表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
237/375

第二百三十七話

 

 おっさん達は帰ってしまった。追い返した。また明日来る! とか言っていたけど、もう来ないで欲しいので……また後日、こちらから向かう羽目になってしまった。

「それで、出向くのですか?」

 門の外まで見張り──見送りに行ったリリウムが戻ってきた。自分でお茶を淹れて、ソファーに腰掛けて飲み始める。

「悩ましいね、内容次第かな。北でなければ無視したんだけど……あそこには世話になった人がちらほらいるから」

 これがヴァーリル近辺の話であれば、あそこのマッチョ達は喜んだだろうし、私が出向くまでもない。百パーセント無視だ。

 だが北大陸となると、ミッター君やペトラちゃんのご家族もいるし、ガルデのギルマスのおっさんはともかく、アルシュにはギースを始めとした過去世話になった方々がいるわけだ。

 特定の国や町だけ守れば良いという話ではないだろう。もし仮にガルデが滅べば、道中の町やコンパーラを経てエイクイルが。エイクイルが落ちれば近くの港町も連鎖的に潰れて、大陸間の物流だって止まってしまうかもしれない。

 点ではなく、面で安全を確保していかなければならない。ますますもって、私一人でどうこうという問題ではないような気がしてならないのだが──。


 コンパーラが落ちれば連鎖的にパイト、バイアル……そしてアルシュだってマズイことになる。あるいはもうなっているかもしれない。あの辺りは平和で、村や町に大した守りなんて備えていない。南大陸とは事情が違う。

 ギースのことだから、そう簡単に死にはしないと思うけど……アルシュのすぐ近くには泉と、その底に神域がある。あそこには用もあるし、魔物の巣にしてしまうのは正直面白くない。入り口塞いでおけばよかった。

 とはいえ、今動いてしまえば騒動が一段落するまでルナには帰ってこられないだろう。私が北大陸の住人なら、網にかかった一級冒険者を簡単に手放そうとは思わない。正直行きたくない。でもわざわざ片道半年かかる迷宮島にまで救援を求めてきたのだ、割とマズイ状況になっているのかも……と考えれば無碍にもできない。

(本当に私一人増えたところで、解決する問題とも思えないけどね……)


「もし仮に請けることになっても、私一人でだね。──連れて行けてもリリウムまでかな。その時は一緒に行く?」

「もちろんですわ! お供いたします!」

 このお嬢、ノリノリである。勢いよく立ち上がってもお茶をカップから溢さない辺りにお嬢感が出ている。二人でルナから北大陸へ……というとフラグのようだが、流石に同じ轍は踏まない。

「……ねぇサクラ、私は?」

「リューンはスタミナないからダメ。それにアリシアはどうするのさ」

 見捨てるの? と視線で尋ねてみる。今も部屋で一人お勉強中の、あのちび助を見捨てる。それだけはできないだろう。

「ぐっ……ぬぅ……」

「ふむ──無難ではある。その際は私がリューンを見張っておこう」

 渋々といった表情で……飲んでくれたが、不服そうだなぁ。もの凄く行きたそうにしている。このジャンキーめ。

 正直欲しい。フロンは欲しい。殲滅戦において、フロンほど頼りになる仲間はいない。

 ただこの、こってこての親愛なる魔法師は、防御力が皆無に等しい。守りに私が当たると……殲滅力がプラマイゼロになってしまう。残念なことに。

 いくらフロンが優秀な魔法師でも、魔力が切れたら火玉は飛ばせない。

 リューンは生力訓練をサボりまくっているので、うちの子達よりはマシなはずだが、長期戦が苦手だ。

 束縛魔法は有用だが、定期的に休憩を挟める迷宮探索ならまだしも……魔物軍団との戦争に連れて行きたい人材ではない。朝も弱いし。

 元祖『黒いの』の魔力吸収を擁していた頃であれば、話もまた変わってくるのであろうが──。

 そもそもこの二人は、私宛の依頼にそのまま付き添える階級ではないのだが。

 一方リリウムは、魔力身体強化で防御力もそこそこあるし、攻撃力も高いし、遠当てもできるし、二十年真面目に冒険者活動を続けて二級冒険者になったとあって、これでも実は頼りになる。背中を預けるに不足はないし、何より私の全力に付いてこられるタフネスがある。これが一番大きい。

「まぁ、もし請けるならの話だよ。エイフィスにも一度行ってみたかったし」

 ぐぬぬ顔をしていたリューンがピタリと静かになってしまった。笑顔で手を振っている。そこまで嫌か、エイフィス。滅びればいいとまでは、考えていないと思うけど。


「お、お姉さん! 私も! 私も行きたいです!」

「ダメ」

「サクラさん、スタンピードって! 放ってはおけないですよ! ガルデがなくなっちゃいます! 私も連れて行って下さい!」

「あー……ペトラちゃんは一考の余地があるね」

「お姉さぁぁん!?」

 ソフィアはどうしてギャグキャラというか、こんな残念面白わんこになってしまったんだろう……やっぱり育て方を間違えたか。それともリューンの影響か。黙っていれば超可愛いのに。

「状況はどのようになっているのですか? 自分にとっても他人事ではありません」

 ミッター君も珍しく焦っているな。何事にも焦りは禁物だぞ。

「発生源は大陸中央らしい。ガルデやパイトがどうの、って話は入ってきてないよ」

 賑やかになってきた。地獄の十日間を耐え抜き、ドワーフの身体強化を無事刻み終えたうちの子達。可愛い可愛い私のソフィアとその仲間達。抱き合って互いの健闘を讃え、喜びを分かち合う暇もない。

 この短時間の間にどこで話を聞きつけたのか、おめでとうを言う前に詰め寄ってきた。たぶん術式の確認を終えたリューン先生の仕業だと思う。けしかけやがったな。

 あれから数日経った後、やっぱり私も行きたいなぁ? 的な甘いおねだりで(サクラ)を誘惑し続けてきたリューンちゃんだが、一向に首を縦に振らないことに業を煮やしたのだろう。搦め手できた。不安を煽らないであげて欲しい。


 まだガルデやパイトがなくなると決まったわけではないが、ここでまごついていたら故郷がなくなるかもしれというのは確か。三人の気持ちも分からないではない。

 聖女ちゃんは治癒が使えるから、正直ダメの一言で切り捨てるほどのことでもない。私が怪我をしなくても、戦場で治癒が役立たずということはないだろう。怪我なんてしないのが一番だが。

 ペトラちゃんはバランスが良すぎる。継続戦闘力にまだまだ難を抱えてはいるが、私好みの鉄壁わんこだ。経験も積めるだろうし、修行の一環ということで連れて行ってあげてもいい。

 そしてこの二人が揃ってしまったら私が御するのは面倒臭いので、二人と行動を共にするならミッター君も欲しい。相手を選べば戦力になるのは確かだ。


 ただそれも全て、術式の習熟や防具や消耗品の工面といった、事前準備をきっちりと整えられるのであればの話だ。準備不足で戦場に突っ込むのは自殺志願者と何ら変わらない。彼らには彼らの人生があるとはいえ、私はそんな蛮勇認めない。

「勝手に行きたいなら好きにすればいい。私は君達の自由を侵さない。ただ、もし仮に私が救援に出向くとして……それに同行したいと言うのであれば、最低限計画にあった術式と、防具の準備を整えてからだ。以前ガルデで、私が何をどれだけ駆除したか知らないわけじゃないでしょ? 今回はあれの何千倍、何万倍の数を相手にすればいいのか分からないんだから」

 頑張ってはいるが、この子達にとってオークやオーガはともかく、キメラはまだ強敵だ。しかも在野の種で、群れている。いっぱいいるはず。正直連れて行きたくはないが、勝手にすると言うのであれば……止められやしない。

 イノシシワニだってまだ残っているかもしれない。この子達は二匹を倒したことがあるが、あれが数千数万といれば……考えるまでもないんだけどなぁ……。

(嫌だなぁ、危険過ぎる。止めたいなぁ……)

 これが身体強化の術式の習熟を終えた後ならば少しは話が違うかもしれないが、彼らは今し方施術を終えたばかりだ。

 急に魔力の消費が増えれば、どこでガス欠を起こすか知れたものではない。自分に合った設定を見つけられるまでは、力に振り回されて戦闘どころではないだろうし、臨機応変に調整できるようにもなって欲しい。経験上、最低限この辺りの習熟はマストだ。


 この三人はともかくとして、とりあえずアリシアとリューンは連れ出せない。アリシアを置いてこっそり付いてこられても困るので、お目付け役にフロンも必要。となるとリリウムと私で五人だ。

 全員近接。リリウムは一応後衛もやれるけれど、遠当ては気力の消費がきっと激しい。攻撃系の放出魔法もないわけで、できれば前衛に回したい。

(私も前衛をやりながら四人の防御面も担うの? 勘弁してよ……索敵や指揮も私が? やだぁ……)

 前衛五人後衛ゼロでひたすら魔物の群れに突っ込むなんてアホの一言で切り捨てられる。私の神力が切れたらそこで終わりだ。


 ──いっそアリシアとリューンも連れ出すか。ワニに囲まれながら共通語のお勉強をして、フロンの守りにリューンとわんこ達を当てて、フロンに指揮も執ってもらって、私とリリウムで突っ込めば──。

(でもそれだと、フロンを失う可能性が出てくるんだよなぁ……そんなことになるくらいなら救援になんて出向かない方がマシだ。先行してリリウムと二人で乗り込んで、先に厄介な魔物を殲滅しておくとかどうだろう)

 頑張れば北の港町からセント・ルナまで走れることは実証済みだ。逆はそれよりも遥かに容易い。悪くはないけど……そこまですることかなぁ。


 それか、私がフロンとアリシアの護衛について、六人をオフェンスに──。

(あら、これならいける……? 索敵を担って、必要に応じて防御と足場魔法と……それらに専念していいのなら──いける。指揮を執らなくてもいいならいけそうだ。頭を使うことはフロンの方が適任だし、私とリリウムの二人で暴れ回るよりは良さそうだな。人数がいれば休憩も取りやすいし)

 リリウムと二人の方が安全なのは確かだが、そう悪くはなさそうだ。そもそも気力お化けとて永遠に戦い続けられるわけじゃない。私一人なら箱で眠れるが……途中でやる気をなくしかねない。

 これだけの人数で組んでいれば、部外者と連携を取らされることもないだろうし。

 わんこズを見やる。行きたくて行きたくて仕方がないといった顔をしている。リューンも、フロンも、ミッター君も。

 リリウムは既に内定が決まっているためか、余裕の表情でお茶を飲んでいる。

「ねぇ、アリシアに──何か一芸仕込めない?」

 ここまできたらもう、一蓮托生か。腹を括ろう。括ってもらおう。どうせいずれは旅には出ないといけないんだ、あのちび助も。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ