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第二百八話

 

 さて、ぐちゃびしょのままお風呂に駆け込んでささっと身体を洗い、ほかほか姿で宿に戻ると、時既に夕方。部屋には全員揃っていた。

「あ、お姉さん。おかえりなさい!」

 笑顔で出迎えてくれる可愛い可愛い私のソフィア。お風呂は済ませてきた。ご飯の前に聖女ちゃんだ。どうかお姉ちゃんを癒しておくれ。

「ただいま。ちょうどよかった、魔力残ってたら治癒かけてくれないかな?」

 粗方浄化はしたけれど、まだ体内に残ってるような気がする。徹底的にやって欲しい。浄化は治癒とは管轄が違う。

 爛れた皮膚を治せるし、治癒と親和性はありそうなものだけど、これは癒やしではなく清めの力によるものだ。

「魔力は残ってますけど──えっ? け、怪我したんですか!?」

 えっ、って……私も怪我くらいするよ。人間だもの。たぶん。

「ちょっとしくじって魔物の体液かぶっちゃってね。肺とか胃とか、その辺りを重点的にお願い」

 どこかの誰かとは違ってぺたんこではない胸から、どこかの誰か程ではないけど、ほっそりと引き締まったお腹辺りを示してお願いをする。

「分かりました!」

 ささっと近寄ってきて、両手をかざして……むーっと唸れば、身体がぽかぽかと温まってきて──。

「終わりました! どうですか?」

 これで終わりだ。お手軽すぎるぞ治癒魔法。

 こんな力が存在していれば医療が発展する余地はない。本当に良い力だ。私も使えるようになりたいが、残念ながら適性が死んでいる。一方このわんこは素晴らしい適性をお持ちだ。

 身体をぺたぺたと触って容態を確認している聖女ちゃん。こりゃもうどこでも生きていけるな……。一家に一台治癒使いだ。

「──うん、うん。問題ない。ありがとう、ソフィア」

「いえ、そんな……なんか、はじめてお姉さんの力になれたような気がします……」

 もじもじと顔を赤らめてそんなことを言われる。懐かしい仕草だ。別に力になるからそばに置いているわけじゃない。それは──過去に説明したんだけど、彼女が知る由もないわけで。


「大丈夫だったの? サクラが被弾するなんて、初めてなんじゃない?」

「そんなことないよ。昔はドラゴンに弾き飛ばされたり、狼に食べられそうになったりしてたんだから」

 大丈夫と言葉を返して、過去を想う。

 リューンとギースに石を投げられたり、それにわんことリリウムの四人でした雪合戦の時もバンバン被弾していた。死竜の尾撃に吹き飛ばされたり、初日に狼に押し倒されたり……懐かしいな。《結界》がなければこんなもんだ。

 今回は正直油断が過ぎていた。魔石になると思っていたから……まさか破裂するなんて。

 猫の魔法袋から浄化橙石を詰め込んだ布袋を取り出してフロンに手渡す。ハエトリグサはダメだな。もっと安全な……非生物系の魔物で検証を重ねる必要がある。

 手っ取り早いのはゴーレムだけど……水色ゴーレムでいいかな、ついでに霊体相手の検証もしたいし。

 近当てモドキは攻撃手段として有用だ。あれの扱いには一刻も早く習熟する必要がある。

 浄化ビームも試してみたい。試してみたいが、まだダメだ。今は、今しばらくはお家と鍛冶だ。

 脇道に反れたが、きっとその話をするために、皆私を待っていたはず。


「それで、お風呂の魔導具と他の家具はどうだった?」

 感謝の意を込めて聖女ちゃんは膝の上。この娘は私が大好きなのでこんなのでも礼になる。安上がりで大変結構だ。

 本格的な夏がくれば暑苦しくてこんなことはしてらんない。年齢的にも滑り込みセーフという感じだな。これが最後になるかもしれない。

「お風呂は明後日にでも使えるようになるよ。魔導具自体は明日上がってくるけど、浴槽が大きいから……調整に少し時間がかかるね」

 睨まないで欲しい、うちのわんこが怯えてしまう。こわいねー。

 あれでも五軒の中では一番狭かった。その点少しだけ残念に思わないでもないが、女六人まとめてゆっくり浸かることができる程度の広さは軽くある。無駄に広くても水がもったいない。

「家具は程度を問わなければ何とでもなるのですが……あの邸宅に安物を並べるのは、どうも気が引けてしまって……まだ、何も。店舗の所在はある程度調べておきました」

 ピラピラと地図を掲げるお嬢。南大陸の時と同じように地図を一枚潰して、そこに家具屋の所在等が書き込まれている。いい仕事してますね。

「別に誰を招待するわけでもないんだし……手頃な使いやすいものでいいじゃない。もういっそ、その辺は個別に仕入れていく?」

 天蓋付きのベッドなんて買ってこられても困る。いや、別に使う分には困りはしないが……正直いらない。普通の物でいい。

 仮家の調度品なんて本当になんでもいい。安物が嫌なら、自分で良い物を買ってきて欲しい。

「それでいいだろう。前の家でも各々が好きに家具を買い集めてきていたではないか。風呂と寝具に、虫除けが揃えば住めはする」

 他人に金鎚やタガネ、やっとこなどを買ってこられて、これで鍛冶をしろなんて言われても今の私は困る。自分に合った品という物があるわけで。

 机や椅子、ペンの一本を取ってしても同じことだ。必要な物は自分で買う。決定決定。

「ミッター君達も、うちに住むならその辺は自分で揃えてね。寝具と明かりの魔導具代くらいは出してあげるけど」

「……よろしいのですか?」

 オホホホホ、よろしくてよ。

「修行の間は確約するよ。部屋はあり余ってるし、気にしないでいいよ」

 その後のことは……まぁ、その後決めればいい。未来の話なんて誰にも分からない。


 豪華な邸宅の綺麗な居室を鍛冶場に改造するなんて正気の沙汰ではない。

 私もその点は同感だ。いざとなれば躊躇はしなかっただろうけど、最終的にこの家を買うことに決めたのは、離れが存在していたということも要因として大きい。

 お屋敷のすぐそばの裏手側に、おそらく使用人用の建物だろう。造りはしっかりしているが、飾り気のない蔦まみれの質素な建物が佇んでいる。

 そこを鍛冶場に改造してしまうことにした。石造りだし、煙突も付いているし、小さな井戸もついている。広さも手頃でちょうどいい。

 リューンやフロンの工房を兼ねられるほど広くもないので、ここは私専用……私の城だ。

 朝一で本邸の方の清掃を終え、早々に離れへと引っ込んだ。

 耐火レンガも粘土もある。炉の施工はヴァーリルで経験があるし、何も問題はない。

 鼻歌混じりにレンガを並べて、モルタルモドキをちょちょいと加工して耐火性を上げる。それをぺたぺたと塗りたくってまたレンガを並べて……楽しい。すごく楽しい。

(とりあえず杖とトンファー作って──後は鏡か。日用品の類から試して、まずは感覚を取り戻さなきゃ)

 いきなりアダマンタイトは緊張する。とりあえず真銀辺りを叩いて……鏡を作れるか試してみよう。


「サクラさん! すごいです! すごいです! 本当に住んでいいんですか!?」

 一人泥まみれになって楽しんでいると、私の神域に来訪者が現れた。六人連れだ。

「すごいでしょ? 後で鍵あげるからね」

 ミッター君や聖女ちゃんは驚きが先にきているようだが、ペトラちゃんは素直に喜んでいる。抱きつくと君も汚れるぞ。

「部屋は皆で相談して適当に決めておいて。私はどこでもいいから」

 まぁ引っ付きわんこは置いておこう。その辺はそっちでやっておいてほしい。

「こっちで決めちゃっていいの?」

「いいよ。私はしばらくこっちにかかりっきりになるから。リビングなんかも適当にやっておいて」

 ハイエルフ二名は冒険者のランク上げに邁進する。おそらくは迷宮関係の依頼をこなす。

 リリウムは身体強化術式の習熟を兼ねて、きっと迷宮に篭もるだろう。

 うちの子達とてお家でのんびりと過ごすわけではない。修行とは別に、自分達で地道に迷宮を攻略していくのだと思う。

 というわけで、一人特別迷宮に用のない暇人な私は、検証関係が終われば一日のほとんどをここで過ごすことになるはずだ。

 正直お風呂とベッド以上の機能を本邸に求めていない。寝床はどこでもいい。

 私がルナですべきことは装備の拡充だ。魔石炉をさっさと稼働できる状態までもっていかなくては話が進まない。杖とて鉄を棒状に打ってそれで完成というわけではない。今はコツコツレンガを並べる。私は私の役目をこなそう。

「分かった。──お風呂、もう沸かしちゃっていい?」

 レンガなんて並べてる場合じゃない!


 風呂は良い。広いお風呂は素晴らしい。広いお家風呂は最高だ。

 これからは寒い中、暗い中歩いて公衆浴場まで出歩かなくて済む。これだけで二億分の価値がある。

 私がお風呂好きなのは全員が知っている。リリウムはボイラーを取りに朝一からお店まで出向いてくれて、リューンとフロンは結界石の増産作業に専心してくれた。今はいないが、ミッター君もわんこ達を連れて、食堂で食事ができる程度の家具と食事を仕入れに行ってくれているらしい。

 飲食店街が近いのはありがたい。食べに出るのもいいが、テイクアウトしてお家でゆっくりと食べるのも大好きだ。

(懐かしいな、ギースのお家)

 そんな彼は真面目君らしく、お風呂の使用は辞退すると言っていたが、ここからは遠いしお金ももったいないので、時間をずらして入浴してもらうことになっている。無理強いはしないけど。

 その辺のルールもそっちで適当に決めて欲しい。あまりガチガチに固めても息苦しいが、最低限の規則はあった方が楽だと思う。


「ああぁぁぁ……大きいお風呂は、いいね」

「うん、いいねぇ……久し振りだねぇ」

 お家風呂はヴァーリル以来だ。水の便はやっぱり最重要事項だな。毎日でも入りたい。

 手も足もゆっくり伸ばせる。隣にはリューンがいる。触れ合った肩から伝わる温もりは、また格別だ。狭ければ狭いなりの楽しみ方があるけれど、お風呂は広いに越したことない。

「風呂は毎日沸かすのかー?」

 フロンはぐでーんと伸びている。彼女も割りと風呂好きだ。ギースの家でも、きっと私の次くらいにはお風呂を楽しんでいた。

 思えば会ったその日に一緒に風呂に入ったな。初対面から数時間と経っていなかった。不思議なものだ。

「もちろん。私一人しかいなくても沸かすよ。いなくても沸かしていいよ」

「贅沢なこと……まぁ、サクラのする贅沢なんて……いえ、これだけではありませんわね」

 船のことを言っているならあれは不可抗力だと思う。あまりいじわるを言われると、次はうっかり地獄の大部屋を取ってしまうかもしれない。一度くらい経験してみてもいい。

「いくら慣れていても、炉の前で金属を打てば汗をかくよ……そのままベッドに入りたくなんてない」

 一日中、いつでも熱々のお風呂に入れるように常時沸かし続けたいくらいだが、流石にそれは自重する。無理をさせてボイラーがダメになったら私は生きていけない。予備だ。予備の確保が必要だ。必要なのだが──。

(やっぱり次は温泉だな、温泉。温泉を買おう。温泉は……いいな。エルフ温泉はきっと最高だろうな)

 リューンとリリウムを隣にはべらせて、フロンと徳利でお酒を飲む。良い光景だな。

 現実はきっと、リューンは近寄ってこずに、リリウムは私そっちのけで美味しそうにお酒を飲み続けて、フロンは早々にひっくり返って眠ってしまうのだろう。良い光景では……ないな。平和ではあるけど。


 灯りも不足していて絢爛とは言い難い。テーブルも椅子もまぁ、屋敷からしてみれば不相応な安物ではある。料理のランクも、ケチをつけてしまえばいくらでもつけられる、冒険者好みの粗野な物。

 だが、それがなんだと言うのだろう。お家でワイワイと賑やかに頂く食事は、それだけで格別だ。得難い物だ。

 リューンと聖女ちゃんがじゃれ合い、フロンとリリウムがまた後先考えずに酒瓶を開封しまくり、ミッター君もご相伴に預かりながら、ペトラちゃんは早々に潰れて突っ伏して寝ている。

 よく見ればソフィアの顔も赤い。飲ませたのか。リューンが虐めて泣いているんじゃなくて、わんこが絡んでいるんだな。酔っ払いの宴だ。冒険者らしくて結構なことだね。

 かろうじて寝泊まりできるレベルになったが、各部屋どころか廊下にも灯りはなく、何とか持ち帰ることができたベッドがあるのみだ。シーツも予備を買い足さないと。

 この辺も……まぁ、追々でいい。追々で。



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