第二百三十九話
今回の魔物の大量発生──スタンピードの原因には、迷惑な龍が周囲から魔物を引き寄せて、そいつらがゾンビ化キメラ化することで手強くなり、数が中々減らないことが一因としてある。減るより増えるペースの方が早いのだろう。
まずはそれを取り除かなければならない。その後にゾンビとキメラ、ついでにレイスやリッチといった化け物や霊体の類を浄化していき、粗方綺麗にできればそこで終了……のはずだ。
手っ取り早いのは私が単騎で突っ込んで上位龍を処理して、残党を皆で掃討していく……でいいと思うんだけど、エルフ達が揃って龍と戦いたがっているので、こいつらが満足するまで、私は盾と足場と索敵役に終始する羽目になるだろう。
「今更だけど……アリシアは本当についてくるの? 危ないよ?」
このちび助は出会った頃の聖女ちゃんや騎士学生組よりも若いはずだ。そんな幼子をゾンビやキメラがうようよしている大陸に連れて行くなんて、まともな大人のやることではない。
うちの子達共々、お姉ちゃん心配でならないんだけど。
「は、はい。ついていきたいです……ダメ、ですか?」
上目遣いでおねだりされると私は弱いのだが、まだイチコロとはいかない。親愛度が足りていない。あまりこの娘を構わないようにしているのは意図してのことだ。他のエルフ達とは事情が違う。
「姉さんのそばで実戦訓練が積める機会は得難い。しかも龍種だ。同行するべきだ、得られるものが大きすぎる」
「戦場に出向くんだけど……」
遠足に行くわけではない。ゾンビとお化けのテーマパークではないんだぞ。
「高位の龍とはいえ、姉さんが私に攻撃を通すわけがない。そして後衛が一人増えたところで防護の手間は変わらん。ほら、世界で一番安全な戦場ではないか。これは幼いが魔力はそれなりにある、初陣にはちょうど良いさ」
絶大な信頼を置いてもらって恐縮ではあるのだが、私の神力も無限じゃない……ん?
「ねぇ、もしかして……ドラゴンロードも私抜きで倒す気でいるの?」
「当たり前です! 飛ばれなければ龍種の数匹、物の数ではありませんわ!」
一匹のはずだヨ。何匹も狩りたくないヨ。
「私の魔法もあるし、もし飛ばれても、足場作ってくれれば……斬れると思うよ」
切り裂きメンヘラ、怖いヨ。剣に絶大な信頼を置いているヨ。刃をナデナデしているヨ。
「姉さんに任せると魔石にされてしまうからな、それは避けなくてはならない。首を刈って持ち帰らなくては」
その方がお手軽だヨ。たぶん大きな浄化真石になるヨ。大儲けだヨ。
ワハハハと三人揃って楽しそうにしている。釣られてアリシアも笑っているが……もしかして、結構その辺に居るものなのか、ドラゴンのロードって。龍王的な唯一絶対のものではなくて。王じゃなくて村長とか、パーティリーダー的な。
脳筋、ジャンキー、メンヘラ。エルフにはろくなのがいないな。わんこ達も戦闘狂だし、まともなのは私だけだ。アリシアは癒やしなのかもしれない。
この小さいのもジャンキーの片鱗を覗かせている辺りに、一抹の不安を感じるが──。
まぁぶっちゃけ、私抜きでも何とかなるとは思うのだ。
霊体悪霊の類は非実態系であってもリリウムとリューンの『灰猫さん』と剣で干渉できるからなんとでもなるし、ゾンビの類はフロンも燃やせる。キメラ系の魔物相手はそこに若者組も戦力に組み込めるとあって、相手にもよるが、詰まることはないと思う。
諸悪の根源たる龍も、リューンが縛ってフロンとリリウムでフルボッコにすれば倒せるのではないかと。というかうちのエルフ達で倒せなければ、魔物というより魔王に近い。普通に世界の危機だ。他の大陸から軍隊が出向いてこないということは……実際大したことないんじゃなかろうか。
だがそれでも大仕事なことに変わりはない。龍の討伐はすぐに終わるだろうが、ゴミ処理から解放されるまでに何年かかるんだろう。
(……嫌だなぁ、お家買ったばかりなのに)
せっかく住み良くなってきたのに、夏から冬明けまで過ごしただけで、下手したら数年空けることになる。何億したと思ってるんだ、冗談がキツイ。ヴァーリルの物もそうだが、家なんて数年でポンポン住み替えるものでもないだろうに。ギースから貰った家も、結局何年住んだんだったか。
だがもうそんな私の気持ちはガン無視で、うちの連中は既に北に行く前提で準備を始めている。
若者組などは早速朝一番にリューンを叩き起こして身体強化の指導を受けており、アリシアにもフロンが魔力の修練を兼ねて、放出魔法の術式を一つ仕込んでいる。おそらく近いうちに、アリシア用の杖を一本作ってとおねだりされるだろう。残念なことに杖一本分の魔石は溜まっている。フロンの頼みは断れない。
リリウムも買い物だの何だのと朝から忙しく走り回っている。今日明日にでも発つというわけでもないんだけど、皆やる気満々だ。
私は市場で買ってきた果物や野菜をひたすら新鮮なミイラにして、貯蔵用の冷凍庫君へと詰め込む作業に明け暮れている。汁物の在庫も増やしておこう。
「しっかし……魔法袋、足らなくないかこれ」
南大陸で手に入れた人造魔法袋、何かの手違いであろうが、これの術式が判明してしまった。もう少し時間があれば量産に至れたはずなのだが、残念なことに今から製作に移っても、満足のいく質の袋は作れないとのこと。手持ちの分でなんとかするしかない。
水と食料、着替えや日用品といった消耗品のみを詰め込んでいけば、十一袋分──大樽換算で百から百三十個程度の荷物を持ち運べるわけだ、それなりに長期行軍も可能であろうが……。私達は軍人ではない。その辺は素人に毛が生えたようなもんだ。限界まで質素倹約に追い込んで満足のいくパフォーマンスを発揮できるわけがない。余裕が必要だ。
リューンの備蓄は五人分で換算して……私、リリウム、フロン、アリシア、ソフィア、ペトラ、ミッターで十二人分。一人当たり魔法袋一枚弱で、何日戦えるだろうか。
「補給も……できるかなぁ。水と食べ物が切れたらアウトだ。その後ルナに戻ってこれなきゃ終わりだし……私物置いていくの……? リューン置いて行った方が早くない?」
金鎚とか、書物とか、裁縫道具とか……冷凍庫や乾燥機といった魔導具に鏡も……泥棒が入るかもしれないことを思うと置いてはいけない。
「この辺は全部箱行きか……後で所有権移さないと。後は割れ物だな、鏡もこっち」
徐々に容量が拡がっているはずではあるのだが、次元箱の大きさも魔導具時代と比べればまだまだ狭い。
神力を手っ取り早く育てられるあの食いしん坊……魔食獣が恋しい。フロンとの約束さえなければ──。
現実逃避していても仕方がない。魔法袋には生活必需品を詰め込んで、次元箱にはその他諸々とへそくりを隠して行く方向でいこう。
「魔石炉はもう仕方がないけれど……ベッドはダメだよなぁ……粘土捨てれば数台持ち込めなくも……ぐぬぬ」
次元箱の場所を無駄に取っている火炎放射器やらアダマンタイトの産廃やら、置いていけば更に水や食べ物を詰め込める。
ただ、火炎放射器は死体やゾンビを燃やすのに使えそうだし、粘土や耐火レンガの残りは……。
(要らないかな、これは流石に……粘土は置いていこう。煉瓦は貴重品だし……)
アダマンタイトの産廃は、長柄の物なら武器代わりに使えるかもしれない。ベッドはダメだな、置いていこう。毛布はいくらあっても困らない。
「魔石も置いていけないしなぁ……はぁ。なんでこんなに苦労してるんだろう。やっぱりリリウムと二人で──」
魔石……も、補充しておく? パイトで集める時間なんてあるだろうか。浄化蒼石はともかく、他はそれほど余裕があるというわけではない。
「あー……迷宮入るか。あー……もぉぉ……時間ないよぉぉ……」
これはあれだな、修学旅行の準備が前日夜まで終わらなかった学生の気分だな。あるいは夏季休暇の課題が終わらない学生か。
命が賭かっているかどうかの違いはあるけれど、割と似たようなもんだ。