第二百三十三話
「うーん……自分でいじれると……楽だ」
楽だ。これは本当に楽だ。そして楽しい。これこそが魔法だ。魔導具製作だ。私の子供達だ。
うちの子達の装備の製作が無事完了し、引き続きフロンの私室と鍛冶場とに篭って工作に明け暮れ……ついに完成した。
目の前に鎮座した金属製の箱──超冷凍庫一号君を眺めて悦に浸る。
これは後先考えず、中に入れたものを全力で氷点下云十度まで急速冷凍してしまう、ちょっとした危険物だ。すぐに魔力を切ってしまわないと近づけなくなり、魔石の魔力が尽きるか術式が破損するまでまで延々と冷気を放出して周囲をも凍てつかせてしまう欠点がある。
そしてもう一つの超乾燥機一号君。これは内部の水分を自重なく全力で、それこそ一瞬で吸い取り、カラッカラのミイラを作るための魔導具だ。人間を入れれば秒以下の時間で即死するであろう性能をしている。
そして取り出したるは、近場の飲食店から鍋で買ってきた肉野菜のスープ。鍋は自前だ。
(フリーズドライっていうくらいだから……凍らせて乾燥させるんだよね、きっと)
食料事情の改善。などと大層な目的を掲げたわけではないのだが……迷宮の探索中や護衛などの旅の最中で口にするものは、固いパン、干し肉、そして水かお湯、贅沢してお茶やお酒程度が精々だ。
もちろん獲物を取ってきて、捌いて焼いて食べたり、そういったこともあるのだろうが。
時間があれば鍋で煮込んだりもできるだろう。ただ、常にそうできるとも限らない。
温かいスープ一つあるだけで、だいぶ違うのではなかろうかという名目で、試してみることにした。現代地球の技術の一端を。
まだ熱々と称して差し支えない温度をしている鍋を構わず冷凍庫にぶち込み、蓋を閉め、浄化蒼石をセットして急速冷凍する。
リリウムに頼んで作ってもらった断熱飛竜の皮を用いた手袋を使ってそれを取り出し、鍋を乾燥機君に突っ込んで、全力で水分を吸収する。
残ったものは──肉野菜スープのミイラ。
「──なるほど。これは手軽だな」
「味も……悪くありませんわね。カラカラに干からびていましたのに……」
「でしょ? これ、そのままでもそれなりに長持ちするけど、凍らせておけば更に日持ちするはずなんだ」
「そのまま食べると味が濃すぎるけど……お湯が用意できれば……最高だね!」
満面の笑顔で凍りついたミイラ入りの鍋を持ってきた私にドン引きしていた一同は、初めは無臭のこれを食べ物だと信じようとはしなかった。
椀に切り分けたミイラを配置していき、お湯を注いだところで……臭いに誘われ恐る恐る口にし、その後はそのまま普通に完食してくれた。ミイラを齧ってるのもいた。
味がどうなるかが懸念事項だったが、これは高評価で一安心。
聞きかじりの知識でしかないが、フリーズドライは栄養素が壊れにくく、非常食に向くらしい。
長旅ではどうしても野菜が不足する。ビタミンを始めとした栄養素の欠乏は容易く不調を招くだろう。
そこでミイラだ。片っ端から凍らせて水分を抜いて、小さくしてから普通の冷凍庫にでもぶち込んでおけばいい。時間停止の魔法袋が使えなくても、こういった手法で鮮度を伸ばすことはできる。
乾燥果実はおやつにも向く。甘みが増したりもするだろうし……超乾燥機君を使えば一瞬で作れる。夢が広がるね! 冷凍庫の稼働にはそれなりの浄化蒼石が必要になるのだが、大根から定期的に膨大な量を取ってこれるので何の問題もない。
今更ではあるが、動力を全て自前で調達してしまえる私の理不尽さを自覚する瞬間だ。
「一人で何をやっているのかと心配していたが……保存食を備えておくというのは確かに大事だな。料理を自前で用意できれば金も浮きそうではあるが──」
私達は女四人、それなりに長生きした女が四人も居て……揃って料理ができないという致命的な欠陥を抱えている。
「これにお湯を入れられれば……それはもう料理ができると言っても過言ではないんじゃないかな!」
リューンが地球人だったら、カップ麺にお湯を入れることを料理とのたまうのだろう。
「旅路にスープ一品増えるだけでもやる気は変わります。何とかできればいいのですが」
ワイワイと、賑やかに議論が始まる。目くらましは無事済んだ。フロンが鋭くてヒヤヒヤするね。
これは実験に過ぎない。
(血液を保存するための──)
可愛い可愛い私のソフィア。お姉ちゃん、実は本当に吸血鬼なのかもしれないよ。
(吸い出してるのは、自分の血なわけだけど……血を吸い出されるオーガで吸血鬼だな)
私をオーガと呼んだのは、リリウムだったか、それともリューンだったか。確かリューンだった気がする。こんな乙女をオーガなんて、酷い物言いだと思う。
今日も就寝前に鍋に血を垂らし、血液と自身に《浄化》を施し、冷凍乾燥させた中身を次元箱内の冷凍庫君二号に放り込む。致死量ギリギリまでガツンといきたいところなのだが、万が一があるとマズイのでかなり手加減をしている。お陰で量が中々増えていかない。
不勉強な自分を今ほど後悔したこともない。人間は……どれくらい血を流したら死ぬんだったか。実験したい。他人で。
試しはした。ナイフに血を混ぜれば、髪と同様に気力や神力が通ったりするのではないかと。
だが血は液体で、熱した金属に垂らしてしまうと鍛錬する前に蒸発してしまう。おまけにアダマンタイトの温度が何故か急激に低下することで、これの鍛錬すら容易く失敗するようになってしまった。アダマンタイト以外の金属や合金でもこれは同様で、産廃の山が虚しく次元箱の片隅に積み重なっている。
ならば、血を《浄化》してみたらどうだろう……カサブタならどうだろう……乾燥させてみたら? 量は? と、いろいろ試している内に、乾燥血液は通用することが判明した。カサブタは微妙だが、乾燥血液はオッケー。《浄化》を込めると更に、微妙ではあるが通りがよくなる気がする。死んだ血液は汚れ扱いで浄化されてしまう。検証を重ねながら、そんな……微妙に気力も神力も通る針を作ることには成功した。
冷凍乾燥させて《浄化》を施した血が、検証した中では最も優れた性能を示している。保存も楽なので……新鮮な血のミイラを量産することを決めた。意味が分からん。
この実験を本格的に行うために、冷凍庫と乾燥機の製作に乗り出し、ついでに野菜や果物を乾燥保存することを考え、野菜スープのミイラに至る。
いつぞや南大陸で私が封印された折、瘴気を抜くための謎の魔導具に、瘴気と神力をまとめて吸い出されたことがあった。
あの赤石は今も謎の木箱と共に次元箱で眠っている。瘴気諸共、神力を蓄えたまま。
魔石に留めておけるのであれば、魔石成分たっぷりの私の得物にも──。まぁ、失敗したところで原価はタダだ。黒魔術がどこそこで流行っていたのは、この辺がリーズナブルだったせいもあるんじゃないかと睨んでいる。
「上手く行けば……瘴気をも組み込めるかもしれないんだけど……これはまだ研究が必要だなぁ」
どこかで聞いた気がするんだ。瘴気を扱える……人種だったかエルフだったかが、存在するとか、そんな話を。
研究が必要だ。学習が必要だ。検証が必要だ。実験が必要だ。
瘴気と神力と魔力との関係。いずれはこの辺りの謎を解明して、魔法術式、古代エルフ語、魔法や魔導具に対する知見も深めていきたい。
この世界は不思議で面白い。未知で満ち満ちている。
(……これはいまいちだな)
他人に駄洒落が通じないのが、細やかな悩みだ。いずれ共通語も学ぶべきだろうか。
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