第二百十一話
下準備が必要になる。
いつかのように大量の浄化真石が必要だ。杖本体にも型にも使うわけで、しばらくは幽霊大鬼は私専用にさせてもらおう。
この際数本下位互換品が生まれるのは仕方ない。やりすぎてフロンに破裂されては困る。無理せずに下からちょうどいい塩梅を探って欲しい。一発目で破損してもいいなら、木剣に術式を刻んだような物で検証はできる。完全に手探りというわけでもない。
火弾と火嵐で術者にかかる反動もまた変わってくるはずだ。燃費との兼ね合いもある。剣と違って放出魔法を全く扱わない私には、杖の良し悪しなど本当にちっともさっぱり全然分からない。言われた通りに手を動かすしかない。
「サクラ、猫です! 先端は猫さんの形にしましょう!」
「おい! 余計なことを言うな! 姉さん、それはなしだ。必要ない。普通にしてくれ。頼むぞ」
可愛いと思うけど、フロンが嫌がるなら仕方ない。押し付けは良くない。
試しにリリウムの言うところの、猫杖を模型で作ってみる。猫さんが……顔を洗っている。どやー! めんこいやろー!
「……可愛いのは認める。認めるが、頼むから普通の作りにしてくれ……気が抜けてしまう……」
押し付けは良くないな。猫の手も却下されてしまった。残念。
いつだったかはもう曖昧だが、リューンに鼻で笑われたことは覚えている。
魔力の消費を減らすことはできない。
装備しているだけで魔力消費五十パーセントカット、みたいな都合のいいアクセサリーは存在しない。お伽噺の中にしか。
なのでまぁ、効率の良い術式、燃費の良い装備を作るとなると……用途に応じた、個々人に見合った専用のものが必要になってくる。良い杖は剣以上に金も手間も掛かる、大変な金食い虫だということを学習した。
私の足場魔法や浄化術式も、私の魔法回路や適性といったものを鑑みて、一から専用に構築されたものだ。
身体強化の術式もかなりの部分が私用にチューンされていて、似たような術式ではあるものの、私とリューンに刻み込まれているハイエルフの身体強化術式も細部……パラメータの設定がかなり違うらしい。
専用品と汎用品には天地程の性能差が生じる。今回フロンがリューンと合同で用意した術式もそういった、いわばフロン専用魔法杖用術式、火属性バージョンといった代物。
アダマンタイトは不滅ではない。正直『黒いの』レベルの規格外品でぶった切らないと破損しないのではないかと、心のどこかで思っていたのだが、そんなことはなかった。普通に破損する。爆発する。
「あれっぽっちの術式で耐えられなくなるのか……」
《結界》を張っていなければ私達もタダでは済まなかっただろう。迷宮の地面が派手に抉れてしまった。
「ふむ、そのようだ」
術式の体を成していない火の魔力が周囲に広がって、運悪く女二人を捕食にきていた魔物を紫色の炎が適当に焼き散らしていく。酷いことをするね。
ただのアダマンタイトに術式を転写しまくって作った試作短杖を手に持ち、フロンが魔力を流したところ、炎と同色の紫色に光輝き、内部から裂けるようにして壊れてしまった。ズタズタになった、逆剥けだらけのトゲトゲ棒を残して。
武器として使ったら結構いい線いきそうだが、これはどちらかと言えば拷問用だな。いい感じに肉がすりおろされそう。
(……金棒かな? 鬼が使いそうだ。あとで作ってみよう)
「見ての通りだ姉さん。術式は重ねれば重ねるほど、負荷が飛躍的に増大していく。アダマンタイトを壊せるほどだ。だが私個人に対する負荷は代替させれば極めて軽い。保険をきっちり掛けて、杖が破損しないという前提が崩れなければ……まだまだいけると言うことだ!」
超嬉しそう。ちょっと魔力を流しただけで、それなりの階層の魔物が焼け死んでいくのだから、威力は凄まじい。
術式を増やせば燃費が悪化することを忘れないで欲しいのだが、それこそ釈迦に説法だ。フロンの脳内で一体どのような構想が練り上がっているのか正直怖くて聞きたくない。
「問題は術式を刻むスペース……そのままの意味で面積が足りていないという点だが……ふむ。うむ──」
面積が足りないのであれば増やせばいい。
短杖で足りなければ長杖を、ただの円柱で足りないなら……装飾を施して、表面積を増やす。
自宅に帰ってリビングにて、お茶を飲みながらの反省会だ。リューンは一人でお仕事に出掛けていて居ない。
「ほら、猫さんの出番ですわ! きっと……いえ、とても可愛いらしい一品に仕上がりますわ!」
「猫さん、イレズミだらけになるよ」
橙石で作った猫の置物に術式モドキを刻んでみると、リリウムに取り上げられてキッっと睨まれた。
「そんなこと認められません! なんて酷いことを……フロン! そんなことはわたくしが許しませんわ!」
「ちょっと黙ってろ──だが、一理なくもない……」
うちの子達もいないのでリリウムがはっちゃけている。賑やかで結構なことだが、話が進まない。どうしたもんか。
置物からイレズミを除去して綺麗にしてやる。先端に重量物を配置するのは、鈍器として扱わないのであれば微妙も微妙だ。
単に表面積を増やすだけなら球体をたくさん──それこそブドウのようにしてしまえば事足りると思うのだが、術式との兼ね合いがある。
細い杖の上に筒を被せて表面積を増やし、術式を二倍三倍に……とすると、そもそも機能しなくなるとかで、これもなしだ。
「後は単純に太くするか、長くするか……どっちも微妙だ」
「微妙だな。長すぎる杖は取り回しが難しくなるし、金属杖だ。私は非力であるし、太くするのも好ましくない。重すぎるのも困る」
「フロンはモヤシっ子ですからね」
「気力バカと一緒にしないでくれ」
モヤシなんて見たことないんだけど、探せばどこかにあるんだろうか。
「身体強化術式があるではありませんか、フロンも杖でバシバシと魔物を叩き伏せればいいのです!」
「なしではないと思うけど、本末転倒もいいところだよ」
そもそも適性的にフロンは全身強化の術式を使えない。ドワーフの方ならいけるだろうけど、効率のいい魔法を使うために魔力使って腕力を上げてどうするんだって話だ。
こういう時は焦っても仕方がない。現状作れる物を作るか、二人が折れてイレズミ猫を受け入れるかだ。
私は手慰みにブドウ杖を作る。浄化紫石と浄化緑石でブドウとマスカットとを。マスカットはないな。炎が紫色なのでブドウは合うかとも思ったのだが、素が灰色だしなぁ……。
「ん? ……ねぇフロン、破裂する直前に杖が光ったけど、あれは何なの?」
「あれは正常な反応だ。火の魔力は通常の炎と同じように、強さや温度に依って色合いが変わる。高位の火杖は赤ではなく青や紫といった光を発するものなんだ」
「燃えたりしない?」
「その辺は上手くやっている。術式が破損しない限り暴発の恐れもない、安心してくれていい」
なるほどなるほど、ならいいや。杖に蔦を這わせて、紫色のブドウと緑色の葉っぱとをくっつけてしまえば……美味しそうにできた。どや!
ただこれに術式を刻むのは面倒どころの話じゃないな……魔石型の成形をすると考えただけで心が折れそうだ。
「……飲みたくなってきたな。どうだ、一杯やらないか?」
それがいい。今日は店じまいだ。付き合おう。ちょうどうるさいのもいない。
それから帰ってきたうるさいのと何やかんやとあったが、日を改め、とりあえず普通の長杖で一本作ってみることにした。
身長程度の長さで太すぎない物、装飾も一切なし。地味も地味だが、とりあえず一本ないことにはフロンのお仕事も捗らない。
一日使って作り上げた杖を手に、迷宮へ飛び出そうとしたフロンを抑え──翌朝のこと。
「うーん……ヤバイね」
「ヤバイの?」
「うん、ヤバイ。あれはちょっと……ヤバイね」
ヤバイらしい。語彙が消失している。
魔法の威力を杖で強化することは簡単だが、負荷が指数関数的に上昇していってしまう上に、術式の数だけ魔力消費も増えていく。
無手なら一、一、一なところに魔法強化術式の杖で威力を四にすると、負荷が十六、消費も術式に依るところが大きいとは言え、大抵四前後にはなってしまう。
影響範囲を狭め、更にフロンの術式に最適化することで、消費を一・三程度に抑えたのが今回作った杖ということらしい。
威力は六、消費は一・三、負荷は六十四あるが、杖の不壊特性に大部分を押し付けて、フロン本体の負荷は一の半分にも満たないであろうとリューン先生は見ている。
もちろん代償もある。この杖は魔法強化でも火属性強化でもなく、その中の火玉術式のみを限定的に強化することができる──実は、フロン専用火玉強化魔法杖だったのだ。
「用途が限定的過ぎる気もするけど……まぁ、ヤバイなら……いいんじゃないかな」
セント・ルナ北西四十七層、風石ゾーンの中のカマイタチの巣にて、フロンが景気良く紫色の火玉を乱射し、リリウムが『黒猫さん』で稀に襲い来る風のカマを掻き消している。私とリューンは二人で距離を取って見学中だ。
あれを見ていると、やっぱりブドウのオモチャを付ければよかったなと思わずにはいられない。
「普通は負荷を全て杖に移したりなんてしないんだよ。すぐ壊れちゃうから。あれだけ軽ければ乱射もできるし……フロンはもう、魔法師というより兵器だね」
全てというのは言葉の綾だ。完全には移せない。だが……似たようなものなんだろう。
杖なしの時とさほど変わらない消費で、六倍の威力の火玉をほぼ無反動で乱射できる──なるほど、兵器か。砲台だなこりゃ。
これ以上術式の威力を高めるには、杖の形状そのものをいじらなくてはいけなくなる。戦車型魔法杖とかどうだろう。中に乗って大砲から火玉を乱射するとか。
(難題だけど……面白そうだな。戦車は無理でも箱型……馬車に砲台付けるとかなら──)
一層進んだ四十八層で幽霊大鬼をしばきあげ、フロンの転移で自宅に戻ってきた。うちの子達は今日も迷宮に出掛けていて不在だ。彼らも彼らで頑張っている。頑張って欲しい。
「どうだった? って、聞くまでもなさそうだね」
フロンは震えていた。眼尻に微かに涙が浮かんでいるように見えるのは、光の加減によるものではないだろう。
「素晴らしいな……いや、術式がではない。それに耐え得るこの杖がだ。感謝している。本当に感謝している」
泣いて喜んでくれると、私としても頑張った甲斐があったというものだ。大事にして欲しい。
「良い魔法杖ってとにかく高いんだよ。フロンは間が悪くて、昔からそういう杖が出回る時には決まって金欠で──」
「だがそれも今日この時までだ! 火玉一本で食っていける。二級はおろか、一級冒険者となるのもそう遠くはないぞ!」
とても珍しいことに、フロンが燃えている。火杖の影響だろうか。火玉一本じゃきついと思うけど……竜って火に強そうだし。まぁ無理はしないで欲しい。
「続きは魔石を集め直してからかな。手持ちがもうかなり乏しいんだ、しばらくは休憩ってことでお願い」
灰色の、刺青の彫られた電柱のような、背丈程の細い杖。これを一本作るのにかなりの浄化真石を消費してしまった。
フロンの杖を追加するにも、リューンの剣を作り直すにしても、まるで魔石が足りていない。
貯蓄だ。貯蓄に励もう。得物はひとまず出来たことだし、各々習熟や依頼にかまける時間が必要になることだと思う。
まだ色々作りたいものはあるけれど、神器関係はしばらくお休み。一区切りはついた。