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第二百二十一話

 

 横道は程々にしておき、迷宮を突き進んでいく。

 とは言っても以前のように一息に走り抜けるわけではない。階層のあちこちを回って、彼らが興味のある魔物と戦っているところを見学して口を出したり、私達が戦っているところを見られたり。ひとしきり満足すると次へと向かう。フロンは私が抱えていく。リューンは自分で走りなさい。

 浅い階層では他の冒険者ともすれ違うが、他所のパーティとは不干渉が鉄則。《探査》である程度探っているし、特に接触するようなことにもならない。

 五ブロック全てではないが、横もそれなりに網羅しながら、少しずつ奥へ奥へと進んでいく。やがて砂時計の砂が落ちきった。四時間経過だ。

 朝ひっくり返したので、今はちょうどお昼時だろう。ご飯にしましょ。

「いいね、それ。ねぇ、私も欲しいな?」

 早速お肉がたっぷり挟まったサンドイッチを取り出してもぐもぐし出したリューンが、珍しく食事中に自分から声をかけてくる。

 砂時計四時間一号君だ。おまけに砂時計三十分一号君を取り出して二つともひっくり返す。作るのは別にそう難しくはない。

「別にいいけど、丁寧に扱わないと割れるよ?」

 これらをひっくり返しておけば休憩終了と十六時のタイミングが分かる。砂が落ちきる手前で間食を入れればちょうどいい。

 私は魔法袋から取り出すと見せかけて次元箱から取り出しているので、破損の心配はない。

「迷宮に持って行きたいんじゃなくて……部屋にね、飾りたいなって」

 インテリアか。まぁ別に構いやしない。

「原始的な手ではあるが、便利なのは確かだな。調度品としても申し分ない」

 普通の時計が手に入ればいいんだけど……どうにかして手に入らないかな。迷宮産魔導具でない物が。

「迷宮産出の物があるかは分からんが、時計自体はないこともない。だが、高いぞ。姉さんなら手に入れることはそう難しくはないだろうが」

「時計ですか? なら、お父さんに頼んでみましょうか!」


「……へっ?」

 今何言うた、このポニテわんこ。

「私のお父さん、時計職人なんですよ! お爺ちゃんやお兄ちゃん達もですけど、お父さんが一番上手なんです!」

 なんだと。こんな身近に……話題に挙げたことは確かになかったかもしれないけれど……。

「えっと……はい、お家に時計、いっぱいありました。凄かったです」

 知ってたのか。そういえばお家にお邪魔してたことがあったっけ。

「はい、確かに多種多様な時計が至る所に飾られています。確か王宮にも入れていたとか。輸出は禁じられている……とか何とか伺った記憶がありますが、ペトラが言えば、裏で作っていただけるのではないかと。その、子煩悩な親父さんですので」

 こっちも知ってたのか。お家にお呼ばれする男友達……やっぱり彼氏君だったのかな。割と長いこと一緒にいるが、そういう雰囲気になったところ、一度も見たことがない。

 視線を向けただけで友人ズが教えてくれた。ありがとうありがとう。

「時計って、機械式の?」

「機械……えっと……そうですね、金属とか、宝石とか、魔石を使って、ゼンマイの動力で動かします。振り子の物もありますけど。ただ、ずっと使ってるとズレてしまうので──」

「お昼に合わせ直したりするのかな? 影の向きとかを参考にして」

「そうです! 詳しいですね!」

 クォーツ時計みたいなものではなさそうだ。……魔石で動く時計みたいなものもあるんだろうか。でもまさかガルデにあったとは……。どこでも見なかったと思うけど、私が訪れたことのある場所なんてたかが知れている。

「頼めば、作ってくれるかな? できれば自分でも作ってみたいんだけど……」

 ぶっちゃければ、製法ごと欲しい。

「仕事場に入れてくれるかは、ちょっと……ただ、製法だけなら……何とかなりますよ?」

「お家の方を裏切るようなことはしちゃダメだよ」

 苦笑が溢れる。心を読まないで欲しい。ひょっとして私は結構顔に出るんだろうか。

 確かに欲しいのだが、それはしてはいけない。

 こっそり設計図を流すだなんて、この娘には絶対にそんな真似させたくない。

「一つ買ってバラしてしまえば……何とかなるのではないか?」

 技術系エルフが二人いる。独自に研究を続ければ……自前で生産ができるようになるかもしれない。金属と魔石の加工は頑張れば何とかできると思う。たくさん欲しいわけでも、これで商売がしたいわけでもない。

「それなら大丈夫だと思います! 簡単に真似されるようなヤワな作りじゃないって、普段から豪語してますし!」

 ほっほーう。それは……挑戦だな。

「ペトラちゃんが魔石や宝石に詳しかったのって……」

「はい! 勉強させられました! でも私も、特級品は見たことがなかったです!」

 なるほどだな。魔石と引き換えで製法が手に入らないかな……なんて考えるのは、よくない傾向だ。


 ただ、いわゆる頑固親父タイプなようで、手紙で頼んでもすぐには引き受けてくれないだろうとのことだ。おじさんと長々文通する趣味もない。そのうち北大陸へ赴く必要があるな。

 修行期間が終わったら訪ねてみようか。パイトの所長……ミッター君のお父様にもお礼を言いたいし、ギルマスにも……会えば言いたいことはある。ソフィアを預かってもらったことにも改めてお礼をしておきたい。

 まるっきり趣味にかまけているというわけでもない。北大陸には、リューンちゃんが大好きな魔導都市、エイフィスがある。

 枷と縄は捨てないでおかないと。

(楽しみが増えたなぁ、時計! 別に腕時計が欲しいわけじゃない。あってもいいけど、大きな物でいいんだ。次元箱の中、覗けるし)

 リューンは田舎田舎と馬鹿にしてたけど、ガルデも捨てたものじゃないじゃないの。絶対行こう。これは火山と違って、行かないなんて選択肢はない。


 砂時計三十分一号君の砂が落ちきったところで小休止も終わった。腹ごなしに動かなければ。

 二十七層から順に進んでいく。横に奥にと。年増組がわーっと襲いかかったらすぐに全滅してしまうので、リクエストを受けて一人で立ちまわっている。


 フロンの戦闘はあまり参考にならないだろう。

 魔法袋から杖を取り出して両手に一本ずつ握り、土槍をバンバン飛ばしていく。リズム良く正確に、三十七層の空飛ぶ大クラゲの魔石を狙い撃って爆散させていくのが見ていて心地良い。もう片方の杖は常に控えさせている。

 こいつらは接触すると痺れるので、触手の範囲外から遠距離攻撃で仕留めるのがベストだ。私は余程の事情がない限り避けている。

 フロンの杖……神器杖──神杖──は、現在三本が完成している。火玉、風刃、そして土槍特化の杖達だ。なんでも、火玉以外は杖に合うように術式から刻み直したらしい。フロンの本気度がうかがえるといったものだ。

 長さや太さも任意に変えられるようだが、どこからともなく岩の槍が現れたかと思いきや即座に高速ですっ飛んでいき、正確にクラゲの魔石を貫いて、そのまま地面に着弾して崩れたり崩れなかったりする。これも、放っておけば迷宮に吸収されるとのことだ。在野であればしばらくはそのまま残るとか何とか。なんで魔力が質量を持った岩になるんだと問いたくなってくるが、今更感はある。

 フロンがいわゆる初級に近い魔法ばかり使っているのは、これが最も効率が良いからとのことです。


 リリウムの戦闘はハチャメチャだ。参考にしてはいけない。

 四十一層ハエトリグサの蔦を遠当てでぶっ千切って、襲い来る本体の裏手に一瞬で回り込み、トンファーでグルグルドーン! だ。肉片だの体液だの溶解液だのが盛大に周囲に飛び散るが、本人は一滴たりともかぶっていない。全部こっちに飛んでくる。

 フロンの額に皺が寄ってるのだが、リリウムにはきっと見えていないだろう。ペトラちゃんと二人で足場魔法を使って防いでいる。

 こいつらは……アイオナでも説明したはずなので割愛でいい。


 リューンの戦闘は、参考にするのが難しい。

 優美だ。美人で可愛いリューンがまるで踊っているかのように、無駄なくスルスルと、大量に飛びかかってくる四十七層のカマイタチを空気カマごと避けながら、すれ違いざまに首元を正確に薙いでいく。無駄な力を込めずに必要なだけの膂力で。効率が良すぎてとても美しい。

 こいつらは地面や樹上といった場所で足を止めていないとカマを飛ばせないので、そこの見極めと索敵を怠らないようにすることが肝要だ。

 切れ味強化の術式も、接触の一瞬だけ発動させている。こういった魔力の入出力は気力と同様に割と神経を使うのだけれど、このエルフは当然のようにそれを行っている。地味だが機能美に溢れている……そんな技能だ。これだけは是非とも参考にして欲しい。訓練でなんとかなる。


「サクラの戦闘は……まぁ、参考にしなくていいよ」

「こういう世界があるということだけ、知っておけばよろしい」

 何やら後ろで言われている。お馴染み四十八層幽霊大鬼ゾーンの中心部。階層中からオトモダチが遊びに来てくれる。

 こいつらは足は速いが──足ないけど──横方向への移動に難がある。回避する際はその辺りを意識するといい。

 リューンを真似して最低限度の回避でジャブジャブストレートを躱しながら、ジャブに合わせて本体を打突して浄化真石を生成し、それを見もせずに手持ちにした猫袋へと放り込む。

 そしてまるで弾丸のような速度で駆け出し、次に突っ込んで同じことを繰り返す。

「あ、あの……オーガレイス、こっちに来ませんか? 殴られたら、即死しそうなんですが……」

「ここを動かないのが一番安全だ。よく見ておくといい、あれが足場魔法だ」

 今となっては、足の指から踏み込む爪先ギリギリの大きさの範囲のみに放出したりできる。長年の修練の成果だ。たまにミシミシ音を立てているが、割れることはない。閾値ギリギリの魔力操作を可能としている。

 燃費も良くなるがそれ以上に、足場が大きすぎると魔物の攻撃や身体の一部が引っかかったりしてかえって危険なのだ。

 結構頑張っているのだが、魔力の格はまだまだ足りないわけで……修練が必要だね。

「流石私のサクラ! あれはもう、芸術だね!」

 いやいや、リューン先生には遠く及びません。


 そしてやってきました四十九層。北西四十九層はこの迷宮でも珍しい、完全に気を抜いても大丈夫な階層だ。パパっと皆を浄化し、砂時計八時間二号君をひっくり返す。

「ここは安全だから楽にしていいよ。さて、次はこいつらか」

 ここの水色ゴーレムは、そりゃあもう……固い。

「その前に、試しに三人で一匹倒してみろ。こいつらは攻撃も反撃もしない、今日は移動もここまでだ。存分にやるといい」

 待ってました! と言わんばかりの勢いで、お預けを食らっていたペトラちゃんが手近な一体にバシャバシャと足下の水をまき散らしながら突撃し、聖女ちゃんとミッター君もそれに続く。後ろの二人がおっかなびっくり斬りかかっていたのは最初だけだった。

 そして懐かしい光景が広がる。かつての、リューンとリリウムの姿が重なる。あの時はリリウムも大剣を使っていたっけ。ソフィアの物よりも大きな。

 三人掛かりでボッコボコにして、以前の二人よりはきっちりダメージが入っているようだが……一体バラすのに、それなりの時間を要した。三十分程だろうか。

 ただ、バラバラにではなく、三人で同じ場所を狙い続けていたのは評価できるな。過去の二人はこれができなかった。

 なんだかんだ五十層近くまで進んで、それなりに身体も動かした後に、三十分程度とは言えひっきりなしに斬り続けたのも、アイオナで気絶していた頃からは考えられない進歩だ。

 やはり若者は成長が早い……と言いたいところではあるが、これも全て、日々の積み重ねによるものだ。見ていないところで、彼らもずっと努力してきたんだ。ご褒美の準備を急がなくてはなるまい。



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