべきではないことだと考えているのですが、それでもあえて口にさせて頂きます。可能であれば、これは都市……もっと言えば、管理所以外へは卸さないで頂きたいと思っています。万が一商人の手に大量に流れて価格を下げようとする工作が行われた場合、都市も、商人も、そして貴方も損をするでしょう。管理所での買取価格が下がることにも繋がりますから。それは誰にとっても不幸な結果しか招きません。都市主導で流通と価格を管理できれば、より長い間価格を維持できます」
「もちろんどこで換金されようと貴方の自由ですし、私共は誓ってその自由や貴方自身を侵害も妨害も致しません。これは安く行き渡らせれば多くの民が幸せになれるといったものではありませんから。私共の追求するのはあくまでも都市の利益です。ですが、同時に貴方の利益を守ることにも繋がっています。これは一つの提案です。こういう職員がいたということを、覚えていただけたら幸いです」
私としても、値が落ちるのは困る。いや多少落ちたところで気になるようなものでもないけど、高く売れるに越したことはない。
宝石代わりにするような金持ちからはふんだくればいいし、第二次産業の人々も、足が出ないように使うのだろうから私が気にするようなことでもない。
何より管理所以外で換金しようとすればこれは本当に命の危機だ。卸値でも一つ三十万以上するような品を大量に手に入れられるのだとすれば、強盗でも殺人でも脅迫でも、するだろう、人は。
「覚えておきます。確約はできかねますが、私にとってもそれが最も良い方法であろうということは理解しています」
「ありがとうございます。私共もご信頼に背かぬよう努めさせて頂きます。浄化真石はそもそもとても貴重なものです。霊石とは比較にすらなりません。需要に比べて供給が圧倒的に少ない上に、消耗品としても使われるので残らず、常に品不足だからです。仮に貴方が一万個のこれを持ち込んでも、取り扱いが都市管理部主導であるならば値崩れは起こしません。これは全職員が保証するでしょう」
そうして端数の五十一万三千七百だけ受け取って、残りは後日ということで私は管理所を出た。いや、端数じゃないよこれ。まだ頭がふらふらしてる。
もう日も落ちる、日用品を仕入れたかったけど買い物は明日だ。とりあえず夕飯だ。
外食で済ませようと思ったが、大金抱えて人通りの中を歩くのが怖かったので、店仕舞い前のパン屋で適当に買い込んで宿へ戻った。
宿に帰って受付にいた職員に挨拶し、オーナーを呼んでもらった。明かりの魔法具について尋ねたが、渡し忘れたらしい。ついでに背の高い帽子スタンドのようなものと、椅子を一脚貸してもらった。これは詫びで代金はいらないと。やったね。
明かりの魔法具について説明を受け、階段を上がり部屋に戻る。魔法具の明かりを点けて鍵を閉めると、どっと疲れが押し寄せてきた。
スタンドにポンチョと鞄を引っ掛けて窓を開け、靴と靴下を脱いでベッドに腰掛ける。今日は濃い一日だった。
「リビングメイルは狩れた。全く問題がなかった。しかも儲かった……なんてもんじゃなかった」
小金貨一枚でそれなりの日数分の保存食を確保でき、綺麗な個人風呂を一時間借りられる。日割りにすれば二枚でこの宿に一泊できる。
千や二千でそれなのだ、それを基準に考えると二千万は大金なんてもんじゃない。この靴だって小金貨一枚半だ。
しかし、これで何でもかんでも買い放題なのだ! というわけではない。
役人との雑談で聞いたところによると、魔法具や魔導具と呼ばれるものはとにかく値が張る。
宿から貸し出されているこの明かりもそうだし、鎧や盾を始めとした防具、剣や槍などの武器、私がギースから受け取った魔法鞄だってそうだ。
高品質な剣や鎧は言い値で売れていくそうだし、魔法袋にしても値段が付けられるもので億やそれ以上のものがいくつも存在しているとか。剣や鎧はともかく防具は欲しい。十手を除けば、私が最も負荷をかけているのが足、靴だ。
私の戦闘スタイルは全力で強襲してからゼロ距離での打撃戦だし、移動手段にしても、おそらくこれからもずっとマラソンになるだろう。
足の甲、それに脛。太腿も守りたくはあるけど、その辺りの守りに繋がるものの優先順位は高い。
そして、体重を軽くしたりとか飛んだりとか、そんな効果がなくても防御力が高い物を求めると、ほとんどが魔導具になると言う。
値段は際限ないし、そもそも一点物が多いわけで、自分の足で探さないといけない。
「普通の靴だと私はまたすぐに使い潰す。資金的にはそれでも問題ないけれど、防御面で見ると駄目だ。まずは靴。私の酷使に耐えられるような頑丈で、できるだけ防御力が高くて……足音が大きく鳴らないような造りのもの。軽くなるとかはとりあえずどうでもいい。それとレッグガードもかな。太腿は……うーん」
まず魔導具を扱っている店を実際に見て回ってみよう。色々見ておくことは勉強にもなるだろうし。
パンをもそもそと食べ始める。硬くない。日本で食べていたものよりはそりゃ硬いけれども、ふやかしたり気力を使わなければ食べられないというものではない。味はまぁ、うん。干し肉も残りが少なかったので全て食べてしまうことにした。
(防具以外は望遠鏡と……時計、あるかなぁ。時計欲しい。迷宮にいると時間の経過が……でも高いよね)
(日用品は、サンダルと、歯磨きと、タオルも新しいの何枚か欲しいな。後は私服と下着、靴下……明日はお風呂入ろう、そしたら石鹸買わないと。ああ、寝間着もだった。化粧水くらいはないかな。メモ帳欲しいなぁ、売ってるかな)
「物が増えると棚の一つでもないのが不便に感じるな……仕方ないか。定住するわけじゃないし」
靴がもう限界近いので明日の迷宮はお休みだ。これまでずっと忙しかったし、一日町を見て回って買い物して過ごそう。
服を脱いでタオルで身体を拭き、着替えてからベッドに倒れこんだ。おやすみ。
目が覚めた時周囲が真っ暗な生活にもだいぶ慣れてきた。手探りで明かりを点けて支度を済ませる。
買い物するには早いから迷宮……には行かないんだった。朝から市ってやってるかな、市場は確かあった気がする探してみよう。
タオルと十手だけ持って井戸へ向かい、顔を洗う。短時間手放す分には問題ないし、この距離なら部屋に十手置いて引き寄せられた方が安全ではあるのだが。
(そういえば残りの代金いつ取りに行こう。夕方には揃ってるとか言ってたけど、明日でいいかな。夕方引き取ってもどうしようもないもんね)
(銀行的なものがないかも聞いてみよう。ある程度装備が揃ったら浄化真石の代金は全部預けておいてもいい。でもそうすると逃げる時に置いていかないと駄目か)
「ままならないなぁ」
受付を通る際に職員に朝市をやってないかと聞いてみたところ、市自体はあるが今日はやっていないらしい。一日置きで次は明日だと。ままならない。
部屋に戻ってうるさくならない程度に身体を動かし、魔法袋の中を整理する、というか一度全部出す。
水袋、水の容器、服、下着、タオルが何枚か、地図、財布、浄化緑石一個。
「そういえば緑石、これ売らなかったんだっけ。手元に置いておいてもいいけど……。まぁいいや、この大きさなら邪魔にはならないし」
そのまま財布へしまう。ていうか財布も分けよう、普段使い用と大金用に。いや、大金は布袋にでも入れておけばいいか。布袋もいくつか見繕おう。服や下着をそのまま魔法袋へ突っ込んでいるのもどうかと思ってはいたんだ。
「魔法鞄と財布と地図とタオルと、一応水袋だけ持っていけばいいか。お風呂には一度戻ってきてから行こうかな」
必要なものだけを鞄に入れて支度は済んだが、まだ店が開くには時間が早い。管理所でも眺めて時間を潰そうかな。依頼関係とかまだ見たことないし。
鞄とポンチョを身につけて魔法具の明かりを切ると、鍵をかけて管理所へ歩き出した。
人の多いパイトではあるが、朝の早い時間は静かなものだ。迷宮近辺ともなると人通りは稀にあるのだが。
今も迷宮前で言い合いをしている集団がいる。喧嘩だろうか。五人程、若く見えるがまぁどうでもいい。そのまま管理所へ入る。
管理所内も閑散としている。いつもの役人もいない。普段は人でごった返している依頼や仲間募集の掲示板の前まで移動し、適当に眺めてまわる。
(仲間募集、治癒使い、弓使い、治癒使い、槍使い、魔法師、白神官、魔法師、合併希望当方三人条件応相談……色々あるな。治療系や魔法使いの需要は高いみたいだ。強い魔力持ちは少ないとか言ってたもんな。白神官ってなんだろ)
(その一方で戦士や剣士の募集はとても少ない。募集をかけているのも剣士系が多いみたいだし。自分で集めないと誰も組んでくれないってことかな、世知辛いもんだね)
今まで目に入ってきた冒険者は、四人から五人程度でまとまって活動していたものが多いように感じた。剣士三に治療師一とかになるのかな、剣士四に治療師一だとバランス悪く感じる。
(いや、バランスなんてどうでもいいか。敵を倒せればなんだっていい)
(大鳥の肉、小型緑魔石三十個、大猪一式、護衛依頼、猪の肉、中型以上の黒石。雑多だなぁ、私がこれ請けることは一生ないな。肉にしろ魔石にしろ解体しないといけない。金額云々以前の問題で絶対にそんなことしたくない。護衛も論外だ)
そのまま依頼募集へ移ったが、これにもすぐに興味をなくした。需要はあるようだしやりたい人がやればいいんだ。
(思ったより時間を潰せなかったけど、もう見に来る必要がないと分かっただけでよしとしよう。散歩でもしようかな。人が少ない間にゆっくりと見て回るのも……ありだね、行こう)
そのまま管理所を出て中心部へと向かう。迷宮入り口の冒険者たちはまだ言い合いを続けていた。