第二百十話
「話には聞いていたが……実際に見ると、震えるな」
鑑定タイムが始まり、終わった。リューンちゃんの隠された地味な技能が存分に振るわれる。振るわれた。フロンは震えている。
目の前で鑑定の結果が変化したことにやたらと感動された。見ると聞くとは違うのかもしれない。
「成功してホッとしたよ。干渉貫通の上は、どっちも破壊なんだね」
結界石に《結界》を重ねた二重の防護の中。重要な話をする時の基本スタイルだ。
自宅だし、ここまで徹底する必要はないかもしれないけれど、何かもう癖になってしまっている。どこかから誰かに覗かれでもしたら一大事になってしまうし、今後も油断なく備えていこう。
一対二本の棒。鑑定の上では種別は棒となっている。聖棒でも魔棒でもなく、ただの棒。鑑定を済ませた猫トンファーを胸元に抱えて、リリウムは怖いくらいにご機嫌だ。クルクルと回っている。そのままルンルンと踊り出しそうな勢いだ。
一方、鑑定の連続使用で魔力をごっそり持っていかれたリューンは机に突っ伏して目を回している。口から霊魂が漏れ出そうだ。便利な術式だが、この燃費の悪さだけは如何ともし難い。
「お疲れリューン。ごめんね、無理させちゃって」
「あー……いいんだよ……お休みだし……」
最近はよく強めにじゃれあっている二人だが、リリウムがお願いするとすんなり頷いて、三日間で計四回にも及ぶ鑑定をこなしてくれた。
二本共、しっかり私の神格と繋がっているのが分かる。名付けも成功している。
円柱状の鉄パイプに取っ手を付けたような形の、特に面白味があるわけではない普通の……私の知る限り普通の形状のトンファー。
リリウムの希望から、肘より少しだけ長めにこしらえた──『黒猫さん』と『灰猫さん』。
正直どうかと思うが、リリウムのネーミングセンスは私並だ。『ぐにゃぐにゃ』の名付け親なわけで……まぁ、気に入ってるならいいよ、それで。
ちなみに灰猫とは、火の落ちたカマドの中で温まっている灰に塗れた猫のことだ。肺をやりそうだな、なんて思った記憶がある。
それからしばらく、リリウムはまるで使われる気配のないムダに広い裏庭で一人で身体を動かし、猫棒達の扱いに慣れたところで、実地でテスト運用をすることになった。場所は北西四十八層。幽霊大鬼ゾーンだ。
いつかのように四人で迷宮内に転移し、リリウムとリューンがマッチョ幽霊相手に立ち回っていく。私はフロンの護衛だ。
「なるほど、しっかりと斬れ──殴れるのだな。消し飛んでいたようにも見えたが」
「奇遇だね、私にも消し飛んだように見えたよ」
普通のオーガの腹をリリウムや私が全力でぶん殴れば、ああなる。幽霊オーガの腹をリリウムが全力でぶん殴ったら、こうなった。
霊体干渉と破壊の差だろうか。リューンの剣でもサクサク屠っているし、派手なだけで、殺傷力に差があるようにも……うーん。
「単に膂力の差ということもあるのかもしれんが……霊体にこうもやすやす干渉できる得物が棒と言うのは……槍や剣なら一財産だぞ、これは」
「知ってる」
作って売るつもりは毛先ほどもない。『黒いの』レベルの刃先がこちらを向いて、夜を眠れるほど豪胆な心臓をしていない。
「姉さんのそれは、霊体に干渉できるというわけではないんだろう?」
私のそれとは十手のことだ。十手と声に出して呼んだことは、たぶん一度もない。皆『それ』とか、『棒』なんて呼んでいる。
「リビングメイルみたいな奴なら当然触れるけど、非実体系は無理だね」
残念ながら私には自作の神器はまるで合わない。神力と気力が通せないとただの固いだけの棒だ。『黒いの』を死蔵してあるのもこの辺りが大きな要因となっている。
神器は神器でも、これは女神様の身体が素体となっているわけで、アダマンタイト製の神器とはまた格が違う。
防具はともかく……メインの武器としてはなしだ。
「具合はどう?」
その後攻守を交替し、寄ってくる幽霊大鬼を全て魔石にしてから一層戻って風石ゾーンでも遊んで、ついでに土石まで回収してから自宅へと戻った。今はリビングで優雅にティータイムだ。
緑茶を飲もうとしたらハイな奴らが嫌がったので、普通に紅茶を淹れている。茶菓子が欲しいな。いい加減に冷蔵庫も作ろう。
「とても良いです。霊体相手も驚きましたが、魔法をかき消せた衝撃が……今でもドキドキしています」
ほらほら、と胸を付き出して近づいてきたところに手を伸ばそうとしたら、リューンに鞘でぶたれた。
「大規模な物に対しては過信をしないで欲しいけど、そういう特性は持ってるから。上手く使ってよ」
今はまだまだ扱いが下手っぴだ。身体強化諸共、習熟して欲しい。本気でやりあえば、まだリューンの方が強いと思う。
「次はフロンのやって……そのうちリューンの中身も二人で作り直そうか」
神器化してしまえば剣身保護の術式は外せる。アダマンタイトは不滅ではない。堅牢に仕上がってはいるが、現状あの日本刀モドキは破損する恐れがある。
杖をやっている間に、術式班の力量も上がるだろう。
「私はしばらくはこれでいいよ。不足は感じていないし。その前に……靴を何とかしたいなぁ」
あーっと声があがる。おそらくはここに居ない方の三人も同じことを思っている。撥水魔導靴。大変優れた品なのだが……。
「まさか潰れちゃってたとはねぇ」
飛脚魔導具の職人は、店ごとルナから消えていた。
過去、私が迷宮産の魔導靴……白銀のすね当てを使っていた頃から一目置いていた飛脚用魔導靴。過去はリューンも、確かリリウムもあれを使っていた。防御力は皆無だが、耐久性に振り切った、マラソン勢垂涎の品。
リューンと再会してからは、うっかり早々に西へと旅立って買い損ねてしまい、南からルナへ戻ってきたら店がなくなっていた。
四年以上経っているしそういうこともあるだろうけど、正直ショックだ。
他にも魔導具を、魔導靴を扱っている店がないわけではないのだが、正直質が悪い。普通の靴を履き潰した方がマシな程度の物しか売っていない。
「魔導靴はな……私も経験がない。いっそどうだ、エイフィスまで買いに行くか?」
「ぜぇぇっっったいにっ! 嫌っ! 行くならフロン一人で行きなよ! 私は行かないからね!」
半笑いで同族からなされた提案に、この返しだ。リューンのエイフィス嫌いは病的だな。色々聞かされているし、分からないでもないけど。
「私が行ってどうする……。必要なのは前衛だろう」
防具はなぁ。私も作れないことはないんだけど、正直苦手だ。頑張って盾くらい。鎧とかすね当てとか、そういった類の形成をアダマンタイトでするのはかなりしんどい。そもそも──。
「ガワだけならばサクラでも作れるのでしょう? 術式は手に入らないのですか?」
「難しい。魔法術式とはワケが違う。一から構築するとなると時間が掛かり過ぎる。服と鎧とではまた術式も変わってくるはずだ、鎧に合わせるとしても──」
「サクラが作ってくれるなら着たいけど……喜んで着けるけど……選べるなら、服と革靴の方がいいなぁ」
加工に手間取る上に術式も手に入らない、おまけにお洒落なリューンちゃんは鎧嫌いだ。必要に駆られていないというのもいまいちやる気が出てこない要因となっている。
魔導靴は輸入品に目を光らせておく……ことにしてとりあえずは置いておき、後はフロンの杖だ。これは作るだけならそう難しいことはない。
「そっちの術式はどう?」
「リリウムの灰色と同じことができるのであれば、正直悩むことがないな」
「そうだねぇ……正直、ヤバイ物が出来上がると思う」
杖の良し悪しというものは、剣や槍のそれとはまるでベクトルが違う。
杖で魔法が強くなるというのはとても単純な話で、杖に魔法を強くする術式を刻み込めばそれでいい。
ただし、杖に負荷がかかる。
杖なしで術者が一の強さの魔法を使えば、術者に一の負荷がかかる。専用の処置を施した杖を使うことで、術者の負荷を杖にほぼ移すことができる。この際、当然杖にほぼ一の負荷がかかる。完全には移せない。
その術式を刻んだ上で、追加で魔法の威力を上げる術式を杖に刻むことができる。魔法の強さが二になれば、負荷は二倍……にはならず、四倍近くになるらしい。魔力消費も当然増える。
更に追加を刻んで魔法の強さが三になれば、八倍近い負荷がかかる。この辺りから大抵の木材は耐えられなくなって簡単に自壊を始める。木を使うのであれば、一部の特殊な──聖樹といった物の出番となってくる。
あれは滅茶苦茶高価なので、大抵は金属を使うことになる。その負荷も、完全に術者から杖に移すことは難しいので、仮に不壊杖に術式を刻みまくっても、極悪な燃費で一打ごとに魔法師が破裂する呪いの装備が出来上がるとのことだが……まぁ、それはそれとして。
その上である程度の魔法使いは汎用的な魔法強化の術式ではなく、術者の適性に応じた、火や風といった特定の属性に特化して強化をするような術式を用いて杖を作るものなのだと、エルフ先生が説明をしてくれた。効率が段違いだと。
つまり浄化真石製の不壊杖に──負荷代替、火属性魔法強化火属性魔法強化火属性魔法強化火属性魔法強化火属性魔法強化──といった感じで術式を刻み込んでやるのが私の仕事だ。
この仕様の杖は、風や水といった属性の魔法に対しては何の効果も及ぼさない。精々負荷を代替できる程度。フロンは火属性以外の魔法も得意だ。
「すまないが、姉さん──」
それは言わない約束だよ、お父ちゃん。