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第二百三十一話

 

 そんな感じでワイワイと騒いでいれば、さすがのちび助も目を覚ます。

 しばらくポーッとしていたが、瞬きを繰り返し、周囲を見渡して……固まってしまった。

「んっ……あ、あれ……? あれっ……?」

 寝起きで頭が回っていなさそう。肉だ、肉を食べなさい。

「あ、えっと……ご飯、食べよう? えっと……あー……うー……」

 あれはきっと、手に持った串をちび助の口に突っ込もうか悩んでいる顔だ。ボディランゲージは結構なことだが、喉に刺さりそうだからやめてあげて欲しい。

「おはよう。話は後でするから、まずはご飯食べちゃいな。お腹すいてない?」

 寝起きに肉を勧めるのもどうかと思うのだが、てんこもりになった肉串しか出せるものがない。パンはあまり量を確保できなかった。肉九、パン一くらいのペースでお願いしたい。

 こういう時に意思疎通の物足りなさが浮き彫りになる。きっちりと目を見て、対象を限定しなければ共通語が表に出る。

(対象を限定……? もしかして《探査》で絞れば……)

 聖女ちゃんに視線を向けながら、《探査》でちび助に意識を向けて言葉を紡げば──。

「自分で食べないと、そこの枕が肉串を口に突っ込んでくるよ。悪気なくね」

 成功した。やったね! 慌てて頭を起こし、ペコペコとわんこに頭を下げている姿がコミカルだ。釣られて頭を下げだすソフィアも大変にキュート。可愛さのバーゲンセールだね。慌てて串を手に取り、それをちまちまと食べ始める姿といったらもう……天井知らずだ。やはり可愛いのが一番強い。勝てない。


 食事中は肉食エルフ筆頭が使い物にならないので、お腹を落ち着けて、食後のお茶を淹れてから……話を始める。若者とリリウムが蚊帳の外なのは申し訳ないが、今は放っておく。

(しかしまぁ、改めて見るとこれまた、随分と小柄だね……身長も百四十は確実にないだろうし、あの背丈で弓なんて引けるものなんだろうか)

 彼女はエルフだ。この世界において、膂力の問題は大抵気力で解決される。ただ、彼女はエルフだ。エルフは大抵気力を持たない。エルフにも魔力身体強化という術があるにはあるのだが……使えるんだろうか。何か、そんな感じがしない。

 素の膂力で弓なんて引いても狼の毛皮や大蜘蛛の殻すら撃ち抜けそうにないが、生きていけるんだろうか。

 だがまぁ、その辺りのことは置いておこう。後でいい。とりあえず請け負った仕事はこなさなければ。

「アリシア、この二人がさっき話したハイエルフ達。髪の長い方がリューン、短い方がフロンだよ」

 ソファーに向き合って、三対一。圧迫面接ってこんな感じなんだろうか。

「ア、アリシアです。その……ガイドと死別して困っていたところを……連れてきて頂きました。共通語がまだほとんど分かりません」

「フロンだ。連れてきたのは(ひと)種の娘達ということだったな」

「私はリューン。言葉は……そうだねぇ、同族の縁だ、教えてあげるのは構わない。ただ、長々といつまでも、というわけにはいかないんだよ」

 だが一件落着とは……いきそうもない雰囲気だ。


 そのままリビングで話をするのかと思いきや、フロンの先導で、三人揃って部屋へと引っ込んでしまった。おそらく工房だろう。

 エルフ語分からない組と私が残されるが、いつまでもここに溜まっていても仕方がない。私はお風呂に入って、もう寝──。

「そうだった。宿題の方はどうかな?」

 宿題という単語に反応して数人ビクッとした気がしないでもないが、剣のことだと気づいて胸を撫で下ろした。君達、実は真面目君じゃなかったのかね?

 三人に出していた、剣や盾の感想や要望などをまとめたレポート。出来上がっているならそろそろ見せてもらおう。それによって私のやるべき仕事も変わる。

「はい、ほぼ仕上がっています。お持ちしましょうか」

 こっちは正真正銘の真面目君だ。安定している。安心と信頼の彼氏君。

 ここでやってもいいけれど……鍛冶場に移動するか。

「うん、今見ちゃうよ。離れまで持ってきてくれる? リリウムもちょっと付いてきて」


 鍛冶場の明かりをばっちりと灯し、三人の合作に目を通していく。

 レポートは、三人の改造計画を交えた、本格的な仕上がりとなっていた。

 これまでのやり方や在り方、それによって抱えていた問題点、いくつもの改善案、それを成すために必要なこと、それらを踏まえた上で、どのような装備が適当であるか──。

(霊薬のレポートを書いたのは間違いなくお父様だな。血は争えないんだねぇ)

 性格が出ている。文章の書き方もそっくりで、こういうところもきっと遺伝するんだろうな、と思わずにはいられない。あるいは教育によるものか、少なくともお父様から彼には受け継がれたんだろう。

 まずは──。

「君達の剣を魔導剣化すると言ったけど、あれは半分嘘なんだ」


「……半分、ですか?」

「そう、半分。全く新しい物を打ち直すつもりでいたんだよ。その上で、今使っている剣にも手を加えて、術式をいくつか刻む。それはそのまま予備として持っていっていいよ。予備の鞘も含めて全て暖房化してあげる」

「ほ、本当ですか!?」

 本当本当。お姉ちゃん嘘付かない。

 鞘の暖房化並びに柄の断熱化はレポートでも強く望まれていた。何でも鬼火程度の魔物を斬っているだけで、定期的に冷却が必要になるとかなんとかで。

 衝撃の緩衝材が腐ってしまったので、革新的な柄を作ることは諦めた。ずっと頭を悩ませていたのだが、もうできないものはできない。人間諦めも肝心だと思う。


「最初に、ヴァーリルでこれを打ってあげることもできたんだ。ただ、あの時は正直過分かなって思っていてね。自分を見失って無茶をするかもしれないって、危惧していた。謝らないといけないね。──今の君達は慎重に一歩ずつ、着実に前へと進むことができている。一足飛びにするんじゃなくてね。なら……これを与えてもいいかなって」

 自分の魔法袋から──と見せかけて次元箱から、黒い試製短剣君と通常の試製短剣君を一本ずつ取り出す。

「この見慣れた色をしているのは普通のアダマンタイト製。君達が使っている剣と同じ作り方をしたもの。こっちの黒い方もアダマンタイトでできてるんだけど、一手間加えていてね。これには魔力貫通が付与されている」

「魔力貫通……? 術式は、刻まれていませんよね」

「アダマンタイトその物に付与されているんだ。金属の特性としてね。術式に依らずに、切ればそれだけで魔法を破壊することができる。試してみようか」

 ペトラちゃんに手のひらサイズの氷弾を二つ出してもらい、それにナイフの腹を当てると……それだけで霧散し始め、すぐに消失した。刺しても同じようにすぐに消えてなくなる。不思議でならないね、本当に。

「何でもというわけにはいかない。火嵐みたいな大規模なものとか、延焼した炎を消せたりはしないけれど……小規模なものは剣で打ち払えるようになる。もちろん盾でもね」


 理解が及んだのか、ペトラちゃんがすっごくワクワクしている。実際、魔力貫通の特性を一番強く活かせるのはペトラちゃんだと思う。

 物理面は盾と足場魔法こと物理障壁の術式で非常に固い。そもそもこの娘もソフィアも足を使った回避が上手いわけだ。懸念事項だった魔法攻撃に対する防護も、魔力貫通の盾とレイピアで備えれば──うん、かなり良いな。

(んんっ? かなりどころか、相当良いんじゃないかこれ……隙がない。なさ過ぎる。攻撃力も高いし……この娘は戦闘において、もの凄く慎重で冷静で、その上戦闘勘も良い。おおぉぉ……これは、すっごいわんこに仕上がるぞ──)

 ここまで考えてなかった、私もワクワクしてきたぞ……。卒業祝いに、もう一品加えてあげてもいいな。


「とにかくこの魔力貫通の特性を持った、剣身保護、切断力強化の二つの術式を刻んだ剣。新規に打つ物はこういった仕様になる。その上で……剣と盾の形をもう一度考え直してみてよ。この形……気に入ってるのかもしれないけど」

 ミッター君は変わらず、スタンダートな作りのそれを理想としている。少し刃渡りが長くなったのは、膂力が上がった、または今後上がることを見越したものだろうか。

 だが視線を向けたわんこ達は相変わらず、鍔もガードもない、シンプルな造形が良いと言ってい……る……?

 レポートをめくる手が止まった。

「ソフィア、片手半剣は止めるの?」

「はい、その……新しく作ってもらえるとは思っていなかったので、その……今の理想は……二本持ちかな……って、書いて……しまいました」

 縮こまってしまった。確かに理想をと告げたのは私だ、別にそれはそれでいいんだけど──。

「……できるの?」


 二刀流……というか、双剣。これも魔力貫通とは確かに相性が良い。攻撃力と魔法に対する防御力を兼ね揃えた……と言ってもいいのだろうが、剣を増やせば二倍強くなれるなんて簡単な話ではない。

 そんな簡単な話なら、私も二代目『黒いの』と十手の二本持ちをしている。

「師匠のところで教わりましたし、修業もしていました。ただ……剣がすぐダメになって、お金が掛かると思ったので……こっちに」

 両手で柄を握って肩に担ぐような構えのポーズを取ってみせるラブリーソフィア。可愛いので全部許してしまいそうになる。

 確かにヴァーリルで再会した時は酷いことになっていた。ペトラちゃんは実際一本壊した上で更にダメにしていたはずだ。あれは普通の鉄剣だったと思うのだが、今は事情が違う。とはいえ、とはいえ……だ。

(双剣なぁ……)

 急に戦い方を変えて大丈夫だろうか。片手半剣の二本持ちをさせるわけではない。普通の、短めの剣になるだろう。当然リーチも、一撃の攻撃力もこれまでより落ちる。戦い方その物を変える必要が出てくるわけだ。

 そもそも師匠というのがあの大剣をぶん回していたギルマスのおっさんなわけで、不安しかない。

 ソフィアのぶん回す戦い方とは真逆の……慎重で繊細で、それでいて大胆な──。

「ん?」

「……?」

 一人で残すのもあれだと思って、なんとなく連れてきた隣のリリウムを見やる。ずっと静かに、レポートの中身を横から眺めていた。

 猫さんトンファー二本持ち。やってることは双剣に近い。

 慎重? ハハハ。繊細? アハハハハ。 大胆? ……うん!

「いけるか」

 いけそうだ。案外これこそ脳筋のあるべき姿なのかもしれない。世の双剣使いに怒られそうだけど。リリウムにできるんだから、私の可愛いソフィアにできないわけがない。

「──後でお話がありますからね」

 受けて立とう。


 ミッター君のロングソードと大型の盾。ペトラちゃんのレイピアと小型の盾。ソフィアの双剣と、予備。そして都合九本──いや、リューンの物も含めて十本──にもなる鞘の作成と暖房並びに断熱処理。形状の改善案を待ち、これらの仕事を全て片付けるのにはしばらくの時間を要することになる。

 特にソフィアだ。予備に使う普通の双剣と、主力で使ってもらう浄化黒石を使った双剣と、これまで使っていた片手半剣と、その鞘達。一人で仕事を盛大に増やしやがった。この娘でなければミンチにしている。私に鍛冶屋は向いていないかもしれない。

「あ、あの、双剣を二セット作ってもらわなくても……」

「使い慣れない武器を予備で持ってても仕方ないでしょ。長い方もそのまま持ってていいから、しっかりと手に馴染ませてから迷宮に行くんだよ?」

 かと言ってここをケチるほど私も愚かではない。足場魔法と身体強化術式を備えた魔力貫通双剣わんこは、努力次第できっとペトラちゃん並に安定した剣士になれる。

 手綱を放して二人でわんわんさせるようなことにでもなれば不安だが、彼女達にはミッター君がいるわけだ。彼が居ればペトラちゃんも軽率なことはしまい。

 ミッター君も司令塔に相応しい、自身の改造計画を着々と進めているようだし、今のスタンスを崩さなければ、彼らは今以上の立派な冒険者になれることだろう。


 まぁ仕事が増えたとは言え、作るのは別に難しい作業ではない。新規の双剣には術式を刻んだ魔力型が使えるわけで、包丁を作るのと同じ感覚で打てる。

 元々使っていた予備に術式を刻むのも、リリウムが神器の彫刻刀を用いれば、やってできないことでもない。失敗したら打ち直せばいいからと軽い気持ちでやらせてみたところ、リリウムは私よりは魔法術式に対する理解があるようで……リューン監修の下、なんとか彫刻作業をこなしてくれた。

 いやはや、本当に大根様様だ。大きな浄化黒石……これにはまだしばらくの間お世話になるだろう。定期的に集めていかなくては。



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