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第二百二十話

 

 冒険者の階級が高くても、それが等号で戦闘能力の高さと繋がるわけではない。

 二級の治癒師と三級の脳筋が近距離で試合をすれば、大抵の場合は脳筋が勝つ。だからといって治癒師が脳筋より劣っている、だなんてことはきっと誰も言い出さないだろう。冒険者であれば尚の事だ。

 三級になるにも二級になるにも、昇格試験として対人の模擬戦が行われるわけだが、きっと同じ基準でランクアップさせているわけではないのだと思う。

 私は法術師。浄化使いだ。普通は杖を持って、金刺繍の織り込まれた白いローブでも着込んで、祈りの力に見せかけて、浄化術式を用いた魔法で魔物を魔石にしたり、悪霊や瘴気を祓っていたりするのだろう。

 だから思っていたのかもしれない。一級とはいえ……と。

 だが世の中にはいるのだ。階級相応の近接戦闘能力を持った、似非術師というものが。

「お姉さんって、こんなに強かったの……?」

 かつて杖を持って、刺繍の織り込まれた白いローブを着込んで、祈りと魔力と気合と根性で仲間を守っていたエイクイルの元聖女ちゃん。そんな彼女が呆気にとられている。

 中央二十四層と二十五層。準備運動と死竜。合わせて要した戦闘時間はほんの数分で、死竜戦は階層突入から討伐まで二十秒とかからなかった。


「ソフィア、知らなかったの?」

「知らなかった! 見せてもらったことないもん!」

(もん、って……年を考えなさい年を)

 わんこたちがじゃれている。じゃれているわけではないのかな、何かソフィアが荒ぶっている。

 んなわけない。と思ったのだが……よくよく思い返してみれば……そうだったかもしれない。

 パイトの死層で霊鎧から彼女とおまけの騎士達を救出した際、私は確か……戦っていない。過去は都度湧いてきた個体を撃退しながら大岩まで戻った気がする、復路でダチョウも追い払った。

 今回は完全に霊鎧を殲滅してから聖女ちゃんの結界を破った気がする。ダチョウゾーンには他の冒険者がいてくれた。

 パイトからコンパーラを経由して王都へと移動した時も……確か、戦っていない。この娘に気力の擬態を仕込んでいた。魔物はそれほど多くなかったし、そもそも《探査》の修練も兼ねて全て避けていたはず。

 ガルデでは魔物を間引いてきてくれと頼まれた時にちょっと働いたくらいで、当然ながらその時彼女は同伴していない。その後軽く手合わせはした気がするけれど。

 西大陸の……ヴァーリルで再会してから港町に移動する際の護衛依頼も、南大陸に着いてからアイオナまで移動する護衛の最中も、私は口以外出していなかった……と思う。『黒いの』でちょっと暴れたが、あの時この子達は馬車の中で休んでいた。

 それからも迷宮には何度か入ったけど、見学以上のことは……しなかったんじゃないかな。


 一方ペトラちゃんは、私が一級になる際の昇格試験を見ていたらしい。足場魔法を披露したのはこの話がきっかけだった。きっとあの観客の中にいたんだろう。

 アイオナの迷宮では……この時も別に戦ってはいないな。爆発キノコで二人が失神している間、リリウムとリューンが遊んでいるのは見ていたはずだけど。私は気絶組のそばに居た。

 リューンやリリウムはこの子達と迷宮で一緒にいる時間が私よりも遥かに長い。なので実力の程もある程度知ってはいたのだろうが。

「二十五層って! 駆け出しは絶対に入ったらダメだって言われてた場所じゃない! 一瞬だよ一瞬! 近づいた瞬間に終わったよ! すごすぎるよ!」

 ダーッと走って高度を上げて、頭をガツンと殴ればそれで終わる。後から走ってやってきた六人は、魔石が収縮する現場を眺めるだけ。宝箱が生える瞬間は見れただろうか。

 残された普通の形の浄化真石と宝箱一個。魔石だけ拾って中央二十六層方面へと移動を開始した。のだが──。

(おー、何か……予想してなかったぞ、これは。何かすっごい崇められてる気がする……)

 わふわふしている。目が輝いて……きっとこれは尊敬の眼差しというやつだな。っていうかこの娘は、私を何だと思っていたんだろう。

 だがもう階層を移動したのだ、切り替えて欲しい。聖女ちゃんが荒ぶっていて話が進まない。少し落ち着いてくれ。リリウムは呆れ顔を隠していないし、リューンは苦笑して困り顔、フロンは小さくため息をついている。

 わんこそっちのけでとりあえず浄化術式で全員をキレイキレイにする。私は知っている。瘴気は毒だと。死竜の階層のこれは割と濃い。持っててよかった浄化魔法だ。

 ソフィアが荒ぶっているのは瘴気が原因ではないことが分かった。


「今でこそ一瞬だけど、昔は何百回も殴りつけて……それでも倒せなくて引き返したこともあったんだよ」

「そ、そうなんですか……?」

 そうなんです。いやー懐かしい、お腹や足を何度も何度も何度も……持っててよかった足場魔法だ。

「戦闘訓練にも明け暮れたけど、それよりも大事なのは地力だと私は思ってる。気力を鍛えた。魔力も鍛えた。生力だって鍛えた。今も鍛えてる。私は別にいじわるで火山や氷山に連れて行くなんて言い出したわけじゃないんだよ。いくら戦い慣れていても、装備が優れていても……スタミナが、集中力が切れたら死ぬ。気を抜いたら次の瞬間には命がないかもしれないからね。ルナはパイトやアイオナと違って階層間の通路がないでしょ? 外と同じで、安全に気を抜ける場所はとても少ない。鍛えるっていうことは、そういう心構えを含めてだと思うんだ」

 だから備えるんだ。地力を鍛え、装備を揃え。心も、仲間も──同じことだ。

「私はソフィアが火山に行きたくないって言うなら、もう無理して連れていこうとは思わない。だからせめて、迷宮内で、魔物が多くうろついている階層で気を抜くのだけは止めて。大蜘蛛だって私達を殺せる。今ソフィアがはしゃいでいられるのは、仲間が周囲を警戒してくれているからだ。ここはどこ? 催し物を観覧するような心持ちでいられると迷惑だ。真剣にやる気がないなら、帰って」

 言いたくないけど、言わなくちゃいけない。これは私の役目だ。お姉ちゃんだもの。


「サクラさん、言うねぇ……」

「アイオナで言っていたじゃないか。可愛がってはいるけれど、甘やかしはしないって」

 ここからはまず若者三人が戦い、それに対して意見を出したり、私達の戦い方を見たり、それに対して質疑応答をしたり──といった流れになる予定だったのだが、しばらくはソフィアがあうあう言って精彩を欠いてしまった。

 私までこれに引っ張られて無様な姿を晒すわけにはいかない。虚勢を張ってでも落ち着いていないと。

 迷宮に入る以上、お姫様扱いはできない。

「少し注意をされたくらいで心を乱すな。切り替えろ。いつまでもそんなことじゃ見限られるぞ?」

「う、うん……分かっては、いるんだけど……」

「注意されてる間が花だよ! 私もよく教官に怒られてたよ!」

「とばっちりを食らっていたこっちの身にもなってくれ……お前はいつもいつも」

 軽口を叩き合いながら、体長二メートルほどの大蜘蛛を三人掛かりで切り崩している。

 連携は取れている。ミッター君が突っ込み、ペトラちゃんがちょっかいを出し、ソフィアがぶった斬る。元騎士学生組が周囲を警戒して、ソフィアは動きを止めた魔物へのトドメ役を担っていることが多いように感じる。ただ、切れ味強化を使っていない? 膂力だけで押し切っているような気がするのは、きっと……気のせいではない。

「ソフィアって、エルフの身体強化魔法刻める?」

 年寄り組は若者組からは少し距離をとって見学している。聞こえないとは思うが、リューンに小声で尋ねてみる。

「無理無理。ドワーフの方はいけるけど……足場魔法覚えたがってるし、それもしばらくは無理じゃない?」

 ソフィアは確か……治癒と切れ味強化の二つだけしか刻んでいないはずだ。あれからそこそこ時間が経っているし、成長していると言っても……身体強化術式と足場魔法とを追加で刻むのは難しい。

「あの娘、切れ味強化使ってないよね?」

「使ってないね。この辺はまだ柔いのもあるけど……治癒のことも考えたら、あまり乱用もできないんじゃないかな。術者が剣に纏うのは燃費も悪いから」

「……そんなに?」

「そんなに。三倍くらい魔力使う」

 三倍……三倍か。リューンが以前こっちも刻んでいたかは……ちょっと記憶が曖昧だが、若者組に刻む際に自身で確認したのかもしれない。リューンが言うのだから、そうなのだろう。

 確かに言ってた気がする。剣に刻んだ方が、燃費が良いとか何とか。

 ルナで人造魔導剣を作る計画を話し合っていた際に。これは船の中だったかな? まぁ、とにかく。

「フロンの火玉強化も、自身に刻むと燃費悪くなるの?」

「似たような術式を構築して我が身に刻んだと仮定すれば……そうだな、やはり二倍から三倍くらいにはなってしまう」

「そもそも、あの子達が刻んでる切断力強化と剣に刻んでいる術式は厳密に言えば違うものだから、一概に比較はできないんだよ。効果も剣に使ってる物の方が単純に高いよ」

 そうなのか。不勉強で大変申し訳ないのだが、私はその違いすら分からない。三千年では足りそうにない。


 入れ替わりで戦おうにも、一撃だ。フロンが一撃で消し炭にし、リューンが一撃で大蜘蛛の足をかいくぐって胴体を真っ二つにし、リリウムはその場で遠当てを投げて無造作に爆散させてみせた。私も適当に近づいて一撃で《浄化》する。立ち回りも何もあったものじゃない。参考になんてならないと思う。

「ペトラはバランスが良くなったね。重心が右に寄っていたのが是正された。盾はいい手だ、私も持とうかな」

 流石元祖先生、よく見ている。これは本当に、本当に! 私も少し感じていた。片手で握った剣が若干重いのか、身体が右に……反時計回りの動きを好む傾向があったことを。

 だからといって勝手に剣を軽くするわけにもいかない。なにせこの重さは、ほぼ彼女からのリクエスト通りなのだ。傾いていたのは単に装備のバランスが悪かったからだろう。

「ミッターは盾の扱いが良くなりましたね。ですがまだ衝撃に足腰が負けています。修練なさい」

「はい、地力の重要性は理解しています。怠ることなく努めます」

 真面目君だ。これを巻き添えにして怒られていたペトラちゃんは……でも、昔は委員長気質の真面目ちゃんじゃなかったっけ。

「盾に角度付けた方がいいかな?」

 受け止めるか受け流すかで、盾の在り方もまた違う。

「そういった盾があるのも確かなのですが、自分にはこちらの方が……この件に関しましては、後日レポートを提出しますので」

 宿題を忘れていない。真面目君だ、とてもやりやすくていい。

「あとは……ソフィア」

 そんなにビクビクしないで欲しい。いつまでもネチネチ言うなんてことはしない。

「大振りにするスタイルが馴染んでいるなら、それはもういいよ。無闇に突っ込んでもいないし、合ってるんだと思う。とりあえず切断力……切れ味強化の術式は消しな。かわりに剣に埋め込んであげる。二人のにもね」

「剣に……ですか?」

「それ、魔導剣にしてあげる。術式が一つ分空くよ」

「まっ!?」

 まっ。まっ、だ。隣で聞いていたペトラちゃんが超喜んでいる。一長一短はあるからね。


 今のソフィアは、魔力の修練がしにくいのではないだろうか。

 術式によって、格や器の育ちやすさというものが違う。私で言えば『変形』と『変質』は確実に育ちやすい術式だ。これは消費が少ないし、こねこねしているだけで魔力が、特に格がグングン育つ。当社比ではあるが。

 この子達は慎重だ。とても良いことだと思う。ただそのお陰でと言うべきか、弊害と言うべきか、治癒も切断力強化も使う機会が少ないのだと思う。

 それに、これらが修練に向くかといえば少々怪しいのではないかと睨んでいる。彼女は魔力を溢れさせて、無駄にしていることが多いのではないだろうか。いざという時に治癒が使えないのは失態だが、温存のし過ぎで魔力を余らせ、成長の機会を逸しているというのも、正しいとは言い難い。

 ──努力の全てが等号で成果に繋がるほど、世界は優しくもないのだけれども。

「魔力面なんだけど、ちょっと本格的に面倒見てあげてくれないかな?」

 おねがぁい、フロンおねぇちゃぁん。

「いいだろう。後一、二年あるのだったな。みっちり鍛えてやる。──私は三人ほど優しくはないぞ?」

「何度寝首を掻いてやろうと思ったことか……懐かしいですわね」

 私が可愛くお願いすればフロンはイチコロだ。ソフィアのことも可愛がって欲しい。死なせなければ文句は言わない。なにせセルフヒーリングわんこだ。


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