第二十三話
迷宮から脱出すると既に昼もだいぶ過ぎていた。辺りは大勢の人で賑わっている。出口へ急ぐ過程でも結構な数の冒険者とすれ違った。
管理所の中も人でごった返していた。受付にも人が並んでいる。正直並びたくないが、昨日宿代をまとめ払いしたことで手持ちが乏しい。夕食を取るくらいはできるかな……。でもお金のこと気にしてご飯選びたくないし。
諦めて役人のいる列に並ぶことにする。よく見るとこの列だけ他より長い……女性だからか。まぁ仕方ない、同性の私でも女性を選ぶし、自分が男でもきっとそうしただろう。
長話をしようとしている男が受付から追い出される光景を何度か見送った後、だいぶ長いこと待って私の番がやってきた。
「お疲れさまです。魔石の買い取りをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。ちょっと数が多いのですが」
「ありがとうございます、この時間は人が多くて大変です……。魔石の買い取りとのことですが、数はどの程度ありますでしょうか」
「数えてないのでちょっとよく分かりません、申し訳ないです。トレイに乗るような量ではないですね」
「分かりました。奥に個室がありますので、そちらまでおいでください。ご案内します」
後方から悲鳴のような声が聞こえたような気がしたが、無視して役人に付いて行った。
管理所の個室は、殺風景にした小ぶりな応接室といった感じの部屋だった。背の低いテーブルを挟んで年季の入ったソファーが向かい合っている。窓はなく、魔法具の明かりで照らされている。これが魔法具か、はじめて見た。いや、はじめてじゃないのかもしれないけど。
着席を促され、ポンチョと魔法袋を下ろして腰掛ける。少し固めだが悪くない。
「担当の者を呼んで参りますので少々お待ちください。すぐ戻りますので」
言い残して役人が出て行く。さて、全部出しちゃって大丈夫かな。
確認したいのは、あの瘴気から生まれたのを目で確認した個体。あれの魔石が他の魔石と同じ物であるか否かだ。あれから取った魔石だけは別にして財布にしまってある。
あれが他の魔石と同じものなら、死の階層のリビングメイルは全て瘴気を素にして生まれたのではないかという仮定が成り立つ。だからなんだ、というわけではないけれど、はっきりさせてみたかった。単に私の趣味だ。
後は、手持ちの魔石をどれくらい換金するか。数えてないけどいっぱいある。今後もきっと、いっぱい持ってくるだろう。死の階層に入り浸ってるとか怪しまれないかな……。
お金はいくらあっても足りない。普段見えないので忘れがちだが、私の装備は最初の町で買った中古のシャツとスラックスに壊れかけのブーツ、それに貰ったポンチョで全て。防具はなしだ。外套は古いだけで良い物なのかもしれないが、他は武具屋とか迷宮を馬鹿にしているとしか思えない。
いい装備はきっと値も張るだろう。私とて死にたくない。防具に金を注ぎ込むことに異論はない。
それに、いい加減私服も欲しい。そんな馬鹿高いものでなくても、普通に着て町を歩けるくらいの。
まぁ、面倒事に巻き込まれそうになったら逃げればいい。迷宮都市は他にもあるらしいし、ギースが戻ってくる頃まで適当に旅をしてみてもいい。
お金は必要だ、全部出そう。と決めたところで扉が開く。魔石担当であろう男と一緒に役人も戻ってきた。
「お待たせ致しました、少し立て込んでおりまして……魔石の買い取りとのことでしたが」
正面に役人と並んで男が座る。私は財布の中からの魔石と、魔法袋から一つだけ魔石を取り出して並べた。二人が目を見開く。
「買い取りの前に申し訳ないのですが、一つ確認させて頂きたいことがあります。この二つの魔石、これは同種のものでしょうか?」
並べた二つの魔石を男が手に取り、胸ポケットから取り出した虫眼鏡のような物で見比べる。交互に何度か確認し、それを机に戻す。
「はい。この二つは全く同じ物です。同じ物というよりは、同じ種類の魔物産であるということですが、それは確かです。差し支えなければ、何故それを確認したいと思ったか伺っても?」
まぁ尤もな疑問だ。私もそう思う。
「これは……こちらの方ですね、これは何もない所から目の前に急に現れた魔物から取り出したものでして、びっくりしてしまって。それで、珍しいものなのかなと思って分けておいたのです。同じものなのですね」
「迷宮には階層の魔物の数を一定数以上に保とうとする力が働いていますから、ちょうど増えたところを目撃されたのでしょう。特に価値に差があるというわけではありませんが、その瞬間を目撃するのは珍しいですので、それは運がよかったとも悪かったとも言えるかもしれません。いきなり現れれば危険ですからね」
大体予想した通りではあった。一定数『以上』か……。疑問は解決した。買い取りに移ろう。
「疑問に答えて頂きありがとうございます。では、これも一緒に買い取りをお願いします。今残りの物を取り出しますね」
魔法袋に手を突っ込み、次々に魔石を取り出していく。最初は凄い数ですね。などと驚いていた両名だったが、魔石の上に魔石を積み上げた辺りで慌てて男が部屋を出て行き、箱をいくつか持って戻ってくる。取り出し作業を続けていると役人が魔石を箱に詰めていた男へ声をかける。
「これ、全て浄化真石ですよね……。霊石の混ざっていない。しかもこの大きさでこの透明度。いくらになるんでしょうか……」
「きちんと計算してみないと何とも言えん。大きさはともかく、ここまで透き通っているものは見たことがない。薬師も鍛冶師も魔導具職人も飛び付くし、美術的な価値も高い。値付けを吹っ掛けても一瞬で売り切れるな」
そこで手を止める。確認しておかなくては。
「あの、一つ確認させて頂きたいのですが。これの卸元が私だという情報が、外に公表されたりは……?」
「職員も人間ですので、そこは絶対にと断言はできません。ですが、まずないと思って頂いて構いません。それは、管理所職員の選定条件にも関わってくるのですが」
「聞かせて頂いても?」
「はい、問題ありません。このことは公表されています。管理所の職員は、同時に上位組織の職員でもあります。我々は極めて機密性の高い情報を取り扱います。都市の運営に関すること、都市内の店舗の経営状況、管理所での依頼者や受注者、利用している冒険者さんの個人情報一つを取ってもそれに当たります。なので、この職に就こうとする人間には人格調査を含め厳しい試験がいくつも課されます。それらの前提条件に『近親に犯罪歴を持つ者がいないこと。夫婦で子供が一人以上いる、または自身か妻が妊娠していること。家族全員がパイト在住であること』というものがあります。要は、罪を犯せば連帯責任で一家全員死刑ということです。なので──」
「失礼なことを申しました、お許し下さい」
「いえ、心配は当然のことと理解できます。お気になさらずに」
そんなにお給料いいのかな。私ならそれでも絶対やりたくないけど……花形なのかもしれない。
そしてダチョウの緑石一個を除いて全ての魔石を出しきった。七十三個。嘘だろ、と自分でも思った。こんなに狩ったか私。
「これで……全てです、もうありません」
袋の中に手を突っ込みながら告げる。荷物はソファーに全て出していた。下着とか。ちょっと恥ずかしい。
「一つだけ確実なのは、今日全ての代金をお渡しすることはできないということです。これは単に管理所の金庫内の資金の関係です。足らなくなると以後の業務に差し支えますので。今日申請すれば明日の夕暮れ前までには用意できます。その為には査定を済ませる必要がありますが」
「身の安全を考えると、管理所に買い取りをお願いするのが一番だと考えています。とりあえず値付けをして頂いて、納得行けば全て買い取って頂きたいです。ただ、今手持ちが心許ないので、いくらかは先に代金を頂きたいのですが」
「それは問題ありません。申し訳ありませんが今しばらくお待ちください。お茶をお持ちします」
男が役人に視線を向け、彼女が出て行く。薬とかの心配は流石にないよね……一応浄化だけはするか。毒に効くかは分からないけど。
会話のない静かな時間が流れる。私は荷物を魔法袋に詰め、男は一つずつ虫眼鏡で魔石を調べ、それについて紙に何かを記している。まさか個別に値付けをするとは……。
どのくらいになるかなぁ、結構な大金みたいだけど。ただの霊石でも価値は他より高いはずだし、ちょっと聞いてみよう。
「作業中に申し訳ありません、一つよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「もしこれがただの……一般的な、普通の質の、ただの霊石だとしたら、一つ当たりどの程度の値を付けられますか?」
「大きさだけを判断材料にするならば、今なら一つ四万後半から五万前半程ですね。霊石とはいえ、通常魔石は在庫により相場が頻繁に動きますので、あくまでもこの程度、という話ではありますが」
「ありがとうございます。お仕事中にごめんなさい、少し気になったものでして」
「いえ、構いませんよ」
そうして彼は作業に没頭する。うん、四、五万……五万って。狼のは三千、ダチョウでも八千だぞ。七十個で、三百六十万以上……。
浄化品が単に一・五倍になるとしても、五百五十万近い。私パイトに来た時銀貨二枚、二百円しか持ってなかったんだけど……円じゃないけどね。
日本とは物価の比較ができないが、五百万だろうが五十万だろうが、一日で稼げる額としては破格もいいところだろう。しかもこれ以上に化けることは確定してる。
(あー夢が広がる。毎日だって個人風呂でお風呂入れるし、壊れかけた靴も買い換えられる。宿の椅子くらいなら自分で買ってもいいな……。少なくとも鎧を壊し続けていれば生活に困らない。ただ、武具とか装飾品に手を伸ばすとなると些か心細い額であるのは確か……だなぁ。良い魔法袋とかも、あのギースが目玉が飛び出るほど高いとか言ってたし。私はリビングメイルの天敵かもしれないけど、他の死の階層はそうとは思えない。油断はできないね)
考え事をしていると役人がお茶を持ってきてくれる。浄化してありがたく頂きます。この世界に来てから初めてお茶を飲みました。すごくおいしいです。
役人が受付に戻らず部屋に残ってくれているので、少し雑談を振ってみる。お店の情報とか、地図についての感謝を述べ、武具や魔法具について色々話を聞いた。美味しいお菓子についてや、化粧品、私服や美容室のようなものについて、他の迷宮都市や図書館についてなども。
久し振りの女子トークに花を咲かせていると、黙々と査定をしていた男が筆を置いた。ご苦労様です。ほんとすいません。
「お待たせしました。主任魔石担当員の私が責任をもって査定をさせて頂きました。こちらが詳細になります。確認よろしくお願いします」
さてさて。