第二百十六話
日を改め、リューンと二人で迷宮へと赴く。
フロンはここ最近働き詰めだったのでしばらくお休み。リリウムも疲れが抜けきっていないとのことなので置いてきた。
私の体温は寝て起きたら回復していた。リリウムとの温度差から、回復力に差がありそうな気がする。
フロンが忙しくしていたのだから、行動をほぼ共にしていたリューンも疲れてると思うのだが……付いてくると言って聞かないので、今日は二人っきりだ。
「一人で行かせたら、何してくるか分かんないからね!」
子供扱いしないで欲しいのだが、色々と前科があるので強くも言えない。
うちの子達も同行は遠慮してもらっている。用があるのは七十層以降だ。
南大陸で、ペトラちゃんと二人でテントに泊まっている際に話題に挙がった、優れた断熱効果を持つ飛竜の皮膜。その持ち主がルナにいるらしい。
詳細を知っていたフロンに話を聞いてみたところ、おまけに面白マテリアルの話が出てきたので、興味を惹かれて急遽取りに行くことにした。
ついでに道中の魔石の質や分布についても調べていくことにする。技法の検証はまた今度だ。
セント・ルナの大迷宮。その発見されている一番深い階層は東の九十七層らしいのだが、ただ辿り着いたという伝説が残っているだけで、どんな魔物が出るのか、どのような環境の階層なのかも、確かな情報は一切残されていない。
そのようなものが残っているのは八十層の前半まで。お目当ての飛竜はその少し手前、七十三層に棲息している。
今回探索する階層は出現する魔物も階層の様相も割れている。毒まみれといった下準備が必要な階層は避け、あまり市場に出回ることのない、こういった深部の……ある意味希少な魔物の死骸も一通り持ち帰ろうと考えている。何がどう有効に使えるかも分からない。
特に興味があるのは飛竜の皮。それと──。
「おー、こいつらか」
「私も初めて見たよ。なんか……気持ち悪いね」
白い、モアイ? しかめっ面をしているように見えなくもない、一メートル半程度の大きさの、肩から上だけの、伸びた生首のような魔物。
これは一応植物系に分類されているらしい。しっかりと根付いているとか何とか。大根かな?
不用意に、無造作に近づいていく。一応《結界》を控えさせてはいるが、必要ないだろう。なにせこいつらは、何もしないことで有名らしいのだ。
移動もせず、攻撃も反撃もせず、強いて言えば見られているように見えなくもないが、別に視線が動いてこちらに向いてくるというわけでもない。
ボーナスステージだ。今は人っ子一人いないが、深部へ向かう冒険者のキャンプ地として使われているとか何とか。
こんなサンドバッグみたいな魔物がどうして七十八層なんて深めの階層に居るんだという話だが、謎だ。
こいつらは、謎だ。何も分かっていない。倒せないらしい。斬撃も打撃も魔法も、ありとあらゆる攻撃に耐え、傷ひとつ付かず、燃えず凍らず傷まず。戦ったことのある冒険者はそれなりにいるようだが、体力や魔力を浪費するだけで徒労に終わる。
「じゃあ……リューン先生、お願いします」
「うん、やってみるよ……やりにくいなぁ……」
わざわざ後頭部に回って、目にも留まらぬ疾さで抜刀するも、薙いだ刃先がぐにょん、と沈んだ後に弾き返された。
その後何度か突いていたが、ぶにょぶにょとへこむだけですぐに元に戻ってしまう。近くでよく見れば多少切れ目は入っているようだが、切断するには至らない。
「無理そう?」
「時間をかければ斬れそうではあるけど……今はいいよ。じゃあ、サクラ先生! お願いします!」
「あいよ!」
リューンと交代して白モアイの後頭部を身体強化三種掛けのみで打突する。少しだけへこむ。続けて近当てを込めて突くも、一瞬だけより深く沈み込んだ後に弾き飛ばされた。物凄い勢いで細かくブルブルと震えていて、ちょっと気持ち悪い。
「衝撃波は通ってるみたいなんだけど……」
確かに倒せないというのも無理はない。これが積極的に襲い掛かってきたら私も逃げると思う。
「浄化は込めたの?」
「込めてない。やってみる──よっ!」
いつぞやの死竜戦の折、何百回浄化で殴りつけたんだったか──五十回そこら殴りつけたことで白モアイが収縮を開始し、今までで一番大きい浄化蒼石を残して消えた。《浄化》は通る。
(蒼石? 植物系なのに)
雑草にトレントからハエトリグサまで、この手の植物系の魔物からは土石が取れることがほとんどだ。こいつは大根じゃないのかもしれない。
「……質は普通かな、極上まで落ちはしないけど、特級の下から中って感じ。特別良くはないね」
「……質はね」
質はだ。大きさが狂っている。私が一級冒険者になる原因となったパイト第二迷宮のサイみたいなやつ。あのトリケラトプスモドキの魔石はミッター君でもないと片手で持ち上げられないようなサイズになっていたが、これはそれよりも更にでかい。リューンの頭くらいありそうだ。試しに身体強化を切ってみたら潰れそうになった。慌てて戻す。
「うわ、重っ……ちょっと持ってみてよ、すごいよこれ」
下投げでホイッとリューンに放ってみた。剣を股に挟んで、わたわたして抱え込むのが可愛い。
「ちょっと! いきなり投げな──に、これ……すごいね、魔力量が……」
「多いよね?」
「うん、多い。普段使ってる魔石の何倍あるんだろう、数百倍とかあるかも……ただでさえ大きいのに、とにかくたくさんね、みっちり詰まってる感じがする」
格はそうでもないが、器がやたら広くて満タンまでギッチリと詰まっている。そんな印象を受ける大根の石。浄化蒼石。
「上手く使えそう?」
「うーん……ものすごくもったいない話ではあるんだけど、水の保険に使うのはありかも」
水石や浄化蒼石から水──飲用できる水を作ることができる。できるのだが、恐ろしく効率が悪い。
このことはかなり早い段階でリューンから聞かされていたので、水石から水を作るような魔導具は過去から今に至るまで、私は一度も所有していなかった。
「どのくらい作れそう? 樽一つ分くらいにはなるかな?」
腐らない水の原石。変な表現だが、保険として抱えておくのはありかもしれない。
「パパッと作った魔導具でも、大樽三つ四つ分くらいは確実に作れる。効率を上げれば……五樽いけるかどうか、かな。六樽までは無理だと思う」
それは悪くない。悪くないぞ。リューンの頭一つから大樽三つ分は、かなりだ。すごくだ。とてもだ。これは──根こそぎだな。収穫してしまおう。
話をしながら早速二匹目に取り掛かっている。根絶やしにして全部持って帰ろう。これは私の物だ。
数匹分は死体を持ち帰りたいのだが、『黒いの』の出番はしばらく回ってこなかった。
適当に振るっただけでは『黒いの』でも一刀両断とはいかなかった。
リューンにアドバイスを受けながら魔剣を構えて刃筋を立てて、白モアイを生きたまま解体していく。魔石の在処を確認するために。
リューンにはやってもらえないのが、名付けされた武器の難点だ。この子は私以外が手に取ると、拗ねる。
「ん、あったよサクラ! ほらここ、この……首筋の辺り」
上から順繰りに崩していき、土台近くまで削ってようやく魔石を確認することができた。リューンの目からは逃れられない。まだ埋没しているのに。
少し慎重に『黒いの』でほじくっていると、これまた巨大な、普通の水石が顔を出した。それを抉り出すと、白モアイはそれまでの頑強さが嘘のようにやる気を失い、鮮度が落ちたかのように、まるで腐り落ちたかのようにしてグズグズに溶けてしまった。
「生きてる間にバラさないとダメみたいだね」
切り離していた部位は新鮮そのものだ。これは普通に使えそう。
(いや、このグズグズも……盾に挟む?)
「よく分からない生態してるね。何のためにこんなところで……生えてるんだろう」
謎だ。謎の白モアイ大根。私の打撃やリューンの斬撃をも意に介さない防御力。だが『黒いの』があれば加工できる。
それに瘴気持ちの黒モアイ。こいつらもやっぱり何の反応も返さなかったが、何度も《浄化》を叩き込むことで、リューンの頭より更に大きな、巨大な浄化黒石が手に入った。
「本体の性質は変わらないか。でもこれは──」
白大根よりも、硬めのゴムっぽい。これも普通に防具に使えそうだ。加工その物も、やはり『黒いの』を用いれば不可能ではない。
とりあえず白黒問わず、盾の緩衝材に使えそうだ。夢が広がるが、とりあえず仕事を片付けて帰ってからだな。次はフロンも連れてこよう。
「残りも収穫して帰ろうか。 飛竜も取っていかなきゃ」
「そう! そうだよ飛竜だよ! 楽しみだなぁ!」
憧れの人にこれから会えます! みたいな表情で喜んでいるリューン。超可愛い。やっぱりハイエルフはドラゴンが好きなんだなぁ。
──というわけではない。
ドラゴンは、美味な種が多いとかなんとか。
「いっぱいとれたねぇ、嬉しいなぁ……」
絶え間なく降ってくる体長二メートル程の小型飛竜──ドラゴンじゃなくてワイバーンだった──の頭を片っ端から潰し、斬り飛ばして、適当に血抜きをしながら雑談している。狩り尽くしてしまったので、今は階層に何もいない。
特段話すこともない。リューンの束縛魔法で墜落させて、淡々と頭を飛ばしていくだけの作業。メガネなしとはいえ、相方の対空力は依然として狂っている。何一つ自由を許さなかった。
(空飛ぶ魔法師なんて、それこそカモネギみたいなものだろうな……。やっぱりリューンの剣には魔力破壊をつけたいところだ)
後付でなんとかできればいいんだけど、そううまい話はない。作り直さないといけない。ただ、あの剣のことを気に入ってくれているし……そのうちだな。
そのリューンちゃんはお気に入りの剣で、嬉々として飛竜の解体を進めている。何も言わなければ味見まで済ませていきそうな雰囲気だ。
(まぁいいかと言いたいところではあるんだけど、毒持ってんじゃないの、こいつ。肉の色がおどろおどろしいんだけど……)
魔物図鑑には載っていなかった気がする。フグみたいに局地的に食べられないとかもあるかもしれないし、一度お家に帰りましょう。