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第二百十八話

 

 フロンを口説く。エルフ組の中でどの程度私の事情が周知されているのかは知らないが、最も私と女神様の事情を把握しているのは間違いなくフロンだ。

 真の技法という言葉も彼女は耳にしているはずなので、話は早い。


「──と言うわけでね。さっき見せたアレと、私の《結界》の特異性から、技法には魔法術式が関係していると思うんだ」

「ふむ……話は理解した。探査に類する索敵系魔法の術式は何とでもなる。だが、転移か──」

 いつものように四十八層で幽霊大鬼から浄化真石を、その後に七十三と七十八層で竜の皮と大根を集め、ついでに近くの階層を巡ってから帰宅した。

 今は居間──リビング──でも食堂でもなく、誰彼問わず勝手に入ってくる私の私室でもなく、『作業中開扉厳禁』の札を掛けて、私の聖域、私の神域……鍛冶場で話をしている。

 こうして足で訪れてブックマークに入れておけば、次からは直に階層へと転移できるというのが、私とフロンの転移の最大の違い。これが欲しい。


「フロンの虎の子なのは理解してる。でも承知の上でお願いしたいんだ。ダメかな?」

 互いの顔が見える程度の明るさしかない鍛冶場で、面と向かい合って頭を下げる。

 リューンやソフィアと違い、フロンは可愛く媚びても効かない。たぶん。なので真摯に頭を下げるしかない。

「ダメということはない。今更姉さんに転移術式の一つや二つ増えようが変わらない、それは気にするようなことではないさ。認識阻害の非常識さも体験している、横着せねば漏れる危険もない。伝授することに難色を示しているわけではない。ただな……」

 難航することを予想していたが、あっさり許可が下りた。やったね! だが、現実はそう甘くはない。

「先祖の……名誉も糞もないが、これはそれほど洗練された術式というわけではないんだ。失伝を避けるという目的のために、太古の昔から連綿と受け継がれてきたものを、私もただ引き継いでいるだけに過ぎん。個々人に対して最適化されてもいないし、術式その物の改良も成されていない。コレは、魂を専有する領域(スペース)が広過ぎるんだよ。今の姉さんではそもそも──他の術式を全て消してやっと、という感じだろうな。格が明確に足りていない」


 力不足。力不足を指摘される。割と新鮮な経験ではある。過去も、その前からも、もちろん今も、他者から面と向かってはっきりと、力が足りないなどと言われたことは……パッと思い浮かばないな。なかったわけではないのだろうが。

「それは……どうしようもないね。身体強化は二種とも消せないし、浄化と足場魔法も同様だ。変質と変形を消したら物作りができなくなるし……索敵も欲しいし。まだ試したい術式だって色々あるし……」

 しょんぼりだ。私の全てと引き替えにして……それは無理だ。できない。そもそも技法に到れるどうかも怪しいのだから。

「姉さんの魔力の格は、(ひと)種として見れば、まぁそこそこだ。ただエルフの基準からすれば、まだまだ幼子のそれに近い。魔力を使い始めてまだ十年そこらだろ? 当たり前の話ではある。あと……そうだな、数十年頑張ってみてくれ。その時は私自らの手で伝授することを約束するよ」

 そうして、慈愛に満ちた表情で頭を撫でられた。気を落とすな、と。少し恥ずかしい。照れてしまう……やっぱり私は妹枠なんだな。

「妹か……そうだな、妹のように思っている。可愛い妹分の頼みだ、私も喜んで協力しよう。焦る必要などない」

 フロンの手はとても温かかった。そんなことも、知らなかった。


「それで、思ったのだが……神力の身体強化、過去に使っていたな? ゴーレムを易々と貫いていたあれのことだと推測している。浄化術式を介してあの力を引き出せないだろうか」

 このまままったりして解散、となるかと思っていたが、不意に発せられたフロンの言葉に思考が停止した。

「浄化で? 浄化でどうやっ──」

 かつて、ハイエルフの身体強化の術式に神力が通ったことがあった。

 二人羽織の難度に業を煮やし、八つ当たりで思いっきり身体を動かした際に、偶然使えるようになった……私の四種目の身体強化。

 私の名もなき女神様は、あれは身体強化ではないと言っていたけれど。

 あれは私を覆っていたふわふわを身体強化の術式に流し込むことによって無理やり成していた。ふわふわが体内に引っ込んだ今、どう工夫しても神力は身体強化の術式に通らない。

 控えめに言って半分以上、本音は完全に諦めていたが……もしかして。もしかして……だ。

「ねぇ、あれって、私の身体の……どの辺りまで作用するの?」

 私に刻まれた浄化魔法。新規に構築された、自浄の術式。

「それはもちろん、読んで字の如く『全身』だ。専用設計でな。あのリューンが半端な効果範囲を許すわけがないだろう」


 強大な瘴気持ちとの死闘の最中に、身体浄化から身体強化が目覚め、すーぱーぱわーで強敵を打ち砕く。そんなフラグが折れた。

 忙しかったのもあったし、単に自分で《浄化》した方が手っ取り早いからと、今までろくに試すことすらしていなかった。

 船内でもうちょっと真面目に検証しておくんだった。ごめんねリューン。

「──問題はなさそうだな」

 同調した。少しプロセスが複雑で、以前と比べて扱いが難しいが、身体強化の魔法術式に神力が通る。これは革命だ。

 三種強化の現在と、四種強化の過去。今も怠ることなく修練を積んでいるとは言え、その強化の度合は確実に後者の方が大きかった。

 そして今、五種強化を会得するに至る。

 気力による身体強化、ドワーフの身体強化魔法、ハイエルフの身体強化魔法の三種から、浄化術式の自浄を働かせると、ドワーフの術式に神力を通すことが可能になる。この四種強化を維持しながらであれば、五種目としてハイエルフの術式にも神力が通ることを確認できた。

「問題は……ないけど、あるね」

 セント・ルナ北西四十九層、水色ゴーレムゾーンで検証を行っていたが、すぐに中止する羽目になった。強化が切れる。

「瘴気を飼い慣らす必要があることは……リューンには黙っておくとしよう」

 当然の話ではあるのだが、自浄魔法を働かせるには私が瘴気に汚染されている必要がある。

 その上、私の身体は非常に微細にではあるが、放っておいても自身と周囲に対して《浄化》の──清めの力が働いているようなのだ。

 フロンはなんとなく察していたらしい。使徒化の影響も疑ったが、リリウムが一切船酔いしなかったのはおかしいとかなんとか言って。

 さておき、私はある程度の瘴気であれば、時間を置けば勝手に消化、あるいは消火──普通に浄化でいいな──される。

 自浄魔法を起動させれば積極的に瘴気を祓ってしまい、瘴気を検知できなくなれば勝手に止まる。その時点で神力を使った身体強化、四種目と五種目への神力供給がストップしてしまうというわけだ。

「意図して汚染させることができれば──」

 瘴気を蓄えておいて、好きなタイミングで我が身を汚して、術式に浄化させながら身体強化を。

 できなくはなさそうだ。瘴気は魔石に吸わせたりできるわけで、上手くやれば──。

 悩ましい。追加で身体強化が二種もかかるんだ。これを死蔵させておくのはあまりにも惜しい。何か策を考えなくては。そう思いはするのだが。

「……度が過ぎるとまた封印することになるぞ。リューンにはバレないようにな」

 ヤダヤダ! 封印怖い! 泣いちゃう!


 それに、泣き虫エルフも泣くだろう。私は外から見れば明確に異常だと分かるほどに汚染されていても、自覚症状が全く現れない。飼い慣らしているようで瘴気に飲まれていても気付けない。

 意識がある間は瘴気が漏れ出たりもしない。封印中は駄々漏れだったようだけど。

 自分から瘴気に染まって……またあのようなことにでもなれば。泣くだろう。それはとても、胸が痛い。

「術式に手を加えるか? 自浄の力を弱めてしまえば……多少時間を伸長させることは可能だろう。それ自体は簡単にできるぞ。口裏を合わせてこっそり施術してやってもいい」

「ぐぬぬ……」

 悩む。悩ましい。これがバンバン常用できる力であれば悩む必要もないのだが……時間制限付き、しかも極端に短い、下準備が必要な……まさに必殺技だ。

 そのために、保険の力を弱めて──いや、正直になろう。またベッドで三日も寝て過ごすのは……キツイ。

 現実はそう甘くない。甘くないのだから……備えねばならない。努めねばならない。

 いずれにせよ、とりあえず浄化術式は……しばらくの間、使わないでおいておこう。

 それは浄化の技法の検証中止を意味するわけだけど、今は保留だ。



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[一言] フロン×サクラもいいなって
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